第5話 室町時代(応仁の乱あたりまで)

 念阿弥慈恩以降、応仁の乱あたりまでのお話です。

 

 慈恩の没年は塵荊抄では応永10年(1403)としています。(馬庭念流樋口家の記録では応永15年(1408)にまだ生存)

 詳しくはわかりませんが、弟子とされる中条兵庫助が弘和4年(1384)没、二階堂右馬助が応永12年(1405)没であるところを見ると、15世紀初頭頃に亡くなったと考えても良さそうです。

 ところで、慈恩の弟子や孫弟子の記録は残っているのか、というといくつかのこっています。たとえば》(室町中期の禅僧、万里集九ばんりしゆうくの詩文集)に中条流の奥儀を極めた池田禅裕についての記載があります。池田禅裕は応永28年(1420)に17歳で中條実傳源秀に入門、応永33年(1425)にとなったそうです。また、中条流加賀藩山崎家の伝書によると、冨田家へ繋がる甲斐豊前守も中條実傳源秀の弟子とされています。

 この中條実傳源秀は中条兵庫助その人であるとされる場合や、中條兵庫助から何代か後の人物と書かれている場合があります。

 中条流三家と言われる山崎家の一つ、丹波の山崎家子孫、山崎正美先生は、平法中条流の会として中条流の歴史研究結果を多数発表されています(※1)。それによるとこの実傳源秀が中條左馬介であり、慈恩の弟子は中條兵庫助ではなく中條判官満平である、とされています。実際、中条兵庫助は念阿弥慈恩と同年代もしくは年上であり、その可能性はあると思います。


 中條家関係をまとめると以下のようになります。


・中条兵庫助長秀:一般的に中条流の祖とされている。歌人として有名だった。貞和2年(1346)に既に歌人として記録が残っている。1384年没

・中條詮秀:正平3年~永享4年(1348年~1432年)。足利義教の勘気に触れ所領を没収され、中條家没落の原因となる。

・中條判官満平:詮秀の次男。父詮秀が義教に所領を没収された際に熊野に流される。

・中條左馬介:満平の子、中條実傳。京都で加藤行景、池田禅裕、甲斐豊前守などの弟子を育てる。


 中條家以外の弟子としては、少しあとの時代になりますが、応仁2年(1468)、応仁の乱で荒れる京都で、赤松有馬治部少輔という人物が、横井景三に師匠二階堂馬督公より授かった兵法書を弟子の伊勢守平貞宗に渡してくれ、と依頼した記録が残っています。この二階堂馬督公が誰か不明ですが、慈恩の弟子、二階堂右馬助の関係者の可能性が高いのではないか?と思われます。


※1 山嵜正美(2005)「平法中條流の傳系について」武道学研究38-(2) ほか



 慈恩と関係は不明ですが、この他にも兵法の記録は残っています。

 例えば、後に書かれた記録になりますが、永享3年(1431)の事として以下のようなものがあるそうです。


 近江伊吹山近辺の生まれ伊吹庄左衛門という人が左関辺(長野県)に訪れる。近辺のものも多くが弟子となった。えんじえんかい(猿臂猿廻)流という九郎判官義経公未だしゃな王丸と申されし時、鞍馬山にて毎日猿と戦い自身遣い出し玉う流儀にて法立より自身の気点を重とし身軽早業を特長とする。(熊谷家伝記)


 猿臂猿廻という言葉は、念阿弥慈恩の目録の最初、えんぴえんかい(燕飛燕廻)を思い起こさせます。これは陰流でも猿飛猿廻としてある名目です。


 また、文安元年(1444)の記録として、守護大名細川勝元がまだ15歳の時、平臥の席で前田氏(友人)より切り掛られ、学んでいた兵法を使い二度までかわして立上り、前田より太刀を奪って取り抑えている記録があります。この時代にすでに大名の関係者が兵法を学んでいて、兵法の技として敵の太刀を取上げるようなものが存在していた事もわかります。


 時代はさらにあとになりますが、長享3年(1489)に高井三郎四郎為朝が伝授した兵法の目録が存在している事がやまがた好古酔連(連載第五回)で紹介されています(※2)。これによれば高井が学んだ兵法は上野国群馬郡大倶の見阿弥という人物が創始し、高井は見阿弥の子、了厳よりこの兵法を学んだ事が書かれています。この目録の流派も、伝承された代数から考えると時代的には15世紀初頭に創始されていた兵法流派だと思われます。なお、内容は大太刀を使うものだそうです。


 ところで、ウィキペディアなどでは香取神道流の開祖として有名な飯篠長威斎家直いいざさちょういさいいえなおも、元中4年(1387)生まれとされ、今回話題にしている時代にすでに成人していた世代になります 。ただし、前回書いたとおり、飯篠長威の生年が間違っている可能性が高いのではないかと思います。


 次回は飯篠長威斎と新當流の創始についてです。


※2 田中大輔,【やまがた好古酔連】連載第五回 最強はどっちだ⁉上杉・武田武術伝書対決‼,やまがた,第20号,2015

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