番外編2 源義経と兵法
源義経、悲劇の英雄として昔から人気の人物です。伝説では義経は鞍馬山の天狗から兵法を学び、五条大橋での弁慶との決闘、一ノ谷の逆落とし、八艘飛びの逸話など非常に身軽であったとされています。
武術との関係を見てみると、江戸時代の剣術や柔術流派では義経流や判官流など義経の流派だと名乗る流派がありましたし、楊心流柔術や新陰流の一派でも義経の兵法との関係を伝承しているものがありました。
宮城県に戦前まで伝わっていたという、義経流柔術は、深く掘った穴から飛びあがる訓練をしていたそうですし、鞍馬楊心流柔術なども飛び上がる、飛び込むような技を使っています。身軽な義経の伝説のような技です。
これら義経の流れを名乗る流派が本当に義経と関係があるかどうか、真偽は別として江戸時代に武芸者、武芸の祖としての義経が敬われていたのは事実です。
記録を見ると、13世紀半ば鎌倉時代、義経没後数十年後には成立していたと言われている平治物語で、すでに義経は鞍馬山で夜な夜な武芸を稽古し、僧正が谷の天狗から兵法を学び、その身軽さは尋常では無かったとされています。
この連載の第2話で言及したとおり、14世紀半ば、南北朝はじめに秋山光政が義経の兵法の伝承者だと名乗っています。また室町時代半ばの長野県で義経の兵法の末裔で身軽な技を使う
元寇を舞台とした漫画アンゴルモアの主人公、朽井迅三郎が義経流の兵法の使い手とされていますが、当時すでに義経の兵法を名乗っている人物がいても、もしかしたらおかしくないのかもしれません。
後世でいう兵法・軍学と言った集団での軍略や用兵の技術や知識は黄石公と張良の伝説から始まるのに対して、義経をその遠祖とする流派は剣術や長刀などの個人の兵法である場合が多いようです。秋山も張良の兵法を天下のためのもので、匹夫の勇(兵法?)ではないから学んでいないと言っていますが、つまり義経の兵法は匹夫の兵法=武芸だったと考えられていたのではないでしょうか。
ところで、これも室町時代中期、15世紀に成立した芸能の話になりますが、義経が兵法の技を使って戦う場面があるものが存在します。
幸若舞の烏帽子折で盗賊熊坂長範らが義経を襲撃する場面では、義経は「霧之法・小鷹之法」で熊坂を打倒します。また謡曲の熊坂」は義経は小太刀を抜いて
「
で十数人の盗賊と闘う場面があります。
このうち、霧之法や小鷹之法については、念阿弥関係の史料や新當流・陰流など古い流派で見かけた事がない名称ですが、江戸時代の武芸流派でも極意や外物※として名称が使われている例があります。個人的には幸若舞などを参考に名称を付けたものではないか?と思っています。
※外物 武芸流派において、その流派の主たる技術以外のものを外物といいます。剣術流派における薙刀や槍、体術の技を外物とする例もあれば、普段の生活における気を付けるべき場面と心得(例えば足場の悪い場所での心得や酒を飲む際に気を付ける事)などを外物とする事もあり、流派により様々です。
それに対して、獅子奮迅・虎乱入・飛鳥翔は念阿弥の目録の中に名称が見られ(獅子奮迅に関しては陰流にもあります)、新當流でも十二ヶ条や判官流十二ヶ条などの名称で伝承される技の中にこの順番で入っています。
獅子奮迅も虎乱入も猛獣が暴れる様子、飛鳥翔は鳥が飛ぶように速い様子を表している言葉だと思うので、特に武芸や兵法と関係なく使われていた表現(特に獅子奮迅は今でも使われますね)なのかもしれませんし、もしかしたら兵法の技として知られていたために謡曲で使われたのかもしれません。
残念ながら、このあたりのことについては不案内なのではっきりした事は何も書けませんが、謡曲で出てきた順番と新当流の目録に出てくる順番が同じところを見ると、謡曲の獅子奮迅・虎乱入・飛鳥翔と新當流の獅子奮迅・虎乱入・飛鳥翔の間になんらかの関係がありそうです。
なお、江戸時代の文献からの比較になりますが、念阿弥慈恩系(中條流)と新当流では、獅子奮迅・虎乱入・飛鳥翔の内容が違っています。
中條流では獅子奮迅は太刀の構えおよび間合いの詰め方の名称、虎乱入は二刀流の技、飛鳥翔は左手で物を投げつけると同時に切り掛る技になっています。
新當流では系統によってかなり内容が違うようですが、獅子奮迅は敵が真向を切ってくるのを、こちらからも上から下まで切り下す動作、虎乱入は獅子奮迅から続けて体当たりするように入り込む技、飛鳥翔はいわゆる八相の構えから右足を踏み出し、直線的に袈裟に切り付ける技となっているようです。
あまり関連性は見えませんね。
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