魔法ヒーロー半端ないぜ(後編)

 その立体駐車場に飛び込んだ途端、真は、おぞましい違和感に飲み込まれた。

 認識が歪む。

 その空間がまるで、一つの小さな小屋のように感じてしまう。

 自動車たちが侵入者である真をがなりたてる錯覚。

 そしてその奥に、ぶら下げられた一つの鳥籠。

 その中には追川ひとみが囚われていた。


「どうして……なんで来たのよ! マコピュア!」


 真の姿を認識して、ひとみがそう叫ぶ。


「決闘はどうしたのよ!」

「ああ、それならさっさと負けてきた。俺には俺のすることがあるからな……」

「な、な、なに言ってるのよ! あなたは、これからも魔法少女としてやっていくんじゃなかったの!?」


 そして、抗議の声を上げるひとみに、真はニッコリと微笑みかけた。

 魔法少女の微笑みであり、それと同時に、それは、ずっと真が求めていたヒーローの笑顔でもあった。


「見つけたんだよ、俺の力の本当の使い道を」


 そして一気に群がる自動車の間を駆け抜け、鳥籠の前までやってくる。

 だが、その前に一つの影が立ちふさがった。


「ふーん、来たのは一人なんだね。魔法少女マコピュア」


 真っ青な、鳥のようなシルエットの、魔法少女。

 マントとスカートははまるで翼のように広がり、髪飾りは鳥のくちばしのような形状のようなバイザーが付いている。

 だが、なにより印象に残ったのは、それをその身に包んだ人間のほうだ。

 ひとことでいってしまえば、金髪碧眼の美少女である。

 そう、それは完全で完璧な美少女だ。

 そこにいる事自体が魔法であるかのような。

 神の使者の降臨を目撃したとすれば、まさにこれに酷似した状況だっただろう。

 ほとんど銀に近い金髪に、血液を感じさせないような白い肌とそこで僅かな赤みを示す薄い唇。

 それらの調和は不自然なほど完璧で、魔法少女の姿をしているために少女と認識してしまっているが、その表情は性別を超えた無垢さの象徴のようですらある。

 しかし、その中にあって、その青い眼だけは、まったく別の存在感を持っている。

 冷たく、鋭く、薄暗い光を宿した眼。

 感じるのは静かな執念と狂気。

 完全な調和によって構成された顔だからこそ、眼の印象ですべてがそれにあわせて塗り変わる。

 この魔法少女は、危険だ。あの黒い魔法少女とは比べ物にならないくらいに。

 その魔法少女と対峙した時、真は咄嗟に身構えていた。


「お前、何者だ……?」

「ボクの名前はルバード。まあ魔法少女、と呼ばれる存在なのかもしれないね。君たちの言葉でいえば」


 表情を変えることなく、そのルバードと名乗った魔法少女は淡々とそう告げた。


「だけどボクは、君たちの希望に興味はない」

「そうか。俺も、ハッキリ言ってお前に興味はない。だが、ひとみは返してもらうぞ!」


 そうして、真の方から攻撃へと踏み出した。

 一方で、それに反応したかのように、ルバードはゆっくりと右手を上げた。

 空間が歪み、そこになにか巨大な質量が湧き上がる。


「ふーん、そうかい。でもまあ、邪魔はしてもらっては困るかな」


 現れたのは、白い、ウサギの姿をしたボーゼッツだった。

 他のボーゼッツ同様二足歩行で、その姿は動物としてのウサギというよりは着ぐるみそのものである。

 耳の長さや顔の形からウサギであることは確実なフォルム。

 デフォルメされた白い体は、いかにも風船などを配っていそうだ。

 しかもそれまでのボーゼッツよりも一回り巨大な身体を持ち、明らかにこれまでのボーゼッツとは別格という雰囲気が漂っている。

 いったいどうして、このような圧倒的なボーゼッツが突然出現するに至っただろうのか。

 だが、真には一目見ただけでそれの正体がわかった。


「……まさかこいつ、ルイスなのか……?」


 姿も雰囲気もまったく別物だ。

 しかし真はそのウサギの中に、かつての自分の相方を感じ取ったのだ。

 それも、魔法少女としての能力の一つだったのかもしれない。


「あ、気付いたんだ、さすがは魔法少女、といったところだね。そう、そのボーゼッツの中身はキミの相棒の石だよ。さあ、どうするんだい、魔法少女マコピュア」


 ルイスボーゼッツの後ろに立ち、ルバードが勝ち誇ったような眼で真を見る。

 それを聞かされた真のとった行動は……。


「ヴザーッ!!」


 次の瞬間、ルイスボーゼッツの悲鳴に似た絶叫が駐車場に響く。

 真は勢い良く跳躍し、そのまま体重と力を乗せてステッキで勢い良く顔面を殴りつけたのだ。


「ま、マコピュア! その怪物はルイスさんなのよ!」


 真の行動を見て今度はひとみが絶叫した。

 声にこそ出さないが、ルバードも驚きに目を見開いている。

 だが、それらの反応を意に介する事無く、真はさらにルイスボーゼッツに攻撃を浴びせていく。

 一撃、さらに一撃。

 そこにはただならぬ力が込められているのがわかる。

 その様子を見て、流石にルバードもたまらず驚愕の声を上げる。


「あ、いや、そのボーゼッツにはお前の相方の石を使っているんだよ? それを容赦なく攻撃するなんて……」

「あいつは、何発か殴りたいとずっと思っていたからな」


 答える真の表情は真顔であった。


「……君のような殺戮装置に、良心を期待したのが間違いだったみたいだね……」


 諦めたように、青の魔法少女は少し浮き上がると、その吹き飛ばされてきたボーゼッツの背中に触れた。

 その巨体が白い光に包まれ、中から小さなウサギのぬいぐるみのような存在、ルイス・イナバウアー三世が出てくる。

 ルバードは出てきたそのウサギ人形の首根っこを掴むと、そのまま無造作にひとみの鳥かごへと放り投げた。

 檻をすり抜け、ルイスもその中へと囚われる。


「……ひ、酷いピョン……」


 ルイスのその言葉は、誰に向かってのものだったのだろうか。

 そんな呻き声を漏らすのを見て、真は安堵のような呆れたような視線を投げる。

 そして再び、ルイスボーゼッツあらためウサギ型ボーゼッツに警戒の目を向けた。


「まあ、もう充分希望の石のエネルギーは吸いとったからね。余計な枷を外したほうがいいと思っていたところだったんだよ」


 負け惜しみのようにルバードはそうぼやいたが、ウサギ型ボーゼッツはその言葉通り、明らかに動きのキレが増しているようであった。


「さあ、第二ラウンドだよ!」


 青の魔法少女の掛け声で、ウサギ型ボーゼッツが唸り声を上げ、真へと襲い掛かってきた。

 その巨体の持つ質量は、真を苦戦させるのに充分なものだった。

 跳び、ステッキを叩きつけようとするが、その太い左腕に阻まれる。

 打ちつけても堅い手応えのみが残るだけだ。。

 連打をしても、一撃目よりも威力の弱い二撃目、三撃目以降が効果があるかという話である。

 もちろん、まったく影響があるようには思えない。

 そして今度はボーゼッツのほうが空いた右腕を振るい反撃してくる。

 攻撃の速度そのものは早くはないため、真も防御姿勢を取ってステッキでなんとかそれを受け止めるが、そのまま圧倒的な質量によって弾き飛ばされてしまう。

 空中で身体をコントロールして致命傷こそ防いだものの、状況はなにひとつ好転しない。

 これを繰り返してもただ真だけが消耗していくばかりだ。

 生半可な攻撃ではほとんどダメージを与えられないし、逆に真の方は一撃がかすっただけでも吹き飛ばされそうになってしまう。

 それは、かつてまだ魔法少女になる前の真と、犬型のボーゼッツとの最初の戦闘のようでもあった。

 だが、あの時よりはチャンスはあるはずだ。

 なにもできていないわけではない。

 それだけが真の支えとなっている。

 しかし、それがただの藁にもすがるような強がりでしかないことも心の何処かで自覚はしている。

 先ほどのような小技ではほとんど状況を打開できない。

 かといって大技を放つには、相手に隙がなさすぎる。

 しかもここまで動きはないとはいえ、青の魔法少女、ルバードも控えているのだ。

 状況は相当悪い。

 それは、相手も充分に理解できることであった。


「もう降参して、キミの持っている希望の石を渡してくれないかな。ボクだって別に、キミを殺したいわけじゃないんだ」


 ルバードの口から出たのは、促すような、諭すような、勝者であることを自覚したような言葉だ。

 その降伏勧告に対し、真は無言で睨み返すだけである。

 なにか反論をするにも、既に手は浮かばない。

 それでも、ここで負けを認めてしまうわけにはいかないから、ただ視線だけでそれを訴えるしかない。


「諦めが悪いね。キミも」


 首をすくめるルバードに、真は静かに目を伏せる。

 その一瞬でチラリと、奥の檻の中のひとみを見る。

 ひとみは不安げに、だが真を信じたような眼でこちらを見ている。

 あの眼が死んでいない限り、真もまた、折れるわけにはいかない。

 だが、なにをすればいい。

 なにができる。

 その迷いは、突如現れたまったく別の存在がぶち壊した。


「彼女の希望の石は、あなたには渡さないわ」


 大きくはない、だがよく通る澄んだ静かな声が、駐車場の奥から届く。

 真も、ルバードも、ひとみも声の方を見る。

 そこに立つのは一つの黒い影。

 フリルやレースのドレスの影の中に、金色のラインが輝いている。

 真は、それが何者か知っている。

 それは魔法少女だ。

 もう一人の、魔法少女だ。


「魔法少女はこのグランツナイト一人でいいといったはずよ。それがさらにもう一人増えるなんて……まったく、本当に頭にくるわね」


 黒い魔法少女『グランツナイト』椚雅美は抑揚なく、しかし怒気を込めてそう吐き捨て、ゆっくりと歩いてくる。

 青いルバード、中央の水色と白のマコピュア、そして黒と金のグランツナイト。

 三人の魔法少女が直線上に並ぶ。


「まあ、二人がかりになることは、最初から想定内だよ」


 一方でルバードも真剣な表情でその闖入者を見る。

 前にいたウサギ型ボーゼッツが戦闘態勢となり、真と雅美に向かってくる。


「なるほど、あの大きさは確かに厄介ね」


 その怪物を一瞥した雅美は、銀の十字剣を逆手に構えて走りだす。

 魔法少女の身体強化を極限まで活かして地面を蹴りつけ飛ぶように走る。


「あなたも、魔法ヒーローなどと大見得を切ったからには、ボサッとしていないでその力を見せてみなさい」


 すれ違いざま、雅美が真にそう告げる。


「もちろんだ」


 そして真もウサギ型ボーゼッツへと向かっていった。

 雅美の逆手剣がボーゼッツを斬りつけ、防御する左腕に傷を残す。

 真のステッキによる打撃よりは効果がありそうだが、それでも、致命傷にはまだ程遠い。

 だが、雅美の動きのキレは真との戦闘の時よりもさらに鋭さを増している。

 単調で重鈍な動きの怪物相手なら、雅美の戦闘スタイルでも充分なのだ。

 そうなれば、型通りの動きが染み付いている分、雅美の攻撃は洗練されている。

 ましてや相手はその巨体の分だけ面積も広い。

 斬り抜けられる分だけ、ステッキでの打撃の真よりも手数も稼ぎやすいのだろう。

 真の時よりも確実に、ボーゼッツはダメージを受けている。

 しかし、それでも決定打にはやはり結びつきそうもない。

 そこを打開するのが真の役割だろう。

 ステッキを構え、一撃のチャンスを伺う。


「今だっ!」


 ステッキの先に収束するエネルギー。

 それを、ありったけの力で持って敵にぶつける。

星屑奔流スターダスト・スタンピード

 真はその一撃で決着をつけようというのだ。

 ステッキを突き出し、跳躍する真。

 ステッキを中心として迸っている魔力が後方に噴射され、それによる加速が起こる。

 その加速の邪魔にならないように身を屈め、ただただ前へと突き進もうとする。

 しかし、そこに至る前に、真の動きは止められた。

 その攻撃は勢いが付く前に押しとどめられ、真の周囲に行き場を失った魔力の奔流、そして爆発が起こる。

 爆発の中心には二つの影。

 片方はもちろん真であり、もう片方は、青い魔法少女の姿であった。

 ルバードが瞬時に真に立ちふさがり、右手に持った青い小型の盾のようなものでそれを受け止めたのだ。


「悪いけど、さすがにその攻撃は無視できないから、邪魔させてもらったよ」

「なっ……」


 真は思わず声を漏らす。

 必殺の一撃だったはずの攻撃を、出鼻で完璧に反応されたのは予想外だった。

 確かに速い反応だ。

 だがそれ以上に、真はその反応に自分の動きを読まれたのを感じ取った。

 ルバードは、この最大の一撃をずっと待っていたに違いない。

 爆発で拡散した魔力が、その盾へと吸い込まれていっているのが真にもわかる。

 危険だ。

 なにをどうするかまでは断言できないが、確実に、強い力がルバードに集まっている。

 真はそれを悟ると、すぐに間合いを離し直す。

 しかしそれさえも見透かされていた。


「終わりだよ」


 今度はルバードが追い打ちをかけてくる。


「ウイングストライカー、セット」


 その声とともに、ルバードの右手の盾の両側が開き、弓のような形状へと変形する。


「シュート!」


 掛け声。

 ルバートの弓が撃ち放たれる。

 だが、そこから飛んで来るのは実際の矢ではない。

 弾丸のごとく、羽根にエネルギーを纏わせて撃ち出したのだ。

 先ほどの【星屑奔流スターダスト・スタンピード】の際に生じたエネルギーが、そこに上乗せされている。

 魔力の塊が、真めがけて一直線に飛んで来る。

 避けきれない。

 決死に防御姿勢をとるが、真は、そのエネルギーの真正面から喰らうことになってしまった。


 身体が飛び、意識もそのまま何処かへと飛んでいく。

 真の目には、全てが遠くスローに映る。

 怪物と椚雅美も、ルバードも、地面も。

 不思議と、その瞬間には恐怖を感じなかった。


(死にたくない。俺にはまだ、やるべきことが残っているんだ……)


 薄れ行く意識の中で、真の感情は失意に塗りつぶされていった。

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