魔法少女は一人でいい(後編)

「なあ、宇佐美って追川とつきあってるのか?」


 昼休み、家庭科準備室に向かおうとすると、突如立花がそう声をかけてきた。


「なんでそうなる?」


 動揺を殺し、努めて冷静に真はそれを聞き返す。

 そう見られる可能性がなかったわけでもないが、学校内では極力そういう素振りは見せないようにしていたはずだ。

 わざわざ家庭科準備室ヘ向かう時間をずらすのもそのためだ。

 そうする理由は、真がひとみと付き合っていると思われるのを嫌がったのもあるし、ひとみが学校では猫かぶっていることもある。

 だがなにより、魔法少女の正体をバラさないためのカモフラージュのためでもあった。

 校内で共に行動していては、どこでボロを出してしまうかわからない。

 そういった意味において、宇佐美真は追川ひとみをまったく信用していないのである。


「いや、この前偶然お前と追川が手芸店に入っていくのを見かけたからさ。ああいう店で二人で買い物するなら、それはもうデートだろ」

「うーん」


 さすがの真も、その事実に対してはとっさの反論の言葉が出てこない。

 なにしろ手芸店に二人でいたのは事実である。

 正確にはその時はルイスも居たので三人だったのだが、立花にその存在が認識できない以上、二人に見られてしまうのは仕方ない。

 手芸店にいた理由は単純明快で、魔法少女の変身後の姿になにかオプションを付けようという話になったためである。

 基本的な姿は変えられないが、ルイスによって付加された力により、ひとみが魔力を込めれば変身後の姿用のアイテムも作れるのだという。


「で、それになにか効果はあるのか?」

「ないわ」

「ないウサ」


 あまりにストレートな返答に真は言葉を失ってしまったが、すぐに気を取り直し、それなら自分も自分で考えたオプションを付けたいという話になったのである。


(アレを見られていたか……)


 そうなっては言い逃れは難しい。

 ならばいっそ、相手の懐に潜り込んでインファイトを仕掛けるしかない。


「いや、実は俺、今、被服研究部に所属していてな」

「被服けん……? なんだそれ」

「ようするに、服とか衣装を研究する部活だ」

「なるほどわからん」

「お前なあ……」


 理解する気のないような立花の態度に真も少し呆れるが、関心の高くない男子からすればそんなものだろう。

 真自身、よくわかっていなかった節はある。


「いや、俺がわからないのは、なんで宇佐美がそんな部活に入っているのかってことだ。お前がなんの服装を研究しているんだよ」

「ヒーローのスーツだ」

「はあ……。変身後はパンチ力10トンとか、そんなのか?」


 結局やっぱり理解できないていないようで、立花の返事は実にトンチンカンなものである。


「それもあるが、まあもっと現実的な路線で、特撮でスーツアクターが着るヒーロースーツの構造やデザインについてだな。知ってるか? ヒーローのマスクにはアクション用とアップ用があるんだぞ?」

「はあ……」


 真の披露する知識の熱量に、立花が少し後ずさる。

 だが、もうそれを気にすることもなく、真はさらに説明を続けていく。


「止まったカメラで映す場面のアップ用は傷も少ないし質感にも重点を置いているからな。画面映えするんだ。しかしそれゆえに重さもあるし視界確保のための覗き穴も小さい。ましてや傷をつけるわけにもいかないから当然アクションには向かない。ここまではわかるな?」


 語る真は、うんざりした立花の顔など見ていない。


「いや、その話はもういい。で、それがどう追川とつながるんだ」

「追川も、その被服研究部の部員だ」

「え」


 真はあえて被服研究部がほぼひとみの私物であることは伏せたのだが、それでも、立花は驚きを隠し切れないといった風に声を漏らした。

 追川ひとみという少女は魔法少女騒動が起こるまで、いや、起こった後の今ですら、クラスの中でほとんど存在を認識されないような立ち位置を確保しているのである。誰も追川ひとみを知らないのだ。


「で、まあ、魔法少女の情報絡みで、俺は追川に少々借りがあってな。頭が上がらない部分もあるんだ」


 こうなってしまった以上、真は今後起こるであろう問題も踏まえてさらに説明を重ねておく。

 言葉は色々と誤魔化してはあるが、内容的には概ね事実であった。


「つまりまあ、事実上、宇佐美は追川と付き合っていると」

「なんでそうなる」


 不機嫌な言葉にも、立花はニヤニヤと笑うことを止めはしない。


「ツンとデレ。受けと攻め。男女の仲なんてもんはそんなもんだ。まあ、そうじゃないと言い張るなら追求しないでおいてやろう。あ、そうか、昼いないと思ったら、そういうことだったんだな」

「どういうことだよ」

「わかったわかったみなまで言うな。じゃあ、お邪魔虫は退散するから、まあ、青春をエンジョイしてくれ」


 それだけ言い残して、立花はそのまま去っていく。


「事実上付き合っている。いい響きね」

「ひどい話だ……ってお、追川?」


 いつの間にか真の背後には、先程まで話題の主役だった追川ひとみその人が立っていた。

 相変わらず気配を感じなかったが、その顔には小さな笑みが浮かんでいる。


「事実上、ではなく、事実だったらもっといいんだけど、ねえ、真くん」

「そこはまだ議論の余地があるな。まあ話は準備室に行ってからだ。空腹時の議論は間違いなくこじれる」


 なんとかして問題を少しでも先送りにすべく、真はそう言ってひとまず会話を中断させる。なにしろ、空腹なのは事実なのだ。


「ところで、次のボーゼッツ戦なんだけど、そろそろ、大規模なキャンペーンでも打ってみようかと思うんだけど」

「キャンペーン?」


 家庭科準備室。

 昼食を前にしてかけられたその言葉に、もちろん真は嫌な予感しかしない。

 ひとみがなにかを考えるときは、いつもロクなことではないのだ。


「そう、キャンペーンよ。前回や前々回の戦闘で、結構多くの人たちに見てもらえたから、そろそろこちらからアピールしていく必要があるんじゃないかと思ってね。幸い、今回は次のボーゼッツも大体目処が付いているし」

「……こちらからアピールって、いったいなにをしでかすつもりだ」


 言葉の不隠さは嫌というほど伝わるが、その中身が見えてこない。

 それが真の不安を煽る。


「事前に宣伝するのよ。魔法少女マコピュアが悪の怪人を倒すってね!」


 そう宣言するひとみの表情は恍惚としており、完全に自分の計画に酔っているようであった。


「待て、戦うのは俺だぞ」

「もちろん、私も全力でサポートするわ。今回は絶対に負けられない戦いになるからね。いくつか切り札も用意してあるし」

「そうじゃなくてだな……」


 話の通じない様子に、真は大きくため息をつく。

 もし計画通り大勢の人々が集めてその前で戦うことになるのなら、これまで以上に様々なことに気を使わなければいけなくなる。

 それは真自身の戦い方であったり。

 周囲を巻き込まないことであったり。

 怪人との距離感であったり……。

 そんなこともあり真としては、できるだけ他の人間がいないところで戦いたいと思っているのである。


「たとえば、もしそれで誰かを巻き込んだとしたら、一体どう責任を取るんだよ。ボーゼッツだって簡単に倒せるとは限らないんだぞ!」

「その辺は心配ないピョン」


 突如現れたルイスが、真の言葉に割って入ってそう答える。


「いきなりしゃしゃり出てきたな、お前……。で、なにが心配ないんだ?」

「まず第一に、真の力ならまずボーゼッツには負けないウサ。それはこれまでの戦闘で真だってわかっているはずだピョン」

「これまではな。だけど、次も上手くいくとは限らないぞ」


 恐ろしいほど楽観的な言葉に、真は考えるよりも先に反論が出てしまう。

 だがそれに対しても、ウサギはまるでその反応を想定していたかのように、小さく指を振って言葉を続けていく。


「そこももちろん心配無用だウサ。ボーゼッツの強さは基本的にこちらの世界に出てくるまでの時間によって決まるピョン。今回のは発見も早かった分、おそらく今までで一番弱いウサ」


 自信満々にそう言い切られてしまうと、真もさすがになにも言い返せない。

 そんな様子を見ながら、ルイスはさらに胸を反らして説明を続けていく。


「そして第二に、ひとみに貸与した能力の一つに、ボーゼッツの空間的隔離があるんだピョン。これを機能させている間は、ボーゼッツは人間に対して接触が不可能なんだウサ」

「そんなことまでできるのか……」


 ひとみの能力については、実際のところ真もそこまで詳しいわけではない。

 いくつか説明はされたのだが、限定的なものも多く理解できなかったのである。

 それに、ひとみ自身もまだ完全には把握できていないらしい。

 ルイスの言葉を聞いて、どこか不思議そうな表情を浮かべている。


「そして第三に、あの希望の石の力は、人々の気持ちに反応するんだウサ」

「は?」


 いきなり明かされたその真実は、真から言葉を奪うには充分だった。


「誰かの強い意志であったり、人々が応援してくれれば応援してくれたりするほど、真の魔力は高まるんだピョン。まあ、現状だとそんな力がなくても大抵のボーゼッツには勝てると思うウサが」


 頭を抱える真とは対照的に、ひとみは少し考えた後、大きく頷いてルイスを見て口を開く。


「つまり話をまとめると、この街の人々に真くんのことをもっと知ってもらったほうが、マコピュアは強くなれるってこと?」

「そうだピョン」

「いや、そんな風にまとめるな……」

「これが現実だウサ。受け入れるピョン。真はもっと大勢に応援されるべきだウサ」


 現実。

 そのひとことで、真の中で一つの理想が音を立てて崩れていった。


「……わかった、もういい。それなら俺は魔法少女をやめる」


 それだけが、真が絞りだすことのできた言葉だった。


「え?」

「真、どうしたピョン」


 ひとみもルイスも真の宣言に唖然とした表情でそう漏らすだけである。

 だが、真の感情はさらに迷走するばかりである。


「俺は正義のヒーローになりたいと思った。魔法少女でも、それはひとつの形であるとは納得していた……」


 一度言葉が漏れだすと、今度はもう止まらなくなる。


「それがなんだ。殺戮装置でしかも見世物か! お前らは俺になにをさせたいんだよ! そんな魔法少女が現実なら、俺はもう魔法少女なんて……くそくらえだ!」


 乱暴に立ち上がり、真はそのまま家庭科準備室を飛び出していく。

 なにか声がかけられたのを後ろに聞いたが、立ち止まることなくそのまま廊下を走っていく。

 特別棟の果ての果て、どこに行くにも遠い。

 長い長い廊下と階段を越え、真はそのまま昇降口に向かい、昼休みの喧騒の中を抜けて帰路につく。

 なにが魔法少女だ。

 なにがマコピュアだ。

 なにが正義のヒーローだ。

 すべてを振り払うように、真はただただ歩いていた。

 どうやって家に辿り着いたのかは覚えていない。

 そして真は、あらためて、自分の力を確認する。

 バックルはまだ出る。

 暗い部屋の中、一人変身する。

 鏡の前で変身ポーズを取る。

 右手を鋭く、肩越しに斜め上へと突き上げる。

 そして祈るような感情を込め、バックルのあるべき場所へと手をかざす。

 部屋が光で満たされ、それが終わると、フリフリの衣装、すっかり変化した髪型の少女がそこに立っていた。

 宇佐美真は自分が魔法少女であることを確認して、泣いた。


 翌日、真は学校にも行かず一人部屋に篭っていた。

 ルイスも現れず、ぼんやりとした時間を過ごすだけである。

 すでに時間は昼過ぎだ。

 普段なら、そろそろ昼休みで、家庭科準備室に向かっている頃だろう。


「そういえば、昼食か……」


 この一週間でひとみの作ってきた弁当を食べることが習慣になりつつあり、自分で昼食を用意するということを忘れかけていた。

 それだけではない。

 魔法少女になる前、追川ひとみと出会う前に、自分がどうやって過ごしていたのかを忘れつつある。

 漠然と学校に行って、漠然と学校を終えて、漠然と正義のためと称して街をパトロールする。

 もちろん、なんの事件も起こるはずもなかった。

 たまに不良と喧嘩になったりもしたが、いたって平和で平凡だった。

 あの日までは。

 あの日、追川ひとみを助け、ルイスと名乗る喋るうさぎのぬいぐるみと出会い、宇佐美真はヒーローとなった。

 それが一週間ちょっと前だ。

 それからは、ずっと追川ひとみと一緒にいた気がする。

 記憶の中に、常にあの少女の姿がある。

 共に戦い、言い争い、笑いあい、時間を共にした。

 だが今は一人だ。

 一人に戻ったのだ。

 記憶を辿る中、今日の夕方、ボーゼッツが現れるということを思い出した。


「そうだったな……」


 漠然とした気持ちを抱えたまま、真は、横になって時間が過ぎるのを待っていた。

 時間になり、真はゆっくりと家を出て問題の駐車場に向かう。

 魔法少女になる気は起こらなかったが、ボーゼッツが、怪物が現れる以上、それをどうにかする必要はある。

 殺戮装置。

 ブラウの言葉が真の脳裏に蘇る。

 一度、ボーゼッツの動きをもう少し観察してみる必要があるかもしれない。

 そして真は、駐車場で想像もしなかった光景を見た。


「魔法少女が、戦っている……?」


 そこにいたのは、ザリガニの姿をしたボーゼッツの着ぐるみ怪人と、真の変身後の姿とよく似た、だがどこか情報量の少ない魔法少女である。

 近付き、その姿をハッキリと確認して真もようやくわかった。

 その魔法少女は、追川ひとみであった。

 ザリガニ型着ぐるみ怪人は動きからして明らかに鈍く目に見えて弱かったが、それさえもロクに捌ききれず、ひとみは明らかに苦戦をしている。

 腰も引けているし、ステッキの振り回し方も力が入っていない。

 ザリガニ型着ぐるみ怪人がハサミで殴りつけると、受け身も取れずに地面に転がされる。

 見ただけでわかる。

 追川ひとみはこれまでの人生で、こういった荒事など未経験なのだ。


「なんで、なんでお前が戦ってるんだよ……」


 車の影に身を隠しながら、もどかしく、真はその戦いぶりを見つめている。

 手には既にバックルを握りしめている。

 変身して、追川ひとみを助けなければ。

 それもできずに、なにが正義のヒーローだろうか。

 変身の決意を固め、どこかもっと目立たない物陰に走り出そうとする。

 その時だった。

 金色の光がどこかから飛んできて、ひとみに襲いかかろうとしていた着ぐるみ怪人を弾き飛ばす。


「えっ?」


 まばらな見物者も目の前でそれを見たひとみも驚きを隠せなかったが、その光景に最も驚いたのは、今まさに変身しようと構えていた真であった。

 なにしろそこに現れたのは未知の魔法少女だったのである。

 真の魔法少女姿やその偽物のようなひとみとはまったく異なる、黒を基調としたドレスのような衣装。

 フリルやレース、そして金色のラインがあしらわれた優雅な装飾。

 ひとみのセンスとは何もかもが別物の、知らない魔法少女。

 もちろん、その顔にも見覚えはない。

 美人だがどこか冷たい感じのする、鋭い印象の少女だ。


「そこで見ていなさい、無様な魔法少女さん。私が本当の魔法少女を見せてあげますわ」


 その手に逆手に握られているのは、十字架のような銀の剣。

 それがきらめいたかと思うと、その魔法少女は一瞬で着ぐるみ怪人の懐に潜り込み、そのまま胴を斬り裂いて横を駆け抜ける。

 決着は一瞬だった。

 ザリガニ型の着ぐるみ怪人はその場で光に包まれ、塵となり雲散霧消していく。

 真は見ただけでわかった。

 この魔法少女は、強い。


「これでわかってもらえたかしら。私こそが真の魔法少女、グランツナイト。これからは、私がこの街を守るわ」


 グランツナイトと名乗った魔法少女はそう宣言し、優雅に一礼をする。

 その顔に浮かぶのは、強い決意とどこか冷めた視線。


「魔法少女は、一人でいい。あなたも、こんな危険なことはもう止めて、一市民としておとなしく私に守られていなさい。それじゃあ、もう二度と会うことがないように祈っているわ」


 立ち上がろうとするひとみにそう告げて、黒い魔法少女はそのまま飛び去っていく。わずかばかりの群衆も、ひとみも、真も、その姿をただ呆然と見送ることしかできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る