エピローグ
青空になるまでは
「お、ようやく来たか。おい見たか? 昨日の魔法少女大戦!」
翌日、真が登校するなり、立花がそう言いながら寄ってきた。
目撃もなにも当事者だ、と主張するわけにもいくまい。
ただでさえ、状況はマズイことになっているのだ。
あの巨大なウサギ型ボーゼッツが倒れた後、場の流れはなんとなく覚めきってしまい、そのまま青の魔法少女ルバードは逃げるようにその場を去っていった。
駐車場を歪めていた結界が解けたのか、小屋のような風景も、怪物のような自動車も消え、元通りの世界に戻る。
追いかけることも考えたが、真の前にはもう一人、黒い魔法少女である椚雅美がいた。
「なるほど、それがあなたの魔法ヒーローとしての姿なのね」
相変わらず抑揚のない声で、雅美は真を一瞥してそう言った。
真は身構え、決闘の再開に備える。
雅美がここに追いかけてきたということは、その続きに来たということなのだろう。
だが、雅美は小さく首を振ると、諦めたようにため息を付くだけである。
「いいえ、やめておくわ。今の私ではあなたに勝てない。私も魔法少女として、なにか他の手を考えることにするわ」
そうして、ゆっくりときびすを返して去っていく。
しかし最後にひとこと、彼女は巨大な爆弾発言を残していった。
「その赤いマフラー、似合っているわよ」
それだけ告げて、黒い魔法少女は飛び去っていった。
その言葉で、真はようやく自分の犯した過ちに気が付いた。
なにしろこのマフラーは、宇佐美真の象徴である。
宇佐美真がヒーローであるために身に着け続けていたマフラーだ。
実際、これを身に着けて初めて真は魔法少女であり、ヒーローであると自覚できたのである。
だが逆にいえば、それをマコピュアが身に付けることの意味も考えるまでもなくわかることだろう。
あの大観衆に囲まれた決闘中にマフラーを付けるような事態にならなかったのは不幸中の幸いだった。
雅美は、この正体に気が付いただろうか。
意識をズラすフィルターがどこまで効果があるのかはまったくわからない。
「あーあ、やってしまったわね……」
真と同じように状況を読み取ったひとみが、呆れたようにそうぼやく。
「あれ、確実にわかって言ってきたでしょう」
「いや、多分、大丈夫……だと思いたい……」
もはや真の言葉に毅然さも勇ましさも冷静さも残っていない。
そこにあるのは、絶望と動揺だけであった。
「しっかし、強かったな、マコピュアちゃん。元々戦闘でも強かったが、あそこまで武闘派とは思わなかったぜ」
相変わらず真の秘めたる感情など気にすることもなく、立花は一人でべらべらと話を続けている。
だがどうやらこの様子だと、マコピュアの正体が宇佐美真であるということを触れられ回っているということはなさそうだ。
椚雅美はもっと別の手段としてそれを使うことを選んだのだろう。
話を聞きに行きたいと思うものの、こちらから踏み込んでは明らかに地雷を自分で爆発させに行くようなものだ。
「ああ、おはよう。久し振りだね、宇佐美くん」
真が悩んでいると、今度はブラウが話に混ざってくる。
「ブラウも、昨日の魔法少女の決闘は見てないのか?」
無邪気に立花がそう尋ねると、ブラウは、少しだけ困惑の表情を見せ、すぐに首を振って見せた。
「残念だけど、昨日も色々と手続きなんかで忙しかったからね。その、決闘とやらについてはわからないな」
「なんだお前もあの大イベントを生で見てないのかよ。真といいブラウといい、魔法少女ファン失格だぞ」
立花は一人で興奮しているが、真もブラウも、心ここにあらずといった表情で立花を見ているだけだ。
ブラウがなにか言ってこない限り、真もなにも言うつもりもない。
そして、もう一人。
この魔法少女騒動のある意味での中心人物である追川ひとみも登校して来た。
ブラウはひとみに訝しげな視線が向ける。
だが、なにも口にはしない。
もちろん、ひとみの方からなにかを言うことなどありえない。
ただただ、どこか不穏な空気になるばかりだ。
おかげでクラスに蔓延する魔法少女の決闘の話題とは別世界のように、その一角だけがただ静かな空気が流れていた。
「いや、なんなんだよ、いったい……」
立花だけが、その状況をなにひとつ飲み込めないままであった。
■ ■ ■
「で、どうするの? 魔法少女を続けるの?」
昼休み、真はひとみと共に家庭科準備室にいた。
昨日は戦いの直後ということもあり、今後については一晩考えてから話し合おうということになったのである。
最初は、二人ともなにも言わずに黙々と昼食を食べた。
どんよりとした、気まずい沈黙が続く。
そして、意を決して、真がその質問を口にしたのである。
「……これからも、ボーゼッツは現れるんだろう?」
それに対するひとみの答えは、ただ、事実の確認であった。
「そりゃそうでしょうね」
「なら、戦うしかないだろう」
それが真の答だった。
だが、真のその答に対して、ひとみは呆れたように溜息をついてみせ、もう一つ、より核心へと迫る質問をぶつけてきた。
「それは、魔法少女として? それとも、魔法ヒーローとして?」
「それは……」
思いがけない質問に、真は少し面食らったように顔を伏せる。
だが、すぐに答えを見つけたのか、ゆっくりと顔を上げた。
その表情は迷いが見えながらもどこか晴れやかで、それ自体が一つの答えでもあるようだった。
「俺は、ずっとヒーローになりたかったし、実際、ある意味でヒーローになることもできた」
宇佐美真は静かに語る。それは彼の夢の一つの形。
「誰かが願った夢を守ることがヒーローなら、それが魔法少女だというのなら、俺は魔法少女を続ける」
そして宇佐美真は笑った。
それはヒーローが見せる、優しい微笑みだ。
「誰かが願った夢、ねえ……」
わざとらしく呆れた声を出しながら、ひとみは目を背ける。
「ああ、夢さ。なんにしても、俺の夢のためにもこの力は必要だしな。だからまあ、もう少し、力を貸してくれると、ありがたい」
「ああ、もう、そうじゃなくて!」
「そうじゃなくて、なんだよ」
「私の願った夢もまだまだ途中だってことよ、宇佐美真くん。私はヒーローであるあなたと、もうひとりのあなたを見てるんだから。だからほら、早く公私共にパートナーになりましょうよ!」
「いや待て、それとこれとは少し話が別でだな」
情熱的な視線を向けてくるひとみと、それに対して微笑みを苦笑いに変える真。
だがそれでも真の瞳には、確かに目の前の夢が映っていた。
ヒーローになりたい俺の、魔法少女という解釈違い シャル青井 @aotetsu
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