答えはこの手の中に
目の前は黒。
確か前にも、こんな事があったなと、真はぼんやりと闇の中に想う。
あの時は確か、嘆き、無力感に苛まれ、立ち上がることも出来なかった。
「真くん……! 真くん!」
だが今は違うらしい。
漠然とそんな事を考えていた意識に、叫び声が耳に届く。
それに合わせて、遠くから光が戻ってくる。
気がついたときには、真は、ひとみの籠にもたれかかるように倒れていた。
なんとか生きている。ひとみの声がそれを教えてくれた。
だが、今の俺になにができる。
ぼんやりとした意識で、真はふと首元に手を伸ばす。
だが今は、その首にマフラーはない。
ああ、そうだ、今の自分は魔法少女なのだ。
魔法少女は変身後、服装が全て魔法少女のものとなる。
マフラーはその時、元の服と同じように置き換わり、どこかマジカルな空間へと収納されているのだ。
そうだった。
正義のヒーローになりたかったのに、今、そのための最後のパーツが足りない。
その時、その手に、マフラーの感触が触れた。
真自身が一番良く知る、あの、愛用の赤いマフラーだ。
「真くんに足りないのは、そのマフラーなんじゃないかって」
そう言って、ひとみが笑っている。
思い出した。
風に飛ばされそうになって以来、ひとみに預けていたのだ。
そして今それを籠の中から渡された。
ひとみはずっと、そのマフラーを持っていてくれたのだ。
「ほら、今こそ必要なんでしょう、これが」
マフラーを渡しながら、ひとみがそんなことを言ってくる。
「何度でもいうわ。あなたはもうヒーローなの。なりたいとか、なれないとか、そういう話じゃないのよ。あなたは私のヒーロー。それはもう絶対の事実だから」
受け取ったマフラーから熱を感じる。
ひとみも、ルイスも、アクセサリーに効果はないと言っていたが、そのマフラーを手にした真にはそうは思えなかった。
思い出した。俺は無力なただのヒーローに憧れていただけの少年ではない。
俺は力を得たのだ。
誰かのために戦う力。
ああ、そうだ、今の自分は魔法少女なのだ。
それが魔法少女でも、それでも、この力でヒーローになれる。
少し意識を走らせると、まるでそこにあるのが当然であるかのように、マフラーはなにもせずとも真の首へと巻き付いてくる。
そうとも、これが自然だったのだ。
これこそが、このマフラーこそが、宇佐美真のヒーローとしての象徴。
ひとみの言う通り、ずっと、魔法少女マコピュアに足りなかったものだ。
身につけたマフラーから強い力を感じる。
それはひとみの込めた祈りか、それとも、真が抱き続けてきた意志か。
なんでもいい。
いま立ち上がり、戦う力になれば、それでいい。
戻ってきたマフラーで口元を隠し、真はゆっくりと身体を起こしていく。
全身に再び力がみなぎっている。
これまでよりもずっと強い、真自身の本当の力だ。
魔法少女の力に、それが上乗せされている。
マフラーが真の体からあふれる魔力ではためいて、それに同調するかのように、魔法少女の衣装の各部分に赤い色が宿る。
水色と白を引き立てるような、赤。
「少し、離れてろ……」
そして真はまず、手元に呼び出したステッキで自分の後ろの檻を打ち付ける。
だがそれはもやは、叩くというよりは先端にまとった魔力で断ち切るといったほうが正しいだろう。
ステッキの赤い残光が檻の前を行き来し、そのまま檻の柵をみじん切りにする。
「これでこそ、魔法ヒーローというわけだな……」
ひとみとルイスが檻から出るのを確認して、一人納得したようにつぶやき、真はもう一度目の前の光景を見据えた。
雅美も、ルバードも、驚きに満ちた表情でこちらを見ている。
そうだ、戦うしかない。
今までで最も強い、戦う意志を持って。
今こそ、ヒーローになる時だ。
「ふーん、まだ戦えるのかい。まあ、何度来ても同じだよって」
「だとしても、俺は正義のヒーローであり続ける」
「さっきまでのことをもう忘れたのかな。ほら、君の相手はこいつだよ!」
ルバードの声とともにウサギボーゼッツの巨体が立ち塞がる。
確かに、先程まではその質量に圧倒されていた。
だが、今の真は違う。
「ねえ、もしかしてあなた……」
「話は後だ、あの化け物を倒すぞ」
変異した真の姿を見て驚きを隠せない雅美の言葉を打ち切って、真は向かってくるボーゼッツと対峙する。
雅美も同じように横で剣を構えている。
「まともにやってもこれまでと同じだ……少し、時間を稼いでくれ」
「……時間ってあなたね……、まあいいわ。やってあげるわよ……」
そう言いながら、雅美が先にボーゼッツへと向かっていく。
もちろん、ただそれだけではこれまでと変わらない。
だが、真には一つの作戦があった。
(確かに、固くてタフで、真正面からやりあったらどうにもならない相手だ、だが!)
打ち合う雅美の横を抜けて、ボーゼッツの真横まで回り込んだ真が急ブレーキとともにそのまま飛び上がる。
狙うはその顔面。
「あの野郎が中にいたときはかなり効いていたみたいだからな。そこならダメージも通るだろう」
もちろん、ボーゼッツといえどもそれくらいは見越している。雅美を左手で相手にしつつ、飛び上がる真を払いのけようと右腕を振り上げる。
「ここまでは、当然お見通しだ。俺じゃなくて、あいつがな……」
「まったく、人使いが荒いわね!」
セオリー通りの、誰にでもわかるような戦いにおいてなら、椚雅美の実力は充分に発揮される。
鈍重な左手一本など簡単に振り切って、右手の動きを牽制しようと翔んできたのだ。
打ち合わせなどいっさいしていない即興のコンビネーションだが、それでも、真は雅美がそう動くと確信していた。
それと同時に、真はステッキを振りかざして一つ小さな呪文を唱える。
真紅の閃きが真から走り出たかと思うと、ボーゼッツの右腕に赤いなにかが巻き付いている。
それは魔法によって強化され、姿を変えた真のマフラーだ。
「捕まえたぞ、怪物……!」
赤の魔力に引っ張られて、右腕は完全に無防備になる。
そこに雅美の一撃が叩き込まれ、ボーゼッツは動きを止める。
「ほら、お膳立ては出来たわよ! 譲ってあげるんだから、派手に決めなさい!」
その言葉に小さくうなずく。
そして今度は巻き付いたマフラーをたどるようにして、一気に怪物の懐へと踏み込んでいく。
そのまま跳躍し、空中から、勢いよく、ボーゼッツの顔面目掛けて飛び蹴りを放つのだ。
「喰らえ! 【
ありったけの声で叫び、一気にボーゼッツの頭部を蹴りつける。
マフラーが後ろに流れ、まさに彗星の尾のように赤い魔力の光を散らしがならなびいている。
蹴りを受けた巨体がぐらつき、さらに押され、そのままその場へと倒れる。
真は蹴った体勢から反動で空中へと跳ね上がり、そのまま、ボーゼッツを背後にして着地する。
次の瞬間、真の後ろで、ひときわ大きな爆発が起こった。
そして残されたのは静寂。
怪物は消え、後には拳ほどの大きさの宝石だけが残される。
勝敗は、決した。
魔法ヒーローの勝利である。
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