お前の望みを言え(中編)

 翌日の教室は当然のように、駐車場に現れた二人の魔法少女についての話題で持ちきりだった。

 真が登校してきた時点で、教室はハッキリといくつかの勢力に分かれて議論が繰り広げられていた。

 その焦点はもちろん、ひとみが変身した魔法少女と謎の黒い魔法少女だ。

 目撃者がそう多くなかったこともあり、情報は交錯しているようであった。

 たとえば最初の魔法少女、いわゆるマコピュア派の生徒たち曰く。

「あの黒い魔法少女は悪魔の使いであり、最初の魔法少女こそ純粋な魔法少女なのだ」

「昨日は黒い魔法少女の陰謀で力を発揮できずにあんな遅れをとったのだ」

「自分たちの力で、なんとかあの魔法少女の力になれないものか」

 そんな風にして妄想が煮詰まり、どこか危険な空気が充満している。

 もちろん当事者である真としては気が重いのだが、その話の中で一つ気になった点がある。

 彼らの多くは、昨日のひとみの変身した魔法少女とこれまで真が変身していた魔法少女の区別が付いていない生徒が多いことである。

 主流を占める『昨日は遅れをとった』という言説からもそれがうかがえる。

 昨日の魔法少女は、両者とも昨日が初めての実戦だったにもかかわらずだ。

 一方の黒い魔法少女派も、そのあたりについては大差はなさそうだ。

 あの黒い魔法少女こそが真の魔法少女であるというのが彼らの主張で、その根拠は、より魔法少女らしいことと、昨日の怪人との戦闘ぶりをあげていた。

 ようするに、これまでの魔法少女と思われていた少女は、昨日は手も足も出なかったではないかというのである。

 それを聞いた真は、言いたいことが山のように胸に詰まり、それをこらえるので必死だった。

 昨日のひとみの戦いぶりをただの傍観者がしたり顔で馬鹿にするのも不愉快だったし、自分の戦いぶりをそれを一緒にされてしまうのも気に障った。

 お前らはその区別さえも付かないのか。

 妙にとんがっていたり、マフラーが色違いだったりするニセモノに気が付かない人々というのを現実でも見ることになるとは思わなかったというのが真の率直な感想だ。

 それにあの黒い魔法少女。

 真が見る限り、あのあの魔法少女は強いが、どこか危険な雰囲気がある。

 彼女は誰かのために戦っているのではない。

 彼女自身が己をアピールするために戦っているように思えるのだ。

 それは、最後の言葉にも現れている。


『魔法少女は、一人でいい』


 協力する意思もないし、存在さえも認めない。

 真はそこに込められた黒い魔法少女の意識に、恐ろしささえ感じている。

 はたして、彼女の目的はなんなのだろうか。


「で、宇佐美はどっち派なんだよ」


 早速、立花が寄ってきてそう尋ねてくる。

 だが立花が聞くまでもなく、教室には、誰もがその質問に答えなければいけないような空気が充満していた。

 立花はただの代理人にしかすぎない。

 真はしばし考える。

 あの黒い魔法少女を応援する気にはなれないし、答えは決まってはいるのだが、自分をどの程度のポジションとしておくべきか。

 正体が自分自身なだけに下手なことは言えない。

 どこから正体が漏れてしまうかわかったものじゃない。


「そう言うお前はどうなんだ?」


 そうして真が使ったのは、質問を質問で返すという手段であった。

 立花が不満を返したら、その時は諦めよう。

 そう思っていたが、そのクラスメイトの答えは拍子抜けするほど明快だった。


「俺? 俺はもちろん初代魔法少女、マコピュア派よ!」

「……そうか」


 胸を張ってそう答えられると、当人としては複雑な気持ちになる。

 だがそんな真の心情など気にすることもなく、正体を知らない立花は、目の前にマコピュア本人がいることも知らずにさらに言葉を積み上げていく

「純真無垢で純情可憐。戦うことになった戸惑いと、人々を守るために立ち上がる勇気。まさにヒロインそのもの。魔法少女かくあるべき!」


 それらの熱弁に、真は心の中で頭を抱えた。

 いったいこのクラスメイトの目には、あの自分はどう映っているのだろうか。

 真にはそれを想像するのも恐ろしかったが、それが立花だけではなく、あの魔法少女を見るほとんどの人間が多かれ少なかれ持っている感情であることがさらに肝を冷えさせた。


「で、お前はどうなんだよ、宇佐美」

「俺は、あの黒い魔法少女は、あまり好きではない、かな……」


 なるべく自身の魔法少女の事に触れないようにしながらも、真は自分の中にある本心を語った。

 真実を意図的に口にしないことはできるが、嘘を付くのはやはり難しい。


「おお、宇佐美ならやっぱりそう言ってくれると信じてたぜ! そうだよな! マコピュアちゃんが最高だよな!」

「いや、そこまでは……」


 自分が関係なくても、真は今の立花のテンションにはついていけそうもない。

 立花だけではない。

 クラス全体がそんな雰囲気に飲まれてしまっている。

 その原因は言うまでもなく、あの新しい魔法少女のせいだろう。

 比較する対象が現れたことでそれぞれについての派閥が生まれ、それらに属することで自分の立ち位置を決めたがる人々が勢力争いをしているのだ。

 その事実に、真はますますゲンナリさせられる。

 そしてそれと同時に、あの黒い魔法少女への怒りも静かに増していく。

 魔法少女は一人でいい。

 この状況を見る限り、それは事実だろう。

 魔法少女は一人でいいのだ。

 二人も必要はない。

 だが、後から出てきて場を引っ掻き回した輩がいう言葉ではあるまい。

 立花を適当にあしらいながら、真はあらためてクラスの様子を確認する。

 まだ、追川ひとみは来ていない。

 そのことに胸を撫で下ろすが、だがすぐにそれはこの後おとずれるであろう事態の先送りでしかないことに気付き、逆に胸が重くなる。

 あの冷静な猫かぶりのことだ。

 この状況も適当にマコピュアを立てつつ愛想笑いで切り抜けるだろう。

 だが問題は家庭科準備室に行った後だ。

 今度は一体どんな無茶を押し付けられるかわからない。

 人前で黙っている分の鬱憤を魔法少女行為で持って晴らそうとするのが追川ひとみなのだ。

 そしてその魔法少女は他ならぬ宇佐美真なのである。

 しかし、無碍にノーとも言えない状況も形成されつつある。

 しばらく変身できないとはいえ、もし真が魔法少女を拒み続ければ、ひとみはもう一度自分で変身するだろう。

 そうなれば、今度こそ色々なものが危ない。

 ひとみがまともに戦えるようになるとも思えなかったし、あの黒い魔法少女が黙っているはずもない。

 そうなれば、二人の魔法少女の間には決定的な差が生じることになるだろう。

 ひとみもまたマコピュアと思われている以上、それは同時に真自身の魔法少女としての地位の失墜ということでもある。

 そこまで考えて、真はふと思う。

 マコピュアと呼ばれるあの魔法少女の地位が失墜して、自分はなにが困るのだろうか。

 そんなことを考えている時点で、自分はまだ魔法少女に未練があるのだ。

 それを思い知る。

 だが、今この教室で語られているようなモノになりたいわけではない。

 ではなにを求めているのか。

 あらためて、そのことを考える必要がある。

 それに思い当たった時、真は一つの違和感に気が付いた。

 普段なら立花とつるんでいるはずのブラウの姿がない。

 元はといえば真の思考が魔法少女への不信に傾いたのは、あの転校生の殺戮装置という言葉が原因だったのだ。


「なあ、そういえばブラウはどうした?」

「いや、知らないぜ。なんの連絡もないしな」

「そうか……」


 心配は特にしてはいないが、この教室の状況を見て、あの転校生が黒い魔法少女についてどんな言葉を語るのかが気になったのだ。

 あの黒い魔法少女は、それこそ、殺戮装置以上に厄介な存在かもしれない。

 真は遠巻きにその戦いぶりを見て、それを確信していた。

 あの魔法少女の根底にあるのは、己の欲望だ。

 では、自分は?

 マコピュアという魔法少女の根底にあるのは?

 同じだ。

 正義感という名の、ただの自己満足の欲望だ。

 それに気が付いてしまったから、魔法少女に忌避感を抱くようになってしまったのだろうか。

 真はその答えを見つけられずにいる。

 そしてそこに、答えの鍵を握る人物がやってきた。


「これは、なんの騒ぎ……?」


 真にそう話しかけてきたのは、いつの間にか登校して来ていた追川ひとみである。

 教室では相変わらずの存在感の薄さで、ある程度注視していたのにまったく気が付かないまま真の横に来ていたのである。


「……昨日の二人の魔法少女、どっちがいいのかだとさ」


 その質問に、真は投げやりな答えを返す。

 まともにそれを説明するのも馬鹿馬鹿しかったし、ひとみに真剣に捉えられすぎても困ったことになるのは明白だ。


「ふーん。まあ、詳しい話は後で聞かせてもらうわ」


 それだけ言ってひとみはごく自然に自分の席へと戻っていく

 その『後』になにが待ち構えているのか。

 それを考えるだけで真の気分は重くなるばかりであった。


 だが、その『後』は思わぬ形で先送りとなった。

 昼休み、ひとみから遅れて家庭科準備室に向かおうとする真に対し、突如アクシデントが降りかかってきたのである。

 その予兆は、やけに廊下が騒がしくなったことから始まった。

 ざわめきは徐々に近付き、やがて、真のクラスの前で止まる。

 喧騒の中心である教室の入り口に、一人の女子生徒が仁王立ちしていた。


「このクラスに、魔法少女に詳しい生徒がいると聞いたのだけれども?」


 そこに立っていたのは、美人だがどこか冷たい感じのする鋭い印象の少女。

 黒く艶やかでウェーブの掛かった長い髪も、隙のなさの象徴のようで、まるで見えない壁を作っているかのようだ。

 こなれた優雅な制服の着こなしや緑色のネクタイから、その人物が三年生であるのがわかる。

 周囲の真の同級生とその女子生徒では、纏う空気が全く別物だ。

 同じ校舎で同じ制服を着ていても、人間はここまで差が出るものだということを思い知らされる。


「まさか、彼女が……」


 真は、その姿を見てそう漏らす。

 当然というべきか、交友関係の狭い真に三年生の知り合いなどいるはずもない。

 しかし、それでも一目見ただけでわかった。

 その教室の入り口に立つ人物こそが、あの黒い魔法少女だ。

 真やひとみも使う認識を歪める結界の隙間を縫うようにして、真はそれを感じ取ったのである。

 だが、それは自らも魔法少女である真だからこそ可能だったらしい。

 周囲のクラスメイトは、黒い魔法少女派の生徒たちも含めて誰も特に変わった反応をしていない。

 真がマコピュアであることを認識できないように、あの黒い魔法少女と入り口の女子生徒が結びついていないのだ。

 その中で一人警戒心を強める真だが、真がそんな心境であることを知る人物など、この教室に誰もいない。

 唯一それを知る可能性のあった相棒の女子生徒は、既にさっさと教室を出て家庭科準備室へと向かっている。

 それゆえに、真の意志とは無関係に、無責任な言葉が飛び出して来ることになったのである。


「ああ、それならそこの宇佐美真って奴ですよ!」


 その声の主は立花だ。

 真に言わせれば立花のほうがよっぽど魔法少女の情報を持っていると思うのだが、このクラスメイトは真を推薦してきたのである。


「お前な……」


 真が抗議の目で睨みつけても、立花はまったく気にする素振りもない。

 ヘラヘラと笑いながら適当な話を口にする。


「まあ、相手はあのスーパー生徒会長の椚雅美くぬぎまさみさまだからな。お前が緊張するのも無理はない。わかるわかる」

「スーパー生徒会長?」

「いや、お前、まさか知らないのか」

「知らないな」

「おいおいマジかよ。才色兼備文武両道、この学校でもっとも神に選ばれた人物。いやむしろ神に近い人物。それがあのスーパー生徒会長、椚雅美という女性だ。入学式の生徒会挨拶とか聞いてなかったのか」

「興味なかったからな」

「お前、ある意味すごいな」


 そう言われても真にはまったくピンとこない。

 見た目は確かに美人はあるが、昨日の魔法少女としての印象が残っているせいか、美しさよりも先にどこか冷たさを感じてしまう。

 隙を見せるわけにはいかない。

 正体を見破られてはいけない。

 緊張感が真の神経を尖らせる。


「ああ、そうなの。じゃあ、ちょっと来てもらっていいかしら?」


 教室入り口から急かす声が飛ぶ。

 いいわけないが、真としても事を複雑にしたくはないのも事実だ。

 それになにより、あの黒い魔法少女の正体と思われる人物である。

 今後のためにも、なにかしらこの状況に探りを入れる必要はある。

 それに考えてみれば、下手に立花に情報などが漏れるのも厄介だ。

 直接接触して、その情報でもって対峙しなければならないだろう。

 決意を固めて席を立ち、真はその上級生、椚雅美の元へと向かう。


「君がその、魔法少女に詳しいという宇佐美くん?」


 にこやかな、社交的な、作り物のような笑み。


「はあ、まあ、そういうことになっています」


 一方の真の言葉も、どこか作り物めいた適当な相槌だ。

 実際には、このクラスに、この学校に、この街に、宇佐美真ほど魔法少女についての情報を持っている人物はいないだろう。

 なにしろ魔法少女本人なのである。

 だが、そんな真が知らない魔法少女の情報が、あの黒い魔法少女についてだ。


「それじゃあ、ここでお話しをするわけにも行かないし、ひとまず生徒会室へ行きましょうか」


 その言葉に真は無言で頷く。

 警戒心、猜疑心、そして隠した敵対心と、ほんの少しの好奇心。

 それらの心を混ぜあわせたまま、真は、椚に従って生徒会室へと向かうのだった。

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