魔法ヒーロー半端ないぜ(中編)
「なんてこった……」
決闘の舞台として指定されたデパートの屋上駐車場は、既に多くの野次馬にあふれていた。
真は、上空からその様子を見て気が滅入りそうになる。
今からこれだけの群衆の視線に晒されながら戦わねばならないのだ。
真としてもヒーローに憧れる中で、誰かに注目を浴びたいと思った時期がなかったわけでもない。
しかし、それが本当に求めるものでないことにはすぐに気が付いた。
そして今、その理由がそこに広がっていた。
「お、あれ、マコピュアじゃないか!」
下で誰かが真の存在に気が付いたらしい。
一気に騒がしくなり、無数の顔が自分を見つめてくる。
その中には、真の同級生の立花の姿もある。
一方で、今日もブラウの方はいない。
だが、そんな群衆の視線とはまったく別の気迫を持っている視線が一つ。
少し離れた位置に立つ、この決闘の当事者である黒い魔法少女、椚雅美だ。
その眼光は立花たちのような野次馬の好奇心ではない、完全な、敵対者のそれだ。
だからこそ真も、この有象無象な野次馬の視線以上に、そのたった一つの視線を意識し、恐怖し、そして昂ぶるのである。
ゆっくりと、覚悟を決め、真はその黒い魔法少女の前へと降り立つ。
その途端に、静かで抑揚もないが、それでも確かな鋭さの込められた声が飛んだ。
「来たわね、魔法少女マコピュア」
声の主はもちろん目の前の黒い魔法少女である。
黒を基調としたドレスのような衣装に、フリルやレース、そして金色のラインがあしらわれた優雅な装飾。
その姿は間違いなく、椚雅美の変身した姿だ。
真はなにも答えず、ただ正面にその黒い魔法少女を見据える。
もちろん、黒い魔法少女も変わらぬ鋭さで目の前に降り立ったもう一人の魔法少女を見続けている。
二人の魔法少女が相対し、群衆も固唾を飲んでその様子を見つめる。
その視線を一身に集めて、雅美が、さらなる言葉を紡いでいく。
「あなたの噂を聞いたときから、こうして相対してみたいと思っていたわ」
ゆっくりと、そして淡々とした口調であるため感情もつかみにくいが、そこに込められた熱意を真は確かにすくいとっていた。
雅美が語り続ける以上、真はなにも言葉を挟まない。
なにをどう口にすればいいのかわからないというのもあったが、このもう一人の魔法少女がいったいなにを考えているのか、それが知りたかったのだ。
「私はあなたよりも後に魔法少女になった。あなたの噂を耳にしたとき、私は嬉しかったわ。この世界に、本当に魔法少女が存在していたのだから」
言葉として答えることはなかったが、真にも、雅美のその気持ちは手に取るようにわかった。
夢が、理想が、想像上の存在でしかなかったすべてが、確かな現実として成立するようになったのだ。
魔法少女は実在する。
それがわかった時、雅美の目に映ったのは、いったいどんな世界であっただろうか。
「そして、私にもチャンスが巡ってきた。希望の国の使者から託された、一つのコンパクト。そうして、私も魔法少女になった」
その言葉は真にとっても重要なものだ。
自分とまったく異なる道から魔法少女になった雅美。
その力の正体はいかなるものだろう。
「あなたはなぜ、魔法少女になろうと願ったの」
真は、それを探るべく言葉をつなげる。
「ずっと、ずっと憧れていた。自由に魔法を使い、皆に愛される魔法少女になる。それが夢だった。……でも、もうあなたがいた」
最後に告げられた静かな言葉、静かな視線。
真はそこに、椚雅美の感情のすべてが込められているように感じた。
「だから私は、あなたを、他のすべての魔法少女を倒さなければいけない。唯一無二の魔法少女になるために。……魔法少女は、一人でいいのよ」
そう言い切ると同時に、雅美の右手に光が集まり、十字架のような銀の剣が実体化する。それを逆手に持つ独特の姿勢で構えながら、その眼の鋭さが増していく。
「もちろん殺したりはしないわ。あなたは人間。あの怪物たちとは違う。でも、私はあなたや人々に対して、私の力を証明する必要がある。行くわよっ……」
そして、光の帯を残しながら黒い影が跳んだ。
勢いよく、一直線にこちらに向かってくる。
状況の整わないうちの奇襲攻撃である。
一瞬の判断で、真は小さな動きでその影から中心をずらす。
この流れの中で大きく回避をしても、返ってその後に隙を作ってしまう。
ならば多少のダメージを受けても、一度相手の勢いそのものを殺して五分の体勢に作りなおすほうが得策だ。
真はその突進を見て、瞬時にその行動に移ったのである。
このあたりの冷静な判断力こそが、宇佐美真のこれまでの実戦経験の蓄積による強さの秘訣だ。
何度も何度も、不良相手に戦いを続けてきた真のこれまでの活動は、決して無駄ではなかった。
距離は充分。
相手の次の動きも、幾つかの選択肢の予想は立つ。
あとはそれに合わせてこちらも次の動きを選べばいい。
走りながら、逆手の下から銀の切っ先が繰り出される。
大丈夫だ。
これは予想された攻撃の中でも一番シンプルなものだ。
煌めきがそのまま線となり、身体を逸らした真の左肩を切り裂く。
浅い。
僅かな痛みはあるが傷はほとんどあるまい。
ここなら、この程度なら影響も少ない。
計算通りの動きで、計算通りの箇所を計算通り斬らせただけだ。
なんの問題もない。
真の計算よりもさらに良好で、すぐに、その受けた傷も服の損傷も魔法少女の魔力によって回復していく。
つまり、あの一瞬の痛み以外は、なんの影響もなかったに等しい。
ダメージの蓄積さえも計算から外すことができる。
ならば話は早い。
そのまま、斬りつけた直後の雅美に対して、真もステッキを振るい反撃に出る。
間合いは限りなく近く、勢いをつけるには狭すぎる。
あくまで牽制的なものでしかなく、致命的な一撃は見込めない。
それでも、体勢を崩させるには充分だ。
しかし雅美もすぐにそれを察し、銀の剣の根本でその攻撃を受け止める。
一瞬視線が重なり、そのまま鍔競り合いとなるが、真はすぐに勢いよくステッキで押し返し、そのまま後退して距離を取る。
お互いに無理はしない。
間合いが離れ、それぞれ体勢を整えて構え直す。
もちろん、真もこの一連の流れだけで決着をつけられるなどとは考えていない。
ここでのやり取りはあくまで布石。
雅美の力の程度や戦闘方法を確認するための様子見だ。
そしてその成果は充分なものだった。
確かに、この黒い魔法少女は強い。
動きも鋭いし、単なる身体強化による力任せではない、きちんとした戦闘のための動きを知っている。
そのあたりは、以前に椚雅美という人物と向き合った時に真が持った印象とはまったく異なっていた。
単なる魔法少女への憧れで動いているような夢見がちな少女とはかけ離れた、まったく油断ならない相手だ。
しかしその一方で、その戦闘方法はまだ明らかにこなれていない。
突進、斬りつけ、その後の追い討ち、そして真の反撃に対する対処。
どれも優等生的な動きではあったが、それ以上ではない。
型通りの動きと、具体性のない想像だけでの反応。
実戦経験が足りないのだ。
しかしそれも仕方あるまい。
普通の女子高校生が、そんなに喧嘩慣れしていても困る。
むしろ型通りとはいえ、こうして実戦でまともに戦える時点で充分だろう。
実際、シケルトンやこれまでのそう強くないボーゼッツあたりが相手なら苦戦もしないはずである。
だが、真のような歴戦の者にとっては油断はできないというのは確かだが、その一方で、御しやすい相手であることも事実だ。
再び距離を取り、相対する。
今度は互いの手に得物がある。
静寂。
睨み合い。
細かな動きで牽制するが、流石にそれだけでは状況は動かない。
真はその間にも次の動きを思案し続ける。
待っている分だけ、状況は僅かではあるが向こうに有利になる。
そして、一つの決断とともに動く。
主導権を握ること。
それが雅美のような相手と戦う時にはいつも以上に重要になる。
雅美の攻撃はそれぞれ高いレベルで纏まっており、それ故に危険であるのだが、その枠の外での動きとなると、おそらく途端に単調になるだろう。
ひとことで言えば、引き出しの数が多くないのだ。
それこそが真との決定的な差があり、そこに付け入る隙がある。
その状況を作るためにも、相手に考えさせないようにすることが勝負の鍵となる。
待つほど相手が優位になるのはそこだ。
考えさせる前に動く。
そのために真が選んだ動きは、先程の雅美の引き写しのような、直線的な突進であった。
雅美は逆手に構えた剣でそれを迎え撃とうとする。
ここから、状況はコピーではなく真のオリジナルとなる。
真がなぜ、一撃を受けてまで状況を膠着させたのか。
それはその答え合わせであった。
逆手の構えはその独特の動きであるため、切っ先の軌道が読みづらい。
もちろん雅美だってそれを認識しているからこそ逆手で戦うのだろう。
しかし、状況が限定されれば、おのずとそこでの軌道も限られてくる。
このような相手の動きに合わせて迎え撃つ攻撃は、完全な後手である。
狙わせる部位を限定することで、雅美の攻撃はその起動を固定される。
経験の引き出しか多ければここからでも状況をひっくり返せるだろう。
だが椚雅美の戦闘経験では、そこまで考えを回すことは難しいはずだ。
真は、先の突進からの斬りつけを受けた時点でそれを読み取っていた。
あのシンプルな攻撃という選択、そして直後の敵への対応と追い打ち。
型通りの一撃はたしかに素晴らしいものであった。その選択の中では。
しかしそれを選んだ時点で、彼女の引き出しの中身は露呈されたのだ。
真はその予想通りに向かってくる切っ先を、軽く苦もなく払いのける。
雅美もなんとか耐え抜く。
その一撃では剣を飛ばすまでは至らない。
だが、既に姿勢は崩れている。
真にはそれで充分だ。
あらかじめ準備しておいた右手首を、そのまま捻るようにして返す。
それによって、雅美の剣を払いのけたステッキが、今度は雅美の腹部をめがけて振るわれる。
雅美はよろめきながらも咄嗟に身体をひねりそれを回避する。
だが、体勢はさらに崩れていく一方だ。
すぐさま真はステッキの柄の部分でさらに追い打ちをかける。
雅美ももちろんさらなる回避を試みるが、踏ん張り切れない今の体勢では、彼女の考えている動きに身体がついてこない。
それこそが経験と想像のギャップ。
左腕でその一撃を受け止めるだけで精一杯だ。
苦痛に顔を歪める雅美。
一方で真は充分な手応えを感じる。
そのまま、距離も離せず再び状況は鍔競り合いとなる。
それが、真のもう一つの狙いであった。
ステッキと剣を挟んで、相手の吐息を感じるほどに顔と顔が接近する。
「なぜ、そこまでたった一人の魔法少女であることにこだわるの?」
誤魔化すように口調を変えながら、真は、目の前の黒い魔法少女のだけ聞こえるような声でそう尋ねた。
真のこの黒い魔法少女に対する疑問は、つまるところそこに集約される。
「私は……」
状況が状況でもあり、まだ腕のダメージも残っているためか、雅美の態度にこれまでのような強さはない。
静かに、真の耳にだけ届くような声で、ゆっくりとその言葉を告げた。
「希望の石を集める必要があるのよ」
「な!?」
突如飛び出した思いがけない単語に、真は思わず素に戻ってしまう。
「私はそれを集めて真の魔法少女になるのよ。あなたの目的はなに? 魔法少女マコピュア」
そんな真が見せた隙を見逃さず、今度は雅美の方からがそんな質問が飛んでくる。
真はほんの一瞬悩んだが、もはや隠すことに意味もないと悟り、ゆっくりと、そう自らの感情を口にした。
「正義の、ヒーロー……」
この姿でそれを告白することには、真の中でも葛藤はあった。
しかし、相手がそれを求めた以上、真もまた、自分の中にある意志を隠しておくのはフェアではないと思ったのだ。
こうして決闘をするのは、なにも斬り合い打ち合うだけではない。
心情と信念のぶつけあい、削り合いこそが本当の戦いであるべきなのだ。
『魔法少女は一人でいい』
真は、それを打ち破らねばならない。
「正義のヒーロー、ね」
「今度は、そちらの番だ。なぜ、そこまでして魔法少女にこだわるんだ」
もう一度それを尋ねる。
椚雅美の奥にある感情を引きずり出さねばならない。
だが、雅美がそれに答えるよりも前に、別の問題が降ってきた。
(ま、真、大変だウサ!)
真にしか聞こえないルイスのテレパシーが突如、真の耳に響き渡る。
そしてそれと同時に、もう一つの問題となっていた立体駐車場の方向で、一瞬、青白い光が閃くのが目に入った。
「あれは……?」
呆然と、雅美の存在さえも忘れてその方向を見つめる真。
ルイスから次の連絡も来ない。
それはすなわち、ひとみにもなにかがあった可能性が高いということだ。
そこに考えが至り、真はいてもたってもいられなくなる。
「……どうしたの」
そんな真の様子を訝んで、雅美が声をかける。
「今の光、見たか?」
その声で僅かに正気を取り戻し、真は雅美にそう尋ねた。
「光? それがどうしたの?」
「昨日、ボーゼッツがいた場所が光ったんだ。今は、こんなことをしている場合じゃない」
その言葉にも、雅美はまだわけがわからないといった表情のままで真を見ているだけだ。
むしろ既に真から戦意が消えているのを感じとり、そのことに不満を持ちつつあるようだった。
「とにかく、あそこに向かう」
真は一方的にそれだけ宣言してそのまま飛び去ろうとする。
だが、雅美の黒い手袋に覆われた細い手が、その腕を捕まえた。
「待ちなさい。私との決闘はどうするつもりなの」
その言葉が、真の感情を爆発させた。
乾いた、頬を打つ音が響く。
真がその腕を振り払い、雅美の頬を平手で打ちつけたのだ。
「お前が、魔法少女に対してどう思っているのか、それは知らない。知ったこっちゃない。どうとでも勝手にすればいい」
溢れかえる感情のまま、真は吐き捨てるようにそう言った。
一方で、なぜ自分は叩かれたのだろうか、黒い魔法少女はそれを理解できないといった表情で真を見ている。
真は、ゆっくりと、大きく息を吐く。
そして、あらためてその決意を口にする。
「だが俺は、ヒーロー……魔法ヒーローとしてこんな茶番に付き合っている場合じゃないんだ。誰かを救うためにこの力を使う。自分の魔法少女の力は、そのためのものだ。もしその邪魔をするなら、その時はまず全力でお前を倒す」
もはや雅美もなにも返してこないまま、ただ呆然と真の顔を見ているだけだ。
雅美だけではない、野次馬たちもなにが起きたのかわからず、ざわざわと騒ぐばかりである。
それらを気にすることなく、真はそのまま宙へと浮かび上がり、今度こそ飛び去っていく。
その場に残された黒い魔法少女が、いったいどんな顔をしているのか見ることもなく。
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