二人で一人の魔法少女(後編)

「真、どうやら変身は家まで戻る必要はなさそうウサ」


 不意にルイスがボソリとそうつぶやいた。

 その声色は真剣そのもので、真も自然と警戒心を強める。

 その時、それに反応したかのように、橋の上から突如人影が落ちてきた。


「な、なんだ!?」


 一瞬心配しながらその方向を見つめるが、すぐさまそれも吹き飛んだ。

 ゆっくりと立ち上がったその人影は、人型ではあったがとても人間と呼べる代物ではなかったのだ。

 顔のない、艶のない白色をした、ただの球体の頭。

 身体は操り人形の骨組みがカラクリじみた関節で繋がっている。

 だがそこには、肉付けというものが一切存在していない。

 骨のような棒や板をネジと歯車で止めて、頭蓋骨の代わりにビニールボールを乗せただけのシロモノだ。


「なによあれ、趣味悪いわね」

「あいつも昨日の着ぐるみと同じ怪物なのか?」


 真もひとみも、その姿に思わず顔をしかめるばかりである。


「いや、あれはシケルトンだウサ」

「シケルトン?」

「昨日の怪物、ゼツボーグのなり損ないで、主に場つなぎのために用いられる量産タイプだピョン」

「あー、つまりあれか、戦闘員みたいなもんか」

「いやいや、戦闘力も正規のゼツボーグの方が上だウサ。ただ、思考能力がなくコストも安い分、単純な命令なんかにはゼツボーグより重宝されているピョン」

「やっぱり戦闘員じゃないか。で、そのシケルトンとやらは、いったいなにをしているんだ」


 真はいつでも変身できるようにベルトを構えたまま、目の前の骨組み人形を睨んでいる。

 一方のシケルトンも、ゆっくりとおぼつかない足取りで真たちの方へと向かってくる。どうやら真たちの存在を認識はしているらしい。


「基本的には雑務とかなにかの調査に使われるピョン。たぶん今回は、昨日の戦闘の調査だウサ」

「なるほどな。で、あいつは倒してしまってかまわないのか?」


 構えたまま真が尋ねる。

 距離はまだ離れているし、相手の動作も遅い。

 準備をするにも、逃げるにも判断する余裕は充分だ。


「まあ、相手がこちらに気が付いた以上、叩いておく方がいいピョンね。放置すると今後の問題になる可能性は高いウサ」

「そうこなくっちゃな」


 そして真はバックルを腰に当て、周囲を確認する。

 人はいない。

 ひとみが目を輝かせながらこちらを見ているだけだ。


「私のことは気にしなくていいから、早く変身して見せてよ。ほらほら」

「どうもやり辛いな……」


 ぼやきながらも、真は鋭く右手を肩越しに斜め上へと突き上げる。


「変……身ッ!!」

 祈るような感情を込め、バックルの宝石へと手をかざす。

 その瞬間、ピンクの光が真を包み込む。

 そしてそれが晴れると、そこには昨日と同じ、薄い水色を主体としたフリフリの衣装に身を包んだ、宇佐美真が立っていた。 


「やっぱりこの衣装か……」


 あらためて、真は自分の衣装を確認する。

 それはまさしく昨日自室の鏡に映っていた姿そのものであり、先ほど見たスケッチブックに最後に描かれていた衣装そのままでもある。


「わあ、やっぱり本当に、その衣装になってくれるんだ!」


 横でひとみが喚起の声を上げた。

 彼女からすれば、そこにいる人物は、まさに長い間彼女が夢見続けていた人物の夢のような姿なのである。


「でも、その変身方法はちょっといただけないわね」

「は?」


 だが続けて飛び出した言葉に、真は思わず聞き返す。


「変身方法よ変身方法。なによさっきの乱暴なポーズは。魔法少女なんだから、もっと優雅で、可愛らしく、あざといくらいじゃないと」


 身振り手振りで説明するひとみに、真も真顔で反論する。


「いやいやいや、そもそも魔法少女じゃないからな」

「いやいや、どこからどう見ても魔法少女でしょう」

「見かけで判断するのはやめろよ。大切なのは心だ」

「それを魔法少女じゃないというのは無理があるわ」

「変身しているのは俺だぞ。俺が決めてなにが悪い」

「真くんは少し魔法少女を勉強する必要があるわね」

「あー、お二人さんお二人さん、イチャついてないで、今は目の前のことをなんとかしてほしいピョン」


 呆れたルイスの声を聞き、真はあらためてシケルトンに目を向ける。

 緩慢な動きのためまだ距離はあるが、もうそろそろ余裕はなくなってきている。


「イチャついてる!? もしかして私が? 宇佐美くんと!? そう……そうなのね……イチャついてたかー。そう見えちゃうかーうふふふふ」

「……話は後だ。まずはさっさと切り上げる!」


 よくわからないまま自分の世界に入ってしまったひとみを無視して、真は敵を見据える。

 やはり遅い。

 ならば、先手あるのみ。

 勢いよく大地を蹴る。

 向上した身体能力を生かして、一気にシケルトンとの距離を詰める。

 一方で、基本的に思考を持たないシケルトンは、真の動きを見るやいなや、まるで機械のような反応で向かってくる。

 もちろん、こうなることは真にも想定済みである。

 走りながらステッキを取り出し、すれ違いざまに剥き出しの胴体部分へ横薙ぎに一撃を叩き込む。

 強烈なスイング。

 陶器を叩き割ったような手応えが真に伝わる。

 やはりルイスの言うとおりらしい。

 この一撃のやりとりだけでも、戦闘能力は昨日の着ぐるみ怪人よりも格段に低いのがわかる。

 真の攻撃にまったく対応できず、砕け散ったパーツをまき散らしながら吹き飛ばされていく。


「さあ真、とどめを刺すウサ」

「ああ……」


 後ろから投げられる声にそう返事をしたものの、真の心には迷いがあった。

 なにしろ力の差がありすぎる。

 普通に戦うだけで無抵抗の相手をいたぶっているようになりそうなのだ。

 しかし、相手は明らかに敵である。

 放っておくわけにもいかない。


「やるか……」


 決意を形にするようにそう声に出す。

 向き直り、ステッキを横に流すように構えて、真は再び跳ぶように走り出す。

 そしてよろめくそのシケルトンの球体頭部に、もう一度、強烈な一撃を打ち込んだ。

 甲高い、ガラスの割れたような破砕音が河原に響く。

 次の瞬間には、頭部を失った目の前のシケルトンがそのまま粒子となって消えていくのが見えた。


「勝負あり、か……」


 立ち尽くしたまま、真は呆然とその最期を見つめる。

 その心に爽快感はない。

 虚しい勝利だ。


「カーット! カットカットカット! やり直しよ、やり直し!」


 だが真のささやかな感傷を打ち砕くように、今度はそんな声が河原にこだまする。

 声の主はもちろん追川ひとみである。


「いや、なんだよ、カットって……」

「決まってるじゃない! もっと魔法少女らしい戦い方をしないと! はい、変身前からやり直し」

「いや、なんだよ、魔法少女らしい戦い方って……」


 ひとみの謎の注文に、真は変身を解き、呆れたようにそう返す。


「もちろん、美しく優雅、それでいて可憐なたち振る舞いよ。さあほら、もう一回変身から!」

「……勘弁してくれ。そうだ、確認するのを忘れてたが、変身に制限はあるのか? 一日の回数とか、エネルギーが必要とか……」


 誤魔化すように、真は話の矛先をルイスに向ける。


「まあ、あるにはあるけど大した制限じゃないピョン。一日三回までってことと、空腹時には変身できないってことくらいウサ」

「……いや、結構重要じゃないか、それ……。三回って」


 相変わらずのいい加減さに真は頭を抱えたくなる。

 三回は、決して暢気に構えていられる回数ではない。


「まー、基本的にゼツボーグは一日一回しか現れないし、問題ないはずだピョン。それに、どうせ戦闘中は変身解除なんかしないウサ」

「そりゃそうだが……、他の事態の時はどうするんだよ」

「その変身は自己責任だピョン。こっちはそこまで面倒見られないウサ。そもそも、対ゼツボーグ以外にこの力を使うこと自体、かなりグレーゾーンなんだピョン」


 そう説明するルイスの言葉は、語尾以外は完全に融通の利かない役人のそれであった。

 それを聞き、真は小さく首を振って、ひとみに向き直る。


「……まあ、それなら仕方ない。そんなわけで、もう変身はなしだ」

「なんで? あと二回もあるじゃない」

「二回しかないんだよ」


 一難去ってまた一難。

 真は、ひとみとの認識の差を思い知る。


「無駄な変身をして、肝心なときに変身できないなんてことになったら目も当てられないからな」

「考えすぎだと思うけど。ルイスさんも心配ないって言ってるし」

「お前らが危機感がなさすぎるんだ。とにかく、今日は残り二回。こんなところで無駄にはできない」

「ふーん」


 真がそう宣言したのを聞いて、ひとみはなにかを思案し始める。

 もちろん、真はそれを見て嫌な予感しかしない。


「ねえ、ルイスさん。その一日三回の変身って、どのタイミングで回復するの?」

「基本的には日付の変わる瞬間だウサ。正確に言えば、真の場合は、最初に変身した時点で日本時間の午前零時に設定されて、そこから二十四時間をカウントしているピョン」

「あ、意外とちゃんと決まっているんだ」


 素っ頓狂な声を上げるひとみ。

 横で聞いていた真も、変身回数のカウントがそこまで厳密に時間指定されていたことには驚きだった。

 てっきり寝て起きたらとか、下手すればルイスの気分次第だとかそんな基準と思ってたのだ。


「元々は日の出なんかだったんだけど、あるものを利用しない手はないウサ。ちなみに海外に行っても調整はされないから、時差のあるところに行くときは気をつけるピョン」

「行く予定はないから安心しろ。ちなみに確認しておくが、回数の持ち越しなんかはできないのか」


 その質問に、ルイスは無情に首を振る。


「一切無理ウサ。三回早々に使いきっても、一度も使わなくても、零時でキッチリ三回に戻るピョン」

「なるほどね……、よし、それで方針も決まったわ」

「方針?」


 ひとみがその言葉とともに浮かべた笑みは、真の心に不安の影を落とす。


「ねえ真くん、今夜、あなたの家に行ってもいいかしら」

「は?」


 一瞬、真の思考がショートする。

 またまたまたまた頭の中が真っ白になる。

 唐突なひとみのその提案は、真にはあまりに刺激的だった。


「お、お、お前、自分がなにを言っているのかわかってるのか?」


 混乱しながら、真はその意味を考えてみる。

 そして考えれば考えるほど、考えるべきではないことが浮かんでは消えていく。


「もちろん。私の目的はたった一つよ」


 真の態度を見て、ひとみはいかにも意味ありげに微笑んでみせる。

 それを見た真がさらに動揺したのは言うまでもない。


「い、いやまて、俺たちはあくまで相棒。変身ヒーローとそのパートナー的な存在だろう? そういうのは、ちょっと早いんじゃないか……」

「今、相棒って認めてくれた!?」


 先ほどまでと打って変わって、ひとみは目を輝かせながら詰め寄ってくる。


「こ、言葉の綾だ。それより、夜中に会おうなんて、そういうのは、まだ、よくない」

「相棒なのに?」

「相棒でもだ!」

「恋人ならば?」

「恋人じゃない」

「じゃあ恋人に」

「唐突すぎだろ」

「いいじゃない」

「いいわけない」

「あー、はいはい、だからイチャイチャしてないで話を進めるウサ。で、ひとみの目的はなんだピョン?」


 ルイスの仲裁にひとみは不満気な様子だったが、流石に色々と諦めたらしい。


「さっきの話だと、変身回数は深夜零時でリセットされるってことでしょう? じゃあ、その前に変身してもらって色々試そうかなと思って。日付が変わる直前なら、回数がなくなってもすぐに回復するし」

「おー、確かにその通りだウサ」

「で、本心はなんだ?」

「失礼ね! 変身してもらって色々試したいっていうのがあくまで第一目的よ!」

「あー、色々ね、いろいろ……」


 ひとみの言葉通りでもロクなことにならないだろうと真は確信する。

 それは先程までの会話で充分予想できることだ。


「とにかく、相棒で、変身テスト目的でも、そういうのはまだ早い。もう少し色々慣れてからだ」

「うーん、残念。でも、真くんも真剣に考えるべきよ」

「な、なにをだよ……!」

「変身後の行動とか、変身ポーズとか、そういうセルフプロデュースをよ」

「セルフ、プロデュース……」


 ぼんやり真はそうつぶやいた。

 実際、真自身もこれまでいろいろ考えてきたはずなのだ。

 真はずっと、変身ヒーローへの憧れを持って生きてきた。

 変身ポーズやスーツのデザイン、戦闘方法や決めポーズ、主題歌……。

 今巻いている赤いマフラーだって、いうなればその一環である。

 だがなんの因果か、変身後の姿は魔法少女となってしまった。

 これをどうセルフプロデュースしろというのか。

 真は今なお悩み続けている。

 繰り返すが、真が変身するのは、ポップでキュートな魔法少女なのである。

 シャープでクールなヒーローではない。

 そんな真に追い打ちを掛けるように、ルイスがさらに言葉を続ける。


「それはそうと、ひとみにはサポート役としての心得とか契約とかを伝えないといけないウサ。夜が無理なら今からその辺について話をする必要があるピョン」

「あ……」


 ルイスがそう告げると、真は思わす言葉を無くす。

 本当ならここで言うべきことがあるはずなのは、真自身が一番わかっていた。

 この二人を勝手にさせてしまえば、自分の立場がどうなるのか。

 想像するだけでも恐ろしい。


「そうか、そのあたりのこともちゃんと聞いておかないと、ね、真くん」


 ひとみのその誘い言葉が、さらに真の心を重くする。

 もちろん、ルイスはそれを気にしない。


「まあ話というより儀式に近いピョン。それに、今回の件は色々とイレギュラーな部分も多いし、ひとみには一度、僕たちの世界についてきてもらう必要があるピョン」 

「えっ?」


 ひとみよりも先に、真が驚きの声を上げた。


「それは、大丈夫なのか……」

「平気平気ウサ。パパッといくつかの書類にサインして、ちょっとした講習を受けてもらって終わり! だピョン」

「いや、そういうことじゃなくてだな……」


 はたしてこのウサギの世界に、普通の人間が踏み入れていいのだろうか。

 真の一番の懸念はそれだった。


「真くん、もしかして心配してくれているの?」

「まあ、それが一番近い、か……」


 目を逸らし、ぶっきらぼうにそう答える。


「じゃあ、真くんも一緒に行きましょうよ! そうね、それがいいわ!」

「そういう問題じゃ……」

「あー、それは無理だウサ」


 間延びした声で首を振り、ルイスがはしゃぐひとみに釘を刺す。


「そうなの?」

「あくまで、今回の件は人間界におけるサポート代理の為の申請だピョン。ひとみの分しか審査は通過しないウサ」

「あーあ残念! せっかく真くんとの異世界デートになるかと思ったのに……」

「お前は……」


 ひとみの無駄に前向きな姿勢に、真は大きくため息をつくことしかできなかった。


「……なんにしても、今日はこのへんで解散だ。ちょっと俺も考えたいことがある」


 しばらくの沈黙の後、真はそう切り出した。

 そのことを考えるにしても、この少女のいる場所では無理だ。

 あらゆる思考が歪まされる。


「まあ、じゃあまた明日、適当に放課後合流しましょう。部活は入ってないんだよね?」

「ああ、俺は俺の活動で忙しいからな。お前は?」

「私は被服研究部よ。私が立ち上げた部だから、部員は私一人だけだけど」

「なるほど……、あの衣装のスケッチがこなれていたのはそういうことか。モデルはともかく……」

「モデルこそ最高じゃない! あ、そうだ、真くんも被服研に入るっていうのはどうかしら!」

「いや、人の話を聞けよ。俺は俺の活動で忙しいって……」

「じゃあ、部の目的を魔法少女活動を追加しましょう! どうせ私一人だし」

「魔法少女活動……」


 そのおぞましい響きに真は背中に脂汗が流れていくのを感じる。

 もちろん、ひとみはいまさらそれを気にしない。


「それに、入部すれば部室の家庭科準備室を使って大っぴらに校内でも活動できるし、部費も雀の涙ながらあるわ! 真くんが入部してくれればさらに増やせる可能性もあるかも」

「そうだろうか……」


 それでも、一連の会話で真の心が揺れているのも事実である。

 ざまざまな考えや打算が、デメリットの反対側に乗せられては天秤を揺らす。


「考えて、おく……」


 悩みに悩んで、真はひとことそう告げた。

 それはもはや実質的な同意ですらある。


「じゃあ明日、入部届けを用意しておくわね! やったわ、これで私たちの青春バラ色よ! ふふ、うふふふふ……」


 ガッツポーズをして喜ぶひとみと、その横に浮かぶルイスを尻目に、真はゆっくりと帰路につく。

 いずれにしても、真の学校生活はこれまでと異なった騒がしさになるのは間違いなさそうだった。

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