魔法少女は一人でいい(中編)
「よう、その顔だとまだあの話を知らないみたいだな?」
「昨日も出たらしいね、魔法少女」
翌朝、真が登校してくると、さっそく立花とブラウが寄ってくる。
二人の態度からして、真が来るのを待ちかまえていたようだ。
「そ、そうなのか? で、なにか情報はあるのか?」
あくまで他人事のように振る舞いながら、真は魔法少女のについて話を進めようとする。
なにしろそれは真自身についての情報なのだ。
昨日の無様な姿がどう伝えられているのか、それが気になって仕方がなかったのである。
「今回出現したのは、西の太陽団地の中にある大型公園らしいぜ。怪物が現れるとすぐさま飛んで駆けつけてきて、あっという間に退治するっていう、前と同じ流れだったらしい」
立花がさも見てきたように状況を語る。
だが、真が去る際に確認した限り、この級友があの場に居なかったことは間違いない。
どこかからか仕入れた情報を話しているだけだろう。
「本当に、魔法少女の早さにはびっくりするよね。着ぐるみ怪人がなにをするかもわからないうちに現れてそのまま倒しちゃうし」
同じようにブラウも魔法少女を語る。
立花と同じようにその場で目撃したかのような語りぶりだが、真は、ブラウの言葉になにか違和感のようなものが引っかかった。
この転校生の魔法少女を見る目は、決して油断ならないものだ。
それがわかっているからこそ、真はブラウの言葉に常に警戒心を潜ませる。
だがもやもやとしたままで、その正体までは掴みきれない。
しかしそれを掘り下げる暇もなく、立花がさらに話を転がしていく。
「ホントにな。出てきてあっという間に倒してなにも言わず去っていくから、まったく正体がわからないんだよな」
「そうなのか……」
それを聞いて真は少し安堵を覚えた。
昨日のあの無様な名乗りはどうやらそこまで話題になっていないらしい。
「まあ、正体が分からないと言えば怪物の方こそだな。今のところ、なにをしたいのもかわからないし、それがわかる前にあの魔法少女に倒されるからな。わからないことだらけだ」
「実際、魔法少女とあの着ぐるみ、本当はどちらが正義なのかも怪しいよね。実際、魔法少女も正体不明だし、有無を言わさず倒しちゃうし……」
「それな」
「いやいや、あの怪物は明らかにおかしいだろう」
話の風向きが不穏になりそうなのを察して、真は思わず強くそう主張してしまう。
実際には怪物の本当の目的はわからないままであったが、それでも、真は戦うしかないのである。
それを否定されるような状況になったら、それこそ、どうすればいいのかわからなくなる。
「おかしいのは両方って可能性もあるな。そもそも怪物と魔法少女の出現のタイミングも怪しいしな。やっぱり出来レースなんじゃないのか?」
「うーん、でもそれは可能性として低いと思うよ」
突拍子もない立花の言葉を否定したのは、真よりも先にブラウの方だった。
「その根拠は?」
「あ、いや、根拠って言われると難しいけれど。聞いた話によれば、着ぐるみ人の方は、明らかに魔法少女の登場に戸惑っていたみたいだしね」
「ふーん」
いまいち納得しきれていないような立花の横で、真は、これまでの戦いを思い出していた。
確かにブラウのいうように、これまでの着ぐるみ怪人は、魔法少女の登場に対して明らかに驚いた様子を見せていた。
まるで、その存在自体を予期していなかったかのようにだ。
おそらく怪人同士の横のつながりがなく、上層部の指示などもないのだろう。
人語をほとんど話さず、意志の疎通もできないので、向こうがなにを考えているのかはほとんどわからないが、少なくとも魔法少女のことを知っているような様子ではなかった。
(このあたりは、一度あのウサギに聞いてみる必要があるな……)
サポート役がルイスからひとみになったことで、こういった情報に関してはやはり難しい部分が生じていた。
ひとみはその言動はともかく、情報分析や戦術面など能力的には問題がなく、それどころかかなり優秀ともいえたが、こちら側の人間であることには変わりがないのだ。
いくらかは向こうの世界で聞いてきたようではあるが、あのウサギの秘密主義もあるし、根本的にひとみ自身が興味のない情報には淡泊なため、真の求める情報とは少なからぬズレが存在しているのである。
「そもそも、あの魔法少女、いったい何者なんだろうね」
ブラウのその静かなつぶやきに、真は思いがけず肝を冷やす。
まだその正体に気が付いた様子はないが、やはりこの転校生は確実に、それを探り出そうと考えている。
一瞬、青い眼に冷たい光が煌めいたのを真は見逃しはしなかった。
「まああれだけの美少女なんだ。きっとその正体も可愛いんだろうな」
いっぽうで立花の言葉は相変わらずお気楽なものである。
なんの迷いもない、本能だけが口からこぼれ落ちているような、真面目に聞くのも馬鹿馬鹿しい言葉。
だがその中身は、ブラウの言葉とは違った意味で真を恐れさせるには充分なものであった。
「やっぱりさ、彼女にするならああいう娘がいいよな、なあ宇佐美、お前もそう思うだろう?」
その向けられた質問は、あまりにも真の精神をえぐるものであった。
立花の言う『ああいう娘』とは、まさに真自身のことなのである。
真の前で平然とそう口にするということは、立花があの魔法少女の正体にまったく気がついていないことの証明ではあるのだが、それでも、目の前でそんなことを言われてはたまったものではない。
そもそも外見も曖昧だし、それ以外の情報に至ってはほとんどない段階でそういった話を持ち出すこと事態が驚きである。
「いや、そういうのは、違うと思う」
強くも否定できずただ曖昧に、だがハッキリと、真は立花の態度を否定した。
様々な意味で、立花にだけは絶対に正体をバラすわけにはいかない。
真の中に強い決意が生まれる。
「まったく、正義の味方に憧れてるだけあって堅物なんだな、宇佐美は。魔法少女だって人間なんだ。幻想なんて抱いていても苦労するだけだぞ」
立花がそう笑う。
(本当の幻想は、お前の中にある方だよ……)
その笑い声に、真は心の中でただただ頭を抱えるばかりであった。
「でも実際、あの魔法少女に関しては変な幻想が先走っている気もするよね……」
浮かれ気分な立花と正反対に、ブラウは相変わらず訝しげな表情を浮かべたまま魔法少女を語る。
その眼がなにを見ているのか、真は横目で静かに観察する。
「どういう意味だよ」
「ここまであまりにも他の人々との接触も避けているし、心の内が見えなさすぎる。ボクには彼女は、ただただ怪物を倒すだけの殺戮装置のようにも思えるよ……」
「殺戮装置……」
ブラウの鋭い分析には考え込みながらも、真がもっとも引っかかったのは、その殺戮装置という強い言葉である。
殺戮装置。
自分がそれであると考えると、真は血の気が引きそうになる。
だが、実際にそう呼んでも差し支えないかもしれないことを、真自身も薄々感じているのだ。
ルイスをどこまで信用していいのか。
真の正義の根拠は、あの、最初の日に起こった少女を救うための戦い以外にはない。
「殺戮装置は言い過ぎにしても、もっとこう、親しみやすさが欲しいよな。愛嬌というかさ。せっかく可愛い顔をしているんだしなあ」
「親しみやすさ、ねえ……」
好き勝手に話を広げながら立花が話題を滅茶苦茶にしていく。
ブラウの言葉の端々にある棘のような感情も痛いが、立花から向けられる桃色思考も痛々しくてかなわない。
「そもそもだ、なんとなく魔法少女って呼んでるが、よく考えたらあいつの名前も知らないんだよな……」
「名前ね……」
そっくり昨日の会話と同じ流れになり、真はさらに気分が重くなる。
結局いくつか候補は考えたものの、これらでひとみの案に勝てるかどうかはわからない。
だが、マコピュアなどというふざけた名前だけはなんとしても避けねばならない。
そう考えた矢先のことだった。
「あの魔法少女の名前は、マコピュアですよ」
不意に後ろからそんな声がした。
そこには、いつの間にか追川ひとみが立っている。
「マコピュア?」
「はい、私が助けて貰ったとき、確か、そんな風に名乗っていました」
「名乗ってねーよ!」
突如割り込んできてあまりに自然に嘘を口にするひとみに、真は思わずツッコミを入れてしまった。
「なんで真くんにそんなことが言えるんです?」
あくまでシラを切りながら、ひとみは平然とそんな質問を返してくる。
「そ、それはだな……」
「みなまで言うな、宇佐美真。お前はあの魔法少女に執着するあまり、見えてもいない幻想が見え始めているんだ。確かにこの一週間、お前はよく情報を集めていた」
「はあ」
「だが、それがお前の中で妄想を作り出してしまったんだ。お前の抱く正義のヒーロー像とあの魔法少女、えっと、マコピュア、だっけ?」
「ええ」
「そのマコピュアちゃんとの一体化が進んでしまったんだ。目を覚ませ真。お前も、お前の信じる正義も、マコピュアちゃんではない!」
そう強く言い切られて、真は完全に言葉をなくした。
反論できなかったわけではない。
呆れてなにも言えなくなったのだ。
立花のその言葉は、ありとあらゆる部分が間違いであった。
だが真にとってなにより恐ろしいのは、立花の中でマコピュアという名前が定着を見せつつあることだ。
このおしゃべりで意外と顔の広いクラスメイトがマコピュアの名を色々なところで話し始めると、最終的に街全体にその名前が広がってしまうかもしれない。
横でひとみがニヤリと笑ったのも、真は見逃しはしなかった。
「とにかく、魔法少女の名前も判明したことだし、これからもあの魔法少女マコピュアちゃんの活躍を追いかけていかないとな。さて、次はいつどこに現れるか……」
「たぶんまた、着ぐるみ人の登場と同時じゃないかな」
「だからそれがいつだって話だよ」
ブラウと立花はそんな風に言い争っていたが、実際には真とひとみにはある程度次の目処は付いていた。
次のボーゼッツの元は、既に発見済みだ。
出現場所は、この先のデパートの屋上駐車場。
時間はおそらく、明日の夕方前。
ボーゼッツのためのゲートが小さく開いており、あとは完全に開くのを待つだけである。
「あー、今度こそ生で見たいぜ、マコピュアちゃーん!」
そんな立花の叫びとともに朝の予鈴が鳴り響き、各人、それぞれ席へと戻っていく。
もちろん、真も席に戻ったが、その心境は今なお大きく揺れていた。
問題が、多すぎる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます