二人で一人の魔法少女!

二人で一人の魔法少女(前編)

「もしかして、お前、学校にもついてくるのか……」


 翌日、朝の登校の準備をしながら、真は横のウサギにそう尋ねた。


「まあ、これも仕事だウサ。魔法少女をサポートするのが、僕の仕事だピョン。ただ……」

「ただ、なんだ」


 口ごもるルイスに、真は険しさをにじませながら言葉を促す。


「滞在許可の期限が今日までなんで、明日からちょっと間が空くかもしれないウサ」

「滞在許可だって?」


 いよいよ真のルイスを見る目が鋭いものになった。

 童顔で女子と間違われることもしばしばある真だが、こういった時の眼光は本物だ。


「で、それが切れたらどうなるんだ。お前がいなくなるだけなら大歓迎なんだが」

「もちろん、変身できないピョン」


 あっさり言ってのけるルイスに対し、真は全てを諦めたかのように、大きくため息を付くだけである。


「な、なんとか手を考えるピョン。だからほら、真は笑って笑って、可愛い顔が台無しだウサ」


 その言葉が終わると同時に、真の手刀がルイスの頭に叩きつけられた。


「い、痛いピョン! 暴力反対! なんで殴ったウサ!? 不条理だピョン!」

「可愛いは、敵だ」

「あ、さては照れ隠しウサね。でも真、暴力ヒロインはもう流行らないピョン。自分としては、もう少し素直系路線に行くのをオススメするウサ」

「……まだ足りないか?」


 数度、ルイスの眼前で真のチョップが空を切る。


「め、滅相もないピョン。それより、そろそろ学校に行かないとマズイんじゃないウサ?」

「……命拾いしたな」


 時計に目をやって、真は心底残念そうに言った。




 教室に入ってすぐに、真はその有り様に驚愕した。

 わざわざ尋ねなくても、聞こえてくる話し声だけでわかる。

 クラスの話題は、昨日現れた魔法少女についてで持ちきりだったのである。


「これは、どうなっているんだ……」


 野次馬は確かにいた。

 だが、そこまで数は多くなかったはずだし、時間も短かったはずである。

 なのに話題は爆発的に広がっている。

 これこそが、情報化社会なのだ。


「お、これは大騒ぎウサね」


 横に浮かんでいるルイスが呑気にその様子を見ながら笑っている。

 明らかに異様なそのぬいぐるみに誰も反応しないあたり、ルイスの異常さを真はあらためて実感する。

 やはり誰にもこのウサギが見えていないのだ。

 しかし見えていたところで、今の教室でどれだけの人間が反応したことか。

 どうやら既に映像が出回っているようで、クラスの人だかりはそれぞれその映像を見ているようだった。


「ちょ、ちょっと俺にも見せてくれ!」


 スマートフォンで動画を見ていた連中に割り込んで、真もその魔法少女の動画を確認する。

 小さな画面の粗い映像でもわかる。

 それは間違いなく、昨日の真自身の姿であった。

 映像は【星屑奔流スターダスト・スタンピード】を放ったところから、逃げるように飛び立つという最後の場面までだ。

 望遠で顔こそ鮮明には映っていないが、装飾過多な服装はまさに、真自身が自分の部屋で見たものだ。

 あらためて客観的にその姿を見ると、それが自分であることにショックを隠し切れない。

 だがそれと同時に、真の目に強く焼き付いたのは、光を纏い、敵に向かって突っ込んでいくその姿だった。


「これは……」


 それが自分自身であると知りながらも、真は、ただただその光に見惚れていた。

 自分が夢見ていた【星屑奔流スターダスト・スタンピード】が、確かにそこにあったのだ。


「おい、どうした、宇佐美……」


 言葉を失っていた真に対し、そのスマートフォンの持ち主は驚いたようにそう話しかける。


「いや、なんでもない。ちょっとこの魔法少女が気になっただけだ……」

「そういやお前、正義のヒーローに憧れてたもんな」


 笑うクラスメイトを横目に見ながら、真は複雑な心境であった。

 様子を見る限り、やはり彼らはこの魔法少女の正体が真であることに気が付いていないようである。

 だからこそ、これが、この光を纏って戦う正義のヒーローこそが自分であると宣言したいという意識が蠢く。

 この渾身の【星屑奔流スターダスト・スタンピード】を見たかと主張したくてたまらないのだ。

 だが、そんなことをいえるはずもない。

 正体を隠すのは正義のヒーローとしての真の美学でもあったが、そもそもこの変身態はフリフリの魔法少女なのである。

 バレた瞬間、宇佐美真の人生のすべてが崩壊するだろう。そうなればもう正義のヒーローどころではない。

 そんな状況も踏まえた上で、真は、魔法少女の情報については集める必要があると感じていた。

 まず、自分の画像を集めたいという願望がある。

 この戦いは、間違いなくヒーローそのものであった。それが現実に存在したのだ。

 だがそれ以上に、事態を少しでも自分の手の中に収めておくためには、情報を集め続けなければいけないだろう。あらゆる状況に対処しなければならない。

 真の心は、大きな危機感に埋め尽くされている。


「他に、他に動画とか無いのか!?」

「い、いや、そんなに興奮すんなよ。これだけだよ、これだけ。目撃者も少なかったしな。というか、詳しいことはこいつに聞けばいいんじゃないか?」


 指差された画面の隅には、この学校の制服を着た女子が一人映り込んでいる。

 追川ひとみ。

 そうだ、昨日真が戦ったのは、この女子を助けるためだったのだ。

 丁度そのタイミングで、突如、教室に大きなざわめきが起こる。

 彼らの視線の先にいたのは、まさに先ほどの映像に映っていたもう一人の人物、追川ひとみその人であった。

 正体不明であった魔法少女=真とは異なり、彼女は完全に当事者だ。

 その場にいた真以外の人物も、あの動画を見た者なら彼女がそこにいたことを知っている。

 つまり、魔法少女の話題において、完全に時の人なのである。

 だが追川ひとみは教室の喧騒を気にすることもなく、ゆっくりと、自分の席へと向かう。

 しかし、すぐに人だかりが彼女を取り囲んだ。


「追川! お前、魔法少女を見たのか!?」

「あ、うん、一応は……」


 戸惑う素振りを隠そうともせず、ひとみはしどろもどろになりながらクラスメイトの言葉に対応している。

 その様子を見て、真は、なぜあの時すぐに追川ひとみと気が付かなかった理由に思い当たった。

 あまりにも、昨日見た追川ひとみと目の前にいる少女では態度が異なるのだ。

 実際、今も真の中で二人の追川ひとみが一致していない。

 怪物からも逃げずに、自分に対して軽口を飛ばしてきた追川ひとみ。

 クラスメイトの言葉に戸惑い、なにを言うべきか見失う追川ひとみ。

 果たしてどちらが本当の彼女なのだろうか。

 だが、今の真が本当に注意しなければならないのは、ひとみがなにを語るかだ。


「で、魔法少女って、どんな奴だったんだ? あとあの怪物も」


 話を追求されれば必然的に、その話題は魔法少女、そしてその場にいた自分にも及ぶだろう。


「それが、ちょっと……、記憶が曖昧で……」


 ぼんやりとした態度のまま、ひとみはただそう口にした。

 それは儚げというよりも、もはや情緒不安定の域にあるように見える。


「おい、大丈夫なのか、あれ……」


 そのひとみの様子を見て、真は机に座っているルイスにそう尋ねる。

 なにしろ魔法少女の姿は認識をズラすというのだ。

 精神に対していい影響なわけがない。


(まあ、意識をズラす魔法の効果は人それぞれな部分もあるピョン。次第に落ち着くと思うから、心配はいらないウサ)


 ルイスの答えは相変わらず適当である。

 真の疑問は消えないが、さすがにこの場で強く追求するわけにもいかない。

 黙って、できるだけ自然にひとみの様子を窺うだけである。


「こう見ると、かなり美人だったんだな、あいつ」


 この落ち着いた状況であらためてひとみの姿を確認し、真の中にそんな感想が浮かんでくる。

 艶のある少し長めの黒髪。

 高校一年生にしてはやや大人びたその顔は、今浮かんでいる儚げな表情と相成って、どこか現実感が無いようにも思える。

 昨日の、襲われながらもこちらに対して軽口を叩いていた姿からは想像もできない。

「普通逆じゃないか」と真は思わなくもない。

 危機が迫ったときにこそ、普段見せない少女らしさが垣間見えるものではないのだろうか。

 そんなことを考えながら呆然とその様子を見ていたが、結局ほとんど内容のないまま、ひとみは適当に話を切り上げて輪を離れ自分の席へと向かう。

 その口から、魔法少女の正体はおろか、真の名前さえ出ることはなかった。


「……俺がいたことも覚えてないのか?」

(その可能性は捨てきれないピョン。怪物との遭遇自体が記憶からから消えてる可能性もあるウサ)


 少しさみしげにつぶやく真に、ルイスはなんら変わりのない調子で返答を返す。


「そうか……」


 魔法少女の追及を恐れた真であったが、その前の自分のあの英雄的行為さえも消えてしまっていたとしたら、それはそれで寂しいとも思う。

 見返りがほしいというわけではない。

 助けようとした本人にさえ記憶されないことが少し寂しいのだ。

 そんな昨日のこともあって、真は朝からずっと後ろの席の追川ひとみを気にかけ続けていた。

 だが昼を待たずに、ひとみは体調不良を訴えて早退していってしまった。

 昨日の怪物とのことは、教師も含めもうクラス全員が知っていたので、誰もその早退を訝しむものはいない。

 あれだけのことがあったのだ。気持ちも落ち着かないだろう、と。

 その裏側になにがあったのかを知っている真だけが、必要以上にひとみを心配しているだけだ。


「本当に大丈夫なんだろうな?」


 どうしても、昨日の態度と今日の姿が重ならないのも引っかかる。

 もしなにか異常があったのなら、それは、自分の責任もあるのではないか。

 もっと早く駆けつけていれば。

 もっと早く変身できていれば。

 もっと最初から戦えていれば。

 もっと早く逃げさせていれば。

 変身が必要ない強さがあれば。

 そんな後悔ばかりが真の中で渦巻いている。


「心配しなくても平気ピョン」


 ウサギの方はそんな真の心情など汲み取ることもなく呑気なものだ。

 ひとみは大丈夫なのだろうか。

 確認しようにも、すでに彼女の姿はここにない。

 だが、すべては真の杞憂にしかすぎなかった。


「これが答え、というわけか……」


 放課後、真の靴箱の中には、一枚の手紙が入っていた。

 中には可愛らしい丸文字で、昨日の橋の下に来いとだけ書かれている。

 差出人の名前などはないが、指定された場所が昨日の橋の下であるから考えても、この手紙の主は追川ひとみ本人と考えて間違いないだろう。

 そのことを知る人間は他にいない。

 少なくとも、真の知る限りでは。


「やっぱり覚えていたのか」


 その手紙を見て、真がまず感じたのはそんな安堵だった。


「隠していたってことウサね」

「なんだろうか、もしかしてこっそり礼でも言うつもりなのか? 正義のヒーローとして当然のことをしたまでなのにな」

「……真、顔がニヤけてるウサ。で、この誘いに乗るピョン?」


 呆れ顔でそう尋ねるルイスに、真は慌てて真顔を作りなおす。


「そりゃまあ、来いと言われれば行くしかないだろ。俺は逃げない」

「お礼じゃなかったウサか?」

「どんな状況にも対応できるようにしておくのがヒーローってもんだ」

「……ま、好きに言っていればいいピョン」


 しかし、そこに待ち受けている脅威を、真はこの時点ではまだ知らなかったのである。

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