征野
首里城では、登城した者は
その後、
朝議は概ね、この御書院で行われる。
今回はそのようなこともないので、番所の後ろに位置する御書院で行う。
尚豊は鎖之間で茶を飲みながら、本日の議題を見返していた。
本日の議題は、翁寄松の糾弾が占めている。議題の提出は考えるまでもなく謝名利山だろう。
朝議は王と王世子、摂政と三司官、最後に親方で行う。
謝名利山はその
移住、帰化は明からの命令によってなされており、彼らは久米に入植し多くの学者や政治家を輩出、琉球各地で親方や
鄭迵もその例に漏れず、明の
蒼志は鄭迵を「馬鹿」と評していたが、決して頭は悪くない。殿内はよく治まっているし、今まで大きな問題も起こしていない。
過去の朝議記録を読む限り、彼の言葉は決して間違っていないのだ。
だが、正しいからこそ質が悪い。確かに彼のいうことは正しいが、実現に多くの困難を伴うことや、物理的、金銭的にできないこともある。
国は、決して万能ではない。確かに民の生活を保障する体制ではあるが、それには必要不可欠なものもある。
端的に言えば、それは金であり、人であり、時間だ。
彼は少し、その点を考慮に入れない発言が多い。特に金。
国は金の生る木を持っているわけではない。国の金は多くが民が納めたもので有限だ。
「…うーん…勝てる気がしない」
ぼそりと呟いた声を、彼を呼びに来た侍従がたまたま拾った。
「いかがなさいました」
「いや、うん…何でもない。時間か?」
「はい。皆様お揃いです」
王世子が呼ばれるのは摂政の後、王世子の後、王が出御して朝議は始まる。
「わかった。行こう」
茶を置くと、尚豊はゆったりと立ち上がって戦場へと向かった。
細長い広間の中、三司官を先頭に親方が整列して座している。
一番上座側に摂政である尚宏が座し、尚宏に対面するように、尚豊は腰を下ろす。
尚豊が座って間もなく、王が出御した。
出御に際して、尚豊、尚宏が叩頭すると、習って親方も叩頭し。
「皆、顔をあげよ」
王の声に応じて、頭を上げる。
尚宏と尚豊が親方に対するように向きを変えて、朝議が始まる。
「本日の議題について」
王の後ろに座す近習が、声を上げる。
「謝名親方より、
謝名利山が、立ち上がる。
広間の前方、王の前に進むと一礼して。
「予てより、城間親方は大和との親睦を深めてまいったのは、周知の事」
朗々と、語りだした。
尚豊はこの時初めて謝名利山を見た。
黒に近い紫の
身の丈は然程大柄ではない。
だが、筋肉質ながっしりとした体格は、服の上から見て取れた。白いものが混じりだした顎鬚を豊かに蓄え、50も半ばという年齢よりは幾分若く見える。
「その伝手を使って、城間親方は我が国の情報を大和へ流し、不当な金銭を得ているのです」
ふっと、糾弾されている翁寄松が笑んだ。
「城間、何かあるか」
ひとまず訴えを行った謝名の言葉を聞き終えて、尚寧は問う。
「我らは国交を断絶しているわけではありますまい。世間話くらいはするし、取引もする。そのようなことをいちいち
「不当な金銭を、と申し上げた。証拠についてはこちらに」
懐から紙類を出すと、ずっと王の前へ進める。
だが尚寧はそれを取らず、尚豊へ視線をやり。
「…拝見する」
短く言うと、尚豊は後ろを見た。
王と王世子、摂政にはそれぞれ近習がつく。
尚豊付きの近習が謝名が取り出した書類を尚豊の前に進めなおす。
それを見て、謝名は鼻白んだように目を眇めた。
何故、王より先にお前が読む。そう、視線が訴えているが気付かないふりをして、その証拠を読んだ。
翁寄松が大和の商人と接触した日時、場所、そしてその商人の証言。
「城間殿、この
「筑前国博多にある商人の店の者ですな。神屋は屋号と申しまして、店の名でございます」
「取り扱うものは?」
尚豊の問いに、翁寄松は肩を一つ竦めて応じ。
「なかなか手広くやっておりますのでな、正直これ一つとは申せませんな。我らとの主な取引品は茶に関わる物が多うございます」
「茶?」
「茶葉や茶道具でございます。神屋の現当主は茶人でありますゆえ」
真っ白な髭を撫でながら、翁寄松は流暢に答えた。
茶道具というのは、最近になって大和から流れてきた喫茶の手法である。それは、首里から僅かに遅れて、
明より輸入する、蒸して乾燥させた茶葉に湯を注いで抽出する茶ではなく、茶を挽いて粉にした茶を湯に混ぜて飲むものらしい。
古来よりあった団茶(茶を研って粉にして固形化したもの)でもない。
尚豊もかろうじて知っていた。その喫茶を見たことはないが。
「この中では、その中に銀も含まれていると記載があるが」
「銀も扱っておりますよ。神屋は銀山をもともと保持しており、純度の高い銀を扱います」
「銀は国際貿易の取引で扱われる対価です。銀があれば最新の武器や火薬を得ることができる。城間親方は私兵と武器を集めるために銀を取引しているのです」
銀の話が出たところで、勢い込んで謝名が声を上げた。
確かに銀は貿易上高値で取引される。
銀を持てば、最新式の武器も、火薬も手に入れることができるし、兵糧を得ることもできる。
銀を過剰に持つことは、疑惑を持たれることもあろう。
だが。
「性急に結論を出すのは早いでしょう。王よ、確かに城間殿は銀の取引を行っている。だが、量が少ない」
「量が少なくとも、数を重ねれば蓄積されます」
「…謝名殿は少し口を閉ざされよ」
親方とは言え、王族の言葉を遮ることは許さない。意識して居丈高に言えば、謝名はムッと口を閉ざす。
それを見て、改めて尚寧へ向き直る。
「とは言え、謝名殿の懸念も最もです。これに関して、私に調査の権限をいただけますか」
「対大和に関する一切を、王世子に委譲している。良いよ、すべて任せよう」
尚寧の言葉に、ざわりと親方一同が声を上げた。
謝名も目の前で目を見開いて、尚豊を見ている。
動じなかったのは、尚宏と翁寄松、それから三司官の一人であり、尚寧王と尚宏から見て叔父にあたる、
翁寄松は面白そうに、向里瑞は特に表情を表すことはなく。
「皆にも言っておこう。近年大和との関係は悪化の一途を辿っている。商人など、民の間では問題なく交流はできているが、国家間としてはその限りではない」
ゆったりと尚寧は一同を見渡して。
「尚永王の頃より、大和は我らに臣従を求めている。今も謝恩師を求められているが、我らはこれを黙殺してきた。だが、いずれこのままではいかなくなろう。近々、貿易にも影響が出てくると思われる」
尚豊が、背筋を伸ばす。
まっすぐに、尚寧を見据えて。
「ここにいる、王世子に対大和のすべての権限を委譲する。今後は王世子にその判断を仰ぐように。関係を好転させるも、悪化させるも、すべて王世子に任せる」
聞きようによっては、明確に投げ渡したものともとれる。
だが、尚寧は笑った。
その視線が、尚豊へ向かう。
「君が王となったとき、この国をどこへ連れていくのか。それを示すとよい。―――任せたよ」
「…謹んで、拝命いたします」
丁寧に、頭を下げる。
尚寧が今できる、最大限の激励を、体すべてで受け止めた。
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