第8話 巣3
ユーリエたちは地下に広がる蟻族の巣は見回らずに、界樹の外周へ出た。
界樹の周囲にはカルデラ湖状のように水が湛えられていて、その先には鋭く尖った岩壁が周囲を取り囲んでいる。
水中は数m先まで見通せるほど澄んでいて、時折視界の端を魚が横切る。
一応水中も水棲の昆虫人たちの住処になっており、水面近くには戦闘の出来る部隊が幾つか控えていたりする。
橋などは掛けられていないので、ユーリエはカラに抱えられて対岸の岩壁の向こうに渡る。バルラロッサも自前で飛べるため、橋などは不要である。
降りた場所近くには蟻族の巣へ続く入り口があるが、ユーリエはそこへは向かわずに通り過ぎる。
おそらく蟻族エリアの内部は、巣を広げるために通路と言う通路を活用している筈だ。
地下は広大だが、穴を掘らなければ活用することは出来ない。
蟻族にとって通路は生産・生活・産業に重要な区画である。
今度はその役割に掘削が混じるのだ。穴を掘れば出た土砂を外へ運搬しなければならない。
年末の繁華街等とは比べ物にならない混雑が予想される。
そんな所へユーリエが通ってみろ。
きっと食堂と似たような光景が量産されるのは目に見えている。
列の先頭では
作業に支障をきたす大混乱になるのは必須だろう。
なので、地下へ赴く際は先触れを出して、道案内役を選出してもらう必要があると、ユーリエは判断した。
実際はそんなユーリエが危惧した作業はなく、土砂は地下エリアの外周から外に排出されていた。
巣の拡大もゆっくりのんびり行われており、何より急激に広げるための兵士も増やすのに時間が掛っているためだ。
ルオミオは後からユーリエの視察の話を聞き、先に報告書を提出するべきだったと残念そうに肩を落としていた。
ユーリエたちが次に向かったのは界樹の外周である。
外周の外側はうっそうとした針葉樹に囲まれているが、その内側は果樹園や畑が広がっている。
まあ、果樹園イコール畑みたいな異様な樹木が、大量に植えられている光景が広がっているのだ。
本来であれば、果物と言うのは樹に生っているのが普通だろう。
だがここでは穀物も樹から採れるのが普通である。
一本の樹を例に見てみよう。
桜のような丸に近い葉を成しているところまでは良い。だが通常サイズの昆虫人たちが背伸びをして採れる高さにあるのは、麦の穂である。
そしてそこから上、高さにして2mくらいから4mくらいの高さに生っているのはサクランボだ。こちらは飛べる者が収穫を行う。
そのような樹々がこの果樹園では珍しくはない。
モノによっては三種類もの実が一本の樹に生っている物もある。
下から穀物・果物・野菜だったり、野菜・果物・果物だったりと色とりどりだ。
遺伝子操作が出来るような科学力はここにはない。それより無茶苦茶なことを成せる魔法によって、此処の森は成り立っている。
ここの畑を管理しているのは第五軍になる。
主に樹の創造を担い、育成してその研究データーを収集している。だが収穫に従事するのは第四軍の混合部隊である。
混合部隊と言うのは単一種族のみで構成された第四軍とは別に、様々な昆虫人が集まって構成された部隊のことを指す。
第四軍以外はほぼこれに当たる。理由は昆虫人が生み出されたときに有するスキルにあるからだ。
この
普通の昆虫と違うのは、卵から成体に至る期間が全種族同一くらいだろう。
たとえ
そして成体になった時、ランダムで三つのスキルを得る。
これが物凄くランダムで、ローヒーやユーリエも色々な条件があるのではないかと散々試したことがあるのだが、全く法則性が掴めない難物である。
そのランダム性はとても天邪鬼で、例えばバルラロッサと同じくクワガタ族であっても戦闘用のスキルを全く持たずに生まれてくる者が居たり。
オババと同じくカイコガ族の者が、三つのスキル全部を戦闘系で占めていたりするのだから、その天邪鬼性が窺えよう。
ユーリエたちはもう諦めたが、その法則性については第五軍の一部の者が未だに研究している。
幼虫時代に与えた食物をグラム単位で計測し、巣の中や育成している場所の温度や湿度を数分刻みにグラフにし、蛹になった時の状態や環境を事細かに観察したりしているが、法則性については未だに解明されてない。
このスキル付与の法則については、ゲームだった頃のWWWのシステムがそのまま受け継がれているようなのだが、元々法則性があったのかすらさっぱり不明である。
この畑で作業に従事している昆虫人たちも、蟻族もいれば蝶族も居る。各種族がまんべんなく揃っているのを見ていると、法則性などは「どーでもいいかな」と思ってしまうユーリエであった。
今回は先にバルラロッサを先行させ、跪いたりはしなくていいと先触れを出してもらったので、比較的平穏に作業風景を見れた。
一礼する者はほぼ全員だが、わざわざ近くまでやって来て跪いたりする者は皆無だった。なんとなくバルラロッサがとんでもない方法で脅したんだろうなと、ユーリエは勘ぐってしまう。
実際は「ユーリエ様の視察を滞らせた者は首を飛ばしてやる」といった脅迫と言うか、暴力と言ったほうが正しい暴言だったのだが。
ここにいる者たちは、バルラロッサ将軍は実際にそんなことを実行しないという信頼があった。
そんなことをすれば
事実上、視察中はユーリエがずーっとニコニコしていたので、
後日、畑での様子が全部隊に伝わり、余程な公共での場でない限り跪くという風習が急速に緩くなっていったのは余談である。
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