第5話 会議室 3
ユーリエが退出した後に残されたのは、気まずい沈黙であった。
一人俯くバルラロッサを気の毒そうに、チラチラと見ている。
声を掛けられていないという点においては、オババとカモノハも同列だ。
が、カモノハの近衛隊は
オババの第六軍も装飾や服飾などが主な仕事なので、先程伝えられた増設される人数分の制服や鎧を作ればよいだけだ。
あとは広がる回廊分の絨毯を仕上げるとか。
なので「よっこらしょ」と立ち上がったオババは、廊下にいた小型の蜘蛛騎虫にまたがると、自身の仕事場へと向かっていった。
カーディナルはバルサロッサの肩をポンと叩くと、廊下に控えていた補佐の者と合流する。
人員増強についての打ち合わせをしつつ「あー、めんどくさいなあ」などと呟きながら退出していった。
「ユーリエ様は戦闘部隊は温存するようだ。気落ちするなよ」
「あ、ああ……」
ユフクレナもバルラロッサの胸を叩き、言葉を掛けて退出する。
実のところは付いててやりたいが、部下を全員動かさねばならないし、人員を増やさねばならないので、ゆっくりしてる時間が無いのだ。
何故か一度退出して戻ってきたパナケアだけが憤慨していた。
「まったくユーリエ様ときたら、もう少し気づかいというものをですね! バルラロッサ様が目に見えて落ち込んでいるのですから、何かお声掛けをして行って下さればよろしいのに」
「あ、あ、パナケアは、いいのかい?」
「何がです?」
「ユーリエ様直々に命令を受けてたじゃ、ないかい。ルオミオに伝えなくて大丈夫なのかい?」
「廊下にいた妹に伝令をお願いしましたから。それよりバルラロッサ様の方こそ、ユーリエ様に一言お願いすれば良かったのではありませんか」
何故か関係ないのにぷりぷりと怒っているパナケアが妙に優しくて、そんな初めて見る彼女の一面にバルラロッサはあっけにとられ、その後吹き出していた。
「バルラロッサ様っ!?」
「あはははっ、ふっふふふっ」
「なんで笑っているんですか! こちらは真剣に心配致しましたのに!」
我慢しようと思ってまた笑ってしまい、そしてパナケアの顔を見るとまた笑う。というのを繰り返し、バルラロッサがようやく落ち着いたころには、パナケアがお冠であった。
「心配して差し上げたというのに、酷い仕打ちを受けた気分です」
「はあ、すまないねえ。パナケア殿。こっちもそんなつもりではなかったんだよ。ただ……」
「ただ、なんでしょうか?」
「いいや、あたしらがこんな風に話したことが不思議だと思ってね」
バルラロッサにそう言われて、パナケアはようやく何かがストンと胸の内に落ちた気がした。
その感性が納得できる気がしたのだ。
「不思議。……そうですね。私もバルラロッサ様の言っている不思議の意味が分かるような気がしますわ」
自身の胸に手をやり、静かに呟いたパナケアは胸のつかえがとれた清々しい気分になった。
目の合ったバルラロッサに微笑み、どちらともなく笑い合う。
「すまなかったねえ。あたしの不甲斐なさに付き合わせちまってさ」
「いいえ、これはこれで無駄な時間ではありませんでしたから」
二人で肩を並べて会議室を出る。
まるで、数年来の親友のような雰囲気をかもし出していた。
毎日のように顔を合わせていたはずなのに、本音でもって会話をしたのは今日が初めての気がしていた。
噛み合わない齟齬がそこに存在していたが、二人はそれを表現する名を持たなかった。
そこに滑るようにやってきた蜂メイドが一礼すると「バルラロッサ様。
一瞬ビクリと震えたバルラロッサに、パナケアは心配そうに目を向けた。
「ご同行致しましょうか?」
「……いや、これはたぶんあたしだけに御用だと思う。パナケア殿はルオミオの所に戻るべきだろう。ありがとうな」
快活そうにニカッと笑ったバルラロッサに笑みを返したパナケアは、手を振ってからその場を後にした。
先をすたすたと抑揚のない調子で進む蜂メイドは、木の香りの強い廊下の途中にある扉を押し広げてから外へ出た。
そこはもう巨大な針葉樹が辺り一面に広がる景色であった。
と言っても、でた場所は目の前の巨木に匹敵する枝の一本である。
後ろを振り向けば、左右の端が分からないほどの樹の幹であった。
これは巣の中央に位置し、界樹と呼ばれる巨木の中に作られた居住区の一端である。
ここまでバルラロッサを先導した蜂メイドは一礼してから「
バルラロッサはそれに頷くと背中に折りたたんであった羽根を広げて、上空へと一直線に飛んでいく。
本来は界樹の中に外周を螺旋する回廊があるにはあるのだが、最上階のテラスまでそこを行くとなると、走っても一時間では辿り着けないかもしれない。
なので飛べる者は外側を飛んだ方が早いのだ。
飛べない者は誰かに抱えられるか、騎虫を使うか、諦めて中を歩くかする他ない。
バルラロッサは飛べるが、それほど早く飛ぶことは出来ない。
最上階の平坦になっているテラスまで辿り着くのに数分かかった。これがユフクレナであった場合にはその半分の時間で到達できるだろう。
直径二百メートルもあるその場所には白いテーブルに白い椅子。そしてユーリエとその傍に立つカラしか居なかった。
バルラロッサは羽根を畳むとユーリエの近くまで行き、跪いた。
「バルラロッサ、参りました」
「うんうん。いらっしゃいバルラロッサ。ちょっと頼みたいことがあるのよ」
嬉しそうに微笑むユーリエに対し、叱咤されるのではないかと思っていたバルラロッサは内心で安堵した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます