第4話 会議室 2

 あれからひざまづいた者たちが何を言っても顔を上げてくれなくて、やむを得ず命令権を行使して席に着かせた。

 カラが全員に淹れてくれたお茶を一口飲んでから、気まずそうに俯いたり目を逸らしたりしている将軍たちを見る。


 オババは柔和に微笑んで孫を見るような表情で此方を見ていた。

 カモノハは直立不動の状態だが、あれは命令を待つわんこの目だとユーリエは理解していた。


 溜息を一つ吐くと、将軍六名のうち四名がビクリと体を強張らせたのが分かる。

 別に貴方たちに失望したとかじゃないから、安心してくれていいのよと思いながらユーリエは前を向いた。


「さて、我々の巣は始まりの昏き森から何処とも知れぬ地へ迷い出てしまいました。今も巣内には不安が漂っているようですが、引きこもっている訳にもいきません。バルラロッサ、貴方はどうですか?」

「ハッ、うちらのトコはユーリエ様の剣となる。命じてくれりゃあ山だろうが何だろうが、立ちふさがる者は全て切り裂いてやるぜ!」


 何かを握りつぶしてやるという動作で支配者マスターへの忠誠心を見せる第一軍の将に、ユーリエは微笑みを持って返した。

 たちまちバルラロッサの顔が真っ赤になる。

 何だか知らないが、彼女はユーリエの前で意気込みを宣言すると、真っ赤になってのぼせてしまうらしい。


「この盆地は周囲を高い山々に囲まれている、一種の砦のようです。ですが周囲を確認したといっても大まかに、でにしか過ぎません。外周を少し広げることは可能ですか、パナケア?」

「それは、畑にでもせよと言われるのですか?」

「その辺りは貴女とルオミオの判断に任せます。蟻塚を広げるもよし、畑にするもよし。サフランも第四軍に協力し、一緒に周辺で有効利用できるような鉱脈なりなんなりを探しなさい」

「了解致しました」

「うい、了解」


 蟻塚というが、それはサバンナに作られるような小山のような建造物ではなく、地下に向かって三角錐のように作られる蟻の巣のことである。

 この中で蟻型の昆虫人たちが人工灯で維持できる畑を作り、食肉用の芋虫やミミズなどを畜産し、肥料を作ったりしながら巣の中核を担う巨木を育てているのだ。


 今回、巣が出現した盆地に巣を害する者がいないという結論に至ったユーリアは、盆地全体に巣を広げる決意をした。

 それは何処とも知れぬ世界を探索するための橋頭保としての役割と、人員を増やして探索の目を広げる意味を持つ。


 巣を拡大すればそれだけ手も増える。

 手も増えれば、それだけ兄を探し出せる確率が上がるかもしれないからだ。

 問題は増えた人員が自分に管理できるかどうかなのだが……。


「ユフクレナ」

「ハッ! 何なりとご命令を」

「もう一度聞きますが、貴女の軍には寒暖差で動きが鈍る者は誰もいないのね?」

「ハッ、その通りでございます。そのような軟弱者がおりましたら、それはユーリエ様の役に立てない者です。もし我が軍内にそのふざけたことを言うような奴が存在した場合には、私自ら八つ裂きにしてくれましょうぞ」


 これだ。

 忠誠心が高すぎるのもそれはそれで問題だろう。

 この辺りを気に掛けておかないと、ある日見たら兵士が減っていたなどはごめんである。


「ハイハイ、分かったわ。もしそのような者がいたら、処断する前に別の部署に回してあげなさい。巣内で刃傷沙汰なんて私はごめんだわ」

「ハッ。申し訳ありません」


 肩を落としてしゅんとするユフクレナに、バルラロッサが小声で「ば~か」というのが見えた。

 それに対して「黙ってろ」と睨むユフクレナも。場所をわきまえて欲しいと願うユーリアだった。


「拡大する巣の警備はカーディナル。あなたのところに任せます」

「ええ~。これ以上拡げたらめんどくせえじゃん。人員が足りなくなるよう」


 テーブルにべしゃっと突っ伏して愚痴るカーディナルの頭を、何時の間にか後ろに回っていたカモノハが掴む。

 目を丸くしたカーディナルがビシリと硬直した。


「へえ。支配者マスター様に対して口答えは見過ごせない。警護をサボるということは支配者マスター様を危険に晒すということ。教育が必要?」

「ままま、待て待て待て待て! ポーズだってポーズ! 愚痴っただけだから本気じゃないから! 真面目にやるって! 信じて! お願い!」


 背後に鬼子母神か般若を浮かべたカモノハの昏く恐ろしい微笑みを見た将たちが「ひいっ!?」と小さく悲鳴を上げて、壁際まで飛びのいた。

 カモノハの口から蛇行した「ふふふふふふふふふ」という文字が見える幻覚が、ほぼ全員の顔色を青から白へと変える。


「それでユフクレナには軍全員使っても構わないから、探索半径を100kmに拡げて頂戴。大まかな地表の分布だけ分かればそれでいいわ。もし他種族の村や町を見付けても、手出し無用にお願い。自衛は許しますが攻撃は許可できないわ」


 その中でずずーっとお茶をすする縁側で日向ぼっこをするご老人のようなオババと、そのまま話を続けようとするユーリエだけが平常運転だ。

 自分たちの主の豪胆さに、その時だけは拝み倒したい将たちであった。


 カモノハを落ち着かせてから、ユーリエは再び全員を席に着かせた。

 カラどころか、周囲に配置してあった蜂メイドまで一緒になって口から蛇行した「ふ」を吐いていると不気味でしょうがない。


「それと巣の拡大に伴ってですが、第二軍と三軍、四軍に関しては人員の増加を許可します。必要な範囲内という区切りはありますが、増やして構いません」

「「「え!?」」」


 本来は虫型をベースにしている種族だけに、昆虫人は増えるのが早い。卵生だが多卵産なため、一度に増える人数が多過ぎるのだ。

 巣の食糧維持の関係から一部の種族には人数制限が掛かっている。


 今回は巣を拡大する理由から、食糧生産を担う第四軍。防衛と警備を担当する第三軍。此度の命令によって探索範囲が広すぎる第二軍に必要最低人数の増加を許可した。


 単一種族で纏まっている第四軍以外は、希望制となっているため、巣のあちこちから集まってくるだろう。

 その辺りの面接も将軍やその補佐の役目なので、カーディナルだけはげんなりしていた。


「探索に関しても急ぐ必要はありません。巣の拡大にしろ数週間は掛かるでしょう。それぞれのペースでゆっくりやること。それだけは守りなさい。では解散」


 ユーリエが立ち上がると同時に将の全員が跪き、会議室を出ていく姿を見送った。


 全員がガッツポーズなどをして喜びを露わにする中、バルラロッサだけがしょんぼりしていた。

 

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