第3話 会議室 1

 テーブルを腕でガヅンと叩き、軋んだ音が室内に響く。

 円形のテーブルに集まる者たちの視線がそこに向いた。半分は呆れて、半分は「またか」といった感じである。


「まったくまどろっこしいねえ! なんで目に見えているのに、ここでまごまごしてなきゃなんねえんだい」


 荒々しい口調で愚痴ったのは、両肩に上を向いた大顎を持つ昆虫人の女性だった。外骨格が鎧のように体を覆っているが、スレンダーな女性らしい体つきと口調が全く噛み合っていない。

 攻撃部隊を束ねる第一将軍。クワガタ族の女傑、バルラロッサだ。


「そうは言っても物事には順序というのがありますわ。ユーニエ様はまず、巣内の不和を取り除くのに尽力しておられます。のちのちバルラロッサ様の出番に繋がることには、そういった下準備も必要なのですわ」


 バルラロッサのひと睨みをひょうひょうと受け流し、落ち着いた口調で宥めるのは集まった者たちの中で一番小柄な少女だ。

 全身が黒い外骨格に覆われ、額部分からは大きな触覚が伸びている。

 兵站などの食糧生産を旨とする第四軍の将軍補佐、蟻女のパナケアである。

 本来は将軍が赴かねばならない会議であるが、蟻塚の女王である将のルオミオは巣内でも一、二を争うほどの巨体なのだ。

 移動はともかく、会議室に収まるはずもなく。会議などのこういった場になると、もっぱらパナケアが出張って来る。


「いちいち分かりやすい愚痴を言うのは止めておいたらどうだ、バル。お前はどうせなんでもかんでもぶっ飛ばしたいだけだろう?」

「バッ、ちげーよ! オレをそんな破壊魔みたいに言うなディナ!」


 ディナと呼ばれた女性は虹色の光沢をした鎧に身を包んでいる。

 頬杖をついたまま気怠げな表情で、バルラロッサに文句を言った。

 巣の防衛や警備などを担当する第三将軍のカーディナルは、玉虫型の昆虫人である。それと率先して動こうとはしない、めんどくさがり屋でもあった。


「少しは待っておけ、バル。ユーリエ様が周辺地図を作るためにうちの軍を動かしたのは、そのうち外へ足を向けるってことだろうさ」


 第二将軍であるユフクレナがバルラロッサを落ち着かせるように肩を叩く。

 トンボ型の昆虫人である彼女の軍は、偵察や伝令など役目を担っている。

 だからといって戦えないことはない、血の気の多い者もいるため、バルラロッサの暴走を止める役目は大抵彼女に任されることが多い。


「私としては巣が壊されないのであれば、何をしてもおっけー」

「淡白すぎるでしょう、サフラン」


 ぼ~とした状態でのたまうのは、オレンジ色の外骨格というよりは宇宙服の着ぐるみのようなものにすっぽりと収まり、分厚いゴーグルを掛けている少女である。

 サフランが将を務める第五軍は、修理、構築、発明といった造ることに特化しており、戦闘とはほとんど無縁である。彼女自身はケラ型の昆虫人だ。


「オババさまは何か言うことはないんですか?」

「さてのう、全ては支配者マスター様の思し召しじゃて」

「右に同じ」


 パナケアが尋ねたのは少し歳のいった真っ白な老女である。

 カイコガ型の昆虫人である彼女は、第六軍を預かり、巣内の装飾や衣服関係の部署を担当している。

 老女というが、ここに集まった者たちの中で彼女を侮る者は誰もいないだろう。

 最長老ということでこういった場に引っ張り出されるが、本人はやんちゃな者たちを窘めることはあっても、率先的に意見を言うことはまずない。


 オババの隣にいる気品ある蜂女は、支配者マスターであるユーリエ直属の近衛を束ねる蜂女すべての母でカモノハという。

 ユーリエに仕えることを生きがいとしているために、彼女の言葉は彼女の娘らの全てである。

 そこについてだけは割と頑固なので、ユーリエに対しての言葉のチョイスを間違えると巣内中の蜂女全てが敵に回る。



「それにしてもあのクソを捜索しろっていうのが、真っ先に出てこねえのはちーとばかしおかしくねえか?」

「まあ、確かに。ユーリエ様ならあの腐れ外道を真っ先に探せ、となりなんなり言うと思ったけどな」


 バルラロッサとカーディナルがずいぶんと耳障りな言葉で上げた者は、ローヒーのことである。


 敬愛する支配者マスターに反旗を翻したというだけで、対象は八つ裂き案件であるが、その対象は既に火刑にされこの世にはいない。

 ローヒーはその息子であるため、何時また親に倣って支配者マスターに牙を剥きかねない、というのが巣内で大部分を占める意見だ。


 影で始末してしまえと、各軍から選りすぐりが集められてその機会を窺っていた部隊が存在していたこともあった。

 だが、いざ実行に移そうとしたところで対象と一緒にいたユーリエの顔が実に美しい笑顔だったため、暗殺には至らなかったという失敗談がある。


 だが、そのあとオババにそのことが露見して、関係者全員がミノムシの刑に処されるという騒ぎがあった。

 巣の一番高いところから軍団の将が3名と精鋭16名が白い糸にぐるぐる巻きにされて、逆さにぶら下がっていたのである。5日間も。


 支配者マスターが何事かと様子を見に来たが、オババは開口一番「精神修行ですじゃ。邪魔しないように頼みましたぞ」と何食わぬ顔で堂々と嘘の申告を述べた。

 それ以来ローヒーに影から手を出そうという者は減ったという。

 表立って罵倒したり、睨みつけたりする者はいたが、当の本人が喜んでいるのであまり効果があったとは言えない。


 昔の失敗を思い出す二人にカモノハがたんたんと声を掛けた。


「ユーリエ様は今もローヒー様を探したいと思っている。でもそれを表立って命令に移すと、まだ混乱の多い今の状態では巣内の不和を招くと思っている。だから、ユーリエ様の心労を減らしたいのなら、外に出れる者はそれとなくローヒー様の捜索に意識を割くべき」

「そうじゃのう。支配者マスター様にとっての精神安定剤はローヒー様の存在じゃて。じゃが、かの方はその役割が為、お主等の安寧を優先しておるのじゃ。支配者マスター様がこうまでお主等を慈しみ、気にかけておる。その心意気にお主等も少しは応えたらどうなのじゃ?」


 オババにそう言われては、混乱が始まってからのユーリエの行動を見ていた者たちは、目に涙を浮かべて自分の力の無さを嘆いてしまう。

 室内がお通夜みたいな雰囲気になったところで会議室の扉が大きく開かれ、カラに先導されたユーリエが入室した。


 ハッと顔を上げた全員が席を立ち、ユーリエの前に跪いて頭を下げる。

 しかし、室内に漂っていら空気までは払拭することができずに残っていたため、ユーリエの困惑する原因になった。

 

「え? なにこの状況?」

 カラも跪くが、空気を読み切れずにユーリエは暫し立ちすくむはめになった。

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