第18話 会議/会議

「まさかこんなところで会議ですか……」


 ありえないといった声で脱力したのはパナケアだ。

 彼女は周囲をぐるりと見渡したのち、そこに集まっている顔ぶれを見て肩を落とした。

 周囲はぽつぽつと芽が出始めている畝が広がる畑の片隅である。

 ここは第五軍がつい先日整備を終えたばかりの畑。元は灌木で覆われていた林だったところで、支配者マスター様の騎虫のバルが「取ってこい」遊びで縦横無尽に掘り返した場所でもある。

 そこの西の端に集まっているのはパナケアの他に、第一将軍のバルラロッサと第三将軍のカーディナルに第五軍のサフランだ。

 あとユフクレナの代わりに蜂族のラカイアが参加している。彼女は第二軍の将軍補佐だ。


「ユフクレナはどうしたんだ?」

「将軍はユーリエ様直々の任務に出かけていますので、私が代わりに」


 質量爆弾投擲試験のことを説明すると、皆が羨ましそうな顔になる。題目はなんであれ、支配者マスター様直々の命令は褒美のようなものなのだ。


「会議に体裁もクソもないだろう? ユーリエ様もいないしな」

「ユーリエ様がいないから会議室を使わないとか、全く別の話でしょう。こんな道端で会議とか普通しませんよ」


 片手で顔を覆って呆れに呆れた声を漏らすのはラカイアだ。もうこいつ処置なしという態度がありありと現れている。

 対してそれに何の不都合があるんだろうと、首を傾け全く分かってない態度なのがバルラロッサとカーディナルだ。

 一軍を預かる将ともあろう者が、こんな道端で会議を行うことのデメリットを全く理解していない。補佐が同行していないのも理由の一つではあるのだが。

 ちなみにパナケアは我関せずで、宇宙服のような寸胴の外骨格姿で立ったまま四人のあれこれを眺めているだけであった。

 直接戦闘に関係しない部署の対応ともとれるが、本人的には彼女たちのやり取りを眺めているのが楽しいという傍観者的な視点である。


 そこへ空から「何を騒いでいる?」と冷めた声と共に飛来する者があった。

 黒と黄色の警戒色を身に纏った近衛隊統括のカモノハだ。彼女の背後には巨大な兵隊蜂が二体付き従っている。

 カモノハが地面に降りて手を振ると、急上昇して皆の頭上を抑える位置にホバリングして停止する。

 カモノハの釣りあがった複眼にキッと睨まれれば、口を揃えて文句をたれ流そうとしていたバルラロッサとカーディナルも沈黙してしまう。ラカイアだけは自分の種族長なので膝を付く。


「随分と機嫌が悪いですねカモノハ様。何かあったのですか?」

「生憎とこちらは次代が蛹になったばかり。あんまり離れていられない。会議なら手短に」


 パナケアの問いにかなりトゲトゲしい返答がカモノハの口から飛び出る。ある意味、巣内の風紀を取り締まっているような氷の委員長みたいな存在だ。

 バルラロッサ以外の者も「お、おう」とかいう戸惑った反応を示し、会議の名目で皆を集めたカーディナルに開始を促した。


「えー、コホン。それでは会議を始める、ます。議題というか、ええと、これは実行に移すことが前提の、提案なのだが……」

 エヘン、オホンというヤケにドモリ気味なカーディナルの口上に、他の皆は少し驚いていた。

 普段であれば「眠い、めんどくせえ」と率先して業務をさぼろうとし、カモノハの眼光とパナケアの宥めによっていやいやながら仕事を行うカーディナルにしては珍しい提案である。


「あの異種族の巣だが、偵察でも見た目でも脅威がぺーぺーの最低限だというのが分かったんだ。その辺通達は行っているだろう?」

「ええ、まあ。顛末だけなら。蟻族ウチの兵隊蟻ならともかく、働き蟻に泣いて逃げたとか……」


 パナケアの目には哀れみが宿っていた。

 働き蟻というのは第四軍の中では一番数が多く、巣内では生産労働で中核を担っている者たちだ。そのぶん戦うことに関しては、巣内では下から数えた方が早い。

 数の差を生かして群がれば、大抵のモノはどうとでもなるが。第四軍上位のパナケアからみれば末っ子みたいな立ち位置である。

 その姿を見て泣いて逃げたというのは、もう最底辺の更に下とみて間違いはないだろう。巣内の認識はそんなものである。

 例としてバルラロッサから見て働き蟻というのは、例え10万という数がいてもソロでちぎっては投げちぎっては投げが出来るような雑魚だ。


 人間から見れば巨大な昆虫というのは外見が凶悪になる分、村人にとっては脅威以外の何物ではない。

 人間に対しての認識がない彼女たちでは仕方のないことであろう。


「……で。それを踏まえて第三軍はどうするの?」というカモノハにニヤリと笑ったカーディナルは「そんなん決まっているだろう。ぶち殺してしまえばいいんだよ」と述べた。


「なっ!?」

「ディナ! てめえっ!」

「ユーリエ様の命令は出ていない。それは命令違反?」


 ラカイアは驚き、バルラロッサは激昂し、サフランは淡々と首を傾げた。

 それに対してカーディナルは、以前支配者マスター様に言われたことを皆の前で告げるだけである。その口には愉悦が紛れていた。


「ユーリエ様はこうおっしゃった。『場合によっては貴女たちの判断に一任します』と。我々の判断に一任すると、そうおっしゃられたのだ! どうだバルラロッサ、お前はどうするべきだと考えている? パナケアは? ラカイアは? サフランは? カモノハ、あなたもだ! あの支配者マスター様を模した醜い者たちの処遇をどうするべきだと考えている?」


 やたらと上機嫌で代弁者臭いカーディナルの口上に皆が一旦押し黙る。

 痛いほどの沈黙が周囲を支配しようとしたとき、意外にも一番に口を開いたのはサフランだった。


「私はサンプルが欲しい。ユーリエ様に伺ったところによると、人間という種族には雌雄がいると聞く。予備も含めてそれぞれ二体ずつ」

「そうか。考慮はしておこう。他には」

「私はまあ、醜い者共はマズそうですから肉としてはいらないと思います」

「私もあんなものは食いたくはないな」


 食肉には値しない。などと言い出したのはパナケアである。

 言葉にするだけでマズそうな表情に、バルラロッサもユフクレナも苦い顔で頷く。


「脅威を感じないというならば、次代の巣の場所をユーリエ様に再考して頂かないと。リプレ殿が不憫」

「そ、そちらは私からお姉さまに伝えましょう」


 深ーい溜息を吐いたカモノハに、おずおずと切り出すのはパナケアだ。

 ラカイアはふかーい溜息を吐くと、首筋に手を当て「これではいつも通りじゃないですか」と呟く。

 バルラロッサは獰猛な笑みを口に浮かべながら「おい、ディナ! もちろん突撃は第一軍ウチに譲ってくれるんだろうな」と尋ねる。


「いやいや、第一軍が前を張る必要はないだろう。たまには第三軍にその役目を譲ってくれてもいいんだぜ」

「お前が怠惰になってねえのは気持ちわりぃんだよ。ケツで寝ていろ!」

「うちらは何時もの通り、包囲を密にしておく。出し入れはしないからな、サフラン殿の土産まで殲滅するなよ」

「チッ、めんどくせえなあ」

「どうせなら若いのがいい」

「注文を増やすんじゃねえよ。しちめんどくせえことを頼むくらいなら、テメエも来い!」


 話し合いというか、飲み屋の大学生といったような感じである。

 いくつか出た要望を、放っとくとらちが明かないからとパナケアとカモノハが纏め、段取りを決めていく。

 先鋒は珍しく提案を出したカーディナル率いる第三軍。

 第二軍は精鋭が出て周囲を固める。将軍たちが諸共出張っていくのを危惧して界樹の防衛に回る予定だ。

 バルラロッサ率いる第一軍は、第二軍の包囲網の内側から人間共を追い立てる係。

 村落(彼女らにとっては巣だとしか思っていない)の中心に人間共を集めたところで、サフランがサンプルを回収。

 残った人間共は殲滅して作戦終了である。

 尚、村落跡地はリプレの工作部隊の働き蟻たちが特性花畑にしてしまうことになっている。これに関してはパナケアが通達しに行くと。

 将軍職の半数が巣を留守にするという前代未聞の作戦であるが、これに関してはカモノハが支配者マスター様に報告することになっていた。


「呼び出して来ないとなった場合、ユーリエ様が不快に思うかもしれない。そこは私が存分にフォローする」

「いや、カモノハ殿よぉ。次代がどうこう言っていなかったか? 実は暇なのか?」

「それはそれ、これはこれ」

「頼むから傍にいられないのは職務怠慢とか、ユーリエ様に吹き込まないでおくれよ? 頼んだからね」


 バルラロッサとカーディナルが交互に念を押すと、カモノハはいつものようにひょうひょうとした態度を崩さない。

 裏が読めない分、いささか心配になってしまう二人は、微妙な表情をするしかない。

 そこは間に入ったラカイアからも口を出すということで、この場はなんとか締めくくることができた。


 そうして彼女たちは四方に散っていく。

 バルラロッサとカーディナルは自軍を集めに。パナケアは足を確保しに地下の蟻塚へ。サフランも同様に騎虫を引っ張り出しに。ラカイアは残った二軍メンバーと将軍に事の次第を伝えに。

 彼女たちの決めた開戦の日時は今これからであった。

 集合場所はリプレの巣穴の出入り口前。

 単独でフットワークの軽いパナケアが、兵隊蟻と共に先行して事情を説明しに行く手はずとなっている。

 サフランは特に戦闘自体に関係ないので、騎虫に曳かせる檻も用意していくつもりだ。なのでのんびり行くとすでに決めていた。

 カモノハは頭上の兵隊蜂と界樹へ飛んでいき、蛹の様子を見た後で支配者様に通達する。



 異世界昆虫軍が出撃の手はずを整えている頃、開拓村17号では村長宅に代表者が集まって会議が開催されていた。

 お題はこの村を捨てるか、目に見える脅威に村が一丸となって立ち向かうか、である。


 まず村を捨てるとなった場合、村民は皆難民となるしかない。

 最悪西側の開拓村6号へ助けを求めたとして、あちらも村を維持していくのが精いっぱいだ。新たな人員を受け入れる余地などないのは目に見えている。

 第二に立ち向かうといっても、村人たちの大半は非戦闘員ばかりだ。

 辛うじて20歳以上の男性陣が、国の兵役に就いたことがあるくらい。それも槍の持ち方とか集団戦の時の戦い方を学んだ程度で、実戦などを経験した者は少ない。

 それでも狩人のオヤジさんを中心として、防衛の真似事くらいはできるだろう。

 ただ、どちらにせよ彼らの行動や予測は全くの無駄になってしまう。


 誰が巨大な蟻を見て、それが大きな群れの下っ端だと思うのか。ましてやその背後に、支配者を頂点にした人の姿の昆虫の組織が控えているとは思うまい。

 それがこの数時間後に彼らがることになる、初めての異世界交流ということであった。一方的な。

















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蟲軍団異世界を征く Ceez @Ceez

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