第15話 巣7

「することがなにもないっていうのもなあ」

「ユーリエ様には日々のんびりすごして頂ければよろしいかと。これは皆様からの総意です」

 界樹の頂上で紅茶を味わいながらユーリエは呟く。それに答えるのは傍に控えるカラである。


 甘やかされるならまだしも、何も仕事がないのはまた別だ。

 毎日界樹を上下してみれは、部下たちの気持ちが引き締まると好評。

 違うそうじゃないと、脱力感にも包まれる。


 普通、上司が見回るとなれば、職場は緊張感が漂うものだ。歓び、讃え、恍惚とするのはなんなんだろうと言いたい。


 やることがなければ出来ることを探すまでだが、部下たちの目があちこちにある場合は雑事をやろうにも「そのような雑事は私が!」と端からかっ拐われる始末だ。

 何度か界樹を上下しているうちに、ささやかな暇潰……いや日課が出来ただけマシな方なのだろう。


 毎日の日課その1。ビロウドを可愛がる。

 未だにコロコロとした真っ白い幼虫ではあるものの、可愛いいのだ。体表はスベスベだし、ぷにぷにと弾力性がある。

 手ずからロイヤルゼリーを食べさせる時などは、横でカモノハが悔しがるくらい。

 カモノハはローヒーにそれをやられたんじゃなかろうか、と思った。しかし設定から切り替えたら、そんな記憶も無くなるのだろうなと思うと悲しくなる。

 

 その2。食堂でメニューを1つずつ制覇。

 巣の食材を考えれば、元がなんだったのかかなり謎である。

 見た目はハンバーグセットだったり、お子さまランチだったり、牛丼だったりする。

 農場で育てられているから、野菜はまだ分かる。問題は肉や魚に見える物だ。


 第二軍と五軍が協同して実験動物という名目で、周辺の獣を採取しているようだ。そのうち食用に足るものは肉となって流れてくるらしい。

 だが材料がそれだった場合には「支配者マスター様にこのような肉をお出しする訳には参りません」と料理長に許否されてしまう。


 といってユーリエに出されるものは、品質管理に定評がある第四軍産だ。蟻塚内で生産される食用芋虫の肉と、キノコ類である。

  それがどう混ぜ合わせられれば見た目ハンバーグになるのか、甚だ疑問だが。

 しかも毎食それを作った料理長が、側でじーっと見ている。一口食べて感想を言わねばならないのが、微妙にプレッシャーであった。

「旨い」「美味しい」と言えば離れてくれるため、その間だけ精神的負荷が酷い。


 自室で食事をとると言えば、フルコースみたいなのが運ばれてくるため、それは遠慮したい。

 マナーが分からずで、部下をがっかりさせたくない。

 だからこその食堂なのてある。

 しかしユーリエがあるメニューを頼めば、食堂にいる全員が同じ物を頼むのは、とても恥ずかしい。


 日課その3。マーデと遊ぶ。

 第五将軍のサフランから「周辺を耕す手間が省けた」と言われる「取ってこーい」遊びである。

 平地でそれを行うと、マーデの巨体が飛んだり跳ねたり走り回ったりする。それはもう地面がいい具合に耕されると、五軍の皆に好評なのであった。

 サフランがいうには、低温でも育つ果樹を試験的に植えているようだ。何種類かの内、育成が良好なのを掛け合わせて、果樹園を広げて行っているらしい。


 界樹の外に出るとユーリエにはカラの他、蜂メイドが三名付く。外縁部でパトロールをしている第一軍か第三軍より、二名が警備として回されてくる。場合によってはバルラロッサがそれを担当し、ピリピリした空気が漂う。

 本日はそのメンバーにサフランを含む第五軍が数人、待機していた。


 マーデの背に乗ったユーリエが見ているものは、領域内ギリギリに広がる山脈の裾だ。幾らかはなだらかなのだが、場所によってはそこから切り立った崖になっている。


 ユーリエが腕を振るう。

 法具と呼ばれる腕輪から空中に漂う緑色の光を散布させる。これがユーリエの使うスキルの一端だ。

 カラやバルラロッサたちは見慣れているからいいものの、一般兵からは「おお!」とか「っ!」などの感極まった溜め息がこぼれていた。


【探査/鉱脈】

 ユーリエの全面いっぱいにぶわっと広がる緑の光の玉の星空。

 直径2cm程の玉は、それぞれが1mの間隔を保ちながら山の壁面へ飛び込んで行った。

 穴を開けるのではなく、浸透するように。音もなく、山肌に染み込んでいく。

 一分か二分の間を置いてから、緑の玉はポツポツと戻ってくる。

 現れたのは飛び込んだ数より大きく下回る数個程度だ。


 ユーリエはその一つ一つに手をかざして、蓄積された情報を読み取っていく。一通り終えると、サフランに情報を渡す。

 サフランが広げた3D地図上に拡大された山の一つ。そこに手を突っ込んで、鉱脈図を描いていく。

「こんなものじゃないかな?」

 手を引き抜けば、カラが丁寧に指を拭き取る。ばっちくないよ!


「ありがとうございます。ユーリエ様。直ちに掘り返す」

 前半は礼儀正しく、後半はぶっきらぼうなサフランの言い方にバルラロッサがキレかけた。

 ユーリエが「まあまあ」と宥めれば、青筋を立てつつもバルラロッサは引き下がる。


 サフランはユーリエの側を離れると部下を引き連れ、早速坑道を掘る作業に入る。

 サフランたちケラ族が直接掘るのではなく、マーデと同じく騎虫のケラ種が掘るのである。

 第五軍が纏まって掘り始める場所を選定している間に、そのケラ種の騎虫が数匹現れた。

 大きさはマーデの半分程度だが、それでも体長3m程もある平べったいケラ種騎虫が、山の地表をバリバリと掘っていく。


 除雪車かと思うくらいに土や石を巻き上げ、そこかしこに土の山が瞬時に積み上がる。

 それをまた別のケラ種騎虫が散らしていく。

 ユーリエが「へー」と関心しながら穴が開く様を見ていると、いきなりバルラロッサたちが警戒を強めた。

 西側から飛んでくる個体がいたようで、兵士たちに緊張が走る。

「あれは、カーディナル様では?」

「……なんだ、ディナか。緊張して損した」

 近づくにつれそれがカーディナルだということが分り、バルラロッサたちが武器を納めた。


「どーしたの、カーディナル?」

 離れたところに着地して膝を着いたカーディナルの前に、ユーリエはマーデから滑り降りて近付いた。

 その左右はカラとバルラロッサが固め、何が起きてもいいように油断なく構えている。

「報告します。リプレ殿の蟻塚での出来事なのですが……」

 カーディナルは膝を着いたまま一礼すると、人間がいかに弱者であったのかを説明するのだった。 

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