第16話 巣分け2

 リプレは地表で警戒を続ける第三軍の伝令の兵士から、人の集落の動向についての報告を受けていた。

 内容は村の規模や戦闘のできそうな要員についてだ。

 これが界樹であれば戦闘要員は第一軍から第四軍までがそれに当たるため、全員を引っ張り出すことになるような戦争は稀である。

 というか界樹の歴史を紐解いても、ほぼ無いような事例だろう。

 そもそも巣(村)一つに兵士(狩人)が三人とか、ユーリエたちから見れば「舐めてんのか」とか「ヤル気あんのか?」というレベルである。


「それはまた、ずいぶんと拍子抜けですね」

「は」

支配者マスター様はなんと?」

「そちらはまだ。将軍が直接報告に行かれておりますので」

「分かりました。ありがとうございます」


 伝令が去ると女王の部屋には静寂が降りる。リプレには通路から伝わる振動で、まだ数の少ない子供たちの様子が手に取るように分かる。

 彼女自身は既に人形ひとがたを捨て、腹がぶくぶくと肥大化した女王蟻の姿となっていた。

 時折食事を運んでくる働き蟻と、生まれた卵を運ぶ働き蟻が部屋を行き来する他は、静かなものだ。


 界樹の蟻塚であれば、女王を世話する蟻たちで賑やかなものだった。今にして思えばあの喧騒が遠くなった気がして、しんみりした気分に陥る。


「……っと、」


 思考の海に沈んでいる暇はない。対外勢力の心配はしなくて済みそうだが、戦力は整えておくに越したことはないだろう。そのためには自分が頑張って、界樹の蟻塚のように騒がしい人員を増やせばいいだけだ。

 巣の拡大を考え働き蟻を多目に生んでいたが、そろそろ兵隊蟻も増やすべきかと考える。

 些か餌の確保が心許ないが、敵を侮って被害を出せば支配者マスター様に申し訳が立たなくなる。

 何より後続の蜂族のためにも、花畑の拡大は優先されるべきものだろう。

 リプレは新たなる卵の育成を任せるべく、触覚を震わせフェロモンを放出して働き蟻たちを呼び寄せた。



 界樹の方では漸くビロウドが蛹へと変わっていた。

 巣穴を広い方へと移して羽化に備える。カモノハもこれで決め細やかな世話が終わるのかと思いきや、ビロウドの巣立ちで減る働き蜂の増産に入るそうだ。

 

「これはこれでずいぶんと異形だわ~」


 蛹になると人と蜂が混合した姿があらわになる。誰にも聞かれぬようにユーリエは呟いた。

 カモノハの耳に入って、ビロウドを失敗作などと言われてはたまらない。

 カモノハによると僅か数日で羽化するらしい。その間はお触り禁止にされてしまった。外部からの接触で、綺麗な体が歪むのは避けたいところだ。 


 蜂巣エリアを離れたユーリエは、界樹の外側通路に出たところで空を見上げる。

 蜂族や蝶族がせわしなく行き交う空は、雲1つない青空が広がっていた。

 毎日暇しているばかりでは、思考も働かない。そんな境遇に流されるまま身を浸していては、堕落していくばかりだ。


 頬を叩いて気合いを入れ直し、まずは出来るところから検証してみようと振り返った。そこには何やら狼狽えて動揺をあらわにしたカラが右往左往していた。


「カラ、なにしてるの?」

「え、いぇ、あ、ええと、ユーリエ様が自傷行為を!?」

「違うわよ。気合いを入れたの」

「気合い、ですか?」

「そーそー。毎日暇していては兄さんに申し訳が立たないわ」


 あからさまに舌打ちな対応をするカラに苦笑する。ローヒーに対して嫌悪感を出さない部下は、オババくらいなものだろう。

 塩対応は仕方がない。それ自体はローヒーが望んだことなのだから。それが殺傷行為に及ぶようなことになれば、全力で止めようとユーリエは思った。


「カラ、下に連れていってくれる?」

「え、はい。分かりました。御身を失礼致します」


 お姫様抱っこの姿勢でカラの腕に身を委ねながら、ユーリエは下から上に流れる景色を、感情のない目で見つめるのであった。



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