第14話 開拓村②

 その開拓村で猟師の役割を振られた者がいる。

 果物や木の実だけでは人は生きていけない。

 補給に頼るわけにもいかないので、こうして数日おきに肉となるような動物を狩りに行く者が必要なのであった。

 かといって単独で村の外へ出るようなことはなく、常に3人で行動するようになっている。


 1人は熟練の狩人。オヤジさんと呼ばれている。残りの2人は見習いだ。

 それほど人材が豊富な村ではないので、一人が役割を幾つも兼任しなくてはならない。

 とりわけ食材を確保する手段は、あればあるほどいい。

 罠にかかった獲物の確認と同時に山菜も摘む。

 狩人になるためには山の幸の知識も必要なため、2人は熱心にオヤジさんの講義を頭に叩き込んでいた。


 狩人という職業は、村の食糧調達の一角を担っている大切な役割だ。

 毒草や毒キノコなどで、村人を危険にさらしてはならないため、見識については徹底的に磨く必要がある。


 だが、その日はまだ見習いの端っこに引っ掛かる程度の2人でも分かるほど、狩り場には異様な雰囲気が漂っていた。

 いつもならさえずる鳥の声が、獲物と自分たちの足音をかき消してしまうことに苛立ちを覚えたものだ。今日に限っては周辺は静寂に包まれている。


 前日に仕掛けた罠を確認していくも、ほぼ全て空振り。

 昨日今日と獣道を行き来した足跡は、彼らの分だけである。

「オヤジさん……?」

「ああ、気を付けろ」


 緊迫感を匂わせているのは、何も森だけではない。肌寒い季節だというのに、汗をびっしょりかいているオヤジさんもその範疇であった。

「こんなことは、今までのオレの経験にはない現象だ。あえて近いものをあげるとするならば、……戦場いくさばの気配か?」


 言われたことが見習い2人に浸透するまでに、やや間があった。戦なんてことはここ数十年、周辺諸国では聞いたことがない話である。

 武力でもって領土拡大など何代前の話題になるか。今や理性、話し合いと交渉にて国々の緊張は保たれていると言えるだろう。


「こんな辺境を欲しがる国なんてあるのでしょうか?」

「辺境な上、人の手が入ってないぶん何が住んでいるかも分からんだろう」


 辺境に隠れ住んでいる部族などもいるかもしれない。そういった話を聞いてしまえば、見習い2人は途端に周囲を気にし始める。

 疑心暗鬼になってしまえば、自分たちが何かに監視されているような錯覚が付いて回る。

 葉擦れの音に振り返ることが多くなり、流石に心配し過ぎだとオヤジさんに怒られた。


 村から離れすぎるところまで様子見で移動したところで、オヤジさんが腕を広げて2人を静止させる。

「「オヤジさん?」」

「シッ、静かに」

 オヤジさんに倣って姿勢を低くする。周囲には丈の高い草が多く、大人でもしゃがんでしまえば見つけるのは難しい。


 声を押し殺した3人は耳をすませた。経験豊富なオヤジさんでも、心当たりのない音が聞こえてくる。

 無理矢理当てはめるなら3羽の鳥が息を合わせて歩き回るような?


 オヤジさんの指示に従い、3人は極力音を立てずに移動する。丈の高い草と茂みを遮蔽物にし、音のする方を慎重に覗き込んだ。


 恐ろしい程の脅威がそこにいた。全身は赤い甲殻に包まれ、大人4人が並んだくらいに相当する巨大な躯を持つ蟻だ。

 大きな顎は大人2人を楽に両断できそうで、長く太い6脚は鋭い爪を備えている。その爪に軽く撫でられようものなら、人の頭が粉砕されそうだ。


 それが今、木立の中の1本に大顎を引っかけて、根ごと引き抜いている。

 それが1体だけではなく、3体も存在していた。2匹は周囲の木を手当たり次第に抜き、1ヵ所に集めていく。

 残りの1体は根を抜いた穴に、人の頭ほどもある種を無造作に突っ込んでいる。


「っ!?」

 あやうく悲鳴をあげかけて、他2名に口を塞がれる。

 狩人見習いの青年の顔も真っ青だが、オヤジさんの顔色も最悪だ。顔面の筋という筋がひきつったような強面になっている。

 ハンドサインで静かに逃げろという指示を受け、見習いの青年たちはゆっくりと行動を開始した。

 可能な限り、それでいて足音を立てずに慎重にと後ろに下がる。時間が引き伸ばされたような錯覚に陥りつつ、汗びっしょりな体に叱咤しながら亀のような歩みでその場から移動する。


 充分離れたと思われる位置からは、ベテランだろーが見習いだろーがあられもない悲鳴をあげて逃げだした。

 尻尾を巻いた犬のように。情けない姿を隠そうともせずに、ただただ逃亡だけに全てを費やしたのである。


 そこまでの様子を、上空から観察されていることも知らずに。


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「身1つで働き蟻に挑むような武は持ち合わせておらんようだな」

 そう呟くのは背中に黒い蝶の羽根をもつ蝶族の男である。

 逃げていく村人が豆粒のような大きさなため、下から彼らに気付けということが無理な話だ。

「粗末な弓矢で武装しているつもりなのかね?」

「コロニーの外に出ているのだから、腕利きではないのか?」

 狩人が背負う弓に興味を示すのは蝿族の男性。巣(村)の外に出るイコール、強者だと考えているのは甲族の女性。その姿はカナブンだ。


「どちらにせよあれでは働き蟻に一撃は加えられそうもないな」

 人間の弱さに呆れているのはカーディナルである。

 たまたまリプレの最初の働き蟻の活動を追っていたのだが、こそこそと動く人間たちを見つけたのが始まりである。

 支配者マスター様に言われた通り、あちらから攻撃してくれることを期待したのだが、結果はご覧の通り。全く話にならないことが分かっただけであった。

「まさかあそこまで期待外れだとはな。支配者マスター様になんと報告したものか……」

 頭を抱える将軍に配下の者は苦笑いだ。

「まあいい、ここは任せる。私は一度巣に戻って指示を仰いでくる」

「「「ハッ!」」」

 カーディナルは配下の者に後を任せ、巣の方角に向かうのだった。

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