第6話 巣1

 なにやらホッとした顔のバルラロッサを見て、ユーリエは首を傾げた。


「どうしたのバルラロッサ? 護衛は良い方なの? 何かと比べた?」

「あ、いえ。なんでもありません」

「そうなんだ。じゃあちょっとお供してくれない?」

「ははっ! お任せください。全力で支配者マスター様の敵を殲滅する所存であります」

「巣の中で敵なんていないってば。まったくもう」


 そもそも別に巣の中で護衛などはユーリエに必要はない。

 巣の中に居るのはユーリエを支配者マスターと崇める者たちばかりだからだ。

 ただ、視察に行くとカラに告げてみたところ、カラを筆頭に蜂メイドを20人くらい付けることを提案されたのである。

 

 後ろにぞろぞろと続く大名行列みたいなのは、ユーリエも気になって視察(息抜き)どころではない。

 仕方なくお供にする者に巣内最強と言われるバルラロッサを指名しただけである。まさかそれが彼女の憂鬱な心を救済するとは知らずに。


 逆に先程の会議でお声掛けをしてもらえなかったバルラロッサの忠誠心はゲージを振り切っていた。

 「こんな不甲斐ない自分にこのような役目を与えてくれて……」と盛大な勘違いをしていた。


 ユーリエにしてみれば、探索や拡張に攻撃部隊は必要としないだろうという判断だったのだが、そんなことで落ち込む者がいるとは思わなかったのだ。

 これは彼女がこの世界コロニーを率いて日が浅いのも影響している。

 元々兄の作ったもののため、全体を効率良く動かすということと、動かすにあたって何処かに不満が生じるということを考慮しないところにあった。


「じゃあ、護衛よろしくね。バルラロッサ」

「はい、お任せください」

「カラはどうするの?」

「私の役目はユーリエ様の侍女です。もちろんお供致します」


 ティーセットを片付けるカラを待って、ユーリエは動き始めた。

 まずは屋上から飛び降りることなどせずに、階段を使って階下へ降りる。


 屋上から下、40階層分はカモノハ率いる蜂族の領域だ。

 壁にびっしりと張り付くのは、綺麗な六角形が重ねられた蜂の巣の一部である。

 壁を基準として二重三重の円を描いて作られているのも蜜蜂式だ。


 周辺には甘い匂いが漂い、幼体を育てるための働き蜂がたくさん飛び回っている。

 ここでいう働き蜂は、ユーリエの二倍ほどもある昆虫型の蜂だ。

 基本は戦闘や運搬などの仕事をする雄型である。

 雌型の蜂は皆、侍女としてユーリエの身の回りの世話をしたり、界樹内の管理をしたりするのが一般的である

 だが、有事の際やユーリエの命令次第では、カモノハの旗下より分離し別の場所に巣を作れる女王となることもできるのだ。


 そんな中を通るものだから、飛んでいた者は下に降りて跪こうとするし、何十匹もの雄型の蜂が周囲に集まってきたりと領域が大混乱になりかけた。

 騒ぎに気付いたカモノハが出てきて、全員に仕事を続けるよう言い渡さなければ子供たちの世話が滞っていただろう。


支配者マスター様、何かありましたか」

「ごめんね、カモノハ。ちょっとした視察なの、先に言っておけばよかったかな」

「いいえ、支配者マスター様が我々に合わせる必要はない。我らが支配者マスター様に合わせればいいだけ」

「そ、そう。ところでそれは?」


 ユーリエはカモノハの持っている細長い白い物体について尋ねた。

 彼女はそれをユーリエに渡して「今さっき生まれた卵」と答える。

 今は人型に変化しているが、カモノハの正体は雄型をも超える巨体の女王蜂だ。

 ユーリエが来ていたのにすぐ現われなかったのは、その卵を産んでいたからだろう。

 エナメルのようなすべすべした表面の感触を楽しんだユーリエは、卵をカモノハへと返却した。

 

「もしかしたら巣分けをするかもしれないから、専用の女王となるものを生んでみた」

「へ?」

支配者マスター様。どうかその子に名前を付けて欲しい」


 どうやらカモノハは巣の拡大=巣分けとなる結論に至ったようだ。

 いきなり言われて面食らったユーリエだったが、近衛を統べる女王の願いである。真摯に受け止めた。


(カモノハって確か色彩から取ったって兄さんが言ってたよ、ね? ……だったら色の名前を付けてあげないと)


「ではビロウドというのはどう?」

「判った。ではこの子はビロウド。新たな巣を担う者。支配者マスター様の一番新しいシモベ」


 カモノハが卵を高々と掲げたのに合わせ、轟音に近い歓声が巣内の反響をも起こして湧き上がる。

 巣の中の幼体は牙をカチカチ鳴らして喝采を送り、雄型の蜂たちは羽音を揃えて歓びを示す。

 人型である蜂メイドたちはもちろん拍手で新たな女王を湛えた。

 カラやバルラロッサも同様に、新しき女王の卵へ称賛を送る。


 ユーリエだけがポカーンとしていつまでも続く歓声の中、立ち尽くしていた。

 思っていたよりこの組織に馴染むのは骨が折れそうだ、と思いながら。



 

 

 




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