第7話 巣2

 界樹の中層部は巨大な居住区となっている。

 内部が空洞でも育つ樹木なので、かつてはまだ低い時に蜂族のエリアだった名残が残っている。


 今はそこを各員の居住スペースとして開放しているという訳だ。

 といっても一つ一つはカプセルホテル程度の広さしかなく、皆もほぼ寝るだけにしか使っていない。

 それ以外の時間は支配者マスターの為に働くというのが、彼らの生きる喜びなのである。


 それだけ聞くと「支配者マスターとは業が深い生き物なのだなあ」と自分の事ながらため息も出ようものである。

 そのため息ですら、その場にいた配下の者に聞かれると「すわ、誰かが支配者マスター様の機嫌を損ねたか!」とかで戒厳令さながらの緊迫感が漂うので注意が必要だが。


 ある意味では気苦労の絶えない職業なのだ。


 さて、この中層部には数多くの昆虫種族たちを支える巨大な食堂が存在している。

 種族によってその食事が随分違うので、壁際に数種類のカウンターが並んでいて、自由に幾つかのメニューを選べるようになっていた。

 中央に設置してあるのは誰でも使えるテーブル群だ。モールのフードコートみたいな構造になっている。


「あれ突っ切るのさすがにやばくないかな……」

「どうしました支配者マスター様?」


 なんというか芋を洗うような混雑、といった具合の食堂だ。

 あれが全部ユーリエの配下なので、中を通ろうものなら全員が跪くであろうことなのは確実である。

 さすがに食事時にそのようなことはさせたくないと思ったユーリエは、自身の能力を使用した。


【常備付加/透明化】


 たちまちユーリエの姿だけがその場から掻き消える。

 だが、カラとバルラロッサは動じることも無く、透明になったユーリエの左右に付いたまま食堂エリアに足を踏み入れた。

 壁に沿った螺旋通路を通って食堂エリアの外周を歩いて行くが、如何せん支配者マスター直属の侍女と戦闘部隊最強の将軍の組み合わせでは目立ちすぎる。

 それに気が付いた者たちから言葉を失ってしまっていた。


「おいあれ、カラ様じゃないか?」

「バルラロッサ様も一緒とは何事?」

「カラ様、支配者マスター様に付いてなくていいのかしら?」

「なんか、左右を固めてるようにみえるけど……?」

「ま、まさか……」


(あ、やばっ)


 並んでいるのではなく、間を空けて歩いている二人の立ち位置を考えれば、誰でも想像がつくものだ。

 ユーリエの気遣いも空しく、食堂エリアに居た全ての昆虫人たちは跪いて頭を下げてしまう。

 一糸乱れぬものだから、ザザンッという振動まではまだいい。

 その後に食器などが盛大に散らばる音が響き渡った。

 

「あー……」


 諦めてユーリエは透明化を解き、食堂エリア全体に向けて新たな言葉を紡ぐ。


【物品付加/逆再生】


 散乱した食器とブチ撒けられたりした食事がスーパースローのような逆再生でもって無駄になる前の配膳状態へと戻っていく。

 あちこちから一言で大規模再生を起こしたことに感嘆の声が上がる。

 「さて、何て言ってこの拝謁状態を解除しようか?」とユーリエが頭を悩ませていると、左右の二人が頷き合いバルラロッサが前へ出た。


「聞け! 皆の者!」

 よく通る声にざわめきが一瞬で静まり返る。


支配者マスター様は貴様らの楽しい食事時を邪魔すまいと姿を隠していた! だが貴様らはお優しい支配者マスター様の気遣いを、余計な考えを巡らせて台無しにしたな! 今のその跪いた姿が支配者マスター様に失望を与えていると何故気付かん! 支配者マスター様に忠誠を誓う者たちよ! 彼の方の意に沿う姿を見せよ!」


 自分たちが頭を下げている現状こそがユーリエの意志に反するものだと気付いた者たちから立ち上がり、先程までのリラックスした食事時の行動へと戻っていく。

 戻っていくのだが、ユーリエに対する悔恨と受けた慈悲に皆、涙を流していた。

 ユーリエたちを見えない者として騒がしい食堂の風景へ戻るまでは良かったが、ほぼ全員が滂沱の涙を流しているというのは異様な光景である。

 この階は飛ばせばよかったなあと、反省するユーリエであった。


 ちなみに下層部の10階から上の50階までは支配者マスターの居住区として設定されている。

 このエリアに入れる者はカラ以下蜂族のお世話係の他は、各部隊の将軍とその補佐くらいしか入れないことになっている。


 8~9階部分は騎乗虫の飼育エリア。

 彼女ら昆虫人たちが乗れる巨大な昆虫たちが飼育と格納されているエリアとなっていた。


 7階層は蟻族エリアへと続く縦穴が幾つか開いてあるだけである。


 飼育エリアへ足を運ぶと、ダンプカーほどもある昆虫たちがキイギイと騒ぎ出す。

 音が発せるモノは鳴き、音を持たぬモノは関節を擦り合わせてギイギイと鳴く。

 その一体に歩み寄ると、首の関節を擦り合わせて嬉しそうにギイと鳴く。


 ユーリエが近付いたのはカブトムシ型の騎虫である。

 通常のカブトムシと違い、背中から二本の角が、頭部に生えているのは直刀のような鋭利な突角だ。

 これはユーリエ専用の騎虫でグランドアーマー種のマーデという。


「よしよし、今度一緒に外へ行こうね」

 人の腕ほどもある触覚を撫でて声を掛けると、マーデはギイと鳴きながら首を小さく縦に振る。

「あはは、いい子いい子」


 ユーリエは十分にマーデを撫でると、他の騎虫たちにもそれぞれ声を掛けてからその場を離れた。

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