第11話 巣6

 第四軍の先遣隊が巣分けのために行動を開始した頃。

 いったん執務室へ戻ったユーリエだったが、早くも暇を持て余していた。


 余程の重要案件でなければ、カラに口頭で伝えて各部署に伝達されるため、彼女の元には書類らしい書類は回ってこない。

 ある程度の作戦立案に関しては代表者、この場合は軍団の将軍が出張ってくるため、これも口頭の受け答えで済んでしまう。


 一応、巣の中にも事務を担当する者はいるのだが、これは第五軍の中に含まれていた。

 なので書類に関してはほとんどがそちらに回って記録されていくため、ユーリエは基本的にヒマになることが多い。


 なので一日のサイクルの内、半分以上がボーッとしていることなのだ。

 部下が優秀なのも限度がありすぎるということだろう。

 というか、この仕組みを作ったのが兄なので、恨むならそっちになるか。当人は未だに行方不明だが。


 ユーリエは気になったことがあったので、界樹の中枢に向かった。

 その場はゲームであった頃の管理室みたいなもので、施設を増やしたり、界樹を成長させたりと、いまの世界コロニーを制御している中枢ユニットである。


 形状は中央に円形の3Dグラフィックで現在の界樹とその周辺が表示されている。

 それを囲むように三角形のタクティカルユニット。各種の設定を行えるキーボードを備えた操縦席のようなものである。


 ユーリエが近付いたことで各種のステータスやメニュー項目が表示される。

 それは現在の界樹におけるオプション設定であったり。

 現在の支配領域であったり、支配下におかれている部下の総人数であったりだ。


 現在のユーリエの支配地域は、最高潮だった頃とうってかわって初期値に戻っている。

 界樹を中心としたヘクスマス七つ分が界樹やユーリエの恩恵を受けられる範囲内だ。


 先程、リプレに命じた巣分けの場所などは、支配領域のギリギリ外側である。

 彼女たちに恩恵を届けるためには西側へヘクスマスを一つ、延ばさねばならない。


 そこが現在ユーリエの判断を鈍らせている項目の一つであり、最後の懸念であるオプションメニューの主だった拡張機能だ。

 それが大抵のゲームであればあることが当たり前の、課魂・・という機能だ。


 ゲームであったころ、この表示は「課金」となっていた部分だった。

 現状が現実となった今では「課魂」となっているのが大きな違いである。


 お金を加算するのではなく、魂を加算しろと。システムはそういっているのである。


 魂というからにはつまりは生き物のことであろう。

 ユーリエはこれを最初に見た時、ユフクレナの部隊に通達を出してなるべく大型の獣を数匹狩ってくるように命じてみた。

 彼女たちは命令に従い、大型の青い熊や、トナカイのような獣を狩ってきていた。それはすでに第四軍に渡され、食糧や毛皮として加工済みである。

 しかし、このシステムの課魂数値の変動はない。


 部下がダメなら自分がやればいいのかとは思ったが、いかんせんプレイヤーたる支配者マスターには他者を攻撃する能力はないので論外だ。


 そこから推測される結論は、知性ある生き物の命を捧げろといっているのに等しい。

 これもまた試してみなければ分からないが、おそらくはそういうことなのだろう。

 だから人間かどうかは分からないが、村の近くに巣を構えさせたのである。

 せめてこちらから攻撃するのではなくて、あちらから攻撃があることを願って。

 それが直接的にしろ間接的にしろ、この世界で生きるためには命の奪い合いをせねばならないのだから。

 それがただの言い訳であることには彼女も気づいていた。


 システムを閉じて部屋の外で待っていたカラをお供に、界樹の中をぶらぶらと歩く。

 青く抜ける空を窓の外に見て、ユーリエは暇潰しの方法を一つ思いついた。


 ユーリエはカラを伴って飼育エリアまで出向く。

 厩舎まで近づくと、一郭から直刀のような角がゾンと突き出され、「ギイギイ」と鳴くグランドアーマー種が顔を出した。

「はいはい。暴れないのよマーデ」

 今にも中からぶち破られそうにたわんだ柵を見て、飼育係の者たちが慌てだす。

 ユーリエは巨大な騎虫に声をかけると、柵の留め金を外してやった。

 途端に喜び勇んで厩舎から飛び出すマーデと呼ばれた騎虫。

 本来であれば出入り口の正面にいたユーリエがひき殺されるように見えただろうが、マーデはその直前で急停止して巨大な頭部で主に甘えていた。


 彼女が傷付かないようにやんわりと、頭部の外骨格を擦りつけてギイギイと関節を鳴らしながら複眼を赤や青に明滅させる。

「あはは。退屈だったんだねマーデ。うんうん、少し遊ぼうか」

 主と騎虫の戯れを見ていた周囲の者の表情は二つに分かれていた。

 一方は支配者マスター様に直に触れられるだなんて、と羨望するもの。

 もう一方は自分がその立場であればと、悔し涙を流すものである。

 どちらにしてもあまり直視できるような光景でないことだけは確かである。


 今にも小躍りしそうなほど喜んでいるマーデを連れて、ユーリエは先程やってきた針葉樹エリアの先、シダ灌木の草原に足を踏み入れた。

 お供にはカラの他に外周を警備していた第一軍の兵士が2名ほどついてきている。

 そこでユーリエは3メートルほどの働き蟻の列を眺めている、カーディナルの姿に気づいた。

 列は巣分けをする一団の後方なのだろう。一番数が固まっている部分はもうシダ灌木草原を抜けているようだし。

「カーディナル」

「これは支配者マスター様、どうしたんですか?」

 声をかけたら適当に頭を下げるカーディナルの姿勢に。カラがむっとした面白くないという表情を見せる。

 彼女は基本的に誰に対しても似たような感じなので、ユーリエも苦笑いだ。

「結局、カーディナルが行くことになったの?」

「守りになるのならバルラロッサのところより、うちの部隊の方が適任です。私も一応送りはしますが、巣を作る場所が決まったなら後は部下に任せて戻りますよ」

 ため息交じりに肩を落とすカーディナルに、カラが爆発しそうな状況だ。ユーリエはカラの背中を撫でてなだめておく。


「とりあえず万が一はない方がいいんだけど、気をつけて。未知の種族次第だと思うけど、場合によっては貴女たちの判断に一任します」

 きっぱりとユーリエが言い切ったら、カーディナルの気だるげな表情が驚いたようになり、頭部にある複眼がせわしなく瞬いた。

「友好を結んでしまってもよい、ということですか?」

「だから貴女たちに一任するわ。リプレにもそう伝えておいてね」

「了解致しました」

 神妙な面持ちで頷いたカーディナルは、それまでの砕けた態度を一変させた。

 胸に手を当てて恭しく頭を下げると、離れていく働き蟻の最後尾に向かって飛びたって行ったのである。


「よろしいのですか?」

「なにが?」

 カラが尋ねてきた理由は分かっているが、それには触れずにユーリエはバルを撫でる。

「あのような判断を任せてしまって」

「カーディナルにしろ、リプレにしろ、貴女にしろ、何を選択するのかはだいたい分かっているし。大丈夫でしょ」

「ならよろしいのですが」

 カラは頭を下げて、差し出がましい口をしたとでもいうように身を引いた。

 あのような許可を出したが、もちろんユーリエは分かっている。

 彼女たちが何を選択するかを。

 きっと、支配者マスターに利益のある選択しかしないのだから、結果なんてとっくに出ているのだ。

 それでも少しばかり感傷的になってしまうのは、やはり彼女自身もまだ人間性というものが残っているからだろうか。


 主が会話していたので、暇になったマーデはシダの灌木をむしゃむしゃと食べていた。

 普通のカブトムシなどとは違いグランドアーマーと呼ばれる巨大な甲虫は、口腔の二重カバーの奥にギザギザに生えた牙を備えている。

 与えれば何でも食べる雑食性なのだが、ユーリエの騎虫なだけに普段は彼女と同じようなものを食べていた。

 もちろん調理などはされていない加工前の素材状態のものではある。

「ちょっとマーデ! アナタ何を食べているの?」

 主の声を聞いたマーデが頭部を上げてみれば、話が終わったらしいユーリエが腰に手を当てて頬を膨らませていた。

 もちろん喋れないマーデは首を傾げるしかないし、構ってもらえて嬉しいとばかりに頭部を擦り付ける。

「まったくもう。甘えれば許してもらえると思ってるわね」

 ヤレヤレと溜息を吐いたユーリエは、気を取り直してマーデの枷を解き放った。


 しばらく周辺をマーデが縦横無尽に走り回ったあとに背中に乗せてもらうと、思いのほか楽しんでいたようだ。

 ユーリエは自身の身体能力のテスト代わりに乗ってみたのだが、酷く揺れるマーデの背中に立った状態でも平衡感覚を保てたので、自分のことながら驚いていた。

 マーデが薙ぎ倒した灌木を【形状加工】の術を使って、樽型に再構成する。

 見た目が樽でも中身は空洞でないため、普通の人間が片手で持ち上げるなどできない代物である。

 ユーリエはそれをすんなり片手で持ち上げ、「とってこーい!」と言いながら投げた。ただそれが数百メートルも投擲できたことに二度目の驚きを感じた。

 遊んでもらえることが楽しくてしょうがないマーデが満足するまでそれを数十回繰り返す羽目になったが、それでも息切れ一つしない自分の体が自分の物とは信じられない気持ちでいっぱいだ。

「支配種のスペックってどうなってんのよ……」

 ついつい非現実的なことに呟いてしまう。

 だが、ローヒーも同じようなスペックを有しているのであれば、そうそう魔獣などにも遅れは取らないだろうと確信できる。

 しかし当人のお調子者でなんにでも首を突っ込むトラブルメイカー的なところが、ユーリエを不安にさせていた。

「絶対探し出さなきゃ。……例えすべてを焦土に変えたとしても」

 震える手をぎゅっと握ったその呟きは、傍に控えるカラだけが静かに聞いていた。


 気を取り直してふと周囲を見渡してみればシダの灌木草原は酷い有様になっていた。

 根元から掘り返され、六本足の巨体が走り回ったりしたせいでいい感じに耕された土壌が出来上がっていたのにはユーリエも苦笑気味である。

「そりゃ、この巨体が走り回ればそうなるわな」

「ギイ?」

「ユーリエ様。そろそろ戻りませんか?」

 日も暮れてきたからと言ってカラに帰還を促される。

 ユーリエがマーデとカラを連れて去った後は、サフラン率いる第五軍と巨体の働き蟻からなる第四軍が畑にするべく、荒れ地を整えていくのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る