13.
長い長い沈黙があった。
懺悔室の中の暗闇は、やはりその濃さを増している。
世界に終わりがあるのだとしたら、こんななのかもしれないと思った。
暗くて、静かで、後悔しか残らない。
だから人は終焉を恐れるのだ。もっとも自分のような人間にとっては、慣れ親しんだゆりかごみたいなものだけど。
「……質問にお答えする前に一つ、私も告白してよろしいでしょうか」
だが暗闇の向こうからは、意外な答えが返ってきた。こちらが虚を衝かれて面食らっていると、沈黙を肯定と受け取ったのかミオリス神父は話を続ける。
「実は今から一週間前、ちょうど今のあなたのように、当教会へ告解にいらした男性がいました。名前はフランコ・アラリー。あなたよりもう少し年配の男性です」
「……」
「彼はこう話していました。自分はイタリアからの移民で、金を稼ぐためなら何だってしてきたが、その暮らしにももう疲れた。だから今日ですべて終わりにしたいと思っている、と」
「……」
「彼はとある組織から足を洗い、自由の身になろうとしていたのですよ。ですが今から四日前、何者かによって殺害され、帰らぬ人となってしまいました。彼の相談に乗っていたニューヨーク市警の刑事も、弁護士もです。私はその事実を新聞で知り、こう思いました。ああ、次は恐らく私の番であろう、と」
教会の鐘が鳴り始めた。
気高く聖朗なる響きに暗闇は揺れ動き、一つの終わりを予感させる。
「マグダレーノさん。あなたがお探しのものは、ここにはありませんよ。ですがそれでも務めを果たさなければ、あなたは救われないのでしょうね」
「……救われる価値があると思うのか。俺のような人間に」
「人間は誰もが肉体と魂、そしてひとかけらの良心を神より授って生まれてきます。ならばすべての人に救われる価値はあると、私はそう考えていますよ」
「殺し屋に良心があると言うのか?」
「あなたに罪を告白させたものが良心でないと言うのなら、我々はそれを何と呼べばいいのでしょう?」
今日は夕焼けが綺麗ですから、明日は晴れますね。そんな天気の話でもするように、至極自然な口振りで神父は言った。六時を告げる鐘はもう鳴り止んでいる。
「そうじゃないんだ。俺はただ……羨んだ。フランコを。死ぬ間際、あいつは何て言ったと思う? 命乞いでもなく、釈明するでもなく。ただ笑ってこう言った。〝これでもう自分を偽らなくて済む〟と」
言いながら、上着の懐へ手を入れた。そこには硬く冷たい己の半身がある。この十年どんなときも共にあり、すべてを見届けてきた半身が。
「だがあいつを羨むのはもうやめだ。俺にはこうすることしかできない。死ぬまで苦しみ続けることしか……」
「……」
「神父殿、あんたには感謝している。薄っぺらい言葉に聞こえるかもしれないが、本当に」
上着の中でコッキングした。カチリというその音は、きっと彼にも届いていたに違いない。
暗闇で見えない神父の顔は、恐れ慄いているのだろうか。それとも不快に眉をひそめているのだろうか。
できれば彼を殺したくなかった。
しかし母を殺めたときのあの映像が、右手に銃を構えさせる。
「マグダレーノさん」
そのとき壁の向こうから、穏やかな神父の声がした。
「あなたの感謝は受け取りました。その見返りと言っては失礼ですが、最後に一つお願いがあります。どうか死ぬ前に、主の御前で祈らせては下さいませんか。――あなたと、あなたのお母様のために」
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