17.

 一発の銃声が、何よりも如実に終焉を物語った。

 目の前で腹部から血を流した神父がくずおれていく。

 ステンドグラスから注ぐ色彩が、倒れゆく彼の姿をまるで神話の中の出来事みたいに見せていた。立ち尽くす殺し屋の足元に、神父の手を離れたリヴォルバーが転がってくる。

「……おい、あんた」

 再び訪れた静寂の中。初めはそう声を絞り出すだけで精一杯だった。

 しかし思考がついに事態へ追いついたとき、打たれたように神父へ駆け寄る。彼は自分で自分を撃った。何故だ。理由が分からない。

「神父殿、あんた何をしてる」

「いいのですよ、これで。さあ、行って。じきに人が、集まってきてしまいます」

「いや、何もいいものか。神父が自殺するなんて聞いたことがない。そもそもあんたはなんで」

「〝力ある者は力なき者の弱さを担うべきであり、自らを喜ばせるべきではない〟」

 は、と聞き返した声が声にならなかった。

 ミオリス神父は微笑んでいる。腕の中で、七色の血溜まりを作りながら。

「マグダレーノさん。いえ……最期にあなたの本名を、伺ってもいいですか?」

「ジョバンニだ。ジョバンニ・ヴォルジアン」

「そうですか……ジョバンニさん。聖ヨハネにちなんだ、お名前ですね……彼は、力ある者の罪を糾弾し、そして死んだ。私は聖書の中で、主の次に彼を、尊敬しているのですよ……」

「もういい、喋るな」

 自分でもどうしてか分からなかったが、ジョバンニは気づくと神父の傷を押さえていた。このままここに群衆が押し寄せてきても構わない。ただ何に代えても彼だけは救わねばならないとそう思った。

 けれど神父は、そんなジョバンニの使命感をやんわりと拒絶する。彼は血まみれの手をジョバンニのそれに重ねた。包み込むようでいて、促すために。

「ジョバンニさん。あなたは先程、尋ねましたね……こんな自分でも、神はお許しになるのだろうかと」

「今はそんなことは」

「たとえ神がお許しにならずとも、私が、あなたを許します。そしてきっと、あなたのお母様も……」

 血がぬめった。神父の右手はそのせいで滑り落ち、床の上に力なく横たわる。

 聖堂は静謐に満たされていた。群衆の影などどこにもない。

 ジョバンニは穏やかに眠る神父の顔を見つめたのち、ゆっくりと立ち上がった。

 彼の手から零れた己の半身を懐に収め、歩き出す。

 扉は開かれた。溢れた夕陽があんなに暗かった懺悔室の中をも照らし出す。

 ジョバンニは振り向かなかった。

 誰もいなくなった部屋で、グラスがカラン、と小さく鳴いた。








 END.

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Victor Marie Hugoと彼の著作『Les Misérables』に尊敬と感謝と愛を込めて。

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レ・ミゼラブル 長谷川 @es78_

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