7.

 長い長い息をつき、隙間明かりに照らされる懺悔室の天井を見上げた。

 木製の壁に頭を預け、喉を反らす。遠き日の思い出が幻となって現れないかと目を凝らしてみるも、自分を包む闇は不動にして不変だ。

 壁の向こうにいるはずの神父は何も言わない。善良な聖職者の耳に入れるには残酷すぎる話だっただろうか。あるいは目の前の男の悪行に呆れて物も言えなくなっている?

 どちらかと言えば自分は後者だ。誰にも打ち明けたことのない半生を振り返っているうちに、だんだん口が重くなってきた。

 それは己の罪が後ろめたいからというよりも、自分自身に心底愛想が尽きたからだ。日の当たらない道を歩いてきた男のつまらない人生譚など語ってみたところで、話す方も聞く方も得られるものなど何もない――はずだった。

「それで、お母様は?」

 不意に響き渡った神父の声に、ほんのわずか闇が震える。天井付近を漂う埃を眺めていた視線は、再び網目の向こうへ向いた。

「……事件後、母には会わなかった。いや、、だな。今度こそ帰るべき家を失くしたと思った。妹まで死なせた俺に、母のもとへ帰る資格はもうないと」

「ですがそれでは、お母様がお一人になってしまわれたのでは?」

「ああ。急に母のことが心配になったのは、妹の死から何ヶ月か経ったあとのことだったよ。夫も娘も失い、母は今あの汚らしいアパートに一人きりでいるのかと思ったら、居ても立ってもいられなくなった。だから様子を見に行ったんだ」

「お母様には歓迎されなかった?」

「いや、いや。とてもじゃないが母に会わせる顔がなくてね。そのときはこっそりアパートの外から様子を窺った。ところがそこで見てしまったんだ。ほんの二、三年まともに会わない間に、すっかり老婆のようになってしまった母の姿を」

「当時お母様はおいくつで?」

「確か四十六か七か……ずっと苦労してきたから、元々実年齢より老いて見える人ではあったが、それでもあの老け込みようは異様だった。何も知らない者に何歳に見えるかと尋ねたら、八十より下の数字を上げる者はまずいなかっただろう。物陰から盗み見た母はまるで……そう、枯れ木が歩いているようで……体も二回りほど縮み、髪は色褪せて、初めは母だと気づかなかった。だがあのとき母は、ボロボロの赤いセーターを着ていて……」

「セーター?」

「ああ……俺と妹が何ヶ月も前から小遣いを溜めて、母の誕生日に贈ったものだ。母はそれを着て亡霊のように歩いていた。ところどころ虫に喰われてシミだらけで、床を拭く雑巾みたいになったあのセーターを」

「……」

「俺はそこでようやく目が覚めたんだ。これ以上母を一人にしてはいけないと思った。しかし父と妹を殺しておいて、おめおめと家に帰るわけにもいかない。母に許しを乞うためには、まず償いが必要だった。たとえば母がもう二度と飢える必要のない大金を捧げるとかな」

「ではクラブ・ダドーネを離れて真面目に働く道を?」

「……いいや。ちょうどその頃だったのさ――俺がマフィアの幹部から、ファミリーに入らないかと誘われたのはな」

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