15.

 無人の教会に虹色の光が射していた。

 太陽の残り火が美しいステンドグラスを透かし、静寂を彩っている。

 ミオリス神父はその七色の光の中で、キリスト像の前に跪きじっと祈りを捧げていた。黒い祭服の胸元には、銀の十字架が垂れている。

 暗闇の中で聞いた声の印象どおり、神父はまだ若い男性だった。若いと言っても三十五、六と言ったところだが、歩き方すら聖職者然としていて、彼が生まれついての信仰者であることを物語っている。

 丸い眼鏡は彼の知性を象徴し、広い額も人柄のおおらかさを表しているような気がした。壁の上で十字架にかけられたキリストには、彼がどのように見えているのだろうか。尋ねてみたい気もしたが、主は恐らく自分のような人間と口をきいてはくれないだろう。いや、そうであるべきだ。

「……もうそろそろいいか」

 彼が祈り始めてどれくらいの時間が流れただろうか。本当はそのまま永遠に時が止まってしまっても構わなかったが、この聖なる静謐の中に殺し屋が留まるのはおこがましいような気がして、思わずそう声を上げた。

 すると神父は顔を上げ、最後にキリストへ視線を注ぐ。それから彼は立ち上がった。ゆっくりとこちらを向いた瞳には、澄み切った穏やかさだけがある。

「その前に、マグダレーノさん。あなたにお伝えすべきことがあります」

「何だ?」

「先程私は、あなたがお探しのものはここにはない・・・・・・と言いましたね。その言葉に偽りはありません。ですが、探し物の所在は知っています」

「別に無理に話さなくてもいいが」

 本当はそんなものに興味などない。正直に言ってしまえば、組織がどうなろうが知ったことではないのだ。

 自分はただ殺すだけ。それ以外のことはやらないし、やる意味がない。死者の反逆を恐れるお歴々とは違って、自分には失うものなど何もないから。

「そういうわけにもいかないでしょう。どうかこれをお持ち下さい。ニューヨーク銀行の金庫の鍵です。あなたがお探しのものはそこに」

 しかし神父はそう言うと、懐にあった鍵を差し出してきた。彼が何故素直にそんな真似をするのか分からない。

 その金庫の中身さえ死守すれば、彼はニューヨーク市民を苦しめる原因の一つを取り除けるかもしれないのだ。それこそが聖職者として真に為すべきことではないのか。鍵を見つめる眼差しに疑問を乗せると、若い神父は微笑んだ。

「この鍵はあなたが手にしてこそ意味があるのですよ、マグダレーノさん」

「……まったく話が見えないが?」

「いいえ、あなたには分かるはずです。少なくとも十分後には」

「それは神託か?」

「ふふ、まさか。そうであってほしいという私の願いですよ。そして同時に、確信でもあります」

 言って、神父はそっと鍵を握らせた。彼の懐で温められた鍵はに馴染まず、何だか妙な感じがする。

 その鍵の温もりに気を取られた、一瞬の間の出来事だった。

 神父が殺し屋の右手から銃を奪い取ったのは。

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