捜査編②――協力依頼


 ドアを開けると、入れ替わりに数体のラッキービーストが足元をすり抜けて出ていった。思わず転びそうになったアミメキリンを支えながら、タイリクオオカミが笑う。


「大丈夫かい」

「な、何とか。なんか今日はよくボスを見かけますよね」

「これだけフレンズが集まってるからね。ボスにとっても珍しいのかもしれないよ」


 なるほど、と思いながらカフェから出てきたラッキービーストを目で追っていくと、それらは喧嘩を見つめるラッキービーストの群れに加わっていくのが見えた。激しく罵り合うフレンズたちをじっと眺める姿はどこか野次馬のようで、あまり気持ちのいい光景ではなかった。


「……おまけに、あれだけ喧嘩してますもんね」

「ははは。そういう意味でも珍しいのかもしれないね。さ、それよりアルパカに話を聞かないと」


 苦笑しながらタイリクオオカミがアミメキリンを促す。

 外から見た通り、カフェの中は暗かった。それは照明が灯ってないせいであり、暗雲立ちこめる外からの陽光がないせいでもあり。状況も相まって、どこか暗澹たる印象を拭えなかった。


「いらっしゃぁい! ごめんねえ。騒がしかったよねえ」


 窓辺からカウンターの中に移ったアルパカが二人に気づいた顔を上げた。茶器を手に笑顔をつくると、座るよう勧める。不安定な光源のせいか、アルパカの顔には何となく暗い影が落ちてるようだった。


「みんなずっとあの調子なの?」

「そうだねえ……」


 アミメキリンが尋ねるとアルパカは言いにくそうに笑う。


「像が壊れちゃって、みんな気が立っちゃっててえ。顔を合わせるたんびに喧嘩ばっかりだよお。――まあまあまそんなことより、はいどうぞォ!」


 アルパカに差し出された紅茶を受け取り、とりあえず一口すする。良い香りが口に広がる。なるほど、これが紅茶というものか。普段水ぐらいしか口にしないせいでちょっと熱い気がしたが、これはおいしい。薄暗いせいで色合いこそよく分からないが、きっと素敵な見た目をしているのだろう。


「うん。これはおいしいね」


 つい一気に飲み干してしまったティーカップの底を見つめていると、同じくティーカップを手にタイリクオオカミがアミメキリンに微笑む。アミメキリンは頷いた。


「私、紅茶って初めて飲んだんですけど、すごくおいしいです。先生はたしか飲んだことあるんでしたっけ?」

「このまえ遊園地でみんなと会ったときにね。でも、これはそのときよりおいしい気がするね」

「そりゃあそうだよお!」


 アルパカがアミメキリンのカップにお代わりを入れながら嬉しそうに笑う。踊るように背後の棚を振り返ると、茶葉の詰まったガラス瓶を大事そうに抱き締める。


「これね。空ァ飛べる子にお願いして他の島から持ってきてもらったんだよお。すっごく珍しい紅茶でね。改装記念にみんなに飲んで貰おうと思ってねえ」

「みんな喧嘩なんかやめて紅茶を飲んだらいいのに」


 ニコニコと紅茶について語るアルパカの様子はすごく楽しそうで。それだけに外で今まさに巻き起こっている騒動の渦中にいることが殊更不憫に感じられる。

 アミメキリンの言葉に、アルパカがため息混じりにカウンターの中の椅子に腰かける。何を言うでもなく足元を見下ろすアルパカに話の継ぎ穂を見失っていると、おもむろにタイリクオオカミがティーカップを持って窓辺へ歩いていく。


「――みんな帰ろうとしないんだね」


 窓の外を見やりながら、タイリクオオカミが呟いた。首をかしげて先を促すアルパカに、タイリクオオカミが苦笑しながら窓の外を示した。


「あれだけお互いを憎み合ってるのに、誰も帰ろうと言い出さないのが不思議だなと思ってね」

「あぁ。あれねえ」


 アルパカもまた苦く笑いながら窓を見やる。窓からは草原が一望できた。破片の前で相変わらず口論を続けるフレンズたちの姿がよく見える。窓越しにもかかわらず、耳をそばだてればここまで言い争う声が聞こえる。


「みんな悔しいからかもねえ。友達や自分が疑われて、そのまま帰っちゃったら収まり悪いだろうからにぇ……」

「まさにお互いから疑われ、お互いを疑い合う状況か」


 タイリクオオカミが一人ごちる。考えを巡らせるように宙を見据え、それからアルパカを見つめる。


「君は疑っている者はいないのかい」

「あたしかい? いないねぇ。ホントのこというと、誰も疑いたくないんだよにぇ」

「推理をする上で大切なのは公平な視点からの事実確認だ。ここであそこにいる誰かの話を聞いたとして、確実に不公平な事実しか教えてくれないだろうね」


 空っぽになったティーカップをカウンターで弄びながら、アミメキリンが心の中で頷いた。推理は中立でなければならないとは、よくホラー探偵ギロギロで出てくる謳い文句だ。外にいるフレンズたちが話してくれる内容は、とても鵜呑みにできたものではないだろう。


 ああ、とタイリクオオカミの言葉の真意に気づいたらしいアルパカが、ふと寂しそうに視線をおとした。


「それであたしを訪ねてくれたんだねぇ……」

「協力してもらえないだろうか」

「私からもお願いするわ」


 アミメキリンが立ち上がりアルパカの肩に触れる。


「みんなのためにも、あのとき何があったのか、教えて欲しいの」


 アルパカが二人を見比べ、諦めたように笑った。その努めたような明るい顔がひどく痛ましい。


「仕方ないねぇ。あたしでよければ、協力するよ」

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