捜査編⑥――トキたちの証言。そして窓に映るもの
宿泊者たちを各自の部屋へ押し込むと、アミメキリンとタイリクオオカミはドアに一番近い空き部屋へ入った。もちろん、今度は誰かが廊下を通れば分かるように、ドアは開けたままにしてある。
「あ゛ぁー、怖かったぁー……」
ベッドに腰を下ろしたアミメキリンは、思わず溜め込んだ息と共に全身の力を抜いて仰向けに倒れこんだ。マフラーを緩めようと襟に手をやると、肌が冷や汗でびっしょりと濡れているのが分かった。
「大丈夫かい」
部屋を見回していたタイリクオオカミが苦笑しながら尋ねる。先程もそうだが、どんなときでもいつもの調子を崩さないのがタイリクオオカミらしい。
「先生は怖くなかったんですか」
「さっきのライオンの良い顔のことかい? あれは恐ろしかったよ。ハハハ」
「……ホントにそう思ってます?」
「本当だって。君にだけ打ち明けるけど、正直まだ足が震えてる。――ちょっと聞いていいかい」
アミメキリンがタイリクオオカミの震える足を見ようと体を起こした時、当の本人が声を掛けてきた。
「さっき廊下で隠し扉について話してたじゃないか。あのとき隠し扉の存在を否定したのはプレーリーたちだけかい」
壁にはまった大きな窓ガラスをガタガタと揺すりながらタイリクオオカミが尋ねる。押したり引いたりしてるが、窓はビクともしていない。
「そうですね。ショウジョウトキに疑われて、そんなものはないって否定してたわ。厳密に言うと、あのとき否定してたのはプレーリーとビーバー、それからツチノコの三人です」
ふいにタイリクオオカミの動きが止まった。アミメキリンを振り返り、首をかしげる。
「ツチノコも?」
「そうですね。あなたたちの部屋にだけ隠し扉があるんじゃないかって疑われたプレーリーとビーバーが言い淀んだとき、ツチノコも隠し扉はないって言ってきたんです。組み立てを手伝った自分が言うんだから間違いないって」
念のため、タイリクオオカミがいない間の出来事も一緒に話しておいた。誰が何を言い、どういう動きをしていたのか。幸い記憶力には自信がある。
「――っと、そんな感じですかね。どうですか? なにかピンとくるものはありますか」
「あぁ、うん。そうだね……そう」
アミメキリンの言ったことを全てスケッチブックに書き込んだタイリクオオカミ。が、書き込んでる間も何か別のことに気を取られてるようだった。しきりに首を捻っている。
「あの、どうされたんです」
「ああ、いや、ちょっと。期待が外れちゃったというか、ハハ」
「……もしかして、私が役立たずで失望しちゃったんじゃ」
「いやいや、そういう意味じゃなくて」
我ながら相当落ち込んでいたのだろう。アミメキリンの顔を見たタイリクオオカミが苦笑気味に否定する。
「隠し扉のことなんだけどね。プレーリーたちか、ツチノコのどちらか一方だけが否定してたのなら、本当はあるのに嘘をついてる可能性があると考えてたんだ。だけど、二人とも否定してたとなると、やはり隠し扉はないんだなと思ってね」
宿泊施設到着時に残っていた足跡と、シャワー室を調べていたときに聞こえた足音。部外者のいない山の山頂において、ここにいるフレンズの誰かがやったことに間違いなかった。
「足跡に足音、あのとき誰かが宿泊施設にいたのは間違いない。抜け穴もなく、かつ、あの七人全員が欠けていなかったことが察するに、誰か私たちの見ていないフレンズがいるのかもしれない」
「単に協力してる可能性はどうです?」
「プレーリーたちとツチノコがかい?」
タイリクオオカミが額を押さえ、考えを巡らすように部屋の中を歩き回る。室内にはアミメキリンの腰掛けているベッドと、その横に背の低い棚が一つ。あとは廊下に繋がる扉と外が見える窓しかない。見回した感じ、どこにも抜け穴らしきものは見当たらなかった。
アミメキリンは立ち上がり、
しばらくして、立ち止まったタイリクオオカミは、小さく首を降った。
「……それは恐らくないと思う。双方とも協力する理由がないからね。特にツチノコはビーバーのことをかなり疑っていた。ビーバーたちもそのことは感じているはずだ。そんな中で協力するとは思えない」
脳裏に険悪な雰囲気の二人が蘇った。スナネコを犯人だと名指しされ、怒りながらビーバーに指を突きつけて否定していたツチノコ。犯人呼ばわりされたビーバーを庇い、声を荒げていたプレーリードッグ。とてもじゃないがあの三人が協力関係を結べるとは思えない。
「ということは、犯人はスナネコ……?」
「……物語的には、そう考えるのがごく自然だね」
ため息混じりにこたえ、タイリクオオカミはベッドに腰を下ろした。二人でベッドのふちに並んで座る形になった。
「ここに着いたとき、真っ先に全ての部屋を調べるだったのかもしれない」
「そんなに上手いこと隠れられるものですかね? 事件が起きてから今まで、ずうっと」
アミメキリンは続ける。
「あと、もしスナネコが麓に降りてないのなら、どうして私たちがここに来たときゴンドラは下にあったんでしょうか」
「彼女は猫科だろう。気配を消すのは得意なはずだ。かりごっこの要領で身を隠せば何とでもなるさ。それにゴンドラの位置の矛盾はこうすれば説明できる」
タイリクオオカミがスケッチブックの空いたページにロープウェイの簡単なイラストを描いた。山頂と麓を結ぶ唯一の手段。たった一つのゴンドラ。それらを指でなぞりながら説明する。
「一旦下に降りたスナネコが、麓にいる誰かを乗せてもう一度山頂に登るんだ。そうすれば、スナネコは山頂に登れるし、ゴンドラはその誰かに頼んで下に移動してもらうことができる」
「そこまでして像を壊そうとする子とは思えないですが……」
「私もだよ。そもそもあの子に壊す理由がない」
そう言って、タイリクオオカミは顎を押さえてスケッチブックを凝視する。それきり会話が途切れてしまった。
外は相変わらずの大雨だ。水桶をひっくり返したような勢いで降り注ぐ雨粒が、室内に唯一の窓ガラスを叩く。
アミメキリンは立ち上がり、窓辺へと歩み寄ってみった。水煙の向こうにカフェが見える。その近くでうっすらと動く無数の小さな青い影は、恐らくラッキービーストだろうか。
タイリクオオカミに倣い、試しに窓を揺すってみる。自分が手を広げたくらいある窓はガタガタと揺れはするものの、開く気配はなかった。縁を見回してみるが、これと言って取っ手らしきものも見当たらない。ロッジで暮らしているため、窓がどういうものかは理解している。タイリクオオカミもアミメキリンも、これが開くタイプの窓ならば必ず気づくことが出来るはずだ。
パシッと背後でタイリクオオカミが膝を叩いて立ち上がる。
「いつまでもこうしていられない。とりあえず動いてみないか」
――――
廊下に出たアミメキリンは、何度目か、廊下をぐるり見渡した。入り口が一直線に伸びる廊下。その突き当たりは窓のない行き止まりだ。天井もすべて覆われている。各部屋へ繋がるドアが並んでるだけの殺風景な景色だ。ドアと外への出入り口以外、入れる隙間はない。
「それじゃあ、よろしく頼むよ」
「任せてよォ」
タイリクオオカミにお願いされ、アルパカがニッコリ微笑んだ。彼女がいるのは出入り口に一番近い部屋だ。
「ここで誰かが勝手に出入りしないか、ドアを開けっ放しにして見張ってればいいんだよねェ。そんなのお安いご用だって」
「協力してくれてありがとう。現状、こんなお願いできるのはアルパカしかいないんだ」
「ということは、やっぱり犯人はあの中の誰かっでことかァ……」
表情を曇らせるアルパカに二人は改めて感謝を伝え、廊下の中央へと移動する。入り口に近い方から、廊下を挟んでツチノコとトキたちの部屋。遠い方にはビーバーたちとライオンたちの部屋だ。
「さて、と。誰から話を聞きましょうか」
「ツチノコにしよう。現状スナネコが犯人有力候補だ。彼女の行動について詳しく聞きたい」
はいっ、と勢い込んでアミメキリンはツチノコの部屋をノックした。今度の事情聴取はタイリクオオカミも一緒なのだ。これほど心強いものはない。
「誰だ」
「ちょっと聞きたいことがあるの、部屋にいれてくれないかしら」
ツチノコがドア越しに誰何するのに、アミメキリンは元気よく答える。が、それに対する返事はひどくそっけないものだった。
「今は誰にも会いたくないんだ。しばらく一人にしてくれ」
「えっと……ほんの少しだけなんだけど、ダメかしら」
「ダメったらダメだ。あとにしてくれ!」
そう言ったきり、何を言っても返事をしてくれなくなってしまう。廊下にいたラッキービーストが興味深そうにキョロキョロしている。アミメキリンは鼻を鳴らした。
「この態度、怪しいわね。きっと何か隠してるに違いないわ」
「どうだろう。ツチノコの性格上、後ろめたいものがなくてもあんな感じなんじゃないかな」
「う……。まあ、言われてみればそんな気も」
落胆するアミメキリンに、タイリクオオカミが笑い掛ける。
「どっちにしろ、部屋に籠ってる以上、どこにも行けないんだ。先に別のフレンズから回っていこう」
言って、タイリクオオカミはビーバーたちの部屋へ向かう。他の二人の部屋じゃないことに、アミメキリンは息を吐いて胸を撫で下ろす。ショウジョウトキとライオン。アミメキリンはどうもあの二人が苦手だった。
タイリクオオカミがビーバーの部屋をノックする。はい、と中から聞こえてきた苛立ち露な声に、二人は思わず顔を見合わせた。
「あれ、先生。この声って」
「そのようだね」
ガタンっと乱暴にドアが開かれた。外開きのドアが迫ってきたのに、アミメキリンは慌ててそこから飛び退いた。困惑しながら顔をあげると、不機嫌そうにこちらを見下ろしてくるショウジョウトキの姿があった。
「ほえっ!? えっと、あれ。どうしてここに?」
「私がここにいたら悪い?」
ショウジョウトキが目を細める。「先生ェ」アミメキリンが小声でタイリクオオカミに助けを求める。横目に苦笑を浮かべつつ、タイリクオオカミは小さく頷くと、ショウジョウトキに対して向き直る。
「申し訳ない。今ちょっと聞き込みをしていてね。ええと、ここはビーバーとプレーリーの部屋だと思ってたんだけど」
「そうなんですけど、ビーバーたちに話を聞きに行きたいならあっちに行くことね」
ショウジョウトキは廊下を挟んで斜め向かいの部屋を指差した。記憶が正しければ、その部屋こそトキたちの部屋だった。アミメキリンが指摘すると、ショウジョウトキは失笑を浮かべる。
「部屋を交換したんですけど。本当に隠し扉がないのか、調べてやろうと思ったのよ」
「なるほどね。それで、成果は出たかい?」
「出てたらとっくに教えてるんですけど……」
ショウジョウトキがドアの前から体をのかす。ベッドのそばで床に這いつくばるトキの姿が見えた。三人の視線に気づいたのか、恐る恐る顔をあげたトキがバツが悪そうに立ち上がる。
「そうだ。二人からも詳しく話を聞きたかったんだ。ちょっと捜査に協力してもらえないだろうか」
「協力……ねえ」
「時間は取らせないわ。だから、ね。お願い」
この通り、とアミメキリンが拝み倒す。しばし迷うようにしていたショウジョウトキだったが、不承不承に部屋の中へ入るよう顎で示した。
「立ち話もなんでしょ。中に入ったら?」
二人がドアを潜ろうとしたときだった。廊下でウロウロしていたラッキービーストが足元を潜り抜けて部屋へ入ってきた。
「あっ、ちょっと――」
ショウジョウトキの手をすり抜けて、ラッキービーストは真っ直ぐトキの足下へ向かっていく。
「あら。あなたも、私のファン?」
じっと見上げてくるラッキービーストに、トキが微笑む。ドアを閉めながらショウジョウトキがため息を吐く。
「まったく。追い出しても追い出してもどうしてコイツは」
「ずいぶんとボスに気に入られてるようだね」
タイリクオオカミが興味深げに床のボスを持ち上げる。左右に揺らしてみるが、ボスの視線は絶えずトキに張り付いたままだった。
「ここのところずっとこうなの。どうしてかしらね。歌ってあげたら喜ぶかしら」
おどけるトキに、アミメキリンは苦笑いを浮かべるだけに留めた。前に遊園地でトキの歌を聞いたことがある。……色んな意味で耳から離れない歌声だった。
「歌はいいかな。――事件があったとき、トキはカフェの外に出てたんだよね」
タイリクオオカミがスケッチブックを読み返しながら尋ねる。
「ええ、そうよ。服――って言うんだったかしら? これ――が紅茶で濡れちゃったから、ここのシャワー室に流しに行ってたの」
「ビーバーが一緒だったって話だったけど、間近いないかい」
「ええ。申し訳ないから手伝うって言われて。それで、二人で一緒にシャワー室にきたの。ついてきてくれて助かったわ。だって、私じゃシャワーの使い方が分からなかったから」
「事件が起きたのはいつ気がついたんだい」
「あれはたしか……。ちょうど宿泊施設を出たところで、カフェの方からヘラジカの声が聞こえてきたの。それで駆けつけてみたら、あんなことに」
「君とビーバー。二人はカフェを出てからずっと一緒だったってことでいいかな」
「ずっと一緒ではなかったわ。カフェを出て宿泊施設へ向かってる途中で、ビーバーが走って来たの。そこからはずっと一緒よ」
「なるほどね」タイリクオオカミは発言の内容をイラストに起こしていく。そのあとも二三会話を交す。後ろで控えていたショウジョウトキは、これ見よがしなため息を漏らす。
「なんだかまるでトキのこと疑ってるみたいなんですけど」
「そんなことないわ」
これにはアミメキリンが応えた。
「犯人を見つけるため、色んな話を聞いてるだけよ。事情聴取ってやつよ」
「ふーん……。まあ、別にいいんですけど」
ショウジョウトキの反応は素っ気なかった。
「こんなことなら、私もトキに着いて行けばよかったんですけど」
「そういえば、紅茶はビーバーにこぼされたのよね」
事件現場でのライオンの発言を思い出す。トキはビーバーに紅茶を掛けられた、と、そう言っていた。
「はあ。思い出したら腹が立ってきたんですけど。そうよ、ビーバーとプレーリーがいつものようにじゃれ合ってて、プレーリーに抱きつかれたビーバーがバランスを崩して、持ってた紅茶を全部トキにこぼしたのよ。冷めてたから良かった物の、熱々だったらどうするつもりだったんだか」
憎々しげに吐き捨てるショウジョウトキを宥めながら、アミメキリンは情報を整理する。ライオンの言うとおり、トキにも犯行の動機は十分あったということだ。一人で行動する時間もあったらしいし、実行に移すチャンスもあったはずだ。
「せんせ……」
言いかけて、ジロリとショウジョウトキが睨んできたのにアミメキリンは慌てて言葉を飲み込んだ。当人を目の前にして、あまり犯人扱いするようなことは言うのはマズイに違いない。少なくともショウジョウトキは激怒するだろうから。
ジト目のショウジョウトキを誤魔化して、話が終わるまで手持ち無沙汰のアミメキリンは部屋の中を見渡した。ざっと見て先ほど調べた部屋との違いは感じられなかった。躍起になって隠し扉を探そうとしたのか、家具の位置がズレてたり、多少埃っぽかったりはするものの、別段気になる点はない。
(あら? 何かしら)
ふと、窓のそばの床に目が行った。絨毯敷の床が一部、線を引いたみたいに色が変わっていたのだ。それは壁と平行に一直線。長さだけなら自分の両手を広げたくらいあるのではないだろうか。
何だろう、不思議に思ったアミメキリンは、色の変わった部分に指を這わしてみる。指先に湿っぽい感触があった。濡れてるようだ。押し付けた指を口に入れてみると、それは水だった。水が染み込んで絨毯の色が変わっているのだ。
雨漏りかしら?
「ねえ、ショウジョウトキ。この部屋、雨漏りしてるの?」
「は? どうしてそんなこと聞くんですけど」
「だって、ここ、濡れてるんだけど」
怪訝そうにアミメキリンと床の水跡を見比べたショウジョウトキは、ため息混じりに天井へ飛び上がった。
アミメキリンの頭上の天井をまさぐり、ふんっと不機嫌そうに下に見た。
「別に雨漏りなんてしてないんですけ――」
ショウジョウトキの言葉が不意に途切れた。何事かと全員の視線がショウジョウトキに集まる。空中で静止したショウジョウトキがワナワナと口を震わせる。
「な、なんで……」
その視線はアミメキリンではなく、窓の外を見ていた。
「アンタっ、そこで何してるの!!」
ショウジョウトキが窓の外を指差して叫んだ。アミメキリンが慌てて立ち上がる。窓から外を見るが、誰の姿も見えない。
「外に何かいたのかい」
同じく窓辺へ駆け寄ったタイリクオオカミが尋ねると、ショウジョウトキが怒りに燃えた目を窓から引き剥がす。
「ツチノコよ! ツチノコが窓の外に!!」
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