捜査編⑤――怪しい人影

 廊下に出てきた七人を集め、アミメキリンは先ほどの出来事を説明した。何者かが廊下を走って外に出ていく音がしたこと、その音を追って外に出たものの誰もおらず、建物の中には全員がいたこと。外は相変わらず大雨だ。時折ゴロゴロと雷雲の音もする。雲が近いせいか、地上にいる時よりも間近で聞こえるようだ。


「足音は確かに聞こえたな。だけど、てっきりキリンかオオカミの足音なんだとばかり思ってたから」


 ヘラジカが自分の部屋を指差しながら言う。


「誰か走っていったな、って思った次の瞬間には二人分の走る音が聞こえてな。あれ、じゃあさっきのは誰だったんだろうなってライオンと話し合っていたら、キリンの呼ぶ声がして。それで部屋から出てきたんだ」

「私たちも同じような感じなんですけど」


 ショウジョウトキがヘラジカたちの部屋の隣を指差した。入り口に近い側のそこは、トキとショウジョウトキが利用してる部屋だ。


「てゆーか。そんな怪しい行動するなんて、ツチノコぐらいだと思うんですけど」

「はあ! どーして俺なんだよ!」


 半分開いたドアから顔だけ覗かせたツチノコがシャーシャーと声を荒げる。


「アミメキリンの話だと、アンタ私たちと一緒に一番最後に帰ってきたっていうじゃない。でもそれ、おかしいと思うんですけど? だってアンタ、雨が降り始めてすぐ、真っ先に広場を出て行ったじゃない。そのアンタがどうして私たちと――それも最後に――帰って来たっていうのよ

 第一、そうやってドアの陰に隠れてるのも怪しいんですけど」

「こうやってるのが落ち着くんだよっ! ちょっとカフェの周りを見て回ってたんだよ。それでここに戻るのが遅くなったんだ。いーじゃねーか。寄り道くらいしたってよ! 文句あんのか!?」

「ええ、あるんですけど! そんな怪しいことして、どうせ像を壊したスナネコをこっそり庇おうとしてるんじゃないの!」

「ふざけたこと言うな! スナネコは像が壊されるずっと前に麓に降りてるんだからな! そのスナネコが壊せるわけねえだろ!」

「全然信用できないんですけど!」

「はぁっ、もう頭に来た! 上等だ、掛かってこいよ!」


 怒りが頂点に達してもなお、ドアに隠れたまま自分から殴りかかったりせずに掛かってこいと言う辺りがいかにもツチノコらしい。が、完全にヒートアップしたショウジョウトキはそこまで気が回らないらしい。

 ツチノコに飛び掛かりかけるのを、すんでのところでトキが体を掴んで制止する。


「ちょ、ちょ。ケンカはやめて。お願い……」

「二人とも、熱くならないで。ほら落ち着いて」


 遅れてアミメキリンが二人の間に割って入る。どこで話を区切るべきか、様子を見てるうちにうっかり掴み合いの寸前にまでなってしまった。タイリクオオカミと違い、その辺の機微を察知するのはどうも苦手だ。

 

「よ、よしっ。とりあえず、話を最初に戻すわ。逃げていった人影のことだけど、ツチノコは何か見てないの」


 あえて二人の視線に割り込むように立ちながら、アミメキリンは尋ねる。


「……見てない。そこのヘラジカやショウジョウトキと同じく、部屋に入ってそれっきり、お前に呼ばれるまで外には出てなかったよ」

「でも、たしかあなたにはピット器官があったでしょ。ドア越しに逃げた人の特徴とか分からないの?」


 うぐっとツチノコが言葉を詰まらせる。


「お、おまっ、どうしていちいちそんなこと覚えて……! はぁ、まあキリンは記憶力がいいっていうからな。たしかにピット器官で人影は見えてたさ」


 観念したらいしいツチノコがため息混じりに答える。


「それじゃ特徴だけじゃなく逃げた方向とか――」

「ただし!」


 勢い込もうとしたアミメキリンに、キッと指を突きつける。


「ただし、だ! ピット器官の精度はあんまり良くないからな! ドア越しならせいぜいぼんやり何をしてるか見える程度。特徴なんて分からん。

 外に出てから逃げた方向に至っては全く分からん! 雨で赤外線が妨害されるからな」

「せ、せ。せきがいせん……?」

「……とにかく、ピット器官は壁を挟めばぼんやり見える程度。雨越しには全く見えない。それだけ覚えててくれ」


 一気に捲し立ててきたツチノコにとりあえず頷く。

 つまり、ツチノコも何も分からないということだろう。


「てゆーか。部屋の出入り口なんて廊下側のドア以外にないんですけど? ツチノコはともかく、どうして私たちが疑われてるのよ」

「べ、別に疑ってるわけじゃないわ。ただ、誰かが建物を出ていく人影を見てないかなーっなんて思ったから。あはは……」


 ジト目で睨み付けてくるショウジョウトキをアミメキリンは困り笑いで何とか誤魔化した。

 「疑っていることを悟られない方がいいかもしれない」念のためとタイリクオオカミが外を調べに出ていく直前、二人はそう取り決めを行った。誰かが誰かを犯人だと疑いあってる現状で、ヘタに誰かを疑ってる姿を見せれば、全員の証言が片寄るおそれがある。推理のために誰彼構わず疑いを掛け、せっかくの情報を隠蔽されたり嘘をつかれたりしたら、捜査に支障が出てしまう。

(でも、せっかく先生に事情聴取を任せられたんだから、何か役に立ちそうな情報は……)

 活躍したいという気持ちと変なことを聞いてまたケンカになったらどうしようかという心配に少し焦らされつつ、全員の顔を見回していく。そしてふと、みんなの後ろに立って俯くアメリカビーバーとプレーリードッグの姿を見つけた。そこは丁度二人の部屋の前。ツチノコの一つ奥の部屋だった。


「二人は何か見てない?」


 アミメキリンが尋ねるのに、二人は弾かれたように顔をあげた。二人が若干後ずさったように見えたのは、後ろに隠れたアメリカビーバーに引っ張られたからか。


「自分たちも何も見てないであります。みなと同じく、ずっと部屋にいたでありますから」


 プレーリードッグの言葉を肯定するように、後ろのアメリカビーバーも頷いた。


「プレーリーの言うとおりっす。おれっちたち、部屋から一歩も出てないっすから……」


 弱々しくアメリカビーバーが訴え掛けてくる。ショウジョウトキが鼻で笑う。


「ふん。本当に出てないのか怪しいんですけど」

「そ、それはどういうことでありますか!」


 怒るプレーリードッグ。それを無視してショウジョウトキは続ける。


「二人はこの宿泊施設を組み立てたんでしょ。二人の部屋にだけ隠し扉とかありそうなんですけど」

「…………」


 ショウジョウトキの袖をトキが引っ張っている。が、ショウジョウトキは追求を止めない。先程のひと悶着もあり、かなり気が立ってるようだった。


「何ならあなたたちの部屋、調べさせて欲しいんですけど」

「それは」

「……二人の言うことは本当だよ」


 静観していたツチノコがぽつりと呟いた。プレーリードッグたちが驚いたように振り返る。


「設計図を用意して組み立てを手伝った俺が言うんだ。間違いない」

「信用できないんですけど」

「信じてくれなくたっていい。何なら部屋を調べたらどうだ。どうせどの部屋も全部同じ造りだってのが分かるだけだろうからな」

「そ、その通りであります!」


 と、同調するようにプレーリードッグ。

 忌々しげに二人を見比べ、ショウジョウトキはふんっと鼻を鳴らす。


「アンタたち、いつの間にそんな仲良くなったのよ。いいわ。そこまで自信あるのなら、きっちり調べさせてもらうんですけど」

「その辺の捜査は私たちに任せてもらえないかな」


 その時、宿泊施設の出入り口が開き、激しい雨の音ともにタイリクオオカミが入ってきた。ぶるぶると体を震わせて全身の水を振り落とす。


「あ、先生。どうでした」

「まるでダメだった。この雨で臭いが流れてしまってる上に視界が悪くてね。くまなく探してみたけど痕跡らしいものは見つけられなかったよ」

「そう、ですか……」

「ただ面白いものを見つけてね」


 水を含んで色の変わったスカートを絞りながら、宿泊者たちをぐるりと見回す。


「……私たちがここに登ってくるのに使用したゴンドラ、あれがまだ上にあったんだ」


 フレンズたちが顔を見合わせる。特に釈然としない顔をしたヘラジカが一歩前へ出た。


「すまん。よく分からないんだが、それがどうかしたのか」

「あのロープウェイは山頂のカフェと麓を結んでる。ゴンドラは一台だけ。誰かが使用すれば、片方からゴンドラはなくなってしまうんだ。ということはつまり――」

「――逃げたヤツはゴンドラを使ってはいない、そういうことだな」


 ツチノコがタイリクオオカミの言葉を引き継いだ。


「つまり怪しいヤツはまだ山頂のどこかにいるってことか」

「ここに来るための手段は二つ。ロープウェイを使うか崖を登るかだ。だがこの雨だからね。濡れて滑りやすくなった崖を登り降りす者はいないだろう。ちなみにアルパカは違うからね。彼女はずっとカフェの中にいた。証拠に服も濡れていなかったよ」

「鳥のフレンズはどうなんだ?」


 そう言葉を発したのはライオンだ。低く唸るように発せられた言葉は明らかに敵意を含んでおり、振り返ったショウジョウトキと睨み合いになる。


「こいつらなら雨くらいならどうってことないだろう?」


 その時、宿泊施設の入り口の窓から強い閃光が射し込んできた。一瞬、廊下が真っ白に染まり、間髪入れずに雷の叩きつけられるような恐ろしい音が耳をろうする。すごい音だ。近くに落ちたのかもしれない。


「……それも可能性としては低いかな。雷雨の中、いつ自分に落ちるか分からない状況では飛ぶに飛べないだろうから」

「じゃあ誰が犯人なんだ!!」


 ライオンが吠えた。止めようとしたヘラジカの手を振り払い、百獣の王が牙を剥き出しにしてタイリクオオカミを真っ向から見据える。その形相の恐ろしさに間に立っていたフレンズたちが慌てて飛び退いたため、二人の間に道のようなものができた。


「一体誰が犯人なんだ! 分かってるなら教えろよ!」

「あいにく、それ以外のことはまだ全然分からないんだ。だが、像を破壊した犯人を含めて、何者かが怪しい動きをしてるのは確かだ。君らの中の、誰かがね」


 脅されてるにも関わらず、タイリクオオカミはいつもの調子を崩さない。飄々と言ってのけると、廊下壁に背中をつけるアミメキリンを引っ張って引き起こした。


「これから私たち二人で捜査を始める。全員、私たちの邪魔をしないで欲しい。いいね」

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