捜査編⑨――ヘラジカの証言

 ツチノコの持ち物をアルパカに預けて、二人はそのままヘラジカたちの部屋へ向かった。ドアのまえに立ち、アミメキリンはちらりとタイリクオオカミを見た。ツチノコの部屋を出たきりずっと無言だった。なにか話しかけるべきなのだろうが、どう声を掛けたらいいのだろうか。先程のこともあり、ぐるぐる思考を巡らせていると、意外にもタイリクオオカミから声を掛けられた。


「大丈夫かい」

「ひゃっ!? ひゃ、ひゃいっ。私は大丈夫ですよっ」

「そう。ならよかった」

「先生こそ、大丈夫なんですか」


  そこで一度深呼吸し、改めてタイリクオオカミを見る。先程の恐ろしい雰囲気はどこへ消えたのか、アミメキリンの見慣れたいつものタイリクオオカミがそこにいた。


「……その。さっき、すごく怒ってましたよね」

「ああ、あれか」


 タイリクオオカミが小さく笑う。


「そうだね。我ながらやりすぎだったかもしれない」

「珍しいですよね。いつもなら何かあってもあんなに怒ったりしないのに」

「いつもなら、ね。これがただの喧嘩なら、もっと穏便に済ますさ。だけどあの子は意図的にショウジョウトキを傷つけようとしていた。あんなウソまでついてね」

「やっぱりウソだと思うんですか」


 アミメキリンは思わずツチノコの部屋を振り返る。閉じられたドアの向こうにいるであろう姿を思い出し、自然と声が小さくなる。


「ツチノコが外に出てないって言ってたこと……」

「さっき、ツチノコの部屋へ行く前に、シャワー室を覗いたんだ」


 そう言ってスケッチブックのとあるページを開いてアミメキリンに渡す。シャワー室にある棚のスケッチだった。棚の中に積まれたタオルとその上に置かれたティーカップが描いてある。


「タオルと、ティーカップ?」

「そう。シャワー室で見た光景を描いてみたんだ」

「でもこれおかしくないですか。だって、たしかあのとき先生がティーカップを先に戻して、そのあと私がタオルを戻したんですよ。ティーカップはタオルの下になってたはずなのに、なんで――」


 アミメキリンはハッとタイリクオオカミを見る。


「……ツチノコがタオルを使ったってことですか」

「おそらくね。シャワー室は薄暗い。急いでタオルを取ったから、下にあったティーカップごと引っ張ってしまったんだろう。間一髪受け止めたかで割らずに済んだものの、うっかりタオルの上に戻してしまった。湿ったタオルも探せばどこかにあるだろうね」


 外に出ていたツチノコが、タオルを使って濡れた体を拭き取った。シャワー室は入り口から離れたところにあるから、そうそうアルパカに気づかれることはない。そう考えれば辻褄が合う。


「ということは、やっぱりスナネコが犯人で、ツチノコが協力してるってことですね」

「うーん。それはどうかな」


 タイリクオオカミが曖昧に首を振る。


「本当にツチノコが外に出ていたのか、証拠がないんだ」

「でも、タオルとティーカップが」

「確かにタオルは使われていた。だけど、それがツチノコによるものだという証拠がないんだ。第一、隠し扉も見つかってない。これだけでツチノコがスナネコの協力者とは言い切れない」

「ええと、つまりこういうことですよね。ツチノコは外に出ていたはずなのに、証明する証拠がない。隠し扉もあるはずなのに、それも見つからない。……はああ」


 アミメキリンは思わず息を吐き出した。


「ややこしすぎて頭、痛くなってきました……」

「私もだよ」

「それに、ツチノコもショウジョウトキもすごくピリピリしてて。あんなに怖い二人、私、見たことないです……」


 アミメキリンは胸元で合わせていた両手を強く握りしめる。

 誰にも話を信じてもらえず、泣きながら部屋を飛び出していったショウジョウトキ。謝りに行こうと提案され、怒りをあらわに怒鳴り声をあげるツチノコ。まるで別人のような二人の様子は正直いって恐怖だった。


「こんなに心が離ればなれになるなんて、すごく悲しいことですよね……」

「みんな誰かを疑い、誰かに疑われている。いつ犯人と名指しされかねない状況が続いて、みんな疲れてるんだろう」


 タイリクオオカミがアミメキリンを見上げる。漫画家として培われてきたであろう心の描写には説得力があった。


「疲れると心は弱る。そして弱った心は余裕を失い、疑心暗鬼に駆られやすくなる。アイツが犯人に違いない。あの子は私のことを犯人だと疑ってる。そうしてみんなの心に負の感情が溜まっていくんだ。一度芽生えた負の感情は永遠に消えない。生きてる限り、一生思い出として残り続けてしまうんだ」

「それはつまり、本当の犯人が分かったとしても、自分のことを疑っていた子への恨みは消えないってことですか」


 タイリクオオカミは頷く。そのいつになく固い表情は、暗い廊下の中でより陰鬱な影を落としていた。


「その通り。そして、こうしてる間にもみんなの心の中には負の感情が溜まっていってるんだ。この状況からみんなを救いだすには、早く真犯人を見つけ出すしかない。まだみんなが犯人のことを、自分や自分の大切な友達のことを疑った者たちのことを”許してあげられる”余裕があるうちにね」

「そんなこと――」


 あり得ない。思わず口から飛び出した言葉は、しかし最後まで言い切ることができなかった。そう言い返せるだけの根拠をアミメキリンは持ち合わせていなかった。恨みや憎しみはどんな感情よりも強い。ホラー探偵ギロギロの愛読者として、探偵の一人として、そのことはよく理解しているつもりだった。


 アミメキリンの脳裏に、いつか解決したペパプの一件が思い浮かぶ。メンバー全員を危険な目に合わせ、一人に大ケガをさせてしまった犯人が明らかになったあと、彼女らは強い憎しみを抱きつつも、最後は犯人を許すことができた。

 ――もし、ペパプらがもっと強い憎しみを抱いていたりしたら、解決にもっと時間が掛かっていたりしたら、あのような結末は望めなかっただろう。


「本当に解決するでしょうか」

「そう信じるしかないさ」


 タイリクオオカミはアミメキリンから離れると、ドアをノックした。ガチャリとドアノブが内側から回される。

 アミメキリンは胸元の手を下ろす。その手をタイリクオオカミが励ますように握ってくれた。


 力強い感触に応えるため、アミメキリンも手を握りしめた。


 今度は不安ではなく、決意を込めて。




――――





「これは強そうな腕だなー!」

「は、はあ」


 アミメキリンの握り拳を手にとりじっくり見つめながら、ヘラジカが感心したように目を輝かせている。


「ライオンのパンチを受け止めたのを見てからもしやと思ってたんだが、どうやら私の目に狂いはなかったようだ。これなら前衛としてうちのシロサイといいタッグが組めそうだ!」

「あ、ありがと……。コホン、ええっと、じゃあそろそろ事件の話でも」

「ここで会ったのも何かの縁! どうだ? 正式に我が軍団に加入しないか?」

「うん。だからそろそろ話を」

「うんって言ったな? ハッハッハ! 思いきりがよくて助かるよ!」

「じゃなくて、話を――」

「ん? 最初は体験入団の相談から始めたいのか? もちろんいいだろう」

「だから事件の話をさせt」

「合戦が不安なのはわかる。だから最初は他のメンバーについて手取り足取り教えてもらうのがいいだろう! そして経験を重ねて、ゆくゆくはシロサイのよき相棒として我々の切り込み隊長の役割を担ってもらおうではないかァ!」

「悪いけどアミメキリンは私の相棒なんだ。勝手に取らないでくれないかな」


 一人勝手に盛り上がるヘラジカに水を差すのはタイリクオオカミだった。面白いものを見るような目のタイリクオオカミと困惑顔のアミメキリンとを見比べ、ヘラジカは豪快に笑いだした。


「なんだ。先約がいたのか! それならそうと言って欲しかったな。おかげで早とちりしてしまったぞハッハッハ!」

「あ、あはは……。そ、それはごめんなさいね」


 ようやく離してくれた手をさすりながら、アミメキリンはタイリクオオカミのそばへ退散する。部屋に入って開口一番、ヘラジカに腕を掴まれてこの有り様だった。いつかの遊園地でもいろんなフレンズに勧誘を掛けていたのを見ていたので、ある程度覚悟はしていたつもりだったが、やはり面と向かうと圧がすごかった。色んな意味で。


「さて、そういえば、二人は事件について調査している探偵だったな。私でよければ何でも話を聞いてくれ」


 ひとしきり笑い、ようやく二人の来た理由を思い出したらしいヘラジカがベッドにドッカリ腰を下ろしながら尋ねる。あまり勢いよく腰かけたため、ベッドで丸くなって眠るライオンの体が揺れるのを見てアミメキリンはドキリとしてしまう。


「あの、その。よく寝てるのね」

「ライオンのことか? いつも放っておけば一日中寝てるくらいだからな。ここに来てから休む暇がなかったから疲れてるんだろう」


 そう言ってヘラジカがそっとライオンの背中を撫でた。気持ち良さそうに寝息を立てるライオンをヘラジカが目を細めて見下ろす。その優しい仕草の一つ一つが、二人がいかに親密なのかを表しているようだった。


「だから大丈夫。ちょっとやそっとじゃ起きないから、安心して質問してくれたまえ」

「ありがとう。私たちも用事が済んだらすぐに出ていくわ」


 アミメキリンは居住まいを正すと、ちらりとタイリクオオカミを見た。スケッチブックを開いて準備が整っていることを確認すると、二人であらかじめまとめていた質問をヘラジカに投げ掛けた。


「まず事件発生時、ヘラジカはどこにいたの」

「カフェの外だ。あのときは、ちょうど原っぱでコイツの素振りをしていたんだ」


 ヘラジカが部屋の片隅に立て掛けられた武器を示す。身の丈ほどの長さの、持ち手の両端からツノ状の突起が突き出した得物――タイリクオオカミいわく両剣というらしい――は、まさに猪突猛進なヘラジカらしい武骨な代物だった。


「群れの大将として、鍛練は欠かせないからな。ほら、持ってみるか?」

「え、いいの? やった。私、武器って持ったことないから気になって、お゛っごぉっ!?」


 立ち上がり、ヘラジカが両剣を手に戻ってくる。片手で軽々手渡されたアミメキリンは、想像を絶する重さに変な声が漏れた。持ち前の腕力で辛うじて落とさなかったものの、足元の床板がみしりと音が鳴る。


「おっも……っ。こんなの振り回してるの!?」

「ああ、そうだ」

「へ、へぇ」


 涼しい顔をして言うヘラジカ。試しにその場で振ってみたものの、数振りで限界が来た。横で見ていたタイリクオオカミが呆れたように苦笑いを浮かべる。


「これはこれは……。相当重いようだね」

「そうか? ふむ、これを持ったフレンズはみんなそう言うが、そんなに重いかな?」

「絶対重たいわ……、見てよ」


 両剣をヘラジカに返して――両手で何とか持ち上げたそれを、ひょいっと片手で受けとるヘラジカのことはあえて突っ込まない――アミメキリンは二人に手のひらをかざす。指の付け根の、特に負担の強かって部分が赤くなっていた。


「まだヒリヒリするわ。ホントにこれを素振りしてたの?」

「もちろんだ。なんせ毎日の日課だからな!」

「そんなに重たいと、振ってる最中に何かを引っ掻けても気づかなかったりするんじゃ……」

「そんなことはない!」


 ヘラジカが一際大きな声を上げる。


「こいつと私は一心同体! どんなに些細なことであろうと、当たれば気づかないわけがない! それに、だ! もし仮にも私が像を壊してしまったなら、森の王として、群れの大将として、すぐにみんなに正直に話して謝ってるぞ! 黙ったままなんてことするわけが――」

「わ、わかった。わかったから……ごめん。疑っちゃったのは謝るから」


 ヒートアップしていくヘラジカを何とかいなしながら、アミメキリンは横のタイリクオオカミに視線を向ける。タイリクオオカミが小さく首を振り、「ウソは言ってない」と視線で伝えてきた。


「ええと。それで、原っぱで素振りしてたのよね? 何があったの?」


 アミメキリンは咳払いをして話を戻す。ヘラジカは一つ頷いて続きを話し始めた。


「ああ。素振りしてると、後ろからガシャンってすごい音が聞こえてきたんだ。それで振り返ったら、ビーバーたちの用意してくれてた像が倒れてバラバラになってたんだ。これは大変なことが起こった。早くみなに知らせなければ。それでカフェにいるライオンたちを呼びにいったんだ」

「音がして振り返ったらバラバラに……。そのとき、壊れる前触れみたいなのはなかったの?」

「いや、何もなかった。特に風も吹いてなかったからな」

「原っぱに他に誰かいたりとかは?」

「自分一人だったぞ。音がしてすぐに振り返ったから、誰かが壊して逃げたってこともないだろうな」


 アミメキリンは記憶を辿って原っぱの光景を思い出す。壊された像を中心に見た、高山の頂上に台状に開けた草原。カフェやロープウェイ乗り場こそ見えるものの、どれも瞬時に身を隠せるような距離ではない。

 そのあともいくつか事件発生時の状況を確認するも、これといった収穫はなかった。

 質問すべき事柄はすべて聞いてしまった。そろそろ別の調査に向かおうかとタイリクオオカミと相談しているときだった。


「……私からも聞きたいことがあるんだが、いいかい?」


 どこか緊張感のある声でヘラジカがそう尋ねてきた。ヘラジカにしては珍しい態度にアミメキリンとタイリクオオカミは一瞬顔を見合わせ、ややあって先を促した。


「ありがとう……」


 どことなく陰りのある表情でヘラジカは笑む。ゆっくりと窓辺へ移動すると、雨の降りしきる景色を見上げ始めた。当初バケツをひっくり返したような雨脚だったのが、今や小降り程度にまで収まっていた。


「像を壊した犯人なんだが、目星はついたのかい」

「それは――」

「まだついてないかな」


 言いかけたアミメキリンをタイリクオオカミが遮る。


「まだ捜査中だが何ともいえないけど、今のところ何も分かってないね」

「そうか」

「どうしてそんなこと聞くんだい?」

「……現状、最も怪しいのは私なんだろ?」


 ヘラジカは窓の外を見たまま、躊躇なく言ってのける。


「雨が上がればおそらくみなここを離れてしまう。それまでに犯人が分からなければ、私たちはずっと疑いながら生きて行かなくてはならない。疑いだけでお互いを嫌い合い、もしかするとライオンのように、誰かを傷つけようとするかも者もいるかもしれない」

「それは十分に考えられることだね。だから私たちはそうならないよう、捜査をしてるんだ」

「だが、まだ犯人は見つけられてないんだろう? もうすぐ雨はやんでしまう。時間は残されてない」


 ヘラジカはくるりと振り返る。顔に差し込んだ影のせいか、どこか達観したような表情をしてるような気がした。


「犯人が分からなければ、みんなはみんなを嫌い合う。――だが、もし誰か一人が犯人だということにすれば、嫌われるのは一人で済む。そう思わないか」

「……何が言いたいんだい?」

「私を犯人にしてくれないか。幸い、像が壊れたときに一番近い場所にいたんだ。私が像を壊した犯人だと、みんなに言ってくれないか」


 爆弾のような衝撃だった。「なんで」とアミメキリンは思わず口に出して言ってしまった。タイリクオオカミも、ヘラジカの顔を見つめて渋い顔をしている。


「私ならどんなに嫌われたところで耐えられるからな。縄張りもカフェから離れてるから近寄ることもない。それに、私が犯人ならライオンだって手出しはしないだろう」

「正々堂々を重んじるヘラジカがそんなことを言うとはね」


 タイリクオオカミが首を振って失笑する。


「それとも、いつまで経っても解決の兆しすら見つけ出せない私たちへの皮肉かな」

「皮肉を言えるほど私は賢くないさ」


 言って、ヘラジカは笑う。笑いながらドアを示す。


「さあ、早くみんなに伝えてきてもらえないか。私が言うより、探偵から言ってくれたほうが理解してくれるだろうから」

「せっかくだがそんな願いは――」

「――聞けないわ!」


 今度はアミメキリンがタイリクオオカミの言葉を遮った。思わず力のこもった腹から大きな声が出た。目を丸くするヘラジカに、アミメキリンはずいと歩み寄る。


「誰かが犠牲になったとして、それは絶対にいい解決策ではないわ。たとえどんなにそっちが素晴らしく見えても、ウソはウソでしかないの! そんなことをすれば、犯人は永遠に分からなくなる。事件は迷宮入りしてしまうの! そんなこと、あってはならないの!」


 ヘラジカの肩を掴み、力を込めて揺する。体格のいいヘラジカといえど、キリンの力強さに思わずよろめく。


「それに、どうしてあなたが犯人になる必要があるの! ライオンの気持ちはどうなるの? あなたのことを信じてるライオンがどれだけ傷つくのか、あなたは分かってるの?」

「ライオンの気持ち……」

「ライオンがあんなに怒ったのも、ヘラジカの無実を信じてるからこそなんだ」


 タイリクオオカミがアミメキリンの手をそっと下ろさせる。肩で息をするアミメキリンを下がらせ、


「私も君の無実を信じてる。正直、誰も犯人であったほしくない。だが、事件は解決しないといけない。アミメキリンの言うとおり、それはウソによってではなく、真実によってね」


 「だから」とタイリクオオカミは頭を下げる。


「だから、どうか私たちにもう少し頑張らせてもらえないだろうか」

「私からもお願い。ライオンを悲しませるようなこと、絶対にしないでちょうだい」


 遅れてアミメキリンも頭を下げた。捜査が進まないせいでヘラジカにこんなことを考えさせてしまった自分たちの頼りなさと、自分を犯人にしようとしたヘラジカの腹立たしさがない交ぜになって涙が出そうだった。


「……頑張ってくれてる二人に、どんな失礼なことを言ってしまった。どうか頭を上げてくれないか」


 そう言って、ヘラジカは申し訳なさそうに頭を下げる。


「ふざけたことを言ってすまない。今のは、忘れてくれ」





――――





「どうしたのー?」


 二人を廊下に送り出し、ヘラジカはドアを閉める。寝床から頭だけを上げたライオンが声を掛けてきたのに、ヘラジカは何でもないという風に首を振った。


「ああ、ちょっとあの二人と話をしてたんだ」

「そーなんだ」


 眠たげに目をこすりながら、ベッドから起き上がろうとするライオン。寝たりないのか、声の感じにどこか甘い雰囲気が漂っている。ヘラジカはそっとライオンの肩に手を掛けると、起きようとする彼女の体を制止する。


「もう少し寝てたらどうだ? 眠そうだぞ」

「んー、いいの?」

「もちろん」

「そっかー。じゃあ、お言葉に甘えてもうちょっとだけ横になろっかなー」


 ライオンが軽く伸びをして体をほぐすと、ベッドの上に再び丸くなった。ベッドに座りたてがみを掻き分けるように背中を撫でてやると、ゴロゴロと喉を鳴らしながらくるんと顎の下にやった尻尾が揺らす。群れプライドのオサであるライオンが親しい者にしか見せない姿だった。こんなにリラックスした格好を見せたのはヘラジカが初めてだと、ライオンが恥ずかしそうに明かしてくれたのはいつだったろうか。


「ねえヘラジカ――」


 薄く目を開けたライオンがヘラジカを見上げる。「どうしたんだ?」とヘラジカが目線で促した。


「私はヘラジカのことを信じてるからね」

「ありがとう。私は大丈夫だよ」

「んー」


 ヘラジカの返事に満足したのか、ライオンはそのまま目を閉じた。すぐに寝息の音が聞こえ始める。


「大丈夫……」


 一人取り残されたヘラジカがポツリと呟いた。聞く者のいない言葉は部屋を漂い、かすかな雨音に掻き消される。


「……きっと、何もかもうまくいくから」

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