捜査編⑧――ツチノコの証言。疑惑の影

「な、泣かせるつもりはなかったんだ」


 ツチノコがぽつりと呟いた。二人の視線が自分に集まるのに、気まずそうに顔をそらす。


「アイツ、スナネコのことをずっと悪く言ってたから、それで懲らしめたくて。捜査の邪魔して悪かったな。謝るよ」

「謝るのなら私やアミメキリンにではなく、ショウジョウトキにしてくれないか」


 タイリクオオカミはツチノコから目を離さない。冷たい口調には、僅かではあるが怒りの色があった。


「それとも、君はショウジョウトキに申し訳なさを感じてないのかい」


 タイリクオオカミの言葉に、ツチノコは顔をそらしたまま何も答えない。のし掛かるような重たい空気に、アミメキリンは一つ息を吐くとツチノコのそばへ寄り、肩に手を乗せた。


「今からでも謝りにいかない? もし一人で行きづらいなら、私もついていってあげるわ。だから」

「はあ!? どうしてオレが謝らないといけないんだよ!」


 キッと顔を上げてアミメキリンの手を振り払った。呆気にとられたアミメキリンを睨み付ける。


「先に謝るのはアイツのほうだろ!」

「そんなにショウジョウトキのこと、許せないの」

「当たり前だろ。アイツはスナネコのことを犯人扱いしてきたんだ。許してやるつもりはない!」

「そう……。無理言うつもりはないわ。ごめんね」


 アミメキリンはいまだ睨んでくるツチノコの視線から逃げるように、タイリクオオカミのもとに戻った。弾かれた手をさする。そこに痛みがあるわけではないが、代わりに心の奥がひどくキリキリする。


「質問があるんだが、構わないかい」

「質問?」

「捜査のためのね。別に君やスナネコを疑ってるわけではないから、安心して答えてもらって構わない。いいかな?」

「…………」


 タイリクオオカミが尋ねると、ツチノコは顎で先を示す。タイリクオオカミが手にもったスケッチブックをパラパラめくっていく。


「スナネコが麓に降りたのを見たと言うことだったけど、それを見た者は他にいるかな」


「って、おい!? 思いっきり疑ってるじゃねえかよぉ!」

「ははは。そういうつもりじゃないよ。ただの事実確認さ。他のみんなにもやってる質問と同じ種類の、ね」


 飄々と笑うタイリクオオカミに、ツチノコはため息を吐いた。


「ったく……。降りるスナネコを見たのはオレだけだよ。二人でゴンドラを使ってここに来たんだが、アイツ、カフェでみんなの話を聞いてたら急に「用事ができた」って言って帰りやがったんだ。呆れるだろ」

「スナネコはゴンドラを使って降りたのかい」

「ああ。登るときはペダルに片足を乗せた瞬間に「まんぞく」とか言ってオレに押し付けたくせに、降りるときは一人でスイスイだぜ? 我ながらアイツらしいよな」


 言いながら、ツチノコが何となく楽しそうな様子なのは、振り回されつつも一緒にいる仲だからか。二人の話を聞きながらアミメキリンは思った。


「途中で飽きて何かしでかさないか心配で降りていくゴンドラを見てたんだが、あんたらが登ってこれたってことは、とりあえず麓までは降りれたんだな」

「スナネコがどこに行ったか聞いてないかな」

「たぶん自分の巣だろうけど。あのスナネコだからな。よく分からん。まっすぐ帰ったのかどうかも定かじゃねえからな」


 「なるほどね」とタイリクオオカミはスケッチブックに証言を書き込んでいく。


「協力してくれてありがとう。私たちはこの辺で失礼するよ。――ところで」


 退出しようとドアに向かいかけたところで、ふとタイリクオオカミが立ち止まった。まっすぐドアを見つめたまま、背後のツチノコに喋りかける。


「はあ。今度はなんだよ」

「今、トキたちはどこにいるかな?」

「なんでそんなことを聞くんだよ」


 あからさまに不機嫌になるツチノコ。大きくため息を吐いて、こめかみに手をかざし、左右を見渡していく。


「はぁぁ……。ちょっと待ってろ。そうだな……自分の部屋に戻ったらしいな。そんな輪郭が見える」


 トキたちの部屋がある方向を見つめてツチノコが言う。ピット器官か、とアミメキリンは思った。ピット器官を使えば壁越しでも見えると、さっき聞いた覚えがある。ピット器官は雨などの水気のあるもの以外ならなんでも透視できると言っていた。


 ――雨、壁越し、見えない。ふいにアミメキリンの脳裏に疑問がよぎった。


(あれ。それならどうしてあのとき……)


「それじゃあ、あともう一つ」


 タイリクオオカミがさらに質問を繰り返す。


「この建物の外にいるボスが何匹いるか見てもらえないかな」

「外ォ? あのなあ……」


 ツチノコが呆れたように首を振る。


「さっきキリンにも言ったんだが、ピット器官は万能じゃないんだ。壁を何枚も挟めば輪郭はぼやけるし、雨に降られれば何にも見えなくなる。ちょっとでも濡れてたらダメなんだからな」

「そうか。――なら」


 くるりとタイリクオオカミが振り返る。アミメキリンはギョッとして目を剥いた。思わず後ろに下がってしまったのはツチノコも同様だった。


「どうして君は、廊下を調べる私たちの姿が見えたんだい?」


 タイリクオオカミが言う。その口調とは裏腹に、鋭く細められた目は一切笑っていなかった。




――――




「そ、そ、外からってどういう意味だよ」

「文字通りの意味だ。最初に私たちが玄関を調べていたとき、君は屋外にいたにも関わらず、ピット器官で私たちが何をしてたのか言い当てた。あの激しい雨の中で、だ。なぜ見えたんだい?」

「そ、それはあれか? オレの言うことが信じられねえってことか」

「そう言ってるつもりだが、聞こえなかったかい?」

「う……」

「もう一度聞く。なぜ見えていた。答えてもらおう」


 一歩、タイリクオオカミがツチノコに迫る。呼応してツチノコも後ろに下がる。じわじわと距離を縮めていく姿は、まさに獲物を追い詰める肉食獣のようだった。


「……た、たまたま見えたんだよ。入り口に近づいたとき、うっすらと見えたんだ。本当だよ」


 壁際まで追い詰められたツチノコがようやく口を開いた。ピクリとタイリクオオカミが足を止める。


「たまたま?」

「そう、たまたまだ。なんの偶然かはわからんが、そのときだけ外から見えたんだよ!」


 ピッタリと壁に背をつけたまま、ツチノコが叫ぶ。叫びながら、その言葉がある意味で非常に強いことに気づいたのだろう。クツクツと口の中で笑う。


「そう。偶然だ。偶然見えたんだ。ウソだなんて言わせねえぞ。なんせ、今ここにピット器官の見えかたを説明できるヤツはオレ以外にいねえんだからな。タイリクオオカミ、アンタも無理なはずだ!」

「たしかに証明はできない」


 しかしタイリクオオカミは動じない。


「ピット器官を持ってるのはツチノコだけ。つまり、君が見えたといえば、私たちは信じるしかない」

「はっ、物わかりがいいじゃねえか――」

「だが、もしそれがウソなら……」


 タイリクオオカミはおもむろに手を伸ばすと、ツチノコの肩を掴んで引き寄せた。顔を寄せ、不気味なまでの無表情で、怯えるツチノコの顔を覗き込む。


「……もしウソだというのなら、私は君にもスナネコにも容赦するつもりはない」

「それは……」

「邪魔したね」


 それだけ言い、タイリクオオカミはツチノコを解放する。呆然とするツチノコをその場に残し、アミメキリンを促して廊下へ出ようとする。そのときだ。


「……な、なあ。オレが外に出てないとわかったんだ。当然スナネコは容疑者から外れるよな?」


 弱々しくそう尋ねてきたツチノコをタイリクオオカミは振り返らない。


「たとえ君が外に出ていなくても、スナネコが容疑者から外れることはないよ。それは君もよく分かってるだろう」

「そうか……。そうだよな」


 打ちのめされたように呟いて、ツチノコは壁に背を預けてずるずるとその場に座り込んだ。

 ツチノコが本当に屋外から自分達の姿を見たのかどうか、定かではない。アミメキリン自身、ピット器官がどういうものなのかよく分かってない。それは例えば暗闇で目を凝らせば何となくぼんやりと見える種類のものなのかもしれないのだ。だが、もしピット器官がそこまで万能でないとしたら。ツチノコの言う屋外ではなく、別の場所から見ていたのだとしたら。

 ふと、ベッドの上に並べられた物を見る。ツチノコの私物だというそれら。一見してどういうものなのか分からないそれらが、万が一隠し扉の鍵になるのだとしたら。このままここには置いておけない。


「ねえツチノコ。念のため、あなたの持ち物を全部預からせてほしいの。いいかしら」

「好きにしてくれ……」


 それだけ言って、ツチノコは膝を抱えて俯いた。

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