捜査編③――あのとき何が起こったのか

「像が壊れたとき、あたしと一緒にいたのはショウジョウトキ、ツチノコとライオン、プレーリーちゃんの四人だよお」


 アルパカが部屋の中をぐるり手で示す。場所を窓際から部屋中央の丸テーブルに移し、開いたスケッチブックを囲って三人が頭を付き合わせていた。


「あたしがカウンターの中にいて。ショウジョウトキとライオンがカウンターに座ってお茶を飲んでたんだよ。プレーリーちゃんはテーブルに座ってて、ツチノコはたしか、壁にもたれてたはずだよ」


 アルパカの証言をうんうんとうなずきながら紙面に描いていくタイリクオオカミ。鉛筆を走らせながら、ちらりとアミメキリンに目配せする。『質問は任せた』、ということなのだろう。アミメキリンは居住まいを正す。


「コホン……。そのとき、他の人たちはどこにいたか分かるかしら」


 他の人たちとは、『スナネコ、トキ、ヘラジカ、アメリカビーバー』の四人のことだ。事件発生のとき、部屋にいなかったということで容疑者候補として考えられている。


「ええっとだねえ。ヘラジカは外に素振りに行ってたっけェ。スナネコはそのずうっと前に帰っちゃったって話だからカフェにはいながったはずだよ。ビーバーちゃんはトキちゃんと一緒にいたんじゃなかったかねェ。トキちゃんが水浴びに行ったとき一緒に出て行ったから、それに付き合ってたんだと思うよ」

「水を浴びに行ったって?」


 アミメキリンが聞き返す。


「なんでまた二人して」

「像が壊れる前、みんなここに集まってたんだけどね。そのとき、ビーバーちゃんがうっかり紅茶をトキちゃんにこぼしちゃって。服がべぢょべぢょになっちゃってねぇ……。それで、ちょっと洗ってくるって」


 アルパカが困ったように笑う。ということは、先ほどライオンが言ったのは本当だったということか。


「そういうわけでねェ。四人とも部屋から出てったきり、像が壊れた音を聞いてみんなが原っぱに集まるまでどこにいたかわからないんだよねえ……」


 そこまで言って、俯いたアルパカが伺うようにアミメキリンを見る。


「……やっぱりこの四人の誰かが像を壊したのかねェ」

「それはまだ分からないわ。でも、四人が怪しいのは確かね」

「そう……」


 アルパカが力なくため息を吐いた。丸めた背中がひどく痛ましく見え、アミメキリンらは掛ける言葉を見付けられなかった。

 その後一通り、事件発生前後の状況や各々の詳しい会話内容など、アルパカの覚えてる限りの情報を聞き出した。情報が出揃うと、ずっと無言でスケッチブックと向き合っていたタイリクオオカミが手を止める。


「二人ともありがとう。おかげで事件の詳細がようやくわかったよ」


 タイリクオオカミがスケッチブックを二人に向ける。紙全体が真っ黒になるくらいにメモが書き込まれたページを破り取り、新しいページに鉛筆を置く。


「アルパカの教えてくれた情報をもとに、今から当時の状況をマンガで再現してみようと思う。再現する以上、私の空想や推論が混じってしまうかも知れないから、もし違うと思ったら素直に言ってほしい」

「はあ」


 呆気に取られたアルパカを安心させるように微笑んだタイリクオオカミは、スケッチブックに目を移すや否や、真剣な顔つきになる。無言の三人。室内に鉛筆を走らせる音が小さく響いた。




※※




 ショウジョウトキのわざとらしいほどに大きなため息が室内に木霊する。ジャパリまんを齧りながらジトッと背後のプレーリードッグを横目に睨み付けているのを、カウンター越しにアルパカが宥める。


「まあまあ。プレーリーちゃんもビーバーちゃんもわざとじゃないんだからぁ。許してあげてよぉ」

「わざとじゃなかったらなんでも許されるってわけないんですけど」

「トキ殿には本当に申し訳ないことをしたであります! 反省してるであります!」


 プレーリードッグが激しく頭を下げるのを、ショウジョウトキがふんと鼻を鳴らして顔を逸らす。


「……別に怒ってないからいいんですけど」

「本当でありますか! じゃあ早速仲直りのご挨拶を」

「ちょっとお! どうしてこの期に及んで挨拶が許されると思ってるの。やめてほしいんでーすーけーどー!!」


 口許もとを細めて抱き付こうとするプレーリードッグを、押し返しながら叫ぶショウジョウトキ。隣の席でカウンターに頬杖を突きながら、ライオンが面白いものを見るように目を細めている。


「やあー。やっぱりたまには遠出するのも悪くないねー」


 紅茶のカップを揺らして弄びながら、アルパカにちらりと視線をよこす。


「面白いものも見られるし、何より紅茶もおいしいし」

「ありがとねぇ。おかわりもたくさんあるから、もっと飲んで行ってよお」


 ライオンの空になったカップに紅茶を注ぎながらアルパカが微笑む。次いで隣のショウジョウトキ、カウンターそばのテーブルのプレーリードッグの分と順々に紅茶を入れていく。この日のために他の島から取り寄せた自慢の茶葉から淹れ紅茶だけに、みんなからの反応は上々だった。


「ツチノコもおかわりするかい?」


 壁にもたれて宙を見据えていたツチノコに声を掛ける。「ん」と一言、空になったカップを差し出してきたのに、アルパカは苦笑しながら紅茶を注ぐ。


「はいどーぞぉ。こんな端っこにいないでさぁ。ツチノコもみんなと一緒にいればいいじゃない。楽しいよォ?」

「ここが落ち着くんだよ。それに馴れ合うの、あんまり好きじゃないから」


 素っ気なく言ってなみなみと紅茶の入ったカップに口をつけるツチノコ。いつに間にか自分の席に戻ったプレーリードッグがその様子を見て一言、


「ツチノコ殿はスナネコ殿とさよならの挨拶ができなくて機嫌が悪いのでありますね」


 ツチノコが紅茶を吹き出してむせる。ゴホゴホと咳き込んで丸まる背中をアルパカが擦っていると、キッとツチノコが顔を上げた。


「なに言ってんだお前ー!」

「え。ツチノコ殿はやらないでありますか。さよならとただいまの挨拶」

「俺はお前らよりも節操があるからな。こんな人前でそんなことできるかっ!」

「へぇー。つまり人前じゃなかったらやってるんだー」


 ライオンがニヤニヤと話に入ってきた。ツチノコの顔が急激に赤くなっていく。


「そ、そそ……そういう話は暗くなってからするもんだろうがぁ!」

「とゆーことはー。暗くなってからなら話してくれるんだねー」

「今日はみんな泊まるつもりだったし、これは詳しく聞きたいんですけどぉ」


 ショウジョウトキがおもちゃを見つけたような目をツチノコに向けた。興味津々な様子のみんなの視線に、ツチノコはこれ以上ないくらい真っ赤になった。


「キッキッ……キシャーッ!!」


 テーブルの影で小さくなって威嚇するツチノコとそれを見て「ゴメンゴメン」と笑うみんなの姿を、カウンターの中に戻ったアルパカが微笑ましく眺めた。

 かばん達がここを訪れて以来、カフェを訪ねてくれるお客はみるみる増えていった。ジャングルの高い山のてっぺんにおいしい紅茶の飲める場所がある、と人伝に噂は広がっていき、とうとう別の島から訪ねてくれるフレンズまで現れた。たくさんのフレンズに愛されることはとても嬉しかったが、一方で気がかりも増えた。そうやって遠くからやってきたフレンズたちは、どうしても日帰りで帰ることができないため、カフェに泊まるしかない。寝る場所のない山頂では、必然的にカフェの床や周辺で寝てもらうしかなく、山の気温に慣れていないフレンズが体調を崩してしまうことが増えたのだ。


――どうにかならないかにぇ……。


 そのことを博士たちに相談したところ、宿泊施設を作ることを提案された。


――アリツカゲラの経営してるロッジのような、フレンズたちが泊まれる場所を作ればよいのです。

――でも、あたしは物作りなんてからっきしだから。上手いこと作れるかねぇ。

――大丈夫なのです。アルパカが作れないなら、専門家に依頼すればよいのですよ。

――せんもんか?


 博士の言葉に首を傾げるアルパカを、隣で聞いていた助手が合いの手を入れる。


――ある分野について、すごく得意なフレンズのことです。例えばアルパカは紅茶について誰よりも詳しいから、紅茶の専門家ということです。

――へえ。あたしが紅茶の専門家ねェ。


 アルパカが納得したところで、博士は咳払いをして話を続ける。


――こほん。そういうわけで、宿泊施設を作るために必要な専門家をつれて来れば良いのです。

――アルパカ。お前の知り合いに専門家的なフレンズはいないのですか。


 助手の問いにアルパカが首を横に振ると、博士がやれやれを息を吐く。


――まったく世話が焼けるのですね。我々が専門家を集めてやるのです。

――ホントかい? いやぁ助かるよぉ。

――礼には及ばないのです。我々は賢いので。

――我々は賢いので。


 そうして博士達に依頼して集められたのが、彼女達だった。アルパカの要望をもとにさばくコンビが昔の資料を探し、こはんコンビが資料をもとに具体的な設計を行い、へいげんコンビが木材などを運び込んだ。そうして麓で加工された資材を山の上まで運び上げたのはトキ達だった。そうして無事宿泊施設を完成させてくれた彼女達の素晴らしいコンビネーションを労って、こうしてパーティを開いたのだった。


「本当に、みんなありがとおね。私のわがまま、いっぱい聞いてくれて。こぉんな立派な建物をこさえてくれて」


 思い出したようにアルパカが言ったときだった。どこからともなく、けたたましく何かが壊れる音がしたのは。


「あれ。今のは」


 みなが話を中断して音の出所を探る。「外じゃないのか」と誰かが言ったのに、プレーリードッグが立ち上がって窓辺に近寄る。そして、凍りついた。


「……え、あれ。なんで」


 プレーリードッグの異様な様子に、他の者も表情を固くする。「どうしたの」アルパカが尋ねようとしたとき、プレーリードッグがさらに呟いた。


「ヘラジカ殿。どうして……」

「ヘラジカだって!?」


 ライオンが弾かれたように立ち上がる。そのときだった。勢いよくドアが開かれ、血相を変えたヘラジカが飛び込んできた。


「みんな大変だ!」


 前を歩いていたラッキービーストを蹴り飛ばし、カフェの中へ入ったヘラジカが、外を指差して叫んだ。


「像が壊されてるんだ。早く来てくれ!」




※※




 ――一通り語り終え、タイリクオオカミが鉛筆を置いた。


「そして、外に出たアルパカたちは、壊れた像を発見した。……そんなところかな?」

「いやぁ。たまげたねェ……」


 マンガに夢中になっていたアルパカが顔を上げ、感心したようにタイリクオオカミを見上げた。


「まるでそんときのこと、本当に見てたみたいに正確だったよ」

「アルパカが覚えててくれたおかげさ」


 タイリクオオカミが謙遜気味に微笑むと、さて、と描き上げたマンガを指差してアミメキリンに向き直る。


「何か気になったところはあるかい?」

「はふぇ!?」


 アルパカに同じくマンガに見とれていたアミメキリンは、突然話を振られて思わず変な声が出てしまう。


「ええっと、その。うーんと……。そ、そういえば、物音がしてから初めてプレーリーが窓から外を見たって話だったけど、像が壊れる直前に外を見てなかったの?」


 アルパカは少し考え込むようにして、やがて首を振った。


「たぶん見てなかったんじゃないかねぇ。でもどおして?」

「だって、あれ」


 アミメキリンはカフェの入口を指差した。ドアには上から下までガラスが嵌め込まれており、外の景色がよく見えた。

 ああ、とアルパカが納得して手を叩いた。


「像が壊れたとき、ドアには板を貼ってたんだよぉ。工事中、うっかりぶつけて壊さないように、ガラスの部分には全部」

「ということは、プレーリーが外を見てみんなが像に駆けつけるまで、誰も外の様子は分からないってこと?」

「そうなるにぇ……。窓の板だって、パーティをするのに暗いから外しただけだったし」

「……そう」


 もしかしたらプレーリードッグ以外にも何かを目撃している者がいるかもしれないと思ったのだが、どうも宛が外れてしまったようだ。


「うーん。最初に現場を目撃したのはプレーリーだけ、かぁ」

「そしてそのプレーリーの言葉を信じるなら、事件発生直後、少なくとも近くにはヘラジカがいた」


 タイリクオオカミが自分のカップを弄びながら言った。


「その辺りをもっと詳しく調べたいな」

「いよいよ調査開始ですねっ」

「ああ」


 勢い込んだアミメキリンに頷きながら紅茶を口にしかけ、ふと何かを思い出したようにアルパカを見た。


「一つだけ、聞いていいかい」


 アルパカが首を傾げて先を促す。


「アルパカの話に出てきた宿泊施設に関してだけど、一体どこにあるんだい」

「そういえば、見かけないですね」


 アミメキリンが記憶を巡らせる。ロープウェイの発着場から事件現場まで。興味津々で見回したが、それらしいものは見なかった。

 タイリクオオカミの質問に、ああ、とアルパカは笑う。


「カフェの裏だよ。カフェからの景色を邪魔しないように、見えにくいところに造ったんだよぉ」

「なるほど。いやぁ、漫画家をやってるとつい細かいことが気になってね」


 タイリクオオカミが笑いながら自分のカップの紅茶を飲み干したときだった。パラパラと乾いた音を立てて雨粒がカフェの窓を叩いた。黒く分厚い雲から、とうとう飽和した水分が溢れだしたのだろう。散発的な音はみるみるうちに激しさを増していき、瞬く間に轟音となってカフェを包み込んだ。

 暗さに反応して、カフェの照明が自動点灯する。明るい室内との対比で暗く染まった窓の外を眺めて、アミメキリンは息をつく。


「とうとう降ってきましたね」

「だね」


 アミメキリンが呟くと、タイリクオオカミが頷く。


「これはおそらく、長い雨になる」

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