捜査編⑫――消えたゴンドラ その2

 ジャングルの奥地。かろうじてそれと分かる遊歩道の残骸から覗くのは巨大な石土でできた断崖絶壁の山だった。露出した岩肌は脆く険しく、人間はおろか並のフレンズですら足を引っかけることもままならない。

 だからだろう。かつてパークにいたと言われる人間たちは、誰もが不自由なく山頂を訪れることができるようロープウェイという手段を作り上げた。空中へと張り巡らされたワイヤーを色とりどりのゴンドラが流れていく光景も今や昔のこと。人間たちが島を離れ、必要最低限の整備を施されるのみとなったロープウェイは途方もない時間に洗われるうちに、大半のゴンドラは腐り落ち、今や整備用の足こぎゴンドラ一台が残るのみとなった。

 空を飛ぶ以外の頂上へたどり着く唯一の手段。かつて島を旅したヒトのフレンズが発見したそれは、再び宙を行き来する役目を担ったのだった。

 山の麓でうち捨てられたように苔むしたロープウェイ乗り場。剥き出しのコンクリートはとうにカビで黒ずみ、そこかしこで饐えた臭いを放っている。時折吹き流れる風がよどんだ空気を押し流し、ジャングル特有のむせ返るような緑の臭いを置き土産に去っていく。

 今日もまたロープウェイ乗り場を風が吹が通り過ぎる。キイキイときしみを立てるのは、風に揺れるゴンドラだった。今や山頂を目指す者にとってなくてはならない大切なものとなった足こぎゴンドラ。――そして、その数人がやっとの小さな金属の籠をのぞき込むフレンズがいた。


「うーむ……」

「どうですかね?」


 難しい顔をしてゴンドラにしゃがみ込んだタイリクオオカミの背に、アミメキリンはそっと声を掛ける。ジャングルのまっただ中。雨で湿った空気はまるで重く肌に張り付くようだった。


「やっぱり、これは誰かが使ったということで間違いないんですかね」

「おそらくそうだろうね」


 タイリクオオカミは振り返ることなく首を振る。視線の先には草の混じった泥で汚れたペダルがあった。ペダル同様、ゴンドラの床は辺り一面に泥が飛沫しぶいたように飛び散っている。明らかに何者かによって使用された痕跡だった。


「宿泊棟で不審な影を見かけたとき、私はたしかにゴンドラが山頂側にあるのを確認していた。あのときは大雨が降っていた。もし仮に私が発着場を離れたあと何者かがコイツを使ったとしたら、ここまで泥が残ったりしない」


 雨で流れるからね、と言った彼女の声は明らかに渋い色をしていた。その足下のコンクリートには山頂のものと同様に泥でできた足跡がくっきり残されている。それは発着場を一歩一歩踏みしめるようにしてジャングルの方へと擦り付けられ、生い茂る下生えに紛れて消えていた。


「ゴンドラが動かされたのは雨が収まって以降のことだろうね。時間で言うと、おそらく私たちがビーバーたちに会っていたころだ」

「……ということは。そのとき私たちがゴンドラを確認していれば、犯人を逃すことはなかったかもしれないってことですね……」

「逃がしたところで、そんなのどーでもいいんですけど!」


 ふんっ、と鼻息荒くまくし立ててきた声に思わず首を竦めた。恐る恐る振り返った先には、果たしてショウジョウトキの姿があった。体を宙に浮かして腕を組み、勝ち誇ったように見下ろしてくる彼女の横では、親友のトキが居心地悪そうに縮こまっている。


「肝心なのは山頂から逃げ出したヤツがいるってことなんですけど。それで探偵さん? 欠けてた人はいたのかしら?」


 アミメキリンは首を横に振らざるを得なかった。ゴンドラが消えているのを見つけるや否や、二人は即座に宿泊棟に引き返して、いなくなってるフレンズを特定しようとした。もしその場にいない者がいれば、それがすなわちゴンドラを使用した人物ということになるからだ。――だが。


「……誰も、欠けていなかったわ。……山頂には全員揃ってた」


 宿泊棟には全員いた。アルパカに聞いても特に出て行ったらしき者はいなかったということだった。何者かがゴンドラを使用したはずなのに、そのがわからない。廊下を走り去った謎の足音同様、正体不明の誰かの仕業としか言いようがなかった。

 ふふん、とショウジョウトキが鼻を鳴らす。すらりと宙を移動し、アミメキリンとタイリクオオカミそれぞれを見下ろしながら口角をつり上げる。

 アミメキリンは心の中でため息を吐いた。

 山頂から下に降りるために二人に手助けを依頼したのだが、運んで貰う間もずっとこんな調子だったからだ。


「全員揃ってた。そう、つまりゴンドラを使ったのは私たち以外の誰かと言うことなんですけど。なら、ゴンドラは誰が動かしたのかしらね?」

「スナネコしかいない。そう言いたいんだろう?」


 あら、とショウジョウトキがゴンドラの方を振り返った。ゴンドラに向かってしゃがみ込んでいたタイリクオオカミが、いつの間にか立ち上がってショウジョウトキを見上げている。


「……もうちょっと言い訳するもんだと思ったんですけど。意外に素直じゃない」

「言い訳したところで、状況が変わる訳じゃないからね」


 くつくつとあざけるように笑うショウジョウトキに、しかしタイリクオオカミは世間話をするような気軽さで返す。


「麓に移動したゴンドラは、間違いなく山頂から離脱した者がいることを示している。あの状況下で息を潜め、雨風が止むや否や下山する者となると、スナネコ以外に考えられないからね」

「へーえ。私の言うこと、やっと信じてくれる気になったんだ」


 ショウジョウトキはスナネコが犯人だと頑なに主張していた。根拠のない推測に、ようやく確固たる証拠が出てきたのだから上機嫌だ。


「最初から私の言うことを信じていれば良かったんですけど」

「君の言うことを信じたわけじゃないよ。あくまで冷静に状況から推察したまでさ」


 むっと顔をしかめたショウジョウトキに、タイリクオオカミは肩をすくめて苦笑する。


「君は裏付けもなく、単に怪しいからというそれだけの理由でスナネコを犯人呼ばわりしていたに過ぎない。君の勝手な推測がたまたま状況と一致したにすぎないんだ」


 みるみる顔に朱を昇らせていくショウジョウトキ。アミメキリンとトキがはらはらと見守る中、ショウジョウトキはふるふると怒りに拳を震わせ、そして――そして力を抜いて宙を見上げて息を吐いた。冷笑を浮かべて改めてタイリクオオカミを見下ろす。


「ま、いいんですけど。何を言われようと、これでスナネコが犯人だってことは決定したんだし。もうここに用はないはずよ。さあ、早く上に戻って真相をみんなに伝えてなさいよ」

「申し訳ないけど私たちはもう少し調べさせてもらうよ。本当にゴンドラを使ったのがスナネコなのか裏付けを見つけたいからね」


 そう言って再び背を向けてしゃがみ込むタイリクオオカミ。

 もう何を言っても無駄だと悟ったのか、ショウジョウトキが呆れたようにくるりと目を回す。「気が済むまで探したら?」とだけ言い置いて返事を待たずにさっさと飛び去っていった。


「え、ええと……。私は……」


 一人取り残されたトキがおどおどとタイリクオオカミと遠ざかるショウジョウトキの背を見比べる。


「……どうしよう、残った方がいいの……かしら?」

「君も一旦戻ってくれないかな」


 タイリクオオカミの言葉にびくりと体を跳ね上げるトキ。えっ、と困惑するトキに、タイリクオオカミは肩越しに振り返り、微笑する。


「あの様子だと、またツチノコを煽りに行きかねないからね。喧嘩にならないよう、見張っててもらいたいんだ」

「え、でも……それだとあなたたちを上に送れなくなるから。……その……」

「私たちのことは心配しないで」


 アミメキリンはあえて明るい調子で声を掛けた。


「戻るときはあのゴンドラを使うばいいんだから。だからトキはショウジョウトキと一緒にいてあげて。一人にするの、心配なんでしょ」


 そう言ってトキの所在なげに摺り合わせられる手を握って軽く叩いてやる。

 ややあってトキは頷いた。麓に残る二人にそれぞれ頭を下げると、山頂を目指して床を蹴った。何度も振り返りながらもあっという間に見えなくなってしまったあたり、相当心配だったのだろう。


「さて」タイリクオオカミがゴンドラを覗きこんだままアミメキリンを手招く。「どうしたもんかな」


 苦笑混じりに言ったタイリクオオカミの顔にはしかし、影が差している。


「裏付けを見つけたい、か。我ながら大見栄を張ったものだな」

「……やっぱり、ゴンドラはスナネコが?」

「――その線がもっとも有力だね」


 言いながら、ゴンドラを見つめたまま大きく息を吐いた。悔しさを滲ませたそれは発着場に反響して霧散する。

 アミメキリン自身、心中にモヤモヤとしたものを感じずにはいられなかった。

 あれだけ見つけられなかった証拠が、なぜいきなり簡単に見つかったのか。それもスナネコ一人を犯人たらしめるかのようなものが。突然動き出した証拠に、むしろ気持ちの悪さを感じる。


「でも、先生は山頂をくまなく捜索してましたよね。スナネコが隠れてたとして、それを見落とすとは思えません」

「たしかに探したさ。戸棚の中や樽の裏なんかも全部。だけど、本当に確実に探したのかと問われれば私は心の底から『はい、もちろん』と答えることはできない」

「どうして――」

「確実ではないものは証明できないからだ。戸棚や樽は調べたけど、その陰にいなかったとは限らない。部屋を確認したとき、その天井や床下にいなかったとは限らない。――もしかしたら本当に漏れもあったのかもしれない。いわゆる【悪魔の証明】というやつさ」


 悪魔の証明。前にギロギロでちらっと出た言葉だ。そうであると証明することが限りなく不可能に近い物事を指す言葉。この場合、スナネコが山頂にいなかったことがそれに当たる。

 これにはアミメキリンは黙るしかなかった。ただ、悔しさに握りしめた拳が震える。


「……こうしてスナネコがゴンドラを使って麓に降りたということは、つまり山頂にいたということだ。そして山頂にいたということは、私やみんなの目を逃れてどこかに潜んでいたということだ。そう考えるのが妥当だね。――誰かが成りすましていなければ、だけど」

「ん。それはどういう――」

「そんなことより今は目先のことに集中しよう。ところで」


 アミメキリンの言葉を遮るように、タイリクオオカミがコンクリートに残る足跡を指し示す。


「これがもしスナネコの足跡だったとして、本当にそうなのか見分けることはできるかい?」


 アミメキリンは首を横に振った。相当前に出会ったフレンズの足裏の形なんてさすがに覚えていない。意識して見ていなかったとなればなおさらだ。


「さすがに足跡までは……。ツチノコみたいにそもそも形が違うならまだしもですけど」


 ツチノコは下駄と呼ばれるものを身につけている。下駄によってつけられた足跡は他と大きく異なる。


「何となくスナネコじゃないような気はしますけど……。すいません、こればっかりは自信ないです」

「そうか」


 予想はしていたのか、さほど残念がるふうでもなくタイリクオオカミは頷いて立ち上がった。ゴンドラから続く足跡を追い、発着場のスロープを下っていく。


「歩幅から察するに、スナネコと思われる足跡は走ってはいないようだ。まるで足跡ひとつひとつを刻み込むようにして歩いている」


 発着場を出れば、今度は雨でぬかるんだジャングルの土にくっきり残る跡に変じる。それば歩幅を変えることなく鬱蒼と生い茂るジャングルへと向かい、折り重なるようにして繁える下生えを迂回するうちに見失ってしまった。

 すん、と雨上がりで一段と濃くなった緑の匂いを嗅いだタイリクオオカミが肩をすくめる。


「匂いで追うのは難しい、か」

「すっかり流されちゃってますもんね。おまけにじゃ目撃者も……」


 アミメキリンの言葉に、隣に立つタイリクオオカミと。豪雨と陽光に晒されたジャングルには濃い霧が立ちこめていた。足下すらままならないほどに白くぼやけたジャングルにおいて、発着場を去っていった人物の目撃者を捜すことは絶望的だ。


「視界ゼロ。匂いもなし。……逃げた者の特定は無理だろうね」

「……いっそスナネコの住処に出向いて直接聞いてみます?」


 そうすれば足跡の形を照らし合わせられるし、何より新しい証拠が見つかるかもしけない。とアミメキリンが提案したのに、タイリクオオカミは首を横に振るのみだ。


「スナネコがまっすぐ住処に戻ってる保証はない。まだどこかその辺をぶらついてるかも。それにここから砂漠までかなりの距離だ。私たちが行って帰ってくるだけの時間の猶予を、果たしてみんなが与えてくれるだろうか」


 与えてくれないだろう。とアミメキリンは心の中で呟いた。ショウジョウトキといい他のみんなといい、見えない犯人に対して気が立っている。――というより、疑われることに気が立っている。互いが互いを疑い合うあの環境に辟易しているのだろう。遅かれ早かれ、山頂を去るにちがいない。あの子が犯人に違いないという消えることのない遺恨を残したまま――。


「……もう私たち、できることは何もないんですかね……」

「さあね。まずは山頂に戻ってみんなの様子を見てこよう。ショウジョウトキには言っておいたとはいえ、突っ走ってツチノコを挑発しかねないからね」


 はい、と途方に暮れた思いで発着場に戻ろうとしたときだった。正面の茂みから背の低い何かが飛び出して来た。突然のことにアミメキリンは大きくのけぞって足を絡ませる。


「わっ、きゃあっ! ぼ、ボスぅ!?」


 尻餅をついたアミメキリンの上を飛び越えるラッキービースト。フレンズ二人に対し、ラッキービーストは脇目もふらずにジャングルへと消えていった。


「最近なんだかボスをよく見かけるね。――大丈夫かい?」

「あいたたた。それがどうしたんですかっ。ボスなんていつもその辺にいるじゃないですかァ……」


 タイリクオオカミの手に縋って起き上がったアミメキリン。泥を吸って重たくなったスカートを摘まみ上げると、端から泥水が滴り落ちる。


「……どうなってます?」

「……水浴びした方がいいかな」

「……はぁあぁぁ……」


 ことさら深いため息を漏らすと、タイリクオオカミが苦笑しながら背中をさする。さすりながら、その視線は不審げにラッキービーストの消えたほうを見ていた。


「ボスがどうかしたんですか?」

「……いや、何でもない。本当に、よく見かけるなと思ってね」


 手についた泥を茂みで拭いながら、そういえば、とアミメキリンも思った。カフェや宿泊棟など、山頂にはやたらとラッキービーストがいた気がする。フレンズが集まっているところにはラッキービーストも集まりやすいものだが、それにしたって多すぎる気がした。だが――。


「たしかにボスは多いですけど、事件とは関係ないと思いますよ」


 ラッキービーストは緊急事態を除いてフレンズに干渉しない。どこからともなく現れてはジャパリまんを運び、気づけばいなくなっている。そんな存在だ。


「ボスが私たちに何かしたって話、聞いたことないですし」

「それは分かってるんだけどね。うん」


 言って、タイリクオオカミは自嘲するように笑う。


「漫画家をしてると、つい細かいところが気になってね」




――――




 発着場に戻った二人は、ゴンドラへ乗り込むためスロープに足をかけた。

 スロープを登りながら、本当にもう何もないのかとキョロキョロと周囲を見回していたアミメキリンは、ふいに視界の端に捉えたそれに足を止めた。


「先生、あれ」


 先を歩いていたタイリクオオカミが振り返る。


「どうしたんだい?」

「見てください。あそこ、何か落ちてません?」


 発着場の裏手の崖のように切り立った岩壁の近く。背の低い下生えに色の違うものが引っ掛かっているのだ。それが雨で濡らされ、妙な光沢を放っている。

 アミメキリンが指差すほうに目を凝らしていたタイリクオオカミがようやくそれに気づいたらしい。あ、と声をあげてアミメキリンとを見比べる。


「あれかい? なんだろう。何かの塊みたいだが」

「最初私たちがここに来たとき、あんなのなかったはずですよ。ちょっと見に行ってきますね」

「本当によく覚えてるね……。私も行こう」


 呆れたような感心したようなタイリクオオカミと共に、アミメキリンは発着場をまわって塊の落ちてる場所へ向かった。

 それはカフェのある山のちょうど真下に落ちていた。タイリクオオカミはそれを手にとると、検分するように手の中で転がす。


「木の破片みたいだ。像の破片にそっくりだが、どうしてこんなところに」

「そっくりもなにも、それ、像の破片ですもん」


 事も無げに言ったアミメキリンに、えっ、とタイリクオオカミが硬直する。

 その手から木片を取り上げたアミメキリンは、まじまじと見つめて改めてうなずく。


「間違いないです。これ、最初に山頂に登ったときに私が拾い上げやつですよ」


 ――アミメキリンはゆっくり頷くと、改めて手に取った破片の一部を見つめる。

 ――向きを変えて去っていくラッキービーストをちらりと見やり、アミメキリンが言葉を引き継ぐ。手に取った破片をそっと地面に下ろす。


「――私が手に持っていた破片ですよ。ほら、覚えてないですか?」

「覚えてる」


 タイリクオオカミは固い表情で答えた。


「なぜ、それがここにあるんだろうか」

「なぜってそれは……。おそらく、ゴンドラを使った犯人が麓に降りてきてそこに捨てたんだと思いますけど」

「わざわざかい? 犯人がどこに隠れていたにしろ、破片の落ちている事件現場と発着場は近くはない。見つかるかもしれない危険を犯して、どうしてわざわざ破片を拾ったりしたんだろう」

「何かの意思表示とかですかね。壊してやったぞザマァミロって言う」

「それならどうして一つだけ。それもこんな目立たないところに捨てたりしたんだ」

「それは……直前になって考えを変えたから、でしょうか。拾ったはいいものの、途中でバカらしくなって投げ捨てたとか……」


 言いながら、アミメキリン自身その考えには違和感があった。危険を犯して破片を拾い、麓の目立たないところに置いていく。一貫性のない思考がおそろしく異様だった。


「犯人はいったい、何を考えてるんでしょうか……」


 アミメキリンの心許ない呟きに、タイリクオオカミは眉間の影を一層深めた。




――――




 山頂側の発着場へたどり着くと、二人を待つ人影があった。


「アルパカ?」


 落ち着きなくその場をうろうろしていたアルパカは、アミメキリンの声にピクリと足を止めた。


「どうしたの? そんたところで何して――」

「よかったあぁぁあぁ! もう戻って来ないんじゃないかってすンごく心細かったんだよぉぉ!」


 アミメキリンの言葉を遮り振り返ったアルパカは泣きそうな声で駆け寄ってきた。ゴンドラを降りたアミメキリンたちの手を握りしめ、その手の甲に額をこすりつけんばかりに頭を下げる。声も顔つきも、見るからに安堵したふうだったのがひどく申し訳なかった。


「ごめんなさい。ちょっと麓を調べてて遅くなっちゃったの。ええと……大丈夫? 何かあったの?」


 アミメキリンに聞かれ、アルパカは弾かれたように顔をあげた。その表情は普段の落ち着き払った彼女からは想像できないほどくしゃくしゃに歪められていた。


「犯人が! 犯人がわかったんだよぉ!」

「犯人……」


 アミメキリンはちらりとタイリクオオカミを見た。視線に気づいたタイリクオオカミが険しい顔で小さく頷き返す。

 犯人とは、おそらくスナネコのことだろう。そう、やはりショウジョウトキはみんなに言ってしまったのだろうか。


「アルパカ落ち着いて。スナネコが犯人とはまだ決まってないの。ショウジョウトキが何か言ったのかもしれないけど、あれは早とちりかもしれないの。だから落ち着いて」

「違うよぉ……!」


 アルパカは首を振る。


「ヘラジカだよ! ヘラジカが、自分が犯人だって、みんなを集めて打ち明けちまったんだ。像を壊したのは自分だって……!」


 その名を耳にした途端、急激に背筋が冷えていくのがわかった。くらりと視界が揺れたのは、めまいが覚えたからか。

 ヘラジカ。自らを犯人だと言って欲しいと懇願してきた、あのヘラジカ。それが今、自分が犯人だと自白したという。これが意味することとは――。


「みんなすごく怒って。ライオンもそんなはずはないって怒るみんなに怒って。宥めようにも誰も聞いてくれなくて。それでもう、どうしていいかわからなくて……」


 アルパカの手が離れた。よろよろとその場に膝をついた彼女は、顔を覆って嗚咽する。


「みんな喧嘩ばかりして、あたしゃもう……どうすれば。――どうして、みんな……」

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