真実編――見えなかった容疑者 パート3

「……外に出ていたのは本当のことだ」



 どよめきが走る。ざっと人垣が割れ、一人ぽつんと取り残されたツチノコが、深く息を吐く。


「オレが最初に窓の抜け穴を使ったのはおまえら――アミメキリンとタイリクオオカミ――が宿泊棟に来たときだ。みんなと別れて先に宿泊棟に戻ったら、廊下からおまえらの声が聞こえたんだ。……足跡のことを言ってるのが聞こえてな。疑われるのが嫌で、窓から外に出て、さも他のやつらと一緒に帰ったみたいにみせかけたんだ」


 ツチノコはひょいと片足を持ち上げてみせ、履いていた下駄を脱いで見せた。靴ともサンダルとも違う足裏の形状。それは廊下に残っていた足跡の形そのものだった。


「そのあと、廊下を誰かが走り抜けて行ったって話が出ただろ? 誰かが外に出たのは確かなのに、誰も欠けてないってやつ。……あれを聞いたとき、ああ、おれと同じように窓から出入りしたやつがいるんだなって思った。そして、窓を開けられることを知ってるのはおれを除いて二人。ビーバーとプレーリーしかいない。だから像を壊したのもあの二人だって思った」


 プレーリーが反論しようと身じろぎしたのを、タイリクオオカミが目顔で制した。ツチノコは首を振る。


「まずは聞いてくれ。――だってそう考えるしかないじゃないか。窓が抜け穴になることを知ってるのは俺とビーバーたちだけなんだから。そんな状況で抜け穴を使うなんて、自分が犯人だと言ってるようなもんだろう。

 抜け穴を使ったと気づいたとき、真っ先に感じたのが不安だった。自分たちの犯行を隠すのに、一番いい方法は誰かを犯人に仕立てあげることだからな。

 もし俺がプレーリーなら、スナネコを犯人に仕立てあげてツチノコのメンツを潰そうと考える。――なぜなら、俺はずっとビーバーのことを犯人呼ばわりしてたからな」


 ツチノコは自嘲してフードの端を掴んで目深に引き下ろす。


「怖かったんだよ……。アイツがやってもいない罪を着せられたらって考えると、じっとしていられなかったんだ。スナネコが無実だっていう証拠はどこにもない。一度犯人に仕立てあげられたら、どうしようもなくなっちまう」

「それで行動に出たのね」

「――機先を制する」

「はい?」

「……人間の世界の言葉だ。相手より先に行動することで利を得るって意味だ。プレーリーが仕掛けるより先に、ビーバーが犯人である証拠を見つけようとしたんだ。――もし証拠がなければ、でっち上げる気でさえいた」

「そんな――」

「アミメキリン」


 思わず勢い込みかけたアミメキリンを、タイリクオオカミが制する。

 ツチノコは力なく苦笑すると、すっぽり被っていたフードを脱いだ。明るい色をした髪の下の目は、どこか憑き物が落ちたような、抱えていた重荷を下ろしたような、落ち着いた眼差しをしていた。


「我ながらひでぇ話だと思うよ……。証拠もなしにビーバーを犯人にしようとしたんだからな。この時点で十分最低だが、それを今まで黙ってたんだからもっと最低だ」

「続きを聞かせてもらっても構わないかい?」

「そうだな……。俺はビーバーを犯人にするために――」


 ツチノコは言葉を区切り、自らの発言に失笑する。

 

「――犯人にするため、ってのも変な言い方だな。なんせ、あのときはビーバーが犯人だと思い込んでたからな。どちらかと言えば、探偵がビーバーを犯人だと確信できるよう手伝うくらいの意味合いだったってのが正しいかな。

 ともかく、俺は窓から外に出たんだ。窓辺を適当に踏み荒らして、時期を見てそれを探偵に見つけてもらうつもりだったんだ。幸いなことに、ビーバーの部屋は俺の部屋と同じ側にあったから。行ってすぐに戻れば問題ないと思ったんだ」

「だが、そこで想定外のことが起きた」


 ツチノコはうなずいた。


「予定通り窓の下へ行ったときだ。――飛び上がったショウジョウトキに姿を見られちまったんだ」


 ショウジョウトキが目を見開いた。


「じゃああのときアンタが窓の外にいたのは、証拠を捏造するためだった……?」

「そうだ。まさかお前らが部屋を交換してたなんてな。想像すらできなかったよ、そんなこと」


 ツチノコは肩をすくめる。


「ショウジョウトキに姿を見られたときは焦ったよ。とにかく部屋に戻らないとと思って、慌てて自分の部屋に戻ったんだ。窓をはめ直し、濡れた体と窓をシャワー室のタオルで拭き取って、なに食わぬ顔で入り口を見張ってるアルパカに声を掛けたんだ。廊下が騒がしいけど、なにかあったのか、ってな」


 唖然とするショウジョウトキにツチノコは向き合った。


「あのときは酷いことを言っちまって、悪かった。本当にすまない」


 深々と頭を下げられ、どう受け取ったものかと困惑するショウジョウトキをそのままに、今度はプレーリードッグに頭を下げた。


「お前らにも悪いことをしちまった。犯人し仕立てあげようとした以上、許してくれだなんて言える立場じゃないのはわかってるが、どうか謝らせてくれ」


 謝罪の言葉を口にするツチノコの姿を、アメリカビーバーとプレーリードッグは無言で見下ろす。

 迷うように目を見交わせ、ややあって頷き合うと、二人はアミメキリンらの方に向き直った。


「自分も……、自分たちも、打ち明けたいことがあります……」


 プレーリードッグが震える声で言った。


「ツチノコ殿の言うとおり、廊下の足音の正体は自分であります。アミメキリン殿とタイリクオオカミ殿のことが気になって、廊下で二人のことを盗み見てたんであります」


 いわく、シャワー室を調べてるアミメキリンたちを廊下から覗いていたという。距離もあり、激しい雨音もあり、背中を向けていた二人の会話は断片的にしか聞きとれなかった。


「そのとき、たしかに聞こえたんであります。二人がビーバー殿を犯人だと言ってる声が」


 タイリクオオカミが首を捻った。


「そんなこと言ってないはずだが」

「そんなはずないであります! だってあのとき、ビーバー殿のことを疑う言葉がしっかり聞こえたであります」

「もしかして……」


 アミメキリンがこめかみを押さえながら手をあげる。


「……もしかして、ティーカップの話かしら」

「ティー、カップ?」

「そう。私たち、あのときシャワー室でティーカップを見つけたの。それで、これはビーバーがうっかり持ってきてしまったんだろうなって話をしてたんだけど……」


 ――ビーバーが、ですか?

 ――そんな感じしないかい?

 ――……たしかにあの子ならやりかねないですね


 脳裏の記憶を呼び起こしながら、そのときの会話を一言一句再現する。


「たしかに、そんな会話はしていたわ。でも内容はその程度よ。別にビーバーを犯人だと疑ってたわけじゃないわ」

「そ、そんな……、てっきり疑ってると。それでは自分は……自分は……」


 口元を震わせ、その場に膝をついた。膝先を見下ろし項垂れるプレーリードッグの背に、アメリカビーバーがいたわるように手を回す。


「プレーリーさんは……」


 ビーバーが言った。


「オレっちが犯人にされかけてると知って、何とかしないと、って思ってくれたっす。探偵たちはオレっちを犯人だと思い込んでいる。なんとかしないといけない。だけど、真犯人はおろかオレっちが犯人ではないと証明する手立てもない……。――お互いに進退極まっていたそのときっす。廊下でアルパカさんを押し退けて出ていくヘラジカさんを見かけたのは」


 頭を突き合わせて、これからどうしようかと話し合っていた。アミメキリンに引き出しの中身を見られたかもしれない。自分たちの作ったものを誉められ、舞い上がったすえの体たらく。アメリカビーバーは申し訳なさのあまり、何も言えなかった。別に大丈夫だと、タイリクオオカミを掴み止めてしまった手を震わせて笑うプレーリードッグの姿が、余計悔しかった。

 そんなとき、廊下のほうから人の声が聞こえてきた。おそるおそるドアの隙間から覗き込んでみると、それはヘラジカとアルパカだった。話の内容まではわからない。だが、最終的にヘラジカが強引に玄関から出ていくのは分かった。


「……追いかけよう、そう思ったんであります」


 プレーリーがぽつりと呟いた。


「あのときアミメキリン殿とタイリクオオカミ殿は麓に降りていたであります。後をつけるには絶好のチャンスでありましたからね。窓から外に出て、ビーバー殿に中から窓を元に戻してもらって、自分はヘラジカ殿を追いかけたであります」


 堂々と草原を横切ったヘラジカは、まっすぐ像の破片が散らばる場所まで向かっていった。まさか、とカフェの陰で息を飲んだ矢先、ヘラジカは現場の前で立ち止まったのだった。

 プレーリーは荒くなる息を必死にこらえた。持っていた得物をその場に置いて、来た道をまっすぐ戻っていく後ろ姿を見送るあいだも、思わず叫びだしそうになる自身を懸命に押さえつける必要があった。

 ――やはり真犯人はヘラジカだったのだ、という納得が、ストンと腑に落ちた。


「アミメキリン殿たちが説明してくれたとおり、あれは自分が真犯人だとみんなに納得させるための行動だったんでありましょう?」


 頷くヘラジカに、プレーリーは力なく笑う。


「少し落ち着いて考えれば、変だなって思えたんだと思います。でも、あのときの自分にそんな余裕はなかったであります」


 ヘラジカを見送ったあと、プレーリーは思わずカフェの陰から飛び出した。現場を見下ろして、喜びに息が上がった。

 ――犯人はヘラジカだったのだ。これでビーバーが犯人にされてしまうことはない。

 ようやく真犯人が見つかったことへの嬉しさ。親友を救うことができた安堵。それらが次から次に沸き上がって、沸き上がって……――



――……無性に腹が立った。



「なぜ、すぐに自分がやったと認めなかったでありますか……」


 あのとき草原の真ん中で言ったのと同じセリフを、床についた自らの膝先に落とした。


「どうして、すぐに言わなかったでありますか。ヘラジカ殿のせいで――どんなにみんなが苦しんだのか、どんなにビーバー殿が苦しんだのか、分かっているんでありますか……」


 記憶の中の目が左右を見渡す。怒気を孕んだ目が、草の上に置かれたヘラジカの得物を捉える。思わず手にしたそれはあまりに重く、手のひらが引き吊れる痛みに顔をしかめて歯を食いしばる。


「もう二度と、二度と言い逃れできないようにしてやるであります……! 自分はやってないだなんて、もう二度と言わせないであります!!」


 プレーリーは渾身の力を込めて得物を振り上げた。

 何度も何度も振り下ろした。木片が音を立てて砕け、叩き損ねた刃先が地面をえぐる。

 それをどれくらい繰り返したか。手のひらがぬめってずれた刃先が草を噛んだ。

 ようやく我に返ったプレーリーが見たのは、たたき壊され原型を失った木片の散乱する無惨な光景だった。驚愕して手の力が抜けたのだろう、ヘラジカの両剣が音を立てて足元に転がり落ちた。手のひらから滴り落ちた血が、緑の草に点々と赤い滴をつけていく。


「力任せに叩いたでありますからね……。手も柄も、血だらけになっていたであります」


 プレーリーが両手のひらを上に向けて突き出した。すでに血は拭き取られているとはいえ、裂けて固くなった皮膚の下から覗く傷口は生々しい赤色をしており、アミメキリンは思わず顔をそむけた。


「痛かったんじゃない……」

「はい、すごく。でも、あのときはそれどころじゃなかったでありますから」


 プレーリーが押し殺したため息をこぼす。


「あのときは無我夢中だったでありますが、やってることは自分の手で像を壊しただけでありますからね。こんなことがバレたら、自分が――そして、それは必然的にビーバー殿も――犯人ということにされてしまう。怒りに任せて大変なことをしてしまったと、そのときになってはじめて恐ろしさに気づいたであります……」

「そう……」

「慌ててヘラジカ殿の武器と自分の手をその辺の草でぬぐい、急いで宿泊棟に戻ったであります。――

ヘラジカ殿の自白を聞いたのはそのすぐあとでありました。……正直言うと、そのときすごくほっとしたんでありますよ……」


 プレーリーが自嘲するように首をふる。


「今になって思えば、こんなこと思うなんて、どうかしてたのでしょう。

 あのとき自分は、ヘラジカ殿が犯人であるなら、自分のやったことはなかったことになる。そんな気がしてたんであります。そもそも悪いことをしたのはヘラジカ殿なのだから、自分の行為は正当化されるにちがいない。そうでなければならない、って」


どうして、とヘラジカが思わず口にする。信じられないものを見るような目でプレーリーを見つめるが、プレーリー自身もまた、信じられないものを見るような目で自分の手のひら――それはきっと、あのときの自分なのだろう――を見つめていた。


「……自分にはうまく言葉にできないでありますが、あの時はそう確信してたんであります……。悪いのはヘラジカ殿だ。だから自分は悪くない。自分があんなことをしたのも、そもそもヘラジカ殿が犯人だからなのだって。これは正義のためなんだ。だからヘラジカ殿は悪者であってはならない。――……本当に、自分は卑怯でありますよね……」

「きみが特別卑怯だなんてことはないよ」


 黙って話を聞いていたタイリクオオカミが立ち上がる。最前まで書き殴っていたスケッチブックを手にしてアミメキリンの隣に戻った。


「人は自分の信じたいことを信じてしまう生き物なんだ。誰しも自分が正しいと思って生きている。そういう生き物なんだ」


 タイリクオオカミはプレーリーを、ついで全員を見渡していく。


「そうにちがいない。こうでなければならない。だからきっとこういうことなのだ。――先入観、偏見、思い込み……。自分が正しいと思い込んでしまうのは、人という――そしてフレンズという、人の姿を頂いた――生き物の大きな弱点だ。そして恐ろしいことに、その弱点は自分では見ることができない。そうと気づかないままに膨らんでいき、やがて確信へと変化してしまう。――そこにきみたちは陥ってしまったんだ」


 アミメキリンは彼女の言葉に首肯する。ここに来てから、誰かを犯人だと疑う声を何度も聞いてきた。互いを追い詰め互いに追い詰められた、余裕のない叫びの数々。


「この中のだれかが犯人にちがいないという恐怖。自分や自分の大切な親友が犯人にされるかもしれないという怒り。早く真犯人を見つけなければならないという焦りも加わり、一人一人の疑心暗鬼が連鎖反応的に拡大した結果、各々が自分にとって都合の良い犯人を作り上げてしまったんだ」


 それは証拠の捏造により。嘘の告白により。――事件を終わらせて楽になりたいという願いのもと幾重に寄り合わされた存在しない真実は、むしろ真犯人の姿を霞ませた――皮肉にも。


「疑いは思い込みに繋がるし、焦りは視野を狭くする。そうして各々が好き勝手に事件の全貌を描こうとした結果、真相は遠ざかってしまう。まさにさ」


 これを、とタイリクオオカミがスケッチブックを広げて掲げる。雑多な書き込みに混ざり、漫画のコマ割りがいくつも描かれている。描かれているキャラクターはここにいる全員。


「みんなの告白をもとに、もう一度事件を整理してみた。のか。おさらいしてみようじゃないか」



――――



・・・発生した出来事(起こした者)

■窓の外にいたツチノコ(ツチノコ)

■独りでに移動したロープウェイ(ショウジョウトキ)

■自白するヘラジカ(ヘラジカ)

■荒らされた事件現場(プレーリードッグ)


・・・それぞれの概要


■(窓の外にいたツチノコ)における、ツチノコの行動

 スナネコが疑われないようにするため、窓の抜け穴を利用して外に出ていた。

 自分以外に窓の抜け穴を利用しているプレーリーが犯人であると考え、抜け穴を利用し偽の証拠を用いてアミメキリンたちの捜査を誘導しようとした。


 →プレーリードッグたちとショウジョウトキたちが部屋を交換していたことにより、計画が破綻。逆にショウジョウトキの抱いていた疑いを確信へと変えてしまった。



■(独りでに移動したロープウェイ)における、ショウジョウトキの行動

 窓の外にツチノコの姿を見たことにより、抜け穴の存在とツチノコとスナネコがグルになって犯行に及んだことを確信。自分の発言を信用して貰えなかった怒りとトキが疑われているという焦りから、ロープウェイを下に移動させ、自分は飛んで元の場所に戻ってくるという手段でスナネコがロープウェイを使用して麓に逃げたように見せかけた。


 →発着場に残された足跡とショウジョウトキの足跡が一致したことにより、偽装工作であることを露見する。



■(自白するヘラジカ)における、ヘラジカの行動

 互いに疑心暗鬼に陥りバラバラになってしまった面々を憐れに思い、自らが犯人であると嘘の自白をすることでこの場を納めようとした。事件現場に自分の槍を置いて、みんなに自分が犯人であると宣言し、捜査に混乱を生じさせる。


 →追及を受けたヘラジカが自白を撤回する。それにより、像を破壊した別の存在(=プレーリードッグ)の存在が浮かび上がる。



■(荒らされた事件現場)における、プレーリードッグ

 ビーバーが疑われていると勘違いをし、焦ったプレーリードッグはいち早く犯人(であると確信しているヘラジカ)を見つけてもらいたいと考えた。またショウジョウトキからの疑いをそらすために部屋を交換する。結果的に、ツチノコの計画を破綻させることになった。

 事件現場から立ち去るヘラジカを目撃し、やはりヘラジカが犯人であったと確信。言い逃れをできなくするため、近くに置いてあったヘラジカの槍を使って像をさらに壊した。


 →ヘラジカが自白したことによりプレーリーの行動は意味をなさなくなった。像を破壊した際に負った手の怪我が原因で、自身の行動が露見する。



――――



「なによ……これ……」


 ショウジョウトキが驚愕に目を見張る。顔を上げて何かを言いかけるが、感情に言葉が追い付かず、絶句して首を振るばかりだ。


「どういうこと……?」

「ただお互いに恨みあっていただけなんでありますか」

「そういうこと……っすよね」


 思わずといった具合に呟いたトキに追従して、プレーリーとビーバー。くそったれ、と吐き捨てるように言ったのはツチノコだった。


「無駄に事態を引っ掻き回してただけっつうことかよ」

「そういうことみたいだな。お互い愚かなことをしたもんだ……」


 ヘラジカがライオンを抱き寄せる。みぞおちで結ばれたヘラジカの手を、ライオンは軽く叩いた。


「ヘラジカが悪い訳じゃない」


 みんなも、と落ち着いた声で言うと、敵意の消え去り、落ち着いた目で周囲を見渡した。


「みんながみんな、自分にとって最良だと思うことをしただけなんだよ」

「…………」


 ライオンの言葉に、誰もが足下に視線を落とした。結局のところ、そういうことだったのだ。全員が全員、自分のことだけを考えたその結果がこれ――。


「あ、あのさ……。ちょっといいかねえ」


 おそるおそる、といった具合の声に、項垂れていたみんなが一斉に振り返る。視線が集まった、気圧されたように縮こまったアルパカが、遠慮がちに手を上げる。


「無事にみんなが何をしたのか分かったわけだけどサァ。……それで? 像は壊れた原因て結局なんだったのさ」


 あっ、と思わず口にしたのはその場の全員だった。そう、肝心の謎がまだ残っているのだ。


「それを今から見てもらおうと思う。――どんな感じだい」


 タイリクオオカミが尋ねると、目張りの隙間から外を見ていたアミメキリンが振り返る。


「そろそろってとこですかね」

「よしきた。それじゃあ、手はず通りに」

「分かりました。先生も後のことお願いしますよ」

「わかってる。アミメキリン、これを」


 タイリクオオカミはアミメキリンに手の中のものを渡した。それは細かく裂かれたスケッチブックの塊だった。

 アミメキリンは服を元通りにすると、襟の間から紅茶の滴るマフラーを詰め込んだ。先程と同じく、まるで腹を怪我したような状態になるよう調整すると、最初に倒れていたところへ身を横たえた。


「なあ、何してるんだ」


 配置についたアミメキリンをその場に残し、カウンターの後ろへ隠れるタイリクオオカミにヘラジカが首をひねる。


「まあ見てからのお楽しみさ」


 顔を見合わせる面々に笑いかけ、タイリクオオカミは他のみんなにも隠れるよう手招きをする。釈然としないながらも言われた通りカウンターの裏へ全員が隠れると、狭いカウンターの裏は一杯になってしまった。


「いいかい。これから何を見ても、決して大きな声を出さないように」

「声を出すと、何があるんだ?」


 ツチノコが尋ねる。


「声を出すなと言ったり隠れと言ったり。一体俺たちに何を見せようとしてるんだ」

「ちょっとね。アミメキリンのあの状態なら多少見られてもおそらく大丈夫だとは思うけど、まあ、念の為にね」

「念の為って、何がだよ。まるで何かがやってくるみたいじゃ――」


 しっ、とタイリクオオカミが口元に指を立てた。もう一方の手で頭の耳を指でつつく。扉の向こうで足音がした。

 草を踏みしめ何かが近づいてくる。不規則に連続して聞こえるのは、それが大人数だからだろう。その数、おそらく十数。複数の足音がカフェの短い階段を登り、床板を踏んで扉の前へ集まってくる気配がする。と、ドアノブがゆっくりと回りはじめた。


「よしっ。隠れてっ……!」


 カウンターから顔を上げかけたショウジョウトキをタイリクオオカミが押さえる。カウンター越しに大勢の何かが入り込んでくるのが分かった。どたばたと無遠慮に店内に入るや、部屋のある一点を目指して足音は集結していく。――アミメキリンがいるところだ。


「だ、だれ……か。痛い……うぅ」


 迫真の演技を繰り広げるアミメキリンを取り囲むように集まった者たちは、しかし一切の言葉を発しない。一体どうやって意思の疎通をしているのか、来訪者たちはアミメキリンの体をなんの躊躇もなく持ち上げると、入ってきたと同様に騒がしくカフェを出ていった。


「……ふう。よし、みんな。もう顔を上げて構わないよ」


 タイリクオオカミの合図で、みなは一斉に立ち上がった。半ば引きずられたような赤い紅茶の跡を残して消えたアミメキリン。ツチノコが慌ててカフェの扉を開けようとする。それをタイリクオオカミは制止する。


「待った。まだ開けないで」

「なんでだよ! アミメキリン、連れて行かれちまったんだぞ?」


 そうよそうよ、と同意したのはショウジョウトキだった。


「そもそも、さっきのは一体何だったんですけど。山頂には私達以外いないのに、なんであんなにたくさん足音がしたんですけど」

「そのへんは順を追って説明するよ。とにかく今はまだドアを開けないでくれ。大丈夫だとは思うけど、念の為だから」

「念の為念の為って、何をそんな警戒してるんだよ」


 ツチノコが腕を組む。


「一体外に誰がいるってんだ?」

「誰が、というのは不適切かもしれないな」


 じゃあなんだよ、という各々のツッコミをいなしながら、タイリクオオカミは窓辺へ近づいた。目張りした紙の端をめくり、外を覗き込む。


「具体的に言うなら“なにが”かな。さ、覗いてごらん」


 ただし、開きすぎないように。場所を譲ったタイリクオオカミに代わり、狭い開口部へ顔を寄せ合うようにしてのぞき込んだツチノコたちは、まず平原を突き進む影を見つけた。目の眩みそうな陽光の中、それは黒い塊のようにしか見えなかった。次第に目が慣れてきたころ、それが何なのか、ようやく理解した。


「あれは……」


 ぐったりとチカラの抜けたアミメキリンの体の下で、ひょこひょこと足を踏み出す青い影。小刻みに膨らんでは縮むように見えたのは、それが複数の集合体だったからだ。小さな体が、まるでムカデレースをするかのように規則正しく足を踏み出している。バランスを取るため、大きな縞模様の尻尾が左右へ揺れる。そう、それはまさに――


「ぼ、ボスゥ!?」


 おそらくその場にいる全員が同じように声を上げた。何度も確かめるが、紛れもない。それはボスという小さな機械――ラッキービーストの集団だった。


「そう。ボスさ」

「そんなこと見れば分かるんですけど!」


 ショウジョウトキが窓を指差した。


「なんでボスがあんなことしてるの!? あんなの初めて見たんですけど」

「説明する前に、ボスについてみんなに確認したいことがある」


 タイリクオオカミが手近にあった椅子を引き寄せると、背もたれを抱き込むようにして腰を下ろす。


「基本的に、ボスは私達フレンズには干渉しない。ここまでは知っているね」

「もちろんなんですけど」

「じゃあ例外があるのは?」

「れ、例外」


 ショウジョウトキが眉を寄せる。ごほん、と咳払いをしたのはツチノコだった。


「ラッキービーストはフレンズに対する干渉はしない。だが必要があれば別だ」


 ツチノコが確認するようにタイリクオオカミを見る。タイリクオオカミが視線を頷かせて続きを促した。


「必要つっても、干渉の仕方はあくまで最低限だ。会話はしない。ジャパリまんを配ったり、古くなった建物を修理したり、景観を維持したり。それとあと……」

「それに怪我をしたフレンズの治療」


 タイリクオオカミが話を引き継いだ。


「以前、腕に大怪我をしたフレンズがいてね。悲鳴を聞いて駆けつけたボスが治療してくれたことがあったんだ」

「オレも聞いたことがある。崖から落ちて気を失ったフレンズが、意識を取り戻すとラッキービーストに囲まれてたとか。全身包帯だらけにされてたらしいぜ」

「ボスたちにとって、どうやら私たちフレンズの健康を維持するのも仕事の一つらしい」


 えっ、とプレーリードッグが窓の外を指差した。


「それじゃあ、あのボスたちはアミメキリン殿が大怪我してると勘違いしてるんでありますか?」

「そのとおり」


 肯定するタイリクオオカミに、しかしプレーリードッグは腑に落ちない顔をする。


「……そんなこと、あり得るのでありますか」

「あり得る、というのが私とアミメキリンの仮設だね。実際、ああしてアミメキリンが運ばれてるんだし、どうやら予想は当たっていたみたいだ」

「だが、それと事件とどう関係があるんだ」


 ヘラジカが尋ねる。「あれ?」と窓の外を見ていたライオンが言ったのは、まさにそのときだった。


「ね、ねえ。アミメキリン、消えちゃったんだけど」

「消えた?」


 ヘラジカが思わず窓を振り返る。周りを押しのけて、張り付くようにして窓に顔を押し付ける。


「……いない」


 ヘラジカが呆然として呟くのに、様子を見ていた周囲がわっ、とヘラジカの体の隙間から外を確認しようとする。タイリクオオカミの話に夢中になっていたため、ライオン以外誰も外を目ていなかったのだ。


「本当だ、いないっす。どこに行ったんすか」

「知らないよぉ。気がついたらすうって消えちゃったんだよ」

「消えるって、そんなカメレオンじゃないんだから」

「でもいないぞ」

「どこへ消えたんですけど」

「えぇ……」


 アミメキリンの行方を探して、喧々諤々と言葉を交わし合う。それを横目にタイリクオオカミは立ち上がると、カフェのドアを開いた。


「開けちゃって構わないのかい?」


 アルパカが聞く。


「ああ。もう見られて困る相手もいないから。――さあ、みんな。ついてきてくれ」


 窓辺に集まったみんなに、タイリクオオカミは声を張った。


「アミメキリンを迎えに行こう」


 どうやって、と何人かが呟いた。タイリクオオカミは笑いながら、足元に落ちていた紙の破片をつまみ上げるのだった。

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