第十話:徘徊する擬態生物に意味はあるのか

 十階層にある祭壇で、一時祈りを捧げれば本来の目的クエストは達成される。カーナは祈りを捧げると、祭壇に現れた指輪を手に取って自分の鞄に入れた。


「王位継承権を保証する指輪です。普段はつけませんが、このダンジョンから戻った後の登城の時にはこれをつけて行かなくてはいけません」

「それが成人の儀なんだね」

「はい」


 取り敢えず、最低限の目的は達成できた。

 ジッツはカーナが先に進む意志が固いのを確認しながらも、しっかりと告げる。


「これから僕たちは最下層を目指すよ。現在の踏破状況は五十階層。その先にどれ程あるかは不明。決めた以上はできるだけ最下層を目指すけど、食糧が六割以下になった時点で攻略を諦めて地上に戻ろう。それで構わないかな、カーナ?」

「……六割、ですか?」

「階層を上るタイプのダンジョンだったら四割なんだけど。階段を上るだけで思った以上に体力を使うからね。少し力を余らせて戻る、これはナル・コンクエスタの鉄則だろ?」

「そうですね。では六割ということで……あと、何か確認しておくことは?」

「万が一、何かの理由ではぐれた時は極力その場所から動かないこと。モンスターがいる場合はその限りではないけど、危険なトラップがあるかもしれないからね」


 逆に言えば、モンスターがいるのに留まってしまえば今度はモンスターとの戦闘で命が危うい。


「私は良いとして、モネネがはぐれた場合が心配ですね」

「トラップではぐれることはないだろ? ジッツがいるんだから」

「そのつもりではいるけど……何があるか分からないのも事実だよ」

「……大丈夫だよ。一日も二日も一人にされたらどうなるか分からないけど、少しの間なら自分の身は自分で守れるさ」


 モネネもその辺りは覚悟が出来ているようで、頷いて腰に差してある吹き矢と瓶を揺らした。

 ここまで確認できれば十分だ。

 ジッツは『ガナンの棘』を抜き放つと、二体のレギオニウスを呼び出す。


「フェイス・レギオニウス! ギーオ・レギオニウス!」


 マナが減る、という感覚はジッツにはない。ギーオに言わせると、ジッツが扱えるマナの総量は一流のマジシャンにも優るのだとか。マジシャンとして訓練を積んでいれば、マジシャンとしても才能を開花させられるはずだと言うが。


「ジッツ様! 何故私が後なのですかな!?」

「細かい……。ジッツ様、次からは俺を後にしてください」


 フェイスはギーオの言葉に力なく肩を落とす。見たところ、精神的にはフェイスの方が明らかに大人だ。

 名付けられたことによって、言葉遣いが流暢になっただけでなく、フェイスの身長はギーオより頭一つ分大きくなった。

 鍛え上げられた筋肉と、更に幅広になった背の剣がいかにも頼もしい。


「フェイスをこうやって呼び出すのは初めてだからね。……ギーオ、フェイス。君たちの力も頼りにしているよ」

「分かりましたな! ところでジッツ様、鉄巨人は呼ばないので……?」

「うーん……。呼びたいのは山々なんだけど、このダンジョンの天井だと、引っかかるよね」


 ギーオの問いに、天井を見上げて答える。つられて天井を見上げた一同が、確かにと唸る。


「鉄巨人なら、天井ごと粉砕して進めますが……?」

「世の中には強い震動を検知して動き出すトラップもあってだね」

「……そうでしたな」

「鉄巨人を呼び出すのは、そういうことを気にしていられないような強敵と戦う時だと思っているよ。それに、普段から鉄巨人みたいな過剰な力に頼るのも良くないんじゃないかな」

「なるほど……ジッツ様は思慮深くあられるのですな! 罠食いトラップイーターの力をみだりに使わないのもその為なのですな?」

「え?」

「罠食いはあらゆるトラップを無条件に破壊しますな。食らったトラップを記憶するか捨てるかはジッツ様次第ですな。あ、レギオニウスと鉄巨人はガナンの棘に刻み付けられましたので捨てることはできませんな。……そうでなくても捨てないで欲しいのですな」


 仮面で表情は分からないが、こちらを見上げてくるギーオの雰囲気は、捨てられることへの恐怖があった。


「心配しなくても捨てないよ。……刻み付けられたっていうのは?」

「この世界にひとつしかなく、ほかに存在しないトラップをユニークトラップというのですな。そういったユニークトラップを罠食いが破壊した場合、それは罠食いの器となるアイテムに刻み付けられるのですな」

「へえ」

「一応、罠食いの力を持つアイテムはダンジョンの深層で出土することがありますな。ですが、『ガナンの棘』ほどの記憶容量があるアイテムはまずありませんな」

「記憶容量?」

「罠食いの力で取り込んだトラップは、無限に使いこなせるわけはないのですな。器が持つ容量の限界までしか受け入れられませんな」

「ユニークトラップを破壊した結果、器が足りなかったら?」

「器もトラップも壊れてしまって、二度と戻りませんな」


 恐ろしい話だ。

 ジッツが持っているのが『ガナンの棘』でなかったら、鉄巨人やレギオニウスはダンジョンの藻屑になっていたかもしれないということなのだから。


「我々はジッツ様にお会いできて幸運なのですな。ララテア様がお持ちだった時には、『ガナンの棘』は罠食いの力を持っておりませんでしたな」

「そっか。……僕も君たちを頼りにしているよ。出会えて本当に良かった」


 ジッツのその言葉に、ギーオとフェイスは何やら照れたように俯くのだった。






 十一階層から下も、ダンジョンの基本的なつくりに違いはなかった。

 ジッツはトラップの場所を見極めて、しっかりと解除しつつ進む。戻るころには復活しているだろうが、それは仕方ない。

 マップの紙束もだんだん薄くなってくる。

 しかし、ジッツに焦りはなかった。


「この階層は大丈夫ですか? マップがないと聞きましたが」

「そろそろマップの残っていない階層も出てくるね。まあ、マップに頼り切りになるのもそれはそれで問題だから……」


 前にも言ったとおり、敢えて違う情報を書く者もいるし、条件に合致しなかったために反応しなかったトラップもあったかもしれない。

 活用するのはいいが、信じすぎてもいけない。ダンジョンアタックの鉄則として特にトラップクラッシャーはこの辺りを叩き込まれる。


「そろそろ、ちゃんとマッピングしながら進むとしよう」


 ジッツがそんなことを言い出したのは、第二十七階層。

 少なくとも五十層までの道の半分は、マップのお陰で大幅に短縮できたことになる。

 トラップの記載については完璧ではなかったが、そもそも直にことができるジッツの方が特殊なのでそれは仕方ない。


「ここまでは一直線に進んできたから、モンスターともほぼ出会わなかったけど。ここからは階段を探しながらになるから、モンスターとの遭遇も増えると思う」

「ええ。ここからは私とフェイスが頑張る番ですね」

「……ああ。だが、相手の数によっては俺の部下も呼ぶから無理はしなくていい」


 気合を入れるカーナに対して、フェイスは冷静だ。

 何とも頼もしいが、しかしその発言は少々失礼だ。ジッツはフェイスの頭に手を乗せて告げる。


「ここにいる、ということはみんな命がけなんだよフェイス。カーナを気遣うのはいいけど、ファイターとしての誇りに踏み入る発言は感心しないな」

「ジッツ様……。でも、俺たちは魔法生物だから替わりが」

「利かないと思っているから、君の名前はフェイスなんだよ」

「うう……ジッツ様。俺は」

「ジッツ様はこういうお方なのですな。そう理解して仕えるのですな」


 口下手は変わらず、どう言っていいか分からない様子のフェイスに、ギーオがそう先輩風を吹かす。

 ジッツは優しく笑みを浮かべて、フェイスの頭を撫でた。


「フェイスのこともギーオのことも、頼りにしてる。でも、僕は君たちを道具のようにして使うつもりはないんだ」

「精一杯、尽くします……ジッツ様」

「うん」


 フェイスがジッツの顔をじっと見上げ、ジッツはフェイスの言葉にしっかりと頷く。

 ――その真横を、金色の箱がカサカサカサと走り抜けて行った。


「え」

「あれ?」

「は?」

「?」

「ワンダリングシェイプシフター!」


 唯一反応したのは、ギーオだけだった。

 振り返ってみれば、箱は通路の向こうに消えそうだ。底が抜けているのか、虫のような足を生やしている。


「追跡者の役の者、来たれ!」


 慌てて闇色の渦を呼び出したギーオが、何やら慌てて指示を出す。


「あちらに向かったワンダリングシェイプシフターを追うのですなっ!」

「了解ダ!」


 数体のダンジョンゴブリンが、箱を追いかけていく。

 後には鼻息荒いギーオと、目が点になっている一行だけが残った。


「何だあれ」

「ワンダリングシェイプシフターですな」

「いやその……」

「宝箱に寄生した擬態型モンスターシェイプシフターが、中に入っている品の持つ魔力に当てられて異常進化したものと言われていますな。ダンジョンの中で宝箱を開ける者を待つだけでは自分を維持できず、デ・マナを求めてダンジョン内部を徘徊しているというのが通説ですな」

「ええと、弱点とかは……」

「普通のシェイプシフターと一緒ですな。乾燥に弱いので、塩や風の魔法が効きますな」

「ああ、ミミックか!」


 対応方法を聞いて、ジッツはギーオの言う聞きなれない名前が何であるかを理解した。

 だがしかし、あれがミミックだとしたら。


「ダンジョンを徘徊するミミック……?」

「は、初めて見ました……」

「む、捕まえたようですな。ジッツ様、向かいましょう」

「ええと……うん」


 それは最早、ミミックと呼んでいいのか。

 釈然としない何かを抱えながらも、ギーオの言葉に頷くしかないジッツだった。






 トラップの有無を確認しながら、ジッツはギーオの誘導に従ってダンジョンを歩く。もちろん羊皮紙へのマッピングも忘れない。


「あれですな!」

「……あー」


 決してレギオニウスたちのせいではないのだが、その様子を見たジッツたちは一様に肩を落とした。

 逆向きに転がされて、じたばたと足を蠢かせているミミック。

 箱の蓋の部分ががたがたと揺れているが、どうやら追跡者役のレギオニウスが鍵をかけてしまったようで、それ以上のことが出来ないようだ。


「そりゃ、ミミックだと分かっていれば対応の方法はあるよなあ」


 呆れた声を上げるジッツ。

 ギーオは頷きながら、箱に近づいてカーナを手招きした。


「カーナ様。その魔剣の炎で下から炙っていただけますかな」

「えっ」

「中に入っているのは、例外なく強力なマジックアイテムなのですな。シェイプシフターは箱の形で生まれてくるものと、すでに存在する箱に寄生して成長するものと二種類いるのですが、ワンダリングシェイプシフターは例外なく後者の成れの果て、なのですな」

「あの……炙ってしまって大丈夫なのでしょうか。中身に悪い影響が出たりなんてことは……」

「シェイプシフターを乾燥させる程度なら問題ないと思いますな。ジッツ様は最下層に向かうにあたって宝箱は無視する方針と仰っておられましたが、追いつけさえすればリスクなしにマジックアイテムが手に入るのは貴重だと思うのですな」

「そりゃ、そうだけど……」


 一応、こちらの方針は理解してくれているようだ。ジッツはジッツで反論の余地がなかったので、カーナがファイアスターターを抜くのを黙ってみていることにする。

 程なく、周囲に香ばしい薫りが漂い始めた。

 熱に苦しむミミックの足がこれまで以上に動き回るのが目に毒だ。


「……なあ、ジッツ」

「なんだい」

「この匂い……腹、空かないか」

「言わないでよ……」


 考えないようにしてたのに、とジッツはモネネの言葉に溜息をついた。


「あ、シェイプシフターは毒とかはないので、食べられますな」

「……そういう問題じゃない」


 ギーオの呑気な発言に、更に深く溜息をつくのだった。






 こんがりときつね色になるまで炙られたワンダリングミミック――シェイプシフターだと聞きなれないので、ジッツたちは便宜的にそう呼ぶことにした――は、足を掴んで箱から引き抜かれると同時に、そのボディからぬるんと金属製の物体を吐き出した。


「これがマジックアイテム?」

「剣、だな」

「剣ですな」


 何やら表面が七色に照り光っている。

 剣の形をしているが、刀身の先端から柄の根本まで同じ色になっている。


「ミミックの体液でコーティングされていますな。固まった部分を削れば中身が分かるのですな」

「そっか。……さすがにここじゃ出来ないから、しまっておこうか」


 荷物になるから置いていこう、とは言えなかった。

 カーナのご先祖がダンジョンに遺した魔剣『ファイアドラゴン』かもしれなかったからだ。


「……ありがとう、ジッツ」

「本当は荷物になるから駄目なんだけど。でも……可能性があるなら」


 正直なところ、そうである可能性は低い。

 ダンジョンの中層以下で発見されるマジックアイテムは、それこそ多岐にわたる。そもそもこれが火を噴く剣であるとは限らないのだ。

 カーナの言葉に頷いて、鞄の中に押し込む。消費したマップの紙束や食糧の分だけ余裕があったので、剣は難なく鞄の中に入っていった。

 ふたりの間に何とも言えない空気が流れる。

 が。


「なあ、ジッツ、カーナ。……これ、食ってみないか?」


 その空気はモネネによって叩き壊されるのだった。

 それなりに乾いてしまったが、ほかほかと湯気を立てつつ香ばしい匂いをさせているワンダリングミミックを掴んでいる彼女。

 きゅるる、と誰ともなく腹の虫が鳴いた。


「……そうだね、食事にしようか」


 何も言えずに苦笑いを浮かべるジッツに、カーナも笑って頷くのだった。

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