第五話:罠食い
何が起きたのか。
突如その姿を消した鉄巨人と、淡く輝くジッツのナイフ。
紫色に明滅する刃は、このナイフが普通のナイフではないことを物語っていた。
「倒した……の、ですか?」
ぽつりと、カーナが疑問を口にする。周囲に鉄巨人の影も形も見えない。
脱力して崩れ落ちるモネネ。狙われていた当人だ、安心してどっと疲れたのだろう。
「モネネ!」
「大丈夫、大丈夫だよカーナ……ちょっと気が抜けてさ」
カーナが駆け寄るが、モネネは天井を仰いでひらひらと手を振った。汗だくで荒い息をついているが、怪我などはなさそうだ。
仲間ふたりの様子に変わったところがないことに安堵してから、ようやくジッツはまじまじと握っていたナイフを見た。
紫色のナイフだ。刃の色は錆かなんかの色が定着したものだとばかり思っていたが、違ったのだ。
「何で実家にマジックアイテムが」
しかも、錆びて蔵に放置されていたのか。
そういえば、さっきから何やら声が聞こえてきていたような。鉄巨人の相手に忙しくて聞き流していたが、大ガナンの何とかがどうとか。
「ええと、誰かいるの?」
周囲を見回して、声を上げる。
しいん、と声が静寂の中にむなしく響く。
「……ええと」
『ああ! こちらの故障ではなかったのですな!』
「ひゃっ!?」
ジッツが何ともマヌケなことをしたかなと頬をひくつかせたところで、先ほどよりずいぶんと大きな声が聞こえてきた。
突然の大声に驚いた様子のカーナが、顔を赤くしてこちらを見てくる。
「何者です!?」
「さっきからしゃべっていた声ですよ! それどころじゃなかったんで、返事はしなかったんですけど」
「……さっき?」
首を傾げてくるカーナとモネネの二人。
ジッツの言葉の意味が分からない様子だ。
『仕方ありませんな、
後継という言葉に、ジッツは首を傾げた。
声をかけた相手が自分だけだということは、自分が後継ということになるのだろうが。
「後継って……」
『ええ、それは勿論……っと、このままでは失礼ですな。少々お待ちを』
声が一度途切れる。しかし、何やらごそごそと動いている音は聞こえてくる。
『ええと、どこにしまったかな……ああ、ありましたありました』
部屋の中央に、突然穴が開いた。
穴としか言いようがない。空中にぽっかりと空いた光の見えない深淵から、小さな何かが飛び出してくる。
「やあ、すみませんな後継様。人前に姿を見せるのは久方ぶりでしてな」
「だ……ダンジョンゴブリン!?」
驚いた声を上げたのはモネネだ。
ダンジョンゴブリンと呼ばれたその生物は、
「ゴブリンなどと同列に見られたくはないものですな! 私は……失礼、我々はララテア様に創造された魔法生物! その名も高き『
仮面の向こうからひどく気分を害した声を上げた。
ダンジョンゴブリン。
初心者ダンジョン以外では発見されたことのないモンスターで、五十センチほどの体高と、バリエーションのある仮面が特徴だ。
群れをなして襲い掛かってくること、体高が似ていることなどから、回廊世界に住む敵対的亜人種ゴブリンの一種と近縁と判断され、ダンジョンゴブリンと呼ばれている。
ゴブリンはダンジョンにも出没するモンスターではあるが、ダンジョンゴブリンはそちらと比べて随分と温厚だ。非力であるのと同時に、武器も殺傷能力のないものばかりなので初心者ダンジョンのマスコットのように見られている。
どうやらダンジョンに満ちるマナを動力にしているようで、その愛らしさからダンジョンの外に連れていこうと捕獲する者が後を絶たない。だが、ダンジョンを出た直後に煙のように消えてしまうため、その目論見が成功した者はいない。
ダンジョンゴブリンにはあまり高い知性はないと思われている。罠にも簡単にかかるし、群れるとは言っても連携らしい連携がないからだ。
初心者ダンジョンでダンジョンゴブリンを倒したことのないナル・コンクエスタはいない、と言って良い。今日初めて初心者ダンジョンに入ったジッツを除いては。
「はあ……初心者ダンジョンですか。ララテア様の御心が今ではそのように思われているのですな」
レギオニウスと名乗ったダンジョンゴブリンは、三人から事情を聞いて少しばかり落胆したようだった。
一方で、とてとてとジッツに歩み寄るとじいっとこちらを見上げてきた。
「ど、どうしたの?」
「後継様は、ララテア様とはあまり似ておられませんな」
「ララテア様」
「はい。お手元の『ガナンの棘』は、大ガナン様が手ずからララテア様の為にあつらえられたマジックアイテムでございますな。ララテア様の血縁か、その信頼する方にしか扱えない品なのですな」
「このナイフが……」
「持ち主の魔力や性格によって、その性質を変えるナイフなのでございますな。先ほど鉄巨人のやつを封じ込めたのも、その効果によるものですな」
「ふ、封じ込めた!?」
この言葉にはジッツも驚いた。鉄巨人がどこかに消えてしまったので、一撃で跡形もなく消滅させたのかと思ったのだが。
「よろしければ後程、後継様が持つ時の性質を鑑定させていただきたいのですな」
「それは構わないよ。……それでさ」
「はい?」
「僕の名前はジッツというんだ。君の名前は?」
「私の名前……。私たちはレギオニウスと」
「それは、種族の名前なのでしょう?」
横合いから、カーナが会話に割り込んできた。
ダンジョンゴブリンは首を傾げつつ、困ったように言ってきた。
「私はこの研究室と、仲間たちの管理を任された個体にすぎないのですな。ララテア様がお連れになっていた上位のレギオニウス達ならば名前もあるのですが……」
「それは……」
「ジッツ様。ララテア様が『ガナンの棘』をジッツ様に託された時に、レギオニウス達は引き継がれなかったのでしょうかな?」
その問いに、ジッツは答えられなかった。ジッツはララテアからこのナイフを受け継いだわけではなかったからだ。
むしろ、ララテア・フリットの子孫であるという話も初めて聞いたし、いまだに信じられない気持ちのほうが強い。
「いや、その。ララテア様はもう何百年も前の、伝説上の人でね。僕は自分がララテア様の子孫であることも今まで知らなかったんだ」
「何ですと!?」
ダンジョンゴブリンは慌てた様子で耳のあたりに両手を当てて、何やら音を探るようなポーズを取った。
「……なんと!? 研究室の外にはレギオニウスはひとりもおりませんな!?」
「そりゃ、何百年も前だからなあ……」
モネネが身も蓋もないことを言う。
ダンジョンゴブリンは腕組みをして唸った。
「ううむ。そうなると私が現在稼働しているレギオニウスの中で最古かつ最高位の個体となってしまったのですな……」
「そうなんだ?」
「はい。ジッツ様。折り入ってお願いがございますな」
「何だい?」
「私に名前をつけていただきたいのですな。名前をつけていただくことで、私は他のレギオニウス達に対して命令権を持つことができるのですな」
「僕がつけるのかぁ……ううん」
ジッツはまじまじとダンジョンゴブリンを見下ろして考える。
頭が良いのは間違いない。とはいえ、何かに名前をつけたことなどないジッツである。
どんな名前をつけたものかと首を捻っていると、カーナが横から提案してくる。
「ジッツ。すぐには良い名前は思いつかないでしょうから、考えている間にそのナイフの性質を調べてもらってはいかがかしら?」
「あ、そうだね」
「それは名案ですな」
ジッツは頷いて『ガナンの棘』を手渡す。
貴人から預けられたかのように恭しく受け取ったダンジョンゴブリンは、その姿勢のまま動きを止めた。
「それでは解析を開始致しますな」
ひとまず待つことにして、ジッツはカーナとモネネの方に向かう。
一人では良い名前を思いつかないと思ったのだ。
「駄目ですわジッツ。それでは可愛らしくありません!」
「だけどよう、カーナ。カーナが考えた名前……ええと、モディリ?」
「モディリエリア・レギオニウス七世ですわ!」
「そう、そのモディリだと、あたしも呼びにくい」
「そ、それは盲点でしたわね」
「反面、あたしのバルディッシュ・ブレイド・ブリンガーなら分かりやすいぞ! どうだあ、ジッツ?」
「全部武器の種類じゃないですの! それではあまりにも――」
「それを言うならカーナだって――」
何やらカーナとモネネは二人ともネーミングにこだわりがあるようで、それぞれ相手の案に文句をつけて言い争いになってしまった。
これでは役に立ちそうにない。
とりあえず、ジッツは自分で何とか考え付いた名前でお伺いを立ててみることにした。
と、ダンジョンゴブリンの方も終わったらしく、『ガナンの棘』を捧げ持つ姿勢はそのままに、こちらに向かって歩いてきた。
「終わったかい?」
「ジッツ様。お待たせしたのですな。ようやく終わりましたな」
差し出されたナイフを受け取り、ジッツは屈み込む。
目線をゴブリンと合わせ、問いかける。
「ギーオ、という名前はどうだろう」
「ギーオでございますな?」
「気に入ると良いのだけど」
「ギーオ……ギーオですな! ララテア様が最初のレギオニウスにつけられた名前と一緒ですな!」
ダンジョンゴブリン、あらためギーオがぴょんぴょんと飛び跳ねる。どうやら喜んでくれたようだ。
ふと、背後に寒気を感じる。振り返ると、粘着質な視線を向けてくるカーナとモネネ。
「ほぉ……。ギーオ、ねえ? あたし達に相談した割にはよう、中々いい名前じゃねえか」
「そうですね……。しかも随分と気に入られたようで、何よりですわぁ」
「あっ」
笑顔で――ただし目だけは一切笑っていない――詰め寄ってくる二人に、ジッツは頬を引き攣らせた。
そんなジッツを救ったのは、名付けられたばかりのギーオだった。
「ありがとうございますな、ジッツ様! それではジッツ様の『ガナンの棘』の性質をお伝えしますな」
全員の視線がギーオに向く。
こほん、とギーオはひとつ咳払い。
「まず、申し上げておきますな。先ほどジッツ様が封じ込めた鉄巨人も、ジッツ様を後継として守ろうとしていたのですな」
「えっ」
「ジッツ様に対して、敵意を抱いている人物がいたので、ジッツ様を護る為に攻撃したとのことですな」
「敵意……」
一同の視線がモネネに向く。
成程、ガキだの先に行けだのと言われた気がするが、敵意にまでなっていたとは思っていなかった。
「し、仕方ねえだろ!? カーナは姫様なんだぞ! 悪い虫がつかないように、あたしが何とかしなきゃならないじゃねえか!」
ぎろりと、ジッツを睨んでくるモネネ。
別にそういうつもりはないんだけど、と口を開こうとしたところで、更なる爆弾を投げつけてくる。
「大体な、そのふわっふわの髪! そこまで高くない身長! そこそこ愛嬌のある顔つき! 全部カーナの好みど真ん中なんだよ! 何でカーナの好みそのまんまに育った、お前っ!?」
「知るもんかあああっ!?」
むしろ身長が低いのはコンプレックスなのだが。
ちらりとカーナを見ると、顔を真っ赤にしている。
「モネネ!?」
「……はっ!?」
自分が何を言い放ったか理解して、モネネも顔を青くする。
がしりとその肩に乗せられたカーナの手に、妙に力が入っているような。
「……ま、まあそれはそれとして。ギーオ?」
「はいですな。取り敢えず誤解であることは伝えましたので、これからは取り出しても、そちらの女性に襲い掛かることはないでしょう」
「取り出す?」
「ええ、今、鉄巨人は『ガナンの棘』の中に格納されているのですな。ジッツ様の呼びかけで、鉄巨人はジッツ様の忠実な配下として働くのですな」
「えっ」
「これがジッツ様を主人とした時の『ガナンの棘』の性質、その名も『
三人は言葉もなく、『ガナンの棘』を見た。
よく見ると、うっすら刀身に青い紋様が刻まれている。
「ララテア様がお創りになったトラップであれば、無条件で後継のジッツ様を主人と認めますので、突き立てていただければ格納されますな。そして、出ろと伝えればジッツ様のマナを糧として出現し、戻れと言えば戻りますな。鉄巨人は動く以外にマナを消費しないぶん、呼び出す際に使うマナも少なくて済むのですな。中々お得だと思うのですな」
「いでよ、鉄巨人! って言えばいいの? ……うわっ!?」
と、ジッツの言葉に応じて、『ガナンの棘』が青い光を放つ。
青い光は誰もいない場所で渦を巻き、徐々に何かの形をかたどっていく。
「鉄巨人! ……あれっ」
現れた鉄巨人は、青い鎧と兜に身を包み、胴体や手足も球体ではなくなっていた。
封印する前と比べて、比較にならないほど格好良くなっている。
「な、何ですと? ジッツ様が想像されていた鉄巨人の姿にデザインし直した? 自分もララテア様のデザインはちょっとと思っていた……? な、何という不敬な!?」
ギーオが驚くやら嘆くやら忙しい。
しかし、鉄巨人の意見はジッツも同意見だ。
「うん。そっちの方がずっといいよ。本物の騎士みたいだ」
鉄巨人はその言葉に、兜の奥の青い目をきらきらと瞬かせた。どうやら喜んでいるらしい。
そのまま、まるで騎士がするような所作でジッツの前に跪くと、これもいつの間に調達したのか、ジッツの身長ほどもある棍棒を前に置いた。
「騎士の誓いですか。……ジッツ、受けて差し上げて。その武器を持ち上げ……るのは無理でしょうから、そのナイフを鉄巨人の両肩に乗せて」
言われた通りに『ガナンの棘』を乗せると、再び鉄巨人の目が瞬く。
ギーオはあまり楽しくなさそうな声で、しかし鉄巨人の意志をこちらに伝えてくれる。
「残りの時のすべてを賭けて、ジッツ様とそのご一族に忠誠を誓うと言っておりますな。……自分ばかり格好よくなって、ずるいのですな」
「あら。ギーオはその可愛らしさがよろしいのですよ」
「うう、そう言われましてもですな」
カーナのフォローも、いまいち響かないようだった。
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