第四話:ガナンの棘
「……入りましょう」
おかえりなさいませ、と言われても。ジッツがどう反応したものか悩んでいると、カーナが声を上げた。
モネネが驚いたようにカーナを見るが、この状況で決定権があるのは、パーティリーダーであるカーナだ。その決定に異論はないようで、だが今度はジッツに視線を向ける。
「おい、ガキ。お前が先頭を行け」
「モネネ!?」
「この先は、今まで誰も見たことがない道だ。どんな罠があるか分からねえ。だからお前が先頭だ。文句あるか」
「……そうだね。僕もその方がいいと思う」
見たところ、ジッツの目に映る光や淀みはない。だから大丈夫だとは思うが。
「しかし……」
「僕が先に行くから、二人は少し離れて着いてきて」
今度は逡巡しはじめたカーナを制して。ジッツは真剣な表情で二人に告げると、率先して階段に足を踏み入れた。
カーナとモネネが階段に足を踏み入れたところで、壁が音を立てて閉まる。
「閉じ込められた!?」
モネネが反応した直後、階段と壁の一面が淡く光り始めた。白い光が、優しく周囲を照らす。
「これは……」
「古代の魔術でしょうか。それにしても、こんな……」
見下ろせば、階段には埃ひとつない。
そして見る限り、罠のようなものは何もなかった。
「進もう」
こつこつと音を立てて階段を降りるジッツ。足音が変わる場所があったら、それはトラップにつながる可能性が高い。
この光に敵意を感じることはないが、逆にそれがジッツの目にトラップを感知させない結果になるかもしれない。
トラップクラッシャーとして、ジッツは最大限に集中していた。
「……この階段に罠はないようだね」
感触、音、その響き方。階下までの距離。そして最後に、視界に映る淀みの有無を。
そのすべてを総合的に判断して、ジッツは階段を下りていく。
驚くほど広い空間が、そこにはあった。
「なんだ、こりゃあ」
モネネが驚きの声を上げた。
中央に存在する、巨大な立像。
いや、それは立像というにはあまりに雑なつくりをしていた。
金属でできているのは間違いない。手足と頭はある。しかし、その体は人の姿というには妙に不格好だ。
手足は大小の球体が連続しているような形状で、どのようにつながっているのか見ただけではわからない。
立像というよりは、人のようなかたちをした奇妙なオブジェと言った方が良い気がする。
「あれは、まさか……」
カーナが、目を見開いて立像を見ている。
「もしかして……ララテアの鉄巨人」
「ララテアの鉄巨人!? お、おとぎ話じゃないんですか!?」
「ララテア・フリット様は実在の方です。しかし……」
驚いた表情のまま、立像に歩み寄る。
「ララテア様の作られたという偉大な三種のトラップ……『ララテアの鉄巨人』、『魔人の軍勢』、『絶望の檻』。王国には絶望の檻が現存しますから、どこかのダンジョンの最下層にあるのではないかと噂されていたのですが……」
ララテア・フリットは大ガナン・フリットの三人目の孫とされる人物だ。
大ガナンに最も可愛がられた人物で、それに見合うだけの魔法の才能を持っていたというが、本人はトラップクリエイションの魔術を極めることだけに執着し、ほかの魔術は覚えようともしなかったと伝わる。
ララテアの鉄巨人は、鉄巨人シリーズと言われる人形型トラップのひとつで、その最初にして最高峰の存在だ。
魔法金属で作られた全身はあらゆる魔法を防ぎ、あらゆる物理的な攻撃に耐性を持つ。
誰もがそのトラップに出会う日を恐れながらも、そのオリジナルの発見を夢見ていた。
誰が言い出したか、ララテアの鉄巨人はダンジョンの最下層で最上の宝物を護っていると伝わっているからだ。
「初心者ダンジョンに、こんな……」
「本当にこれが? こんなカッコ悪いオブジェがあの『ララテアの鉄巨人』かよ、幻滅だなあ」
口の悪いモネネの言葉が聞こえたわけではないだろうが――
鉄巨人にモネネが歩み寄ると同時に、その体から吹き上がる赤い光。
「危ない!」
ジッツは思わずモネネに飛びついて、地面に引き倒した。
「何すんだてめえ!? 盛るにしたって時と場合を――」
モネネの突拍子もない罵声は、巨大な左腕が振り抜かれたことで発生した風に遮られた。
「んナっ……!」
「動き出した……!」
「くっそ、何が原因で動き出したんだこいつ……!?」
声にならない悲鳴、冷静なカーナの声。ジッツはそれを聞き流しつつ、動き出した鉄巨人を見上げる。
「起きなさい、ファイアスターター!」
いち早く反応したのは、カーナだった。
鞘から紅色の剣を抜き放つと、刃が炎を纏う。
「火の魔剣……!」
マジックアイテムは、ダンジョンから持ち帰られる品の中で最も高価なものだ。
起き上がったモネネが、身に着けているマントの中から吹き矢を取り出して、相手を見上げるとそれを再びマントに戻した。
「……えい!」
カーナが斬りかかるが、鉄巨人の足に弾かれる。
鉄巨人は意に介さずに拳を振るおうとしたが、それは斬りかかったカーナに対してではなく、あくまでモネネに対してだった。
「モネネさん!」
「くそっ……! 見た目の割に素早いじゃねえか……!」
モネネも自分が狙われていることは理解したようで、鉄巨人から離れようと走り出す。
だが、大きさが違えば歩幅も違う。鉄巨人の徒歩が、モネネの走りとほぼ同じ速度なのはモネネの足が遅いというわけではなかった。
「モネネ!」
カーナが炎を鉄巨人にぶつけるが、伝承どおり鉄巨人は意に介する様子はない。
「くっ、何故モネネを狙うのですかっ!」
「二人とも、こっちへ!」
階段に戻るにしても、入口は閉まってしまっている。開けられずに追いつかれたら生き延びる道はない。
ならば、鉄巨人をすり抜けて先に進む方が良い。ジッツの声に、まずカーナが反応した。先に進む扉は、ひどく簡単に開いた。
「先に!」
「はい!」
「モネネさん!」
先にカーナを通して、ジッツはモネネを待つ。
トラップの解除ツールはあるが、あの鉄巨人を止められる道具には心当たりがひとつもない。今の戦力で対応できない相手には、敢えて触れずに通り過ぎるという方法もある。
「あぶねえ、ガキッ!」
「いいから!」
モネネは今にも鉄巨人に追いつかれそうだった。
上から踏みつぶそうと言わんばかりに落ちてくる右足。ジッツはモネネの手を掴むと、強く引っ張って位置を入れ替えた。
「ガキッ!?」
巨大な鉄塊が迫るが、ジッツに焦りはない。
横っ飛びに避けながら、鞄の中から取り出した緑色のボールを投げつける。
「よし!」
鉄巨人の足の裏に付着したボールが、地面と足に挟まれて破裂する。
中に入っていた粘着剤が、鉄巨人の足を絡めとる。
「急ごう、きっと長くは保たない!」
こちらを待つモネネとカーナを追い立てるようにして、ジッツは扉の奥へと身を滑り込ませたのだった。
ララテア・フリットの研究室。
そんな伝説がある。
天才ララテアは、彼女を溺愛する祖父ガナンから、ダンジョンをひとつ、誕生日プレゼントとしてもらったというものだ。
彼女は生活のほとんどをそのダンジョンで過ごし、トラップクリエイターとしての英知のほとんどをそのダンジョンに遺したという。
大ガナンの遺したダンジョンクリエイションの秘儀と同様に、ララテアの研究室は古代の魔法を復古するうえで大きな資料になるとして、国が定めるダンジョンアタックの目標の中では常に上位に位置している。
「――そんな、ララテアの研究室が、こんな身近に、隠されていたなんて!」
「それどころじゃ、ねえよ、カーナッ!」
「ああ、くそ! 追ってくる!」
ずしんずしんと、背後から鈍重な足音が響いてくる。がりがりという音も聞こえてくるのは、通路を削りながら追いかけてきている証拠か。
結局、粘着剤はほとんど効果を示さなかったということだ。こうなると打てる手はもうほとんどない。ジッツは頭を回転させるが、良い方法は思い浮かばない。
三人揃って全速力で走りながら、前へ、ただ前へ。
「広い場所に出ます!」
先頭を走るカーナが鋭い声を上げた。
さっと、視界が明るくなる。
「通路はっ!?」
「……行き止まり!?」
今度の部屋には、扉らしきものがなかった。
ジッツは目に力を集中するようにしてじいっと見回すが、隠し扉のようなものはない。
『おかえりなさい、ララテア様。……おや?』
このフロアに入る時に聞こえてきた声が再び聞こえてきた。何やら困惑したような様子だったが、ジッツ達はそれにいちいち反応している余裕はなかった。
「……来る!」
壁が盛り上がり、そのまま崩れ去る。瓦礫のかけらが飛んでくるが、意に介さずその向こうから現れる強大な敵に集中する。
『ああっ、また壊した! お前の持ち場と私の持ち場を行き来したら、通路が壊れると言ってあったでしょう!』
「どうするよ、カーナ」
「ファイアスターターの火力と切れ味……あと私の腕では、あの鉄巨人を傷つけることも難しいでしょう」
「だよな。……おいガキ、カーナを頼むぞ」
「モネネさん?」
「あいつが狙っているのはあたしみたいだ。何とか時間を稼ぐから、カーナを安全な場所へ」
「モネネ!?」
「それ以外に方法があるか?」
モネネの言葉にカーナが反発するが、すでに覚悟を決めているその様子に、そのまま二の句を継げずに黙り込む。
「安心しな。あたしも死ぬつもりはねえよ。とにかくカーナを逃がす時間だけ、どうにかして稼いでやる。そのあとはあたしだ。ガキ……ジッツ。認めてやる、てめえはカーナのトラップクラッシャーをやるだけの腕と度胸と知識がある。……頼むよ」
『……ふむふむ。上位命令。私が見たところ、こちらの御三方はパーティを組んでおられるようだが……なに? 敵意を持っていた?』
「悪いけど、駄目だね。僕たちトラップクラッシャーは、パーティの仲間を決して見捨てない。あらゆるトラップからパーティを護り、もしもトラップにかかるならば自分たちが最初で最後でなくてはならない。それが、僕たちのプライドだ」
「……馬鹿がよっ!」
「モネネ。あなたを置いて逃げたとしたら、わたくしは兄さまに顔向けができません。わたくしもここに残ります」
「カーナ。旦那様は、あたし如き下賤の者が懸想してはいけない方さ。……拾ってくださっただけでも、十分なんだ」
「わたくしも、兄さまも。あなたがどうして普段そんな言葉遣いをしているのか、ちゃんと知っていますよ。兄さまがあなたを選ぶのは、兄さま自身の意志です。それを否定することはあなたでもできないはず」
「っ……」
モネネは一度だけ辛そうに表情を歪めると、一筋の涙を流しながら、それでも笑ってみせた。
「馬鹿ばっかりだ……!」
「……あの足。球体どうしのつなぎ目が輪っかになってる。あそこにこれを挟めば、転ばせることはできるかも」
「危険ですよ、ジッツ」
ジッツはナイフを抜き放って構える。
最低限の体術は修めているし、地元で年上相手に鍛えた反射とすばしっこさは衰えていない。
正面から切り結ぶのは無茶だが、隙を見据えてナイフを差し込むくらいはできる自信があった。
「あのデカブツの注意を引いて欲しい。後ろからつなぎ目を突いて転ばせてみせるから。せっかく研いでもらって悪いけど、回収する時間はないかな」
『おお、それはやはり! ならば貴方が――』
「良いのです。ジッツ、あなたの思い出を捨てさせてしまってごめんなさい」
「いいさ。全員が生き残るなら、それで!」
ジッツは鉄巨人に向けて駆け出した。
鉄巨人はこちらを見下ろすが、やはり攻撃してくる様子はない。あくまでも、最初に狙いをつけたモネネを優先するつもりか。
「あなたの相手はわたくしです! ファイアスターター!」
背後から熱風が首筋をちりちりと炙る。
炎を目くらましにして、鉄巨人の背後に。
「あたしはこっちだ! 来てみろ、バケモノ!」
鉄巨人の視線がまだこちらを向いていたのだろう、モネネが注意を引こうと声を上げた。
鉄巨人が右腕を振り上げた。その手には、いつの間に取り外したのか、左腕のどこかの鉄塊が握られている。
「危ない! モネネさん!」
「っ!」
鉄巨人の目的を理解したジッツはモネネに視線をやるが、モネネは笑顔だった。
今まで見たなかで一番朗らかな笑顔で、こちらに指を突き付けてくる。
(必ず守れよ)
唇が、そう言っているように動いた。
「駄目だぁっ!」
鉄巨人の足のつなぎ目では駄目だ。
もっと根本的にバランスを崩せる場所を。
「うおおおおっ!」
ジッツは反転すると、叫び声を上げながら飛び上がった。
こちらに背を向けた鉄巨人の、回転している腰の間にナイフを差し込ませようと。
だが、回転しているということは、左腕は後ろに振り回されるということだ。
ジッツは向かってくる鉄塊を前にそれを理解したが、逡巡しなかった。
「ジッツ!」
「ジィーーッッツ!」
ナイフが鉄巨人に激突する。
残念ながら、腰の間に突き刺さるには、薄さが足りなかった。
「……くそっ」
だが。
『初めてお目にかかります、ララテア様の後継者様』
鉄巨人が動きを止め、その全身が青い光を放ち。
『私どもはララテア様のしもべ。すなわち、ララテア様の後継者のしもべ』
ナイフが紫色の輝きを放つ。
『我らは偉大なる『ガナンの棘』を持つ、あなた様のしもべです』
ジッツが。
カーナが。
モネネが。
その光のまばゆさに目を閉じて、再び開いた時。
ララテアの鉄巨人の姿はそこにはなく。
「これ……は」
ジッツの手に持つナイフだけが淡く輝いているのだった。
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