第八話:万能魔法生物レギオニウス
王家の遺構に入る前に、しておくことがいくつかあった。
ジッツは宿に戻る前にトラップギルドに立ち寄り、師であるマーリィを訪ねた。
「どうしたんだい、ジッツ。カーナ達は合わなかったのかい?」
「いや、カーナには僕のことを話したよ。色々とあったので、報告をと」
「ほう、もう話したのかい。……ふうん」
「な、何さ」
にやにやと笑みを浮かべるマーリィにひるみながらも、話を続けることにする。本題はそれではないのだ。
師に対して隠し事をすることはない。ジッツは迷わずに『ガナンの棘』を抜き放つと、ギーオを呼び出した。
「ギーオ」
「ほう。それが実家にあったナイフかい。中々独特な色に……ってなんだい!?」
「ジッツ様。ギーオ・ロード・レギオニウス、参上いたしましたな」
刃を見たマーリィが、ギーオが現れる輝きにまず驚く。
そして、部屋に雑然と並べられた品々の間を縫うように着地したギーオを見て、更なる驚きの声を上げる。
「ダンジョンゴブリン!?」
「ふ、不本意ですな!?」
「ギーオ。すまないけど、最初の反応がそうなるのはもう諦めてくれ……」
何しろ、レギオニウス達(厳密には似ているけれど違うらしいが)がダンジョンゴブリンと呼ばれるようになってから、もう何百年経っているのか。
ギーオはジッツの言葉に怒りを抑えようと身もだえていたが、しばらくしてがっくりと肩を落とした。
「仕方ないのですな。……ララテア様のいと高き『
「ちょっと待ちな! レギオニウスだって!?」
マーリィが形相を変えてギーオに詰め寄る。
ギーオはマーリィに向けて胸を張ってみせた。
「左様! 私どもはララテア様の最高傑作、拠点防衛用トラップ『魔人の軍勢』なのですな! 無限駆動戦闘人形『ララテアの鉄巨人』と並ぶ、今ではジッツ様の忠実なしもべでございますな!」
「仲間ね、仲間」
「勿体ないお言葉ですな!」
ギーオが手をぶんぶんと振って喜びを表現する。と、マーリィが形容しがたい笑顔でジッツを見てきた。
「……一体何があったのか、色々と聞かせてくれるだろうね。ジッツや?」
「ああ、うん。そのつもりだったからそんなに怖い顔しないでよ、
ジッツは、話が長引くのを覚悟した。
「ジッツ。あんたが実はララテア様の末裔で、持っていたナイフが実は大ガナンの遺産のひとつ『ガナンの棘』で、そこのダンジョンゴブリンは初心者迷宮に隠されていたララテア様の研究室で出会った『ララテアの三大トラップ』のひとつ『
「そういうことになるね」
ジッツが頷くと、マーリィは分かりやすいほどがっくりとうなだれてみせた。
ちなみにトラップギルドでは、トラップクリエイションの偉大な使い手として、ララテア・フリットを崇拝しつつ敵視しているという何ともややこしい関係だ。
どう声をかけようか迷っていると、突如マーリィが震えだした。ぷるぷると体をしばらく震わせたかと思うと、一気に噴火した。
「信じられるかあっ!」
「うわぁ!?」
「ひとつならまあ、奇跡と認めてもよかったけどねぇ! 何だいその奇跡の大安売りは!? 今時、どんなサーガだって流行らないよそんな話!」
「まあ、このナイフがすべてのきっかけだから、ほら」
「それに何だって? 切りつけたトラップを学習する力!? 魔人の軍勢にララテアの鉄巨人を従えただって!? あたしらが今まで、その解除をどれだけ真剣に検討してきたと思ってるんだい!」
それについてはよく知っている。ジッツだってトラップクラッシャーとして、いつか現れるかもしれないララテアのトラップに対しての研究はしていたのだ。
まあ、半分以上おとぎ話の類だと思っていたし、そもそもそれらを持ち運べるようになるとは思いもしなかったが。
「……ああ、済まないね。ジッツ、あたしも混乱しているようだ。済まないけど整理する時間をおくれ。ああ、あとね」
ひとしきり吠えて落ち着いたのか、平静を取り戻したマーリィはひどく厳しい顔でジッツに告げた。
「いいかい。あんたにとって魔人の軍勢もララテアの鉄巨人も切り札だ。簡単に人前でばらすんじゃないよ。……魔人の軍勢の方は手遅れみたいだけどね」
「分かったよ、大師匠」
宿に戻ってきたジッツは、部屋の扉を厳重に施錠してからギーオを呼び出した。
「どうしたのですかな? ジッツ様」
ギーオの問いに、ジッツは重々しく頷いた。
まずは自分が椅子に座り、ギーオにも椅子を勧める。人間向けの椅子はギーオには大きかったようで、コミカルによじ登るギーオの姿に何となく癒される。
「ギーオ。これから先、君をダンジョンアタックに連れて行くにあたって、確認しておきたいことがいくつかあるんだ。君と、君の仲間……ええと、十七万」
「十七万八千五百六十三名ですな!」
「そう、その数。君が呼び出したレギオニウス達は、チャーチの傷を治してくれたよね。すごい魔法だった。あれは……」
「治癒の役の者たちですな。戦闘の力はないにひとしいですが、力を合わせればあれくらいの治癒の魔法を使うのは簡単ですな」
「力を合わせれば……?」
「そうですな。ひとりのマジシャンの使えるマナの量には限りがありますな。ですので、複数のマジシャンが揃ってひとつの魔法を使うのですな。……昔は一般的だったのですが、今は違うのですかな?」
「初めて聞くね。じゃあ、十七万の仲間たちはそうやって戦うのかい?」
「魔法を使う役の者たちはそうですな。ですが、それぞれ役が違いますのでな。それと、それぞれの個体ごとに練度が違いましてな。……ええと」
そう言うと、ギーオはどこからともなく白い板を取り出した。
同じく取り出したペンでさらさらと、何やら書いていく。
「まず、ララテア様の定められた基準を満たしていない訓練中の者が十二万ほどおりますな。これらは現在、とあるダンジョンにてひたすらに訓練を続けているのですな」
「つまり、残りの五万が」
「はい、ジッツ様のお考えに応じて、私が呼び出しますな。戦士の役にあるものが三万、治癒の役にあるものが五千、攻撃魔法の役にあるものが一万五千ほどと考えていただければ良いですな」
「……数だけ聞いても見当もつかないな」
「ダンジョンは狭いですので、そんなにたくさんは呼び出せないのですな。ですので、出来るだけ練度の高い個体を呼び出すようにしようと思いますな」
ギーオが書き込んでいたのは、レギオニウスたちの数の内訳だったようだ。残念ながらジッツには読めない文字だったが、古代文字だろうか。
と、ギーオが何やら申し訳なさそうにもじもじとする。
「どうしたんだい?」
「あのですな、ジッツ様。私どもはジッツ様のしもべになったとは言え、その本質はトラップなのですな。ですので、私どもはダンジョンのトラップを発動させることができないのですな」
「うん、それで?」
「本当は、私どもがジッツ様のお手をわずらわせることなく、トラップを発動させて安全を確保したいところなのですが、それはできないのですな。……申し訳ないのですな」
ジッツは驚いてギーオを見た。
この小さい体で、これ程までに尽くしてくれようと思っていたとは。
「……僕はそんなことを考えたりはしないよ」
「しかし、ジッツ様。ダンジョンの下層を目指すということは、ララテア様をはじめとしたトラップクリエイター達が力を尽くしたトラップの数々を突破する必要がありますな。経験だけでは足りませんし、幸運と偶然に頼るだけではいつか必ずトラップの毒牙に捉えられてしまいますな」
ギーオの忠告に、ジッツは頷く。
確かに、ギーオの言葉は真実を突いている。だが。
「ギーオ。僕は少し前だったら、君と同じことを言っただろうと思う。でも今は君たちと、カーナ達がいる。確かにダンジョンは恐ろしい場所だよ。それでも、みんなと一緒なら乗り越えられる。そう思うんだ」
「ジッツ様……」
「ナル・コンクエスタは自分の不手際は自分の責任さ。出来るだけトラップにみんなを巻き込むようなことはないように気をつけるよ」
「その時には、私どもや鉄巨人を頼って欲しいですな。ジッツ様やカーナ様を、力の限りお守りいたしますな」
「ありがとう」
ジッツはギーオに右手を差し出した。
ギーオが首を傾げるので、ジッツは自らギーオの右手を取って、きゅっと柔らかく握った。
「それでは、ギーオ。改めてこれからよろしくね。レギオニウスのみんなとそれぞれ握手できないのは申し訳ないけれど」
「……ジッツ様。はい、これからよろしくお願いいたしますな」
ギーオの仮面の瞳の所から、一滴のしずくが零れた。
翌朝。
ジッツは明るくなる前に目を覚ますと、慌ただしく準備を始めた。
軽く『ガナンの棘』が震える。ギーオだ。ガナンの棘を腰に差すと、脳裏にギーオの声が響いてきた。
『随分とお早いのですな、ジッツ様?』
『うん。今日は忙しいからね』
最初に出会ったときに使っていた魔法の応用だという。ガナンの棘に触れてさえいれば、頭の中だけで会話ができるとかなんとか。
魔法のことには詳しくないジッツだが、便利なので良いと思っている。正直ナイフと直接話していたら、ジッツも軽くその人物の正気を疑う。
『ダンジョンアタックの準備をすると聞いておりますが』
『そうだよ。僕はダンジョンアタックの経験はカーナたちより先輩だからね! 先輩として、出来る限りの準備を整えておかないと』
『ふむ』
ギーオは理解したのかしていないのか、あいまいな返事で押し黙った。
ジッツは部屋に厳重に鍵をかけてから、宿を後にした。とにかく今日は、時間との勝負だ。
天盤はまだ朝の光を届けていないが、動き始めているのはジッツだけではないからだ。
まず、ジッツが向かったのはトラップギルドだ。
ギルドは三交替制で、一日中開いている。帰還したギルド員の安否を確認するためだが、ジッツがこの時間に訪れたのには理由がある。
行先はマーリィの部屋ではなく、ギルド内にある店の方。ギルド員に対してのみ
貴重な品を販売している。
品揃えは豊富だが、トラップサーチャーよりもトラップクラッシャーに、そしてトラップクラッシャーよりも
さて、ジッツが店に顔を見せると、店番に立っていたのはマーリィと同世代くらいの老人だった。
「やあ、ディゼット爺さん。良かった、居てくれたね」
「これはジッツ坊。いやさ、罠匠ジッツと呼んだ方が良いかね?」
「やめてよ。引退したとはいえ
「ふぉっふぉ。そんなことを言いふらすような輩がおったら誰よりわしが許さぬがのう」
「それが困るんだよ……」
肩を落とすジッツにからからと笑いながら、ディゼット老人はジッツの目的について言い当てた。
「で、収納じゃな?」
「そう。明日から王家の遺構に入るからね。踏破するにはやっぱりそれがないと」
「王家の遺構か……。十層を超えたら二度のアタックは出来んのじゃったか」
「らしいね。まあ、無理はさせないよ。全員を無事に地上に帰すのが僕の役割だから」
言い当てられたジッツは驚くでもなく、それを認める。
ディゼット老人は笑顔で頷きながら棚の並ぶ奥へと消えていく。しばらく待っていると、中から古びた鞄を持ち出してきた。
「ジッツ。この鞄をやろう」
「これ、もしかして」
「ワシが現役時代に使っておった収納のマジックアイテムじゃよ。マーリィのババアに知られると
「爺さん……ありがとう。大事に使うよ」
「元気に戻ってくるんじゃぞ。ダンジョンは栄光と死が隣り合わせのもの。お前さんは王家の遺構くんだりで死んで良いような器じゃあないのじゃからな」
「了解」
収納の魔法をかけられたアイテムは、それなりにダンジョンで産出する。だが、たとえば家用の棚や金庫のように持ち運びが困難なもの、小銭入れのように口が小さくて大したものが入れられないもの、手袋のように何故これに収納の魔法がかかっているような分からないものなど、実用的ではないものも多い。
ジッツが受け取った鞄などは非常に高価で取引されるもので、本来はこれだけでひと財産が作れるほどだ。
貴重な鞄を受け取り、ついでにトラップ解除ツールと保存食の類を多めに注文する。
踏破を目指してダンジョンアタックを行う場合、食料や薬品などで鞄をいっぱいにし、他の戦利品を仕舞う余裕は持たないのが普通だ。踏破によって得られる秘宝は、ダンジョンで出るあらゆる戦利品よりも価値があるためだ。
受け取ったばかりの鞄に保存食と予備の工具、傷薬などを詰め込む。鞄の大きさの三倍はあろうという荷物が、鞄の中の空間に難なく入っていく。
「うわぁ……すげぇ」
「そうじゃろうそうじゃろう」
ジッツの言葉にご満悦のディゼット。保存食とツールはすべて鞄の中に収納された。さすがだ。
「ええと、そしたら鞄込みの値段だけど……」
「そうさのう、九万カランほどでどうかの?」
確かに高価だが、この手のアイテムの相場としては非常に良心的だ。安すぎると言ってもいい。
渋面を作るジッツに、ディゼットは顎ひげを撫でながら言った。
「さすがにまだそれ程の金はないかの? 良い良い、ツケにしておいてやるわい。だから必ず――」
「いや、金はあるんだけど。ギルド特価を考えても明らかに相場より安いよね? この機能なら市場だと五十万カランはすると思うんだけど」
ジッツの言葉に、ディゼットが目を丸くする。
「なんじゃと!?」
「サルマーンやクーヴォードが専属になれって言っててさ。お互いに僕に依頼してるって知ってるからか、段々と依頼料を上乗せしてきてるんだよね。ちなみに今はサルマーンのところが戦利品の三割で、クーヴォードのところが毎回固定で千カラン」
ジッツが専属になるのを断っているのは、金額の問題ではなくて師匠であるマーリィの意図なのは二人も知っている。実際、マーリィ本人からも二人にその旨は伝えてもらっていた。
解禁されるまでに、少しでも自分のパーティへの心象を良くしておこうという下心だとマーリィは言うが、それにしても高騰していた。
ちなみに、ジッツは依頼さえ受ければ十カランのパーティにも普通に参加している。
「そうじゃった……お前さん、まだ十四だったのう。女遊びや銭転がしには興味のない年ごろか」
「その辺りは大師匠がね……」
「ったく、あのババアめ。飲む打つ買うはナル・コンクエスタの楽しみの全てじゃろうが」
「曲がりなりにもご家族なのに」
「双子じゃからこそ気に入らんこともあるのよ。まあええ。どちらにしろ使い古しじゃからな。相場通りの金額で売ったらそれこそ怒られるわい」
「大罠匠ディゼットの鞄って言ったら、むしろ値上がりすると思うけど……まあいいや。それじゃ九万カランね」
ジッツは懐から白い貨幣を九枚取り出して、ディゼットに手渡す。
「本当に持っとったわこやつ……。まあ、よかろ。お前さんなら言わんでも大事に使ってくれるじゃろうし」
むふう、と複雑な表情で大きな鼻息を漏らすディゼットに、ジッツは苦笑するしかなかった。
「それじゃ、爺さん。行ってくるよ」
「おう。王家の遺構が踏破された、という噂を聞くのを楽しみにしとるからのう」
天井から薄明かりが入ってきたことで、外が明るくなってきたのが分かる。あまり長居もしていられないので、ジッツはディゼットに手を振ってトラップギルドを後にした。
『それで、ジッツ様。この後はどちらへ?』
『ここからが本題だよ。王家の遺構のフロアマップを探すのさ』
トラップギルドから出ると、ほんのり薄紅色をした光が辺りを照らしていた。
天盤に住まう精霊は、火の精霊の方が少しばかり早起きで、光の精霊は朝に弱いのだという。朝方、火の精霊が朝を告げて、のんびり起きた光の精霊が世界を照らすのを待つのだ。
『記録といえば図書館ですかな』
『ダンジョンのマップは、王立図書館にはあまりないんだよね。あ、でも今回は王家の遺構だからあるいは保管されてるかもしれないなあ。取り敢えず、まずは情報屋からだね』
『なるほどですな』
カーナは、王家の遺構を踏破すると言った。ならば、すでに攻略された過去がある五十階層までは無傷で突破できなければ意味はない。
王族の成人の儀に使われるダンジョンだから、アタック回数は少ないと思うが、今までに同様の目的を持っていた王族はいたはずだ。
パーティリーダーが定めた目的を達成するために、出来る限りの準備を。
「さ、頑張ろう! 一回限りの挑戦だ、悔いは残したくないからね!」
ジッツはその日、夜遅くまで宿に戻らなかった。
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