第七話:いざ、王家の遺構へ

 治療を終えたレギオニウス達が、一斉に煙となって消え失せる。

 ギーオが再び一礼する。


「ジッツ様。ご友人の傷は間違いなく完治いたしましたな」

「ああ、助かったよ。一体、どういう仕組みなんだ?」

「そうですな……お教えするのは構わないのですが、これだけの人数の前で話しては、ジッツ様にご迷惑がかかると思うのですな」

「う……そういえば。ありがとう、ギーオ」

「身に余るお言葉。それでは、何かございましたらいつでもお呼びくださいませ。私どもララテアの『魔人の軍勢レギオニウス』は、ジッツ様の為にあらゆる難事に立ち向かってご覧に入れましょう」


 それだけを言うと、ギーオは光の粒子となって『ガナンの棘』に戻っていった。

 ジッツはそれには極力触れないようにして、チャーチの前に腰を下ろした。


「チャーチ、大丈夫かい?」

罠匠マイステルジッツ……。私は夢を見てるっすか」

「いや。君の怪我も、治ったのも夢じゃないよ」

「私は……まだトラップサーチャーを続けられるっすか」

「君の心が折れていない限り、ね」

「ありがとうございます、罠匠ジッツ……。私、やっぱり諦めきれないっす」

大師匠グランマを追い越す夢だね」

「はい。ほかの夢では、この夢を超えることは出来ないっす」

「……頑張れ、チャーチ」


 こちらをしっかりとした目で見て頷くチャーチ。こちらはもう安心だ。

 ジッツは立ち上がると、真剣な顔でこちらを見るダーゲンに向き直った。


「その腐れマジシャンを同行させるのであれば、チャーチをそちらのパーティに参加させるわけにはいきません」

「……色々聞きたいことはあるけど、そうだね。先に話すべきはそちらの件だ」


 ダーゲンは目を閉じてゆるゆると息を吐いた。

 しばらく何かを考える様子を見せた後、目を開いた彼はコードの方に厳しい視線を向けた。


「コード。私が幼い頃から、君には随分と助けてもらった」

「殿下、私は殿下のために」

「君から受けた恩は決して忘れてはいない。しかし、今回君がとった行動は、怪我をしたチャーチのみならず、私たち全員の命を危険に晒すようなものだった。違うだろうか」

「そ、それは……」

「コード。君を解雇する。この件については私の口から父上に報告しておく。君は早急に荷物をまとめて屋敷から出ていくんだ。三日程度は待つように家人には伝えておく。これは私から君への感謝の形だと思ってくれ」

「そんな、殿下。そんな奴の言うことを真に受けるのですか」

「ジッツ殿の言葉が原因ではない。事実として、チャーチがその両手を失う覚悟で私を突き飛ばしてくれなければ、私はすでに生きてはいない」

「っ!」


 愕然とした顔のコードが、周囲を見る。

 ジッツだけではない。この場にいるすべての者の冷たい視線が、コードを突き刺している。


「残念だよ、コード」

「……殿下、きっと後悔なさいますよ」


 コードは低い声でそうつぶやくように言うと、ジッツとチャーチを睨みつけてからこの場を去っていった。


「……これで構わないかな、ジッツ殿」

「ええ、確かに。……問題ないようでしたら、チャーチと親しいマジシャンを紹介しますが」

「良いのかな?」

「ええ。僕たちはすべてのマジシャンを敵視しているというわけではありませんから」

「重ね重ね、感謝する。……済まない、本来は何か礼をする必要があると思うのだが、先に二人を休ませたい」


 ダーゲンの言葉に、ジッツも二人を待たせていたことを思い出した。


「チャーチを頼みます」

「私の誇りに賭けて」


 貴族から誇りという言葉が引き出せたのであればもう大丈夫だ。

 ジッツはカーナとモネネの所へと戻る。

 が。


「ジッツ……あの方は、とても親しげでしたけれど」

「ジッツ。てめぇ、ダーゲン殿のパーティを分裂させるとはな。よくやったじゃねえか」

「え? え?」


 すべての悲しみを集結させたような表情のカーナと、何やら嬉しそうな様子のモネネ。対照的な二人の様子に答えられずにいると、カーナが右腕を、モネネが左腕を抱えてきた。


「まあ、まずは事情を聞かせてもらおうじゃねえの。あの小娘が何者で、どういう関係なのかってことをさあ」

「ちょっ……柔らかっ!」

「ジッツ。あの方は今のこいびとですか? でしたら私も覚悟を決めようと思いますの、いろいろと」

「か、カーナ様!?」

「様づけなんて他人行儀ではないですか、ジッツ?」

「だってそうしようってさっき決めたばっかじゃ……ひぇぇっ」


 凄まじい笑みを浮かべる淑女ふたりに抱えられ、いずこかへと連れ去られていく少年。

 そんな噂が貴族街を中心に流れることになろうとは、この時の三人はきっと予想だにしていなかったことだろう。







 カルナック邸で食事を終えた辺りで、チャーチの素性とジッツとの関係についてはようやく前向きに受け止められた。


「そうですか、マーリィ大叔母様のお孫様。……やはり身近なところにいる異性というのは要注意だと思うのです。ねえジッツ、このお茶をどうぞ」

「……ええと、そのう」


 いささか曲解が過ぎるような気もするが、当事者であるジッツはそれを覆す言葉を持たない。

 カーナが手ずから淹れてくれたお茶からは、何が入っているのか、なんとも不可解なピンク色の光が見える。


「あー、ジッツ。それは飲まなくていい」

「ああっ!?」


 呆れた口調で横合いからティーカップを取り上げ、窓の外に躊躇なく中身を捨てるモネネ。

 不満そうな声を上げるカーナに、溜息交じりに説教を始める。


「カーナ。最初からそれはダメだろ」

「なぜですか!?」


 本気で分かっていないという様子のカーナに、さらにひとつ深い溜息。

 ジッツはさすがに口を挟めない。


「ライバルっぽいやつが突然現れたからって、あたふたしすぎ。あとな、王族力を軽々しく使うのも却下だ」

「ぶー!」

「やかましい。ジッツ、済まないな。チャーチに嫉妬してるんだ、カーナは」

「は、はあ……」


 ジッツとしてはチャーチは年上の妹弟子なので、そういう対象として見たことはあまりない。

 元々はもう少し大きくなるまで、とマーリィから言われていたのに、ジッツが十二で弟子入りしてしまったことでなし崩し的に弟子入りした、というチャーチ。

 大罠匠グランマイステルマーリィ・フリットの直弟子としては、素直に成長しているのがチャーチで、生まれ持った能力によって奇妙な早熟を果たしてしまったのがジッツだ。


「チャーチは……ライバルだよ」

「……ライバル?」

ダンジョン・コンクエスタ迷宮を踏破した者になる。そのために力をつけて、信頼できる仲間を集めて、ダンジョンを踏破する。それが僕とチャーチの、ナル・コンクエスタとしての当たり前の目標だよ」


 ジッツはモネネが置いた先ほどのティーカップを手に取った。二人になら、話しても良いと思っていたのだ。


「このお茶からは、ピンク色の光が見える」

「は?」


 すっと周囲を見回して、暖炉を指さす。


「そこには青い光」


 そして頭上のシャンデリアを指す。


「あれは赤い光」

「ジッツ……、まさか、貴方は」


 カーナは何かに気付いたのだろう。震える声での問いに頷き。


「僕の目は普通じゃなくてね、その場所に宿る思い、そういったものを光として見ることができるらしいんだ。例えばモネネの言葉に強い敵意がないことは、拳や武器に光が出なかったことから分かっていたし――」

「ばっ、おまっ!?」

「ダンジョンに入る前は、敵意しか見えなかったんだ。でも、トラップを見分けるうちに、その色に違いがあることも分かってきてさ」


 無意識に、『ガナンの棘』に手が伸びようとしていることに気付く。

 ジッツは内心で自分を笑う。二人を信じるのではなかったのか。


「僕がトラップを見つけられるのは、この目があるからだよ。大師匠グランマは立派な才能だ、と言ってくれた。今ではトラップクラッシャーは天職だと思っている。……でもね?」


 浮かべた笑みの意味を、二人はちゃんと理解してくれるだろうか。


「僕は仲間たちの努力とは違うところで今ここにいる。……尊敬しているんだ。僕は、トラップギルドの皆を、心から」

「ジッツ……お前」

「もし、この力がなくなったら。僕はトラップの解除がちょっと上手いだけの二流以下さ。だからそうなった時は、僕を切り捨てて欲しい」


 そう告げてジッツは、二人の返事を待った。

 お前みたいな不安定な奴は要らないと言われるだろうか。危険な存在だと判断されて殺されるだろうか。

 自分の秘密を伝えることには、それだけのリスクがある。マーリィからも口すっぱく言われていたことだ。


「なぜ、私たちにそのことを?」

「なぜって……言わせないでよ。恥ずかしいじゃないか」


 ふわりと、ジッツの後頭部が柔らかいものに包まれた。

 これは何ですか、などと聞かなくても分かる。そんなことを聞いてしまったら、だ。


「聞きたいのです。ジッツの口から」

「ふ……二人になら、話してもいいかなって」

「もうちょっと詳しく」

「ぐ、大師匠は信頼できると思った人にだけ話せって」

「もうひとこえ」

「し、知ってるのは大師匠以外には二人だけだよ!」

「チャーチさんも知らないのです?」

「言ってないって!」


 柔らかい拘束が緩む。

 絶対真っ赤になっていることを確信しつつ、ジッツは拘束から逃れて後ろを向いた。

 そこには、先にも増して呆れ顔のモネネと、見事に表情を蕩かせているカーナ。


「うふふ。ジッツのひみつ、知っちゃいました」

「満足か、カーナ?」

「本当はもう少し決定的な言葉を聞きたかったんですけどねえ。そういう凛々しいジッツは、もう少し先に取っておくことにします」

「悪趣味な……」


 モネネは力なく首を振った。処置なしといった様子で、自分に言い聞かせるようにぼやく。


「まあ、どうせ『ガナンの棘』やララテア様の遺産の関係で、ジッツは遠からずお貴族様になるだろうしな。今のうちに手を出しておいた方がいいかもしれない」

「でしょう!?」

「むぎゅ!?」


 今度は真正面から抱きしめられる。


「このふわふわの茶色い髪! あどけなさの残る目! 時々見せてくれる凛々しい顔! もうこれは運命だと思うのです、モネネ」

「あー、いや。そういうことじゃねえんだが……まあ、いいか」

むぎゅうよくない!」


 ジッツの力の限りの抗議も実らず、この拘束は呼吸が出来なくて意識が遠のくまで続いたのだった。

 このトラップであれば、このまま死んでも悔いはないかも……と思ったのは一生のひみつだ。






 ダンジョンアタックは二日後と決まった。泊まっていけと強く勧められるのを固辞して、ジッツは帰り支度を整える。その間に覚えられる限りの情報を頭に叩き込む。

 ダンジョン『王家の遺構』は、分かっている限りで五十層に至る、非常に深いダンジョンだ。

 踏破した王族はいまだなし。

 低くとも王位継承権を持つ王族は、成人の儀式としてこのダンジョンを十層まで踏破することが求められる。

 十層に至るまでは何度挑戦しても構わないが、十層までを踏破した時点で成人の儀を果たしたと見なされ、以後その王族はダンジョンに潜る権利を失う。これは国王になったとしても同じことだ。

 王家の遺構を踏破するには、十層を踏破した後もダンジョンを進み続け、戻らずに最下層を見るほかに方法はないのだ。


「むしろそんな縛りで五十層に到達できた方がいたのがすごいね」

「歴史上、五十層に到達できた王族は三名いるそうです。逆に、その先に進んだ方はおられない。五十層に何があるのか、興味は尽きません」

「広さとモンスターの種類は?」

「階層ごとにまちまちだと聞いています。今ではほとんどいませんが、百年ほど前までは挑んだ王族の半数がダンジョン内部で命を落としたと言いますから、昔は五十層より下を目指した王族は多かったのかもしれません」


 ふむ、と聞いた情報を整理しながら、ジッツは考え込む。


「カーナの希望は?」

「……怒りません?」


 何やらもじもじと言いにくそうなカーナに、ジッツは首を傾げた。

 モネネが困ったような顔で額を揉んでいる。


「最下層まで、挑んでみたいなって」

「成程。五十層を超えるんだね。そうすると、食糧と水の確保が重要になってくるから……」

「おい、ジッツ。本気か?」

「え、だって今回のパーティリーダーはカーナだよね? その目的地到達に向けて手を貸すのは当たり前じゃない?」

「当たり前って、お前」


 一日に何層を進む計画を立てるか、休息を取る間に消費するモンスター除けのアイテムの量は、三人が消費する食糧と水をどれだけ持ち込むか。

 ダーゲン達に一日で何層進んだか聞いておけばよかったと後悔しつつ、ジッツはダンジョンアタックに必要なアイテムの計画を立てていく。

 モネネの表情が渋くなるが、その辺りはカーナとじっくり話し合ってほしいところだ。


「収納系のマジックアイテムとか、ある?」

「騎士団にはありますけど、個人の持ち物となると……」

「だよねえ、それなりに高価だし。……仕方ない、調達してくるかあ」


 ジッツがぼやくと、モネネが疑問を口にする。


「それなりに高価って……収納系のマジックアイテムっていくらくらいするもんなんだ?」

「そうだねえ。一番安いものでも十万カランは下回らないかな」

「高っ!」

「そりゃ、便利だからね。ナル・コンクエスタは手に入ったら一個は自分用に取っておいて、二つ目以降で換金を考える感じになる。今の僕の資金だと、グレードの二番目に低いものがギリギリ買えるくらいかな。買ってくるついでに、食糧と水の調達も済ませてくるよ。では明後日、よろしくね!」


 ジッツは立ち上がると、二人に声をかけて屋敷を飛び出したのだった。

 これ以上いると、どんな間違いを起こしてしまうか自信がなかった。







「マーリィ様が勧めるわけだ。顔色ひとつ変えずに受け止めやがった」

「モネネ?」


 ジッツが帰ってしまった。それだけで屋敷が重く沈んでしまったような。

 カーナがひとりジッツを想って息をついていると、モネネが笑みを浮かべてそんなことを言い出した。

 確かに、状況の分からない最下層を目指すなどと初心者の二人に言われたら、普通は断るだろう。しかし、ジッツは平然と受けた。それはつまり、できる自信があるということ。


「ダンジョン・コンクエスタを目指すか……あいつは本気なんだな」

「そうね。……王家の遺構を踏破したら、ジッツはダンジョン・コンクエスタってことになるのかしら?」

「そうなる……んじゃないか? ……というか、分かってるか? 王家の遺構を踏破した時点で、このパーティは解散になるんだぞ。ジッツがダンジョン・コンクエスタになったらそこで、お前とあいつの接点はなくなるんだからな」

「そうね。でも、ダンジョン・コンクエスタになった後も、ジッツはきっと止まったりはしないんじゃないかしら」

「……どうだろうな。カーナはそうであって欲しいのか?」

「え?」


 モネネの言葉に、何となく自覚する。

 ダンジョンに潜っているジッツの生き生きとした様子が好きだ。出来るならば、その顔をずっと見ていたい。

 カーナは、成人の儀式が終わった後の自分の生き方をどうするか、何となく道を見つけた気がしたのだった。

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