第九話:王家の遺構に潜む悪意

 ダンジョンアタックをする朝がきた。

 ジッツがカルナック家の邸宅に到着した時には、カーナとモネネは門の前ですでに待っていた。


「お待たせ」

「ジッツ、準備万端ですね」

「最下層を目指すなら、当たり前のことだよ」


 そう言いながらも、カーナ達も十分に準備を整えている。カーナは背負っている鞄こそ前衛であるために小さいが、水と保存食をしっかりと詰め込んでいるようだ。

 ジッツの方は『ガナンの棘』を腰の右側、大型の水筒を左側に括り付け、背負った鞄には大量の保存食とかき集めたダンジョンのマップがぎゅうぎゅうになるほど詰め込んである。

 モネネの荷物も大型だが、何よりその左腕をかざるブレスレットにジッツは目を惹かれた。


「モネネさん、そのブレスレット……もしかして」

「あん? ヒーラーだから持っていて当たり前だろ」

「そんなことないよ。それがあれば、パーティの生還率は格段に上がるんだ。ヒーラーギルドでも品薄で手に入りにくいんだよ、それ」

「そうだったのか」


 大事そうにブレスレットを押し抱くモネネ。

 その様子を見ているカーナの笑顔が何やら不穏だ。


「良かったですね、モネネ。兄様の想いが感じられるでしょう?」

「な、か、カーナ!」

「ねえ、ジッツ? 私はそのブレスレットがどういう物か知らないのですが、どういう出自のものなのです?」

「霊水のブレスレット。飲み水にも、傷口を洗うのにも使える清らかな水を生み出すことの出来るマジックアイテムだよ。作り方がしっかりと伝わっている数少ないマジックアイテムのひとつなんだけど、ヒーラーだったらダンジョンに必ず持ち込みたい必需品だと言われていて、さっきも言ったけど常に品薄だし高価なんだ」

「あら。あらあら」

「な、何だよぅ」


 珍しく、モネネが真っ赤になっている。

 どうやらカーナの言う『兄様』が絡んでいるのだろうが、その辺りについては関わるべきではない。

 カーナもそれ以上モネネをからかうつもりはなかったようで、話を切り上げてジッツに確認してくる。


「ブレスレットがあっても、水は持っていくべきなのかしら?」

「もちろん。はぐれてしまった時、ブレスレットが破損して使えなくなった時、モネネさんの魔力が尽きた時。何が起こるか分からない以上、備えは必要だよ」

「なるほど、確かにそうですね。では参りましょう」

「うん」

「ああ」


 ダンジョンアタックは、何にしてもリーダーの号令から始めるべきだ。

 カーナの言葉を受けて、一行は王家の遺構へと向かうのだった。






 王家の遺構は、特に王族の墓というわけではない。

 しかし、クレムガルド古王国の王位継承に関わる『何か』が十層にあるため、王族に生まれた者は必ず王家の遺構を十層まで突破するように定められた。

 二十歳までに王家の遺構を十層まで突破しなかった者は王位継承権を剥奪され、同時にその家系は王族ではなくなるという。

 逆に、十層までを突破しさえすれば王位継承権は残るため、ほぼ形式的なものではあるが、三桁以上の王位継承権が存在するのはそういうわけらしい。


「まあ、別に継承の見通しがないですから、王位継承権なんて要らないのですけれど。剥奪されてしまうと私だけでなく、カルナック家の恥になりますので」


 石畳と石壁が整然と並んでいるダンジョンを歩きながら、カーナは王家の遺構を進む理由をジッツに話していた。


「そうなんだ。ならどうして最下層を目指すんだい?」

「……それは、その」


 途端に言いよどむカーナ。ジッツが怪訝な顔をすると、モネネが苦笑しながら事情を教えてくれた。


「カルナック家は、かつて王家より拝領した魔剣ファイアドラゴンを家宝として大切にしていたんだ。しかし、五代前の当主の息子が、この王家の遺構でそのファイアドラゴンを失っちまった」

「失った?」

「その時に王家の遺構に入ったパーティは、帰ってこなかったのさ。まあ、よくあることだろ?」

「……そうだね」


 自分たちの実力を過信して。あるいは突発的なアクシデントで。致命的なトラップを見つけることができずに。

 ナル・コンクエスタがダンジョンで命を落とすのは日常茶飯事だ。減ったのと同じだけか、あるいはそれよりも多くの者が、毎日、毎月、毎年。一攫千金や栄達を求めてダンジョンに現れる。ジッツもまた、その中のひとりなのだから十分以上に分かっている。

 ギルドで知り合ったトラップサーチャーの三割は既に命を落とし、また二割はダンジョンでの怪我が元でナル・コンクエスタを引退した。年齢や限界を感じて引退する者も、何らかの悪事を働いたとかで突然姿を消す者もいる。ジッツがトラップギルドの門をくぐった頃に知り合った中で、今も現役でナル・コンクエスタとして活動している知人は二割に満たないだろう。

 モネネの話を受けて、カーナが重い口を開く。


「当時ファイアドラゴンを持ち出した当主の子息は、王太子の護衛で王家の遺構に入ったと伝わっています。おそらく王太子は、王家の遺構を踏破しようと目論み、そしてその道の途中で命を落としたと。王家からカルナック家への叱責はありませんでした。王太子を護る為に死力を尽くしたものと判断されたからです」

「なるほどね。……ファイアドラゴンを取り戻したいってことかい?」

「いえ。ダンジョンのどこで命を落としたのか分からない以上、それが現実的な目的ではないことは十分に分かっています。ですが、カルナック家は王太子を護り切れなかったことを恥と考えたのです。王家の血が入ったカルナック家は、自らが率先して王家の遺構を踏破することで、最下層を目指す王族が少しでも減ればと考えています」


 カーナの目的には家の事情が関係している。その辺りは貴族なのだから当たり前だと思うジッツだ。

 言いよどんだのは、自分の家の事情で最下層を目指すことにジッツが反発することを考えてのことらしいが。


「へえ」


 ジッツは特に感慨もなくそう答えると、背負った鞄を下ろして中から数枚の紙束を取り出した。

 入手出来る限りかき集めた、王家の遺構のダンジョンマップだ。


「あの、ジッツ?」

「何だい?」

「軽蔑……しないのですか?」

「する理由がないよ。家の為に最下層を目指すなんて、立派だと思う」


 やはり、第十階層までは随分と詳細なマップが揃っている。

 第一階層をまとめたマップをぱらぱらとめくりながら、トラップの設置状況がジッツの目と重なるものを探す。


「大体ね、僕にしたって一攫千金が元々の目的だし、ナル・コンクエスタなんてダンジョンがなければほとんどがゴロツキだよ? そんな大層な理由なんてないけど、これしか出来ないからダンジョンにもぐるのさ」

「ジッツ……」

「さて、十階層までは短縮できそうだね。宝箱とかマッピングとかは出来るだけ無視して行くよ?」

「は、はい。お任せします」

「じゃ、行こうか」


 どのダンジョンにも言えることだが、第一階層には大したトラップはない。ジッツは目に着いたトラップを、堅実に解除しながら先に進む。

 後ろからジッツの手元を覗き込んできたモネネが、驚いたような声を上げる。


「ジッツ、お前それ……」

「そ。ここのマップね。どこまで正確かは分からないから、あくまで参考程度だけど」

「いや、そうじゃなくて! 王家の遺構はマップ作りが禁止されているんだぞ!?」

「そうなんだ?」


 言いながらもジッツは油断なくマップとダンジョンの状態を見比べていく。


「確かに非合法なマップも取り扱っている情報屋から仕入れたなあ。ダンジョンから戻った後に作ったのかもしれないね。大っぴらに売らなければ、ばれないだろうし」


 何か言いたげなモネネの方に向き直り、一言。


「死にたくないからマップの売り買いはあるんだし、それはここだって例外じゃないんだよ。王族の方にしたって、王家の遺構に入ったことがあるナル・コンクエスタに案内を頼むのが主流なんじゃない?」

「え、ええ。確かにそう聞いていますが」

「こっそり情報屋たちが隠している理由はそこさ。すべてのナル・コンクエスタがいちいち階層の作りなんて覚えているはずがないもの」

「そういうものですか」

「うん。とはいえ、頼りすぎるのも問題なんだけどね」


 記憶にあるかぎりを絞り出したこれらのマップは、往々にして記憶違いによる間違いが生じる。中には、悪意を持ってあえて間違ったマップを作る者もいる。

 マップが重要視しているのは、階層のつくりとトラップの位置だ。間違ったマップを作る者たちは、自分たちの偽マップでトラップに引っかかり、ライバルが減るのを望んでいる連中なのだ。


「そんな者たちが」

「結構いるよ。だから、大手のパーティほど一階層をクリアするのにじっくり時間をかける。売り物のマップには頼らず、自分たちで作ったマップを優先して使うためにね」

「なるほど」


 そんな話をしながら、第二階層への階段前にたどり着く。


「よし。ではこの一枚以外は処分、っと」


 自分が書き込みを入れたマップを紙束から切り離して、鞄の中に仕舞う。

 火打石を取り出そうとして、ふとカーナと目が合う。


「あ、そうだ。カーナ、この紙束燃やしてもらえる?」

「え? あ、はい」


 思った以上に素直に、カーナがファイアスターターで紙束に火をつける。


「ジッツ?」

「非合法なマップなんだろ? 今のうちに焼いてしまえば誰にもバレない。あとは帰りの時に、出口のところで残りを焼けば万事解決」


 何とも物騒な解決策を口にするジッツに、カーナとモネネも呆れ顔だ。

 ジッツは次の紙束を取り出しながら、階段を下りていくのだった。






 つい先日ダーゲン達が入っていたからか、モンスターはほとんど姿を見せない。

 九階層に入ってようやくぽつぽつとモンスターが出現するようになったが、ジッツが今までに歩いたダンジョンと比べても、正直出現数は多くない。


「……トラップ系のダンジョンかな、ここは」


 ぽつりと呟く。

 十階層にすら到達していないのに、連鎖系トラップが存在したことを考えると、トラップの質は必要以上に高い。


「トラップ系のダンジョンというのは、何です?」

「厄介なトラップを多めに設置しているダンジョンさ。モンスターもトラップには引っかかるからね、定期的に復活するけど、モンスターの数は間引きされる関係上かなり少ないんだ」


 カーナの問いに答えながら、またひとつトラップを解除する。


「十階層までに連鎖系トラップがあるってことは、僕が入った中で一番トラップが厳しいダンジョンかもしれないなあ」

「そうですか……」

「まあ、トラップが多いだけならそんなに苦労はしないよ。僕を信じてくれると嬉しい」

「ええ、それはもう」


 と、少し前から黙っていたモネネが、厳しい表情で二人を止めた。


「止まれ、二人とも」


 視線が向いているのは、一行が向かう予定だった順路とは違う道だ。


「どうしたのです? モネネ」

「血臭がする。人のだ……間違いない」


 言われてみると、かすかに漂っている。ダンジョンではよくあるものなので、言われるまで意識していなかった。

 ジッツはマップをポケットに仕舞うと、視線を周囲に巡らせながらカーナに問うた。


「カーナ。君とダーゲン殿以外で、この時期に王家の遺構に入るパーティは」

「いませんね。それに、入るパーティは事前に日程を城に報告する義務がありますから、今日は私たち以外はいないはず」

「城に?」

「ええ。この中で鉢合わせて、暗殺などされても困るでしょう?」

「なるほど、確かに」


 では、この血の臭いは何なのか。


「モンスター寄せのトラップかな? ……人食いのモンスターを呼び寄せて一網打尽にする系統の」

「何だそりゃ」

「ダンジョンのトラップは、人向けばかりじゃなくてモンスター向けのものもあるから」


 と、『ガナンの棘』がぶるぶると震えた。

 特に隠しておく理由もないので、ジッツは腰に手を添えて一言。


「どうしたんだい、ギーオ」

「ジッツ様! 私たちに任せて欲しいのですな!」


 ぽん、と音を立てて飛び出してきたギーオが、ジッツに願う。


「どうするつもりだい?」

「戦士の役を持つ者を呼び出しますな。単独で深層のオーガと渡り合える猛者ですな。私たちにはトラップは反応しないので安心ですな」

「ふむ……頼めるかい。ただし、決して無理はしないこと」

「了解しましたな! 君主ロードの名において、ギーオが同胞を導く。偉大なるララテアが『魔人の軍勢レギオニウス』より、戦士の役持つ者、来たれ!」


 ギーオが杖を掲げると、ひとりのレギオニウスが渦の中から飛び出してきた。

 背中に背丈ほどもある幅広の剣――カーナの持っているファイアスターターと同程度の長さだが、レギオニウスの身長からすると明らかに巨大な――を持ち、全身に傷跡が目立つ。仮面の一部にも爪痕のようなものが刻まれていて、見るからに歴戦の風格があった。


「……何事カ、ロード」

「ジッツ様のご用命だ。その通路の奥を調査しろ」

「じっつ様、ゴ尊顔ヲ拝スル栄誉……光栄ニ存ジマス。ゴ下命、確カニ」


 非常に洗練された一礼をして、物静かな雰囲気のレギオニウスは奥へと向かって行った。


「……雰囲気のあるレギオニウスでしたね」

「深層のオーガと単独で渡り合える腕前は伊達ではありませんな! 私に次ぐ古株ですので、よろしければジッツ様。命名をお願いしたいところですな」

「命名?」

「そうですな。命名することで、レギオニウスは役職を得るのですな。私が君主のレギオニウスになったように、役職付きのレギオニウスはそれまでより大きな力を得るのですな」

「そうなんだ」

「ジッツ様の現在のマナの総量であれば、三名ほどまでは命名して運用できると思いますな。そして、名付けたレギオニウスは私を通さなくても直接呼び出すこともできますな。お試しください、ですな」

「了解。そしたら、戻ってきたら名付けようか……っと、早いね」


 ギーオからレギオニウスの運用方法について説明を受けていると、奥から戦士のレギオニウスが戻ってきた。


「奥ニアルノハ死体バカリダ。もんすたーノ影響デハナイ。とらっぷニヨルモノト判断スル」

「死体ばかり? 何人くらいだい?」

「七名オリマシタ、じっつ様」

「……見て行きましょう」

「カーナ?」

「もしも許可を得ずに入ったのであれば、ここの管理をしている者がまず罪に問われます。七名もの侵入を許したとなれば、それを城に報告しないわけにはいきませんから」


 カーナの決然とした言葉に頷き、ジッツが先頭になって進む。そのすぐ脇には戦士のレギオニウスがつく。体のサイズは小さいが、何とも頼もしく思える。


「この男、は……」

「確か、ダーゲン殿と一緒にいた」


 確かコードと言ったか。

 マジシャンの男が、地面から生えた無数の槍に体を貫かれて絶命していた。

 周囲に倒れているのは、その仲間だろうか。黒焦げになった者、同じく全身を槍で貫かれた者、矢で脳天を貫かれた者と色々だ。


「あぁ」


 ジッツは何となく理解して頭を振った。


「標準的な連鎖型のトラップだね。トラップサーチとトラップダウンを使ったみたい」


 チャーチが手を尽くさなければ、ダーゲン達がこうなっていたというわけだ。


「それは分かりますが、いったいなぜ……」

「さあ? 何か理由はあったんだろうけど。……ダーゲン殿に代わって十階層に到達して再雇用を願ったのか、あるいは僕がカーナのパーティメンバーだと知って嫌がらせをしようとしたのか……」


 今となっては確認の方法もないし、確認する意味もない。

 しばらく誰も言葉を発しなかったが、ぽつりとカーナが口を開いた。


「進みましょう」

「いいのかい?」

「ええ。ファイアスターター!」


 カーナが剣を抜き、刀身が炎を吐き出す。

 魔力で作られた炎はコード達の死体を飲み込むと、そのまま跡形もなく焼き尽くしてしまった。


「ダンジョンでの生き死には自己責任……でしょう?」

「ん……そうだね」

「お、おい! いいのか? カーナ」


 カーナの言葉に笑みを浮かべるジッツと、慌てるモネネ。

 そのまま踵を返したカーナに声をかけるが、カーナは取り合わない。


「ええ。この件を上に上げますと、ベルモスト家とフリージア家に累を及ぼすおそれがありますから。ダーゲン殿があの男を解雇したところは私たちも見ておりますし、黙っておいた方がお互いに良いと思います」

「……政治ってやつ? 僕にはよく分からないな」

「同感ですな」

「……ああもう! 分かったよ! 忘れる、忘れればいいんだろ!?」

「ありがとう、モネネ」


 釈然としない様子のモネネだったが、納得はしたらしい。頭をがしがしと掻きながらついてくる。

 十階層は近い。






 なお、戦士のレギオニウスは十階層に入る直前でフェイスと名付けられた。

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