第十一話:ひとりだけでは駄目なわけ

 ワンダリングミミックの炙りを一口サイズに切り分けて、串を刺す。

 二人からの無言の威圧に負けてジッツが最初に口の中に放り込むと、固くはないが歯に抵抗する感触。

 だが、強引に噛んでみれば噛み切ることができて、じわりと広がる肉汁は中々の風味だ。

 慣れてみればこりこりとした食感が中々癖になる。ぼりぼり言わせながら無言で噛み続けていると、恐る恐るカーナがジッツの顔を覗き込んできた。


「ど……どうですか? ジッツ?」

「見たところ顔色に変化もないし、マナも変質してないみたいだが」

「ん」


 取り敢えず毒見をさせたのだから、食えとばかりに串を差し出す。カーナもモネネも互いに顔を見合わせていたが、二人とも拒絶はせずに串を受け取った。


「これは……食感が、その」

「癖になる味だけどよ……」


 黙々と、三人が口を動かす。

 ギーオとフェイスは油断なく周囲を見回している。匂いにつられてやってくるモンスターがいないか、警戒してくれているのだ。

 と、通路の向こうから、鼻を立ててこちらにふらふらと四本足のモンスターが姿を現した。


「ブロンズハウンドですな」

「斬獣剣」


 フェイスの剣の腕は、カーナに言わせると自分をはるかにしのぐらしい。

 一行はこりこりとワンダリングミミックの肉を齧りながら、フェイスの剣さばきを観察する。

 ブロンズハウンドは、体の一部が銅で出来ている獣だ。多くは皮膚や毛皮が銅で出来ていることが多いが、ダンジョンの深層では筋肉から内臓まで銅で出来ている個体に出会うことも珍しくない。

 フェイスはそんなブロンズハウンドの一頭を、たやすく一撃で斬り伏せている。

 ジッツにはいまいちどれほどすごいのか分からないのだが、隣でカーナが目を輝かせているところを見ると、普通ではないのだろう。

 ギーオはギーオで、何やらブロンズハウンドの死体を弄り回している。何かを探しているようだが。

 最後に口を開いて手を突っ込み、中から取り出したのは紫色の宝石だった。


「ありましたな。フェイス!」

「……俺は要らんぞ」

「そう言うものではないですな。ジッツ様が見ておられますな」

「む」


 フェイスが放られた宝石を手にすると、宝石は紫色の気体となってフェイスの仮面に吸い込まれた。


「……今更斬獣剣を鍛えてもな」

「ダイアハウンドも一刀両断できるのでしたかな?」

「アダマンハウンドまで試した。この剣はアダマント製だぞ」


 その言葉に眉を跳ね上げたのはカーナだった。

 それでも行儀よく口の中のミミックを飲み込んでからようやく立ち上がる辺り、やはり育ちの良さだろうか。


「あ、アダマント製と仰いました!?」

「む。そうだ。振るには少し重いが」


 驚いているのはジッツも同じだが、ギーオに視線を向ければ聞かなくても説明してくれる。


「……そうですな。私たちレギオニウスは、ララテア様に作られて以来、ずっとあるダンジョンに仲間を派遣して鍛えておりましたな」

「あるダンジョン?」

「ですな。入口は完全に封鎖されておりますな。成長途中の別のダンジョンと部屋がぶつかる時がたまにありますが、基本的にどことも通じておりませんな」

「そんなダンジョンが……?」

「大ガナン様の墓地ですな。小ガナン様がダンジョンを作り、ララテア様がトラップを作りましたな。人が入る前提ではありませんでしたので、トレジャークリエイションは付与されておりませんな」


 その言葉にこそ、ジッツは驚いた。

 大ガナンの墓地は、名だたるナル・コンクエスタが血眼になって探しているダンジョンの名前だからだ。

 そこにこそ、ダンジョンクリエイションの秘術が眠っていると予測する者も少なくない。


「我々はデ・マナとモンスタークリエイションの影響で出現するモンスターを討伐しつつ、いつか来る日のために各々を鍛えておりましたな。このフェイスは、最深層の大ガナン様の墓標付近を掃除するレギオニウスでしたな。深層を担当するレギオニウスは、大体フェイスと同じくらいのことはできますな」

「そ、そのアダマント製の剣は……」

「深層に現れるモンスターは強大ですな。ですが私たちは、仮面の破片さえあれば再生することができますな。フェイス、その剣はどのモンスターの死骸を加工して作ったものですな?」

「……アダマント製のリビングソードだ。加工は鍛冶の役の連中に任せた」

「そんなものを討伐したのですか……!?」


 愕然とするカーナに、フェイスはにべもない。


「この仮面の疵は、大ガナン様の廟を暴こうとしたシルバーオーガの爪によるものだ。俺が倒した中で、今までで最も強い敵だ」

「シルバーオーガ……」


 伝説のモンスターだ。

 本来はダンジョンではなく、この回廊世界に生息しているという巨人型のモンスターで、世界樹の加護の外の世界で生きることが出来る、数少ない人型生物のひとつだとされている。どこかの世界から渡ってきたものが進化したとも言われるが。

 この小さなレギオニウスは、そのモンスターと互角に戦ったということになる。


「強いんだなあ、フェイスは」

「光栄です……ジッツ様」


 ジッツの賛辞に、フェイスは照れたように俯いた。






 食事を終えた一行はダンジョンを進み始めたが、その速度は随分と遅くなっていた。マップの数も減り、その信頼度も随分と危うくなってきたからだ。

 目的が最深部への到達であるため、それぞれの階層を完全に確認しているわけではない。階段が見つかり次第その階層の探索を終えて次に進んでいるので、通常のダンジョンアタックと比べるとペースが決して遅くはないのが救いか。


「十日目、だね。……食糧は残り七割ってところかな」


 四十九階層の階段の前で、ジッツはそれぞれの荷物を確認していた。

 地図が潤沢にある二十七階層まででを三日、残り二十二層を七日で攻略した計算だ。

 普通のパーティと違って、ジッツたちにはレギオニウスの協力があるのが大きな強みである。

 本来ならばどこで休息を取るにしても寝ずの番が必要なのだが、ギーオに頼んでレギオニウスの何体かを呼び出しておけば、安心して休息が取れるのだ。

 休息が終わった後はそのレギオニウスを戻しておけばいい。十七万という数の暴力は偉大だ。

 五十階層に何が存在するか分からない。慎重にしっかりと休息を取った一行は、


「行こう」


 ゆっくりと階段を降りるのだった。






 五十階層は、階段を下りた瞬間から異質だと分かった。

 広いのだ。通路はなく、巨大な空間が視線の先に広がっている。


「鉄巨人がいた場所みたいだ」

「……嫌な空気だな。罠があります、って言わんばかりだ。ジッツ、トラップは見えるか?」

「いや、今見える範囲には反応が見えないね。……進もう」

「ええ、皆さん気をつけて」


 ゆっくりとした足取りで、周囲を油断なく見回しながら歩く。トラップはないにしても、モンスターによる奇襲がないとは言えないからだ。

 だが、トラップがないとジッツが断言したからか、少しだけ気の緩んだらしいモネネがふと口を開いた。


「それにしても……ジッツとレギオニウスのお陰で、ここまであたし達はほとんど仕事をしてない気がするな」

「何さ、いきなり」

「いや。トラップにもかからない、フェイスはカーナより遥かに強い。マップのお陰で時間も短縮できた。……あたし達、いなくてもいいんじゃないか」

「……それは違うと思うよ」


 カーナまでがモネネの言葉に頷くのを見て、ジッツは呆れた声を上げた。


「そもそも僕だって、『ガナンの棘』がなければトラップを解除するしか出来ないんだ。トラップクラッシャーだからね。ダンジョンでモンスターと戦う技術も、怪我を治す術も使えない。それに……」

「『ガナンの棘』にも欠陥はありますな。ジッツ様の使えるマナも無尽蔵というわけではありませんな。レギオニウスはひとりひとりを呼ぶだけであればわずかなマナで出来ますが、数を呼べばそれだけ膨大なマナになりますな。それに、ジッツ様のトラップを見るという力も、マナを使っているのは疑いありませんな。……ジッツ様のマナの消費を温存するのもダンジョンアタックでは大事なことなのですな」

「……つまり、今はジッツのマナの消費の許容範囲ということですか?」

「あなたがたがナル・コンクエスタとして未熟であることは疑いありませんな。それは経験の不足、仕方のないことですな。ですが、出来ることがない、などと言わないでほしいのですな」


 ジッツは二人よりも年下だが、ナル・コンクエスタとしての経験は二人よりも積んでいる。確かにレギオニウスや鉄巨人の力は頼りになるだろう。だが、ジッツは自分ひとりでダンジョンを踏破できるなどとは考えたこともなかった。

 前提からして間違っているのだ。そもそも、カーナがいなければこのダンジョンに入ることすら出来ていないし、モネネのブレスレットで作られた水には、一行は明らかに助けられている。

 あるいはレギオニウスにはそれすらもどうにか出来る可能性はあるのかもしれないが、ジッツはそこまでレギオニウスに頼るつもりもなかった。

 自分は、レギオニウスがいなければ何も出来ない人間ではないのだから。

 それに。ジッツには確信があるのだ。


「もし、ギーオたちと出会ってなくて、罠食いの力を知らなかったとしても。苦労はしたし、こんなに楽に来ることはできなかっただろうけど、きっと僕たちは今日ここまで来ていたと思うよ」

「……そうですね」

「……悪かったよ。拗ねてた」


 カーナとモネネがそれぞれの反応を示したところで、広間の奥が突然明るくなった。見通せるようになったその奥に、ジッツたちの目は巨大な立像を捉えた。


「あれは……!」

「来い! 鉄巨人!」


 巨像がこちらを見つけて動き始めるのと、ジッツが反射的にララテアの鉄巨人を呼び出すのはほぼ同時だった。

 ガナンの棘が蒼く輝き、三人の前に立ちはだかるようにしてもう一体の巨人が出現する。


『BAOOOOOOOOOOOOOO!』


 巨像が咆哮する。その姿は、人の全身鎧を模した鉄巨人と比べると、あまりにも不気味なかたちをしていた。

 牛の頭、四本の腕、それぞれの手には剣、槍、斧、クロスボウ。足は六本あり、巨大な尻尾はまるで蛇の尾のように地面をこすっている。

 だが、一行の目を引いたのはそれらの武器などではなく、体のいたるところに突き刺さった多数の武器だった。

 槍がある。剣がある。半ばで折られた斧がある。無数の矢が突き刺さっている。

 五十階層で誰もが止まった理由が分かった。ちらりと背後を見ると、巨大な魔法陣が壁に輝いていた。ジッツには見覚えがあった。緑色の輝き。あれほどの巨大なものは初めて見るが、あれは地上へと一瞬で帰るための帰還の魔法陣だ。

 ここに到達した誰もが戦ったのだ、あれと。そして勝ち目が見えずに、あの魔法陣を使って逃げたのだ。


「……あれは!」


 カーナが声を上げた。

 牛の頭を見ている。いや、片方の角を半ばまで斬りつけて止まっている剣を。


「あれは、あれはファイアドラゴン!」


 見間違いか、などとは聞かない。

 カーナがそうだと言った以上、あれはその魔剣なのだろう。


「ここに来たんだね、カーナのご先祖は。そして戦ったんだ、最期まで!」

「はい! はい……!」

「鉄巨人! あの巨像を、倒すぞ!」


 鉄巨人は吼えることもなく、静かにうなずくと棍棒を振り上げた。

 と、横にいるギーオがジッツに声をかけてくる。


「……ジッツ様。あれはおそらくトラップですな」

「そうだね。鉄巨人と似たようなトラップだろう」

「罠食いで食いとらなくて良いのですかな? あれはおそらくユニークトラップですけれども」

「ギーオの言いたいことは分かる。……でも、僕はあれを欲しいとは思わない」

「……理由をお聞きしても?」

「ひとつ、あいつはカーナのご先祖の仇だ。ふたつ、あいつの姿は不気味で気に入らない。みっつ、あんなやつよりララテアの鉄巨人が弱いはずがない! ……違うかい?」

「その通りですな! ジッツ様のお考えどおりですな! 正しくあの巨像ごときは、原初にして至高たるララテアの鉄巨人を真似ただけ! では私どもは……」


 鉄巨人が巨像の剣を肩で受け止め、棍棒を叩きつける。巨像は左腕の斧で受けたが、鉄巨人の棍棒は斧ごと左肩を軽々と叩き潰す。

 巨像の悲鳴が響くなか、ギーオとフェイスが走り出した。左右に分かれ、それぞれが叫ぶ。


君主ロードの名において、ギーオが同胞を導く! 偉大なる『魔人の軍勢レギオニウス』より、戦士の役持つ者よ来たれ!」

「ジッツ様の近衛インペリアの名において、フェイスが同胞に命ずる! 我らの敵は、ジッツ様に害を為さんとするモンスターの軍勢だ! その仮面に誓え! ジッツ様に勝利を!」

「じっつ様ニ勝利ヲ!」

「じっつ様ニ勝利ヲ!」


 見ると、奥の壁の所々が開いて無数のモンスターが湧き出してきているのが分かる。ギーオとフェイスはそれを察して、いち早く動き出したというわけだ。

 次々に出現する、鎧姿のレギオニウス達。手に持つ武器はそれぞれが違い、空からやってくるモンスターを、後方に位置するレギオニウスたちが弓矢と魔法で撃ち落としている。

 最前線のモンスターたちと、レギオニウスたちが激突する。

 オーガがいる、ゴブリンがいる。コボルドとレギオニウスたちが切り結び、ひときわ巨大なトロールが咆哮した。

 跳ね上がってそのトロールを両断したのはフェイスではなかった。

 突如始まった、まるで軍勢と軍勢の衝突。

 上の階層とはあまりにも違う。このような階層だったならば、なるほど五十階層で止まるのは頷ける。

 戻ってきた者たちを臆病だとは言えない。こんなもの、五人や十人のパーティで何とかできる規模ではない。


「……レギオン・トラップ」

「知っているのですか、ジッツ?」

「広間に設置され、モンスターを大量に出現させる『モンスターハウス』の上位版だよ。存在するのは伝わっていたけど……そうか、ここだったんだね」


 ジッツは上下左右をぐるぐると見回した。目元に力を入れる。

 強い脱力感があったが、それでもジッツは顔を動かすのをやめない。


「ジッツ?」

「あれはトラップだ。トラップなんだよ、カーナ」


 ジッツは膝をついた。脱力感の原因は分かっていた。レギオニウスの大量召喚と鉄巨人の維持でマナが急激に減っているのだ。


「ジッツ! 顔色が……!」

「本来は、ああやって正面衝突をするようなトラップじゃないはずなんだ。解除するための鍵は、必ずある……!」


 巨像は巨大な尾を振り回し、鉄巨人を薙ぎ払おうとする。

 しかし、鉄巨人は簡単に尾を受け止めた。が、巨像はその一瞬の間に斧ごと左腕を再生させて振り向きざまの一撃を鉄巨人に見舞う。

 炸裂音が響くが、鉄巨人は微動だにしない。


「凄ぇ……!」

「モネネ! それどころではありません!」


 カーナの鋭い声が飛んだ。

 ジッツは一枚一枚のタイルをじっと睨みつけるほど細かく、広間を見回す。光が見えないということは、このトラップを作った者は巧妙にそれを隠しているということだ。

 許せない、とジッツは思った。このトラップは悪意に満ちている。

 ここに現れた者を、ただ物量で作業のように殺すためだけに。背後にある帰還の魔法陣は、相手の心を折るための。


「モネネ、カーナ」

「ああ」

「ええ、分かっていますよジッツ」


 ジッツの呼びかけに、二人はしっかりと頷いてくれた。


「このトラップを解除するのは私たちとあなたの仕事。そうですね?」

「うん。……手を貸してくれ、二人とも。僕だけではこのトラップはきっと解除できない」


 ジッツの目には、怒りの炎が宿っていた。

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