第十二話:炎の魔剣と泥の巨像

 ララテアの鉄巨人は、ララテア・フリットが創り上げたトラップの中で最高峰と呼ばれるうちのひとつだ。

 ダンジョンの母と呼ばれたララテアの創始したトラップは多岐にわたるが、その一種に『自動人形』が存在する。

 単純な指令しか受け付けず、自律的な判断能力を持たなかったいわゆる人形のトラップに、自律思考とそれに応じた柔軟な行動が出来るようにしたのが『自動人形』と呼ばれるトラップだ。

 ララテアはその理論をおしげもなく仲間たちに教えたというが、ララテア以上にその理論を上手く使いこなせた者は存在しなかった。

 ララテアが創り上げた自動人形の中で、最高のもの。

 あらゆる魔術的効果を弾くとされる魔導金属製のボディは、硬度と弾性を併せ持つために物理攻撃にも高い耐性を持つ。更にはあらゆる破損を自力で修復する再生能力、駆動のためのマナを周囲から吸収する自律制動。

 魔術を弾きながらもマナを吸収するという明らかな矛盾を、ララテアがどのように解決したのかは明らかではない。そのため、ララテアの鉄巨人は永く空想の産物とされてきた。ララテアの創り上げたトラップの大半は、いまだその詳細が知られていないためだ。

 レギオニウスも、鉄巨人も伝承で、ララテア・フリットの最大のトラップは王城に存在する『絶望の檻』だけ。そんなことを言う学者もいるほどだ。

 しかし現在、ララテアの鉄巨人は実際に存在し、その劣悪な模造品を相手に勇を奮っているのだった。






 牛頭の巨像は、鉄巨人の攻撃を受けるたびに体を変形させるが、程なく元の形に戻る。普通ならば通用しないからと方法を変えようか悩むところなのだろうが、鉄巨人にはそういった無用な躊躇は存在しないようで、巨像の攻撃をその体で受け止めながら、ひたすらに肉弾戦に付き合う構えだ。

 鉄巨人が棍棒を振るうたびに、その体に突き刺さった武器の数々が巨像の体を離れて地面にばらまかれる。


「鉄巨人は馬鹿なのか? どれほど力があってもあれじゃ……」

「いいえ、モネネ。鉄巨人はあの巨像を自分で受け止めなければ、下で戦うレギオニウス達が蹴散らされることを理解しているのです」


 だだっ広い広間を走る三人。

 ジッツは二人の会話に加わる暇もなく、壁、天井、床と視線を絶えず動かし続けている。

 レギオン・トラップという大がかりなトラップに隠れて、ほかの罠が存在していないとも限らない。急ぐ一方で慎重な対応をしなくてはならない。

 レギオニウスたちの合間を縫ってこちらに向かってくるモンスターは今のところいない。

 しかしやはり空中には手が足りていないようで、空を飛ぶモンスターは地上よりも減っていない。


「斬翼剣!」


 と、地上から放たれた何かが空に浮かぶモンスターの一団を撃ち落とした。

 フェイスだ。レギオニウスたちの隊列からひとりだけ距離を置き、孤軍奮闘していたようだ。周囲のモンスターはすべて斬り伏せられ、手に持つアダマントの剣が蒼く輝いている。

 その空間を埋めるようにモンスターが殺到した。見ると、奥からはまだまだ切れ目なくモンスターが出てきている。

 フェイスの仮面も、その中の表情もこちらからは見えないが、蒼い光が瞬くたびに群れに埋もれたフェイスの姿が見えるようになるから、まだまだ余力は残っているようだ。

 一方でギーオも負けてはいない。


「……ですなっ!」


 ギーオが杖を振るうと一閃、周囲のレギオニウスたちが魔術を放つ。

 彼らの後ろから状況を見つつ、破られそうな隊列や空中に魔術の雨を降らせていく。実に巧い。

 指示を叫んでいるようだが、全部は聞き取れない。魔術の轟音やモンスターたちの咆哮に紛れて、わずかに彼の声が聞こえてくる程度だ。

 ジッツは鉄巨人やレギオニウスの背後を青い顔で走り回っているが、今のところ良い結果は出ていない。


「見当たらない……! 一体どこに」


 ここにない。そうなると、モンスターたちの出現している穴の方に手がかりがあることになる。

 しかし、あれ程のモンスターの群れだ。このまま突っ込むとなると、レギオニウス達に更なる負担をかけないとならなくなる。

 戦うレギオニウスたちを見つめるジッツに、カーナが声をかけてくる。


「ジッツ、もしかして」

「うん。……あの向こうにあるのかも」


 レギオニウス達とモンスター達は、明らかにレギオニウス達の方が押している。しかし、モンスター達は奥の穴から際限なく吐き出されてくる。レギオニウス達にそれを押し込むように願うことは、彼らに相応以上のリスクを背負わせることにもなるのだ。

 しかし、このままでもレギオニウス達の努力は報われないままだ。

 そんなジッツの逡巡を察したのか、カーナも難しい顔をして黙り込む。


「どうするんだ、ジッツ!?」

「せめてあの巨像をどうにか出来れば……鉄巨人の力があれば、モンスターの対処も楽になるんじゃないかと思うけど……」


 三人が牛頭の巨像に視線を向ける。

 と、カーナが目を大きく見開いた。その視線は、牛頭の頭。角の辺りに注がれている。


「ジッツ、鉄巨人に伝えてください。あの角を折って! あれは魔剣ファイアドラゴン! あの剣の力を引き出せれば、あるいは!」

「ファイアドラゴン?」

「ええ。吹き上がる炎が、まるであのドラゴンが吐き出す炎のようだと言われた、カルナックに伝わる最強の魔剣です! あれがあれば、巨像は無理でも、モンスターたちなら!」


 その言葉を受けたジッツは、すぐに決断した。


「鉄巨人! あの巨像の角を砕くんだ! 魔剣を、ファイアドラゴンをカーナに!」







 回廊世界最強の生物は何かと聞かれれば、その答えは常にひとつしかない。

 ドラゴン種だ。

 極めて強靭な肉体と、不死身と言っても差し支えないほどの生命力、そしてそれぞれの生態に応じた特殊能力。

 強大な威力を持つブレスは、町はおろか国ひとつを滅ぼすこともあるとされ、ドラゴンの出現はそれ自体が滅びと同一視されることも多い。

 回廊世界は広く、慈悲深いドラゴンが縄張りとして人を住まわせている国や、ドラゴンを人が打ち倒して使役している国さえあるという。

 ドラゴンの名を冠する武器は、それ自体が最上級のマジックアイテムである証明でもある。

 カーナのカルナック家に伝わっていた魔剣ファイアドラゴンは、あるダンジョンを踏破した時に手に入ったとも、ダンジョンのトレジャーとして偶然に入手されたとも伝わっている。

 カーナが持つ魔剣ファイアスターターは、ファイアドラゴンがダンジョン内部で失われたことでカルナック家が大枚をはたいて購入した炎の魔剣だ。しかし、その放つ火はかつてのファイアドラゴンを知る者たちを大いに失望させたという。






 鉄巨人はジッツの言葉を受けて、棍棒を大上段に振り上げた。

 あるいはいい加減、再生を繰り返す巨像に焦れていたのかもしれない。


『BAUUUUUUUUUU!』


 振り下ろされた棍棒を、巨像は初めて回避しようとした。しかし、全力で振り下ろされた棍棒の速度の前では遅すぎた。

 正面から真っ二つにこそならなかったものの、角と左側の二本の腕までが切り離され、左足が叩き潰される。


「よし!」


 切り離された角は、幸運にもファイアドラゴンが刺さっていた方だった。地面に落下した角に向かって、カーナとモネネが駆ける。

 ジッツはそれには追従せず、巨像の方を強い視線で睨んでいた。


「……避けた?」


 鉄巨人の戦いをすべて見ていたわけではないが、今まで鉄巨人は縦の攻撃を行ってきていない。それは、レギオニウスたちやジッツたちに被害が及ばないようにするためだと思われる。

 特に巨像の四本の腕が繰り出してくる攻撃を弾き、逸らすためには横や斜めから振る必要があった。

 鉄巨人は尋常ならざる防御力、巨像は再生能力という違いはあったが、どちらも相手の攻撃を受けつつ反撃をしてきていたのに。


「ジッツ!」


 カーナの鋭い声が飛んだ。その手には、紅い刀身の剣。柄は豪奢に輝き、刃の周囲は高温のせいか揺らめいて見える。

 ファイアスターターを抜いたカーナは何度となく見てきたジッツだが、カーナが紅い魔剣――ファイアドラゴンを持っている姿は絵画のように似合っていた。

 まるで断罪を司る天使のような。


「……ジッツ!」


 見惚れることを許された時間は少なかった。当たり前だ。今は本来、それどころではないのだから。

 ジッツは周囲を見た。棍棒を振り下ろした鉄巨人は、その姿勢のままで止まっている。叩き潰した足を押さえているからか、角と腕の二本を喪っているからか、巨像の再生がにぶい。


「カーナ! 鉄巨人の肩に!」

「……成程! 分かりました!」


 鉄巨人の真下に走り込むジッツの姿に、意図を理解したらしいカーナが同じく駆けてくる。


「行って!」

「はいっ!」


 踏み台にすべく腕を組んだジッツの両手を踏んで、カーナが跳ねる。ずしりとした重みがジッツを襲うが、声は上げない。

 こういうところくらいは男らしさを見せたいのだ。


「見えます!」

「ギーオッ! フェイス! カーナがでかいのを使う!」


 騒がしいが、ジッツはギーオと念話で話したことがある。念のために出せる限りの声で叫んだが、ジッツの考えは間違っていなかったようで。


『分かりましたな、ジッツ様!』

『了解だ、少し下がる』


 フェイスもまた何やら大技を使ったようで、トロール数体が手もなく倒れるのが見えた。奥からこちらに跳ねてきたのがフェイスだろう。


『いけますな!』

『頼みます!』

「やってっ、カーナァァ!」

「カルナックの名の下に……吼えなさい、ファイア・ドラゴン!」


 カーナが剣を天井にむけてかざすと、ファイアスターターなど比にならないほど大量の炎が刀身から吐き出される。

 カーナが剣を振り抜くのに合わせて、炎が帯のように敵陣に振り下ろされる。

 たくさんの悲鳴が響いた。

 爆発はなく、高温と灼熱がダンジョンの奥を等しく焼く。

 後から現れるモンスターも巻き込みながら、炎が躍る。


「……すっげえ」


 モネネとジッツは、思わずまったく同じ言葉を漏らしていた。

 強大な火力の前に、レギオン・トラップのモンスターたちは成すすべもなく焼き尽くされていく。

 その様子を見ていると、何となく息苦しくなってくる。炎とは恐ろしいものだ。焼くものがなくなったからか、炎が少しずつ小さくなっていく。


「いけませんな! 風を!」


 と、何やらギーオが慌てて杖を持ったレギオニウスたちに指示を出した。

 レギオニウスの魔術だろう、後ろから強い風が吹いてくる。吹き飛ばされるほどではないが、ばたばたと服がはためく。

 炎が天井に向けて巻き上げられ、ギーオが再度手を振ることで消えた。


「……ふう、これ以上やったら空気がなくなってしまいますな」

「……助かったよ」


 思考力まで鈍っていたようだ。ギーオの言葉に、炎が燃え続けることで生じる危険を思い出して、ジッツは額の汗をぬぐった。

 レギオニウスたちの体高は――名を付けて大きくなったギーオとフェイスでさえ――ジッツの半分程度だ。見える範囲にモンスターの姿がないことを確認して、ジッツは走り出す。

 レギオン・トラップのモンスター排出口の中まで炎が入ったおかげでモンスターは出てこられない。しかし、それも大した時間ではないはずだ。

 念のためにフェイスのいる場所を目指して、ジッツは最前線に足を運ぶ。


「ジッツ様?」

「……レギオン・トラップの発動地点を探しているんだけど……あっちにはなくてね」

「お護りします。ジッツ様、ですが……」

「分かってる。……でも、これじゃ」


 地面にはモンスターの焼け焦げた死体が散乱していて、見ることができない。

 壁に空いた穴の向こうには、赤い光が散発的に見えるが、あれはモンスターたちを生み出しているものだろう。

 天井を見上げるが、ファイアドラゴンのつけた焦げ跡以外はめぼしいものはないようだ。


「……じゃあやっぱりあれがカギかな……カーナ!」


 ジッツが振り返ると、そこに見えたのは巨像と、その奥の鉄巨人。その肩にはまだカーナがいた。

 そして、巨像の尻尾が不気味に蠢いているのだ。


「なんですか、ジッツ!」

「今すぐそこから降りて! 巨像そいつはまだ死んでない!」


 そう答えるのと、巨像の体が溶けるように崩れるのとでは、どちらが早かっただろうか。

 鉄巨人が片手でカーナを押さえると、大きく後ろに跳んだ。


「何だ……一体なにが」


 恭しい手つきで鉄巨人がカーナを地面に下ろす。

 巨像だったものはぐねぐねと蠢くと、今度はまるで鉄巨人そのもののような姿になって立ち上がった。

 色は濃いねずみ色。その体から突き出ている刃や棒は、地面に落ちていた武器を再び取り込んだからか。


マッド巨像ゴーレム……」


 人形シリーズのひとつ、ゴーレム。

 単純な指令のみをうけつける人形の中でも、最も完成に近いと言われたものだ。

 その身が朽ちるその瞬間まで、ただ与えられた指令を愚直に叶え続けるもの。

 マッドゴーレムはその中でも変種であり、決まった形を持たない。

 そのため、戦闘能力もそう高くはない。しかし、基本的に湿気の多いダンジョン内部において、朽ちにくいという利点があるのでトラップとして採用される事例が多いのも事実だ。

 それにしても、大きすぎる。そして、自ら形を変えるというのは。


「ララテア様の理論を流用して、改造したのかもしれませんな」


 近くに寄ってきたギーオが、ジッツの疑問に答えを返す。

 レギオニウスたちがジッツを囲むように集合する。


「どうしたの? ギーオ」

「レギオン・トラップの反応が鈍くなりましたな。残存するデ・マナが減ったのだと考えられますな」

「どういうこと?」

「レギオン・トラップはデ・マナからモンスターを生み出す禁忌の技術ですな。本来ダンジョンのトラップは、デ・マナを効率的にマナに変換するためのものなのですな。しかしトラップが存在しない場所などにデ・マナが貯まると、そこには大量のモンスターが出現することになりますな。それがモンスターハウスの原理なのですな」

「まさか、レギオン・トラップって……」

「意図的にデ・マナを圧縮貯蔵して、モンスターハウスを疑似的に、大量に発生させるトラップですな。これはダンジョンをお創りになった大ガナン様の意図に明確に反しているのですな。侵入してきた人間を殺すためだけの、悪質なトラップなのですな」


 ギーオが怒りのこもった声で言う。

 しかし、ならば何故、反応が鈍くなったのか。


「反応が鈍くなったのは……」

「デ・マナを消費しすぎたのですな。モンスターが生まれる濃度を下回ったと考えられますな。生み出されたモンスターの死骸ごと、カーナ様が焼き払ってくださったお陰で、この部屋の中のデ・マナは一気にマナに分解されましたな。少なくともマッドゴーレムを倒すまでであれば、これまでほど大量のモンスターが出現することはないと判断しますな」


 ギーオの言葉を信じるかどうか。

 ジッツは悩まなかった。トラップクラッシャーとして、師匠であるマーリィから聞かされた言葉が頭に浮かんだからだ。


「……ダンジョンにはモンスターを排除するためではなく、人を殺すためだけのトラップがたまに存在する。そこには、それを創ったトラップクリエイターのねじくれた人間性が詰まっている」


 そして、それを解除するためには、そういうクリエイターがどんなねじくれた意図でトラップをデザインしたか。それを知ることが大切なのだと。


「そんなトラップはこの世界に存在しちゃいけない。見つけたら絶対に壊すんだ」


 ジッツには確信があった。

 壁にある帰還の魔法陣。マッドゴーレム。レギオン・トラップ。

 戦おうとする者には、形をとらせることで目の前にある巨像がマッドゴーレムであることを隠蔽し、その相手をしている間にレギオン・トラップで更に心を折りにかかる。

 本来は攻撃を避ける必要などないはずのマッドゴーレムが、鉄巨人の攻撃を避けたわけ。あれは最初から、侵入者を殺すことを最優先の目的にしていない。

 挑む者をあざ笑うような、クリエイターの底意地の悪さ。


「レギオン・トラップも。この部屋のトラップすべてのカギは、間違いない」


 ジッツは胸の内から湧き上がる怒りのままに叫んだ。


「あのマッドゴーレムの中にある! ブッ壊すぞ、みんな!」


 鉄巨人が静かにうなずき、カーナが、モネネが、ギーオが、フェイスが、レギオニウスたちが――


「応!」


 一斉に怒号のような声で返した。

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