第十七話:ジッツ・フリット

「おや、ジッツ」

大師匠グランマ。ただいま」

「おう、お帰り。よくやったね」


 トラップギルドに戻ってきたジッツは、マーリィにことの顛末を説明した。

 マーリィは呆れかえった口調で、そして同時に満面の笑顔でジッツの選択を笑い飛ばした。


「まったく、お貴族様になるチャンスを放り捨てるとはね? 馬鹿じゃないのかい、あんた」

「そんなことはないよ大師匠。大師匠だってそうだったんだろ? 僕たちはナルがあろうがなかろうが、結局ダンジョンに魅入られてしまっているんだよ、きっと」


 ダンジョン・コンクエスタ。

 マーリィもまた、かつてダンジョンを踏破した恩賞として提示された貴族の位を固辞し、トラップギルドの一員として永く最前線でダンジョンに挑んだのだ。


「陛下も仰っていたよ。さすがマーリィ様の弟子、さすがダンジョン・コンクエスタだってさ」

「まったく。変なところまで教え込みすぎたかねえ」


 マーリィは尖った耳をぴくぴくと動かしながら息をつく。

 しかしジッツもそれなりにマーリィと付き合いが長いので、それが本心ではないことも分かっている。そもそもマーリィは上機嫌の時はいつも耳が動くのだ。


「まあ、断っちまったんだったら仕方ない。で、どうするんだい?」

「どうって?」

「モネネって小娘はフレアードの坊やに嫁ぐんだろ? ならパーティメンバーはあんたとカーナだけになったんじゃないかね」

「そうなんだよね。カーナのことを考えると、メンバーを追加するにしても誰でもいいってわけじゃないし」

「だね。ま、縁があれば相手の方から寄ってくるさ。ヒーラーやファイターがいなくたって、あんたの場合は何とでもなるだろ?」


 マーリィの言葉に、ジッツは首を横に振った。


「僕のマナの量に依存してるからね。そんな過信をしてたらあっという間にダンジョンに屍をぶちまけることになっちゃうよ」

「そりゃ、そうだ」


 マーリィは愉快げに笑うと、出来の良すぎる弟子に言った。


「あんたはそれでいい。強い力を手にしてもそれに溺れない。それはコンクエスタとして大事な素質だ。腐らすんじゃないよ」

「大師匠……」


 ジッツは唐突に、マーリィに頭を下げた。


「どうしたんだい?」

「大師匠のお陰で僕はトラップクラッシャーになれた。トラップギルドの皆のお陰で僕は今ここにいられる。本当にありがとうございます」

「ジッツ……あんた」


 マーリィが驚いた声を上げたのは一瞬だった。ごそごそと音を立てた後、今度はジッツを頭から叱り飛ばす。


「ダンジョンをひとつ踏破したくらいで、もう一人前ヅラかい!? まだまだあんたは半人前だ、そんな言葉は十年早い!」

「えぇ……」


 顔を上げれば、マーリィは何やら目元を揉んでいる。

 こちらの視線に気づいたか、咳ばらいをひとつして視線を逸らす。


「明日はカーナとダンジョンアタックかい?」

「その予定だよ」

「気をつけて行くんだよ、半人前」

「ありがと、大師匠」


 ジッツはマーリィに背を向けると、ぷらぷらと手を振って部屋を後にした。

 腰のナイフがぶるりと震える。


「大丈夫だよ、ギーオ。君やフェイス、カーナが居てくれる限り、僕たちはどこまででも潜っていける。……そうだろ?」


 トラップギルドの門前には、もう見慣れた赤い髪。

 ジッツの顔を見つけたのか、花咲くような笑顔。

 ジッツもまた笑みを返し、彼女に聞こえるように大きな声を上げる。


「カーナ!」

「ジッツ!」


 笑みを交わす初々しい二人を、天盤と世界樹が優しく見守っていた。




 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

罠食え!~トラップ・コンクエスタ!~ 榮織タスク @Task-S

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ