第19話 荒野の国-⑲




 ――空は、鳥の世界だ。

 飛ぶことを許された者だけの、限られた世界だ。

 人は飛ぶことが出来ない。


 翼も、エンジンも、なにもないから。

 魔法の力を駆使しても、人は未だに、空に憧れ、手を伸ばすことしか出来ない。




 一歩で肉薄したロードを打ち払う。

 春秋が喉元まで伸ばした手は虚空を掴む。


 黄金の剣が薙ぎ払われる。

 白銀の剣が受け止める。


 金と銀。


 ブレイズ・ギアを手に握りしめ、春秋は淡々とした表情で幾度となく打ち合う。

 ブレイズ・ギアに酷似した銀の剣を握るロードは、かろうじて春秋の剣戟に食らいついていく。


「もう諦めろロード。お前が俺に敵わない」


「わかっています。ええ、わかっています」


 十号を超える打ち合いの果てに、ロードは春秋と距離を取った。

 肩で息をしているロードに対して、春秋は呼吸一つ乱れていない。


 両者の戦いを、アークは眺めることしかできない。

 転生者を犠牲にし、世界を守ろうとするロード。

 世界を犠牲に、転生者の来世を守ろうとする春秋。


 どちらが正しいか、アークにはもうわからなかった。

 サラーサは呆然と、もう二度と動かない銀のナイティレイズの亡骸を見つめている。

 その瞳は、何を見据えているのか。


「だから、私もこの身体だからこそ出来ることで戦います」


「――だろうな。クロードに与えたその力こそ、お前の目的だしな」


 ええ、とロードは頷いた。アークはハッ、とロードへ視線を向けるが、もう両者にアークの言葉は届かない。


 ロードが手を掲げ、呼応するように銀色の炎が発生する。

 その銀色の炎は、サラーサは何度も見たことがある――クロードの、力だ。


「命の炎。春秋さん、貴方しか使えないはずのこの力を、彼は持っていました」


「そうだな。……まあ、使えないわけじゃない。俺じゃなければ制御しきれないだけだ」


 春秋の言葉にロードは頷く。

 そして、ロードに見せつけるように、春秋も黄金の炎を浮かび上がらせた。


 金と銀。

 二色の炎が、塔を照らす。


「命を望むエネルギーに増幅し、変換することの出来る力――これこそが、ボクが求め続けたモノ! これがあるから、塔はより効率的なシステムを構築することが出来ました!」


「わかっているさ。それも俺の落ち度だ。可能性の全てを見通して潰さなかった、な」


 ロードは握りしめた銀の剣に炎を纏わせる。

 春秋も同様に、ブレイズ・ギアに炎が集う。


「一のエネルギーを変換した場合、そのエネルギーの総量は十へと増幅される、理屈も超越した力! それこそが無限機関であるこの力!」


「そうだよ。だから本来人間じゃ使いこなせない。増え続けるエネルギーは、人の身体では耐えられない」


 ロードは笑う。

 だからこそ、この身体を手に入れたのだと。

 クロードを騙し、肉体を奪い、関わっていたアークを騙すために、偽りのクロード・銀のナイティレイズを造り出した。

 そうして手に入れた力こそ、無限変換機関・命の炎。

 世界の管理者たる炎宮春秋にしか使えなかったその力を、ロードは手に入れた。


「だから、この力があれば!」


 ロードが銀の炎剣を振るうと、極大の炎が渦巻き春秋を飲み込んだ。


「あなたにダメージを与えることだって出来る。あなたを倒すことが出来る。あなたさえ倒せば、この世界は未来永劫生き残れる! 永遠の発展があるのです!」


「――そうか」


 春秋は何事もなかったかのように、銀の炎を振り払う。

 全ての銀の炎を、金色の炎が飲み込んでいく。


 その表情は冷め切って――いや、寂しげに目を伏せている。


「命の炎をその程度・・・・にしか使えないなら、そもそも世界の発達には使えない」


 金の炎が、背中に集う。炎の翼を広げ、春秋は――空を飛んだ。


「っ――」


「命の炎は、生命エネルギーを変換する力――だけではない。ありとあらゆる力を変換できる。だからこそ無限機関。命を力に。力を命に。溢れ続けるエネルギーを巧みに使いこなすことこそが、その力を手に入れたモノの命題だ」


 一の命を、十の力に。

 十の力を、百の命に。

 百の命を、千の力に。

 無限にエネルギーを増やし続ける命の炎。

 それこそが、炎宮春秋の力の全て。

 命も力も、全てが無尽蔵である。


 命を力に変えた。その力は浮力。

 炎の翼は春秋に空での自由を保障する。翼を広げ、ロードを見下ろす。


「上から見下ろして……神ですか、あなたは!」


「神じゃねえよ。最初から最後まで、俺はただの化け物だよ」


 何の感情も籠っていない言葉に、サラーサはびくり、と身体を竦ませた。

 春秋は何度も自分は神では無い、と言っていた。

 ――そして、一度も自分を人間である、とも言っていない。


 ブレイズ・ギアが弓の形状へと変化する。

 春秋は炎を矢として扱い、上空からロードへ向けて斉射する。

 ロードは塔を背にし、銀の炎剣で矢を振り払う。


 ――だがその数は決して少なくない。

 まるで雨。否、滝の如く押し寄せる炎の濁流の前に、ロード一人では捌ききれない。

 炎と煙でロードを見失いつつも、春秋は斉射の手を緩めない。


 煙を引き裂いて、ロードが空へと飛び出した。

 春秋と同様に命を力に、浮力へと変えて。


 銀の炎を翼にして、ロードもまた空へと飛翔する。


「世界を、守るんだ! 何を犠牲にしてでも!」


 振るわれた銀の炎剣を、ブレイズ・ギアが受け止める。


「っ――」


「世界を守る貴方が、世界を滅ぼすなぁ!」


 ロードの叫びが、春秋を押し込む。

 炎のエネルギーを変換させ、爆発させる。加速度的に推進力を得たロードは、剣を受け止めた春秋ごと壁へと激突する。

 春秋は激突と同時に、手の平に貯めたエネルギーを爆発させ、壁を破壊する。

 両者は、空へと飛び出した。


 眼下に広がるリスタリアの街を一瞥し、春秋とロードは睨み合うように対峙する。


「それでも俺は、約束を破った俺を許さない」


 春秋はぽつりと、言葉を漏らした。

 それこそが、春秋がこの世界に来た理由。

 彼は、世界の管理者として――ではなく、転生者たちと約束した、炎宮春秋としてこの世界を終わりへと向かわせる。


「させません。絶対に。この世界を、優しいこの世界を、終わらせることなんて、絶対に!」


「ならばわかっているだろう。どっちみち俺たちは、戦うことでしか決着を付けれない」


「僕が転生者を搾取し続ける限り」


「俺が全ての塔を破壊することを曲げない限り」


「「背負うと決意を固めたあの日から、譲れない答えを抱いているっ!」」


 奇しくも両者は同じ言葉を発して、空を走る。

 炎の翼を広げ、大きく左右に弧を描きながら両者は激突する。

 金と銀の炎がぶつかり合い、目映い光を放ちながら幾度となく衝突し合う。

 8の字を描きながらの空での戦いは、異常を察した市民たちにも知られていく。


 知るべきだ、と春秋は考えている。

 今の自分たちの豊かさが、なにを犠牲にしているのか、受け止めるべきだと。


 知らないべきだ、とロードは考えている。

 豊かさの裏で犠牲になる者のことなど、幸福を素直に享受できなくなるから。


 真実はどちらにあるのか。

 ――恐らくは、どちらにも、ない。


「――フォトン」


 十度の打ち合いの果てに、春秋は右手を水平に振り払った。

 命の炎によって増幅された魔力を用いて、魔法を放つ。

 百を超える魔力の球体を一斉にロードへ向けた。


「ブラスターっ!」


 ロードもまた、増え続けた魔力を球体へと押し込めて、スフィアたちにぶつけていく。

 その全てを相殺しきれるとは思っていない。ブラスターの壁を越えてくるスフィアを、ロードは的確に振り払っていく。


「っ!」


「お前の気持ちはわかっているよ。でもな、この世界はもう終わったんだ。終わる世界に、縋ってはいけない。これ以上、この世界に甘えるな」


 どこまでも、春秋の優勢は変わらない。届かない。ロードは理解していても、春秋への攻撃をやめるつもりはない。

 諦めるくらいなら、最初から裏切ることなどしなかった。

 転生神ロードは、創造主たる春秋に消される未来を理解していても、この世界を見殺しには出来なかった。


 さらに上空へ飛翔した春秋を忌々しく見上げた。

 春秋の瞳はどこまでも冷たく、リスタリアの塔へ向けられる。


「機能解放。ガン・ブレイズ――クォート・デバイス」


 ブレイズ・ギアが新たな可変をする。

 片手剣から弓へと可変していた黄金の武器は、燦然と煌めく二丁のピストルへと変化を遂げた。


 一つのピストルの銃口を、塔に向ける。


「やめてくれ! この世界を失いたくないんだ!」


「黙れロード。ならば最初から俺を頼ればよかっただろう。そうすれば、別の道が見えたかもしれないのに……!」


 失われた命は、二度と取り戻せない。

 世界の管理者たる春秋が、自分自身に定めたルールだ。

 だからもう、彼が約束した転生者たちは、帰ってこない。


 歯を食いしばりながら、春秋は銃身に命の炎を集約させる。

 無限に増え続けるエネルギーを、小さな弾丸へと凝縮していく。

 それは、彼の必殺の技。


「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


「『Яe・zero』」


 飛翔するロードが、塔を守るように立ち塞がる。

 だが、春秋は躊躇うことなく引き金を引いた。


 放たれた無限を内包する弾丸が、ロードの半身を吹き飛ばし――そして、塔へと着弾した。


 一瞬の沈黙。刹那の間に放たれる爆音。

 轟音と共に塔に罅が入っていく。

 その一撃は、外壁と、中央の柱を見事に貫いていた。

 崩れていく塔。

 崩壊していく柱。


 壊れていく光景を、春秋はただただ空しく眺めている。

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