第13話 荒野の国-⑬




「はー。結局、有力者の協力は取り付けられなかったか」


 式典の当日、春秋は盛大にため息を吐いた。

 宿のチェックを済ませると、サラーサは不安げに春秋を見つめている。

 サラーサもまた、式典までの数日を全てクロードの捜索に充てていたが、手掛かりすら見つからなかった。


「……兄さん、何処にいるんでしょう」


「案外、塔の中だったりしてな」


 残っている可能性があるとすれば、だ。

 工業エリアで働いている作業員たちは、塔の内部に詳しくない。

 誰が、どう働いているのか。それすら知らないのである。

 クロードが生きているならば、もうそれしか可能性はない。

 ……生きているの、ならば。


「でも、塔の中には……」


「そうなんだよなぁ」


 春秋としても最大限の見返りを用意して有力者に近づいた。

 だがその誰もが、塔の中に入りたいという春秋の条件に首を縦に振らなかった。

 式典の日に塔の中に入ると豪語していた有力者ですら、だ。

 春秋の素性を問題視はしていなかった。

 でも、彼らは一様に春秋の同行は認めなかった。


「……最悪の手段を取るか」


「春秋様?」


 正直な話、春秋からすれば――最悪の手段だが、無理矢理塔に入ることは出来る。

 簡単な話だ。


 実力行使。


 春秋が剣を執れば敵う者などいない。

 機工兵士マキナサーヴァントがどれだけいようとも、障害にすらならない。

 春秋の目的だけを考えれば、それで十分ではある。

 春秋はどうしても塔に進入し、真実を暴かなければならない。

 そのためなら実力行使もやむを得ないと判断出来るが。


 サラーサは違う。

 サラーサはあくまでクロードを探しているだけだ。塔の中にいるかもわからない状態で、塔に無理矢理押しかけるわけにはいかない。

 ましてやサラーサはここしばらくずっと春秋と一緒にいた。

 春秋が実力行使で押し通れば、サラーサにも迷惑が掛かることは間違いない。


「……ったく」


 毒づくと、表情を引き締める。


「ああ、まだ出発してませんでしたか」


「コロッセオさん」


「よう、アーク。酒は抜けたか?」


「ええ。なんとか」


 鎧一式を着込んだアークが珍しく共も付けずに春秋を訪ねてきた。

 その表情は柔らかく、これから警護に当たる人間としては――非常に不安さを感じさせる表情だ。

 思い詰めたような、決意を固めたような。


「炎宮殿。塔の中に入りたいのですか?」


「ああ、そうだが」


 唐突なアークの問いかけに、春秋は隠すことなく答える。

 嘘を吐く必要はない。それだけの雰囲気を、アークから感じた。

 うんうんとアークはしきりに頷くと、にっこりとサラーサに微笑みを向ける。


「わかりました。私が案内しましょう」


「っ!」


「……いいのか?」


 アークはこの街を――塔を守る護衛兵団だ。

 ましてやそのトップである団長だ。

 いくら団長とはいえ、そんな暴挙が許されるのだろうか。

 いや、許されるわけがない。

 許されるのだったら、アークはここまで思い詰めた表情をしない。

 春秋はアークの表情を観察しながら、そんな答えを見抜いていた。


「知るべきだと、思ったからです。炎宮殿も、サラーサさんも」


「何をだ」


「クロードさんの、現在を」


「に、兄さんが、兄さんが生きてるんですか!?」


 アークの口からついに零れたクロードの安否に、サラーサは当然のように食いついた。

 詰め寄るサラーサを手で制止しながら、クロードは目を伏せる。


「ええ。クロード・レギオンは生きています。生きては、います」


「アーク。その意味は――」


「全ては塔の中で。さあ、式典が始まる前に行きましょう」


 式典は昼を過ぎてから開始される。

 街の代表の挨拶や、関係している有力者たちの挨拶。

 最後の締めくくりに完成した機工兵士マキナサーヴァントのお披露目が行われる。

 そして、有力者たちは塔の中の見学に入る。


 だからチャンスは、正午を回る前にしかない。


「今日はあらかじめ塔の吊り橋は降りています。入り口の鍵はお二人に渡しておきますので、これで問題はありません」


 アークが渡してきたのは、固い材質のカードだった。

 木より頑丈で、鉄よりかは柔らかい材質だ。

 カードキーを仕舞いながら、春秋とサラーサは塔を見上げる。


 だがそこで、大勢の鎧を着込んだ者たちが三人を包囲した。


「……団長。そして炎宮春秋、サラーサ・レギオンだな?」


「お前たち、何をしている。配置はどうした?」


 予想外の事態にアークが言葉を吐いた。

 男たち護衛兵団は、恐らくほぼ全ての人員を動員して三人を取り囲んでいる。

 春秋が周囲に目を配れば、建物の物陰にも、そして街のあらゆる所に護衛兵団が待ち構えている。

 まるで、塔に行くのを拒むかのように。


「ロード様から直接の命令を頂きました」


「なに……?」


「団長……いえ、アーク・コロッセオ。並びに炎宮春秋、サラーサ・レギオン。――あなたたちを、リスタリアへの侵入を狙う、国家反逆者として拘束します!」


 その言葉に表情を唯一変えなかったのは、春秋だけだ。

 アークもサラーサもショックを受けている。

 ただ塔の中に入る。それだけのことで、国家反逆罪として扱われた。

 春秋は、さして驚きはしなかった。

 いや、むしろアークが協力してくれる事実の方が驚愕だったのだ。

 絶対に、アークと敵対する。春秋はそう思っていたから。


「で、その拘束に応じなかったらどうするんだ?」


「……武力によって、拘束します」


「ほう」


 ――春秋は、覚悟を決めた。

 今日を逃せばチャンスはない。

 今日を逃せば、サラーサもアークも、牢屋か逃亡の日々が続くだろう。

 だから、今日、やらねばならない。


「……炎宮殿、サラーサさんをお願いします」


「アーク?」


「ここは私が食い止めます。ですからお二人で、塔を目指してください。あそこには、知るべき真実があります……っ!」


 アークの行動は護衛兵団全てに不安と衝撃を与える。

 今まで国を、世界を守ることを優先していた団長が、自分たちに剣を向けているのだ。

 伝播していく感情を、団員の一人は首を振って否定する。


「捕まえろ! 団長は乱心しているっ!」


「「「おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」


 それはまるで、自らの不安を誤魔化すような雄叫びだった。

 アークは|魔導具『アーティファクト』・断罪を引き抜く。

 光り輝く刀身を掲げ、今まさに剣を向ける団員たちを睨め付ける。


「私は――アーク・コロッセオは、自らの信念に従うと決めた! 我々の知らない真実を、彼らが知ることこそが! 世界の平和に繋がっていると確信して!」


 アークの檄に怯む護衛兵団だが、それも一瞬。

 兵士の波が、アークを襲う。


「――いい言葉だアーク。お前の決意、確かに感じた」


 炎が、兵士たちの行方を遮った。

 その炎は一直線に塔まで伸びる壁だ。最短で、最速に到達できるルートだ。

 炎を生み出した張本人である春秋は、その手に黄金の剣を握っている。


「サラーサ。この道を真っ直ぐ進め」


「春秋様!?」


「俺もアークもすぐに追いつく。お前だけでも先に行け」


「で、ですが……」


 春秋の言葉にサラーサは困惑している。

 わかってはいる。この場に自分がいても、足手まとい所か、人質になれば二人に迷惑が掛かることは。

 だからといって、二人を見捨てるようなことをしてもいいのだろうか。

 悩むサラーサの背中を、アークが押す。


「行ってください、サラーサさん。貴女こそ、真っ先に知る必要がある」


「行けサラーサ。俺たちを信じてるなら、それこそ行って貰わなくちゃ困る」


「……はい!」


 二人の激励にサラーサは応え、塔への道のりを走り出す。

 当然、炎の壁を越えてサラーサへ刃を向ける兵士もいる。


「サラーサさんに――」


「手を出すなっ!」


 アークと春秋が、兵士を蹴散らす。

 サラーサの姿が見えなくなると、周囲を覆っていた炎の壁は消失する。

 ブレイズギアを握りしめた春秋と、断罪を構えたアークは、背中を合わせて兵士たちに向き合う。


「逃げてもいいんだぜ、アーク?」


「ご冗談を。この程度で逃げる私ではありませんよ。炎宮殿」


「春秋でいい。親しい奴は皆そう呼ぶ」


「……ええっ!」


 本来なら、春秋に援護は必要ない。

 アークはわかっている。春秋も、わかっている。

 けれど、両者は確かに今此処で、互いに背中を守り戦うことを決意する。


 戦友ともとして。

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