第14話 荒野の国-⑭




 炎の壁が地理に疎いサラーサを塔まで導いた。

 降りている吊り橋に護衛はおらず、息を切らせながらサラーサは橋を渡りきる。

 すると炎の壁は消失し、振り返ったサラーサは、怒号と喧噪に満ちている街へ不安げな視線を向けた。


 春秋とアークが戦闘で遅れを取るとは思っていないが、万が一という可能性もある。

 そして、ここにきて一人になってしまった不安がサラーサを襲う。


「……大丈夫。前だって、橋の手前までは来てたんだから」


 必死に自分に言い聞かせ、心を奮い立たせる。

 鼓舞した心に突き動かされるように、サラーサはカード型の鍵で認証を済ませた。

 ピー、と電子音を立てながら扉が左右に開いた。

 塔の内部は何も見えないほどの暗闇で、サラーサは恐る恐る塔への一歩を踏み出した。


 サラーサが入ると同時に扉がしまり、それに気付き何度も扉を叩くが反応しない。

 閉じ込められた、という認識が正しいのだろうか。


「……兄さん」


 ぎゅ、と握りこぶしをもう片方の手で包み込んで、祈る。

 暗闇を歩くと、なにかに躓いてサラーサは転んでしまった。


「きゃっ」


 暗闇に視界を奪われたサラーサは、何に躓いてしまったのかもわからない。

 膝を突いて手を伸ばして探っていると、柔らかいものが手に触れた。

 びくり、と身体を震わせて距離を取る。

 瞬間、塔に光が満ちる。明るくなった塔の中で、サラーサは躓いた『何か』の全容を見た。


「っ!?」


 『何か』は、横たわっている人間だった。

 それもかなり大柄な男だ。春秋と比べてもかなり巨大で、そして。

 サラーサは、その男性が誰かを知っていた。


「……グランガ・ゴードン」


 春秋と出会った最初の街で、春秋との出会いの切っ掛けとなった、大男。

 グランガ・ゴードンは、うつ伏せに横たわっている。


「……ひっ」


 なんとなくだが、サラーサは理解してしまった。

 グランガの身体は異様に冷たい。それは、彼が死んでいることを意味している。

 いや、なにかの事情で瀕死の重体なのかもしれない。

 それならばまだ助けを呼べば間に合うかもしれない。


 立ち上がったサラーサは、助けを呼ぶために声をあげようとして。


『ダメだよ。もう、死んでいる』


「――っ!?」


 進路を塞ぐ、銀の腕。それが何かを理解する前に、サラーサは振り返った。


「ま、マキナ……」


 銀色の、機工兵士マキナサーヴァント

 深紅のマントを装着した、これまでの機工兵士マキナサーヴァントとは明らかに異質な、銀の機工兵士マキナサーヴァント

 普段から見ていた細身の機工兵士マキナサーヴァントとは違い、より生物のようなしなやかな体躯を持つ機工兵士マキナサーヴァントだ。

 それは、高位騎士ハイ・マキナという新たな戦力。

 機工兵士マキナサーヴァントの次世代機である。


『侵入者を発見、捕獲しました』


 銀の巨人が、サラーサを捕まえる。両の手で優しく包み込まれ、サラーサは抵抗することすら出来ずに宙に浮かされる。

 飛び降りれば逃げられるかもしれないが、想像以上に強い高位騎士ハイ・マキナの力には敵うはずもなく。


 銀の高位騎士ハイ・マキナはゆっくりと歩き出す。グランガの死体には目もくれず、まるで気遣うようにサラーサが外を見れるように両手を広げながら、塔を歩く。

 塔の中心から伸びる光の柱に気付いたのは、その時だった。

 激しい熱を感じさせる光の柱に沿うように、螺旋階段が張り巡らされている。

 だがその階段はどれもがおかしい。

 全てが、宙に浮かんでいるのだ。

 支える柱も、手すりも何もない階段。

 銀の高位騎士ハイ・マキナはゆっくりと階段を一歩ずつ登っていく。


 そして数分を掛けて、階段を昇りきった。

 床の存在しない中空に、高位騎士ハイ・マキナは立つ。

 いや、存在していないわけではない。

 見えない床が、存在している。

 降ろされたサラーサは、見えない床に怯えながら周囲を見渡す。


「ご苦労様。うんうん、僕の指示通りに動いてるね」


 聞こえてきた声に応え、銀の高位騎士ハイ・マキナが直立する。

 声の方向へ視線を向けたサラーサは、絶句した。


「……にい、さん?」


 濡れたように綺麗な黒の髪。眼鏡を掛けた、長身痩躯の青年。

 歩いてきた青年は、まさしくサラーサが探し求めた兄・クロードであった。


「兄さ――!?」


 ようやく見つけた義兄へ、サラーサは駆け出そうとした。

 だがその一歩を踏み出す前に、驚愕に表情を染めて踏み止まった。


「どうかしましたか?」


 柔和な微笑みは、十年前と何一つ変わっていない。

 昔と違っているのは、身につけている白衣くらいだ。

 だからこそ、おかしい。

 十年だ。

 一人の幼い子供が少女になるように。

 本来であれば、青年も壮年に近くなっているはずなのだ。

 だが、目の前のクロードは何一つ変わっていない。


『……』


 銀の高位騎士ハイ・マキナは、静かにその光景を見つめていた。


「……あなたは、誰ですか?」


 サラーサの問いかけに、青年――ロードは、質問で返す。


「では、貴女は誰ですか?」


 その言葉で、サラーサは目の前の青年が兄ではないことを確信する。

 兄の姿で。兄の微笑みで。でも、兄の言葉ではない。

 サラーサを襲うのは恐怖の感情だ。得体の知れない恐怖に囚われながら、サラーサは後退る。


 背中に当たったのは、銀の高位騎士ハイ・マキナの足だった。

 黙する銀の巨人に圧されるサラーサは、逃げ場のないことを自覚して表情を青ざめる。


「あ、あ、あ……」


「ふむ。見たところ適正もないようですし。そうですね。始末していいですよ」


 ロードが指を鳴らすと、上空から三体の巨人が落下してきた。

 黒、赤、青の高位騎士ハイ・マキナである。三体の高位騎士ハイ・マキナの視線が一斉にサラーサに集まる。


『おお、あの時のガキじゃねえか! ああラッキーだ。こいつは最高だ!』


 黒の高位騎士ハイ・マキナが声を上げた。

 声に異質な堅さを感じながらも、その声にサラーサは聞き覚えがあった。

 それは、入り口で躓いた――グランガの声。


「どうして、どうしてマキナが、人の声を……?」


『俺様は生まれ変わったんだよ! これが今の俺よ! グランガ・ゴードンなんてちゃちな身体はもういらねえ! 高位騎士ハイ・マキナ、黒のアシュレイド。それこそが、今の俺の名前だよ!』


 グランガ――黒のアシュレイドが、三対六本の腕を振り上げる。

 その全ての手に剣が握られており、その全てがサラーサを殺す殺意を込められている。


「やってしまいなさいアシュレイド。午後の式典にはあなたたちの晴れ姿を披露するのですから、準備運動です」


『わかってるよロード様! おら、銀のナイティレイズ。逃がすなよ!』


 銀の巨人――銀のナイティレイズは何も語らない。

 アシュレイドはつまらなそうに言葉を吐き捨てると、サラーサに詰め寄っていく。


「ひっ……」


 怯え、戸惑い、四つん這いになって逃げ出すサラーサに、黒のアシュレイドが追いつけないわけがない。

 まるで狩りを楽しむように、剣を振り下ろしてはわざとズラし、逃げ惑うサラーサを追い詰めていく。


『ハハハ。すげえ! 楽しい、タノシイゾ、コイツハ!』


 ダン、ダン、ダンと見えない床が剣との衝突に震える。その度に姿勢を崩しながら、サラーサは懸命に黒のアシュレイドから逃げていく。

 けれどもそれも限界だ。

 下へ降りれる階段は中心にあるというのに、サラーサは壁際に逃げてしまった。

 黒のアシュレイドは下卑た声を上げる。楽しそうに、嬉しそうに。


『オ・ワ・リ』


 そして、剣を振り下ろす。


『――っ』


 銀のナイティレイズが身体をピクリと震わせた。

 それと同時に、塔の外壁が破壊される。轟音を響かせながら、『それ・・』は空から突き抜ける。


「サラーサ、無事か!」


「っ! はるあき、さま……!」


 サラーサは泣き崩れながらも飛び込んできた青年の名を呼ぶ。

 春秋はもう一人、青年――アークを脇に抱えながら壁を突き破ってきた。

 崩れた外壁によって黒のアシュレイドの攻撃は防がれ、数歩後退りする。


『て、てめぇ!』


「はぁ。策があるとかいいながら、無茶苦茶ですよ、春秋殿は!」


「いいんだよ。最短で最速で一直線だったろ!」


 軽い口喧嘩を交わしながら、二人は見えない床に降り立つ。

 いや、二人にとっては床が見えようが関係ないようだ。

 二人は高位騎士ハイ・マキナたちを睨め付ける。


「……護衛兵団は千人はいたと思うのですが、どうやってここまで?」


 赤と青の高位騎士ハイ・マキナを従えながら、ロードが春秋と相対する。

 言葉にする疑問は当然のことだ。

 あれだけの短時間で、精鋭である護衛兵団総勢千人を蹴散らせるのは有り得ない。


 だが春秋は、さも平然と答える。


「生憎と、数人を同時に攻撃出来る優秀な相棒がいたんでね」


 親指でアークを刺しながら、してやったりといった表情をする。

 それは確かに予定外だったのだろう。ロードにとってはアークの戦力も込めて勘定していたのだから。


 春秋はブレイズ・ギアを担ぎながら、一歩前に進む。

 そして観察するようにロードの全身を眺め、アークに目配せする。

 頷いたアークに、春秋は全てを察して真実の言葉を吐く。


「クロード・レギオンの身体を奪ったな。転生神・ロード」


「ええ。この身体に与えられた力が必要だったので」


 否定する素振りすら見せずに、ロードは頷いた。

 ――その身体に似合わぬ邪悪な笑みを浮かべて。

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