第10話 荒野の国-⑩
式典まで、と伝えていたのが功を奏した。
春秋たちを乗せた自動車は兵士たちのバスよりも早くリスタリアの街に到着した。
リスタリアの街はこれまでの街とは全く違う都市だった。
石造りの建築はちらほら見掛けるものの、建造物の大半がコンクリートで出来ている。
明らかにこの都市だけ技術が発達しているのだ。
流石に塔がある街だから、この街だけでも優先的に発達させたのだろう。
そしてやはり、塔が街の中心だ。
塔の巨大さと比べると如何にこの街が発展していようと、まるで大人と子供だ。
それほどまでに塔のスケールは巨大で、勇ましい。
塔は円形状に掘られた溝によって街とは隔離されている。
普段は近寄ることすら出来ない塔は、架け橋によって定期的に街と繋がるようだ。
春秋は窓から街の風景を眺めながら、物思いに更けている。
サラーサもまた、クロードがいるはずのこの街をずっと眺めていた。
道を行き交う人々は誰もが笑顔で暮らしている。
「しかしさすが車だな。三日は掛かると思っていた道中が一日とはな」
春秋は改めて技術の進歩に目を見張る。
式典までまだ六日も残っている。
これなら春秋が決めた有力者に取り入る計画も視野に入るだろう。
サラーサは不安げに春秋の袖を抓む。
春秋はそんなサラーサの頭を優しく撫でる。
その光景は兄妹同然で、声を掛けようとしたアークすら一瞬躊躇ってしまうほどだ。
「炎宮殿。私たちは一旦宿舎に戻り報告を済ませてきます」
「済まないなアーク。ここまで送ってくれて」
「いえ。クロードさんのことは私も捜索してみます」
「ありがとう、ございます」
協力を申し出てくれたアークに、ぎこちないながらもサラーサが感謝の言葉を述べる。
アークはサラーサに微笑みを向け、兵士たちを引き連れてリスタリアの奥に消えていった。
「……さて、どうするか」
春秋はこの街の全体が記された地図を広げる。
この街は大きく分けて二つに分類されている。
労働者たちが作業し、暮らす工業エリア。
そして有力者たちが暮らす都市エリアだ。
春秋たちは今、丁度この二つのエリアの境目に立っている。
「私は兄さんを探したいです」
「だが、闇雲に探して当てはあるのか?」
「……ないです」
はっきり言葉にするのは、サラーサがクロードを捜索するのが初めてではないからだ。
誰に聞いても、どこを探しても手掛かりすら掴めない。
そんな苦い経験が、この街にはある。
「宿を探しつつ、作業者に聞いてみよう。もしかしたら新しい情報が入ってるかもしれない」
「……いいんですか?」
サラーサの気持ちを汲んだ春秋が予定を決める。
春秋としても、クロードがすんなり見つかればそれは幸いなことなのだ。
巻き込まれてないと、わかるから。
「でも、明日は俺の用事に付き合ってくれ。塔の中を調べたい俺としては、労働者より有力者たちに接触したい」
「わ、私が一緒にいて大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。サラーサは可愛いし。男が一人でふらっといくより受けはいいだろ」
「ま、また可愛いって……あぅぅ」
思わず茹だってしまうサラーサの頭をまたも撫でながら、二人は工業エリアに向かっていく。
一歩を踏み出せばそこはもう工業エリアだ。
血管のように張り巡らされた排水管が至る所にまで伸びており、ベージュ色の作業服を着た男たちが怒声を上げながら高所で作業を行っている。
今にも崩れそうな危うい橋が塔まで繋がっており、そこから物資を搬入しているのだろう。
塔を見上げれば、近くで見るだけあってその巨大さがさらによくわかる。
一周するだけでどれほどの時間が掛かるのだろう。
塔は完成はしているのだが、男たちは何を運んでいるのだろうか。
春秋は降りてきた作業員を捕まえて事情を伺うことにした。
「なんだ、見ない顔だな」
「すまない。訪ねたいことがあるのだが……今、時間は大丈夫か?」
「ん? まあ休憩時間だが……」
「じゃあちょっと付き合ってくれ。飯でも奢るよ」
「おぉ? 気前がいいじゃねえか。さては兄ちゃんお忍びのパトロールか?」
「ははは。だったらバレないように遠くで見張ってるさ」
「はっはっは。間違いねえ」
作業員と意気投合した春秋は近くの喫茶店に入る。
カランコロンと鈴が鳴り、柔らかな笑みを浮かべる初老の男性が春秋たちを受け入れた。
「Aランチを頼むわ」
「俺は……そうだな。Bランチを」
「わ、私はこのサンドイッチを」
「ああ店主。この子はサンドイッチのセットにしてくれ」
「春秋様!?」
「馬鹿野郎子供は沢山食べて大きくなりなさい」
明らかに遠慮しているサラーサを春秋は咎める。サラーサとて成人はしてないが成長期は終わりつつある。そこまで食べることに拘ることもないのだが、春秋には拘りがあるようだ。
店主はニコリと春秋に目配せすると、注文を受けて速やかにキッチンに潜ってしまう。
止める暇もなかったサラーサはむくれながら春秋を睨むが、春秋には何の効果もない。
「で、聞きたいことってなんなんだ?」
煙草を咥えながら、作業員の男性が口火を切る。
火を付けないのはサラーサに配慮しているのだろう。ぼさぼさの髪を掻きながら、面倒くさげにしている。
そこまで有益な情報は持ってないだろうと判断しつつ、春秋は問う内容を模索する。
「あの塔になにか運んでるようだけどさ、何を運んでいたんだ?」
「あぁ? そんなのマキナのパーツに決まってんだろ?」
「マキナの?」
作業員は運んでいたモノを
ということは、塔の中は
作業員はそれ以上はわからないらしい。
自分たちの仕事は注文を受けたパーツを作成し、塔の入り口まで運ぶ。
中を見ることは許されない。もし中を見たら護衛兵団に捕まるとも語っていた。
「ランチセットと、特製サンドイッチのセットです」
「お、きたきた」
「流石にリスタリアの喫茶店だけあって美味そうだなー」
「……じゅるり」
出てきた色彩豊かなサンドイッチにサラーサは思わず涎を垂らす。
春秋と出会ってからというものの、これまででは味わったことのない料理をご馳走になってきた。
だからかサラーサはすっかり食事に興味津々だ。
きっと、もしも。クロードが見つかって彼女の幸福が実現すれば、しばらくクロードは振り回されるだろう。
そんなことを考えながら、春秋もBランチである魚のフライに舌鼓を打つ。
作業員の男性もよっぽど腹が減っていたのだろう。Aランチのトンカツを咀嚼しては飲み込んで咀嚼しては飲み込む。
二十分と掛からずに男性陣は食事を終える。
サラーサははむはむとサンドイッチを齧りながら、二人の会話を聞いていた。
会話の内容は主に作業員の愚痴だった。
やれ賃金は安いだの、勤務時間は不規則だの、休みは少ないだの。
とてもじゃないが、この国一番の都市であるリスタリアで働く者の言葉とは思えなかった。
「この街が一番差別がはっきりしてるよ。俺たちみたいな奴隷同然の労働者。権力を笠に贅沢をする有力者。その恩恵にあやかって幅を利かせる護衛兵団。ったく、もっと楽な仕事に就きたいぜ」
「きついんだな……」
「だがまあ、噂だがな? あくまで噂だぜ? もう少ししたら、『神ノ国』のトップであるロード様から恩赦が出るって話なんだ。そしたらみーんな、もう働かなくていいって噂なんだぜ!」
「……っ」
春秋の纏う雰囲気が変わったことに、サラーサは気付いた。
表情は変わらない。変えようとしていない。恐らくだが、必死に表情を変えないように堪えているのだろう。
ロード。
その名前を聞いて、明らかに空気が変わった。
「恩赦、か」
「ああ。たしかマキナの製造が一段落するって話でよ。いつになるかわからねえが……ああ、早くそんな日がこねーかなー!」
作業員の男性は目を輝かせてその日を待ち望んでいる。
当たり前だ。今の辛い暮らしから解放されるのだ。自分たちにも豊かな暮らしが出来る。
夢見るのは当然だ。そして男性の言葉通り、その日は近いのだろう。
食事を終えた春秋たちは作業員と別れ、工業エリアの一画から塔を眺めていた。
見上げれば雲を突き抜けている。まるで神話の神の塔を彷彿とさせるほど、高い。
見下ろせば外界との接触を拒む溝は底すら見えないほど、深い。
作業員の口ぶりからすれば、内部は
だが、それ以上のモノが蠢いている。
春秋はそんなことを考えながら、都市エリアへと向かうのであった。
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