第11話 荒野の国-⑪




 暗がりの中で、青年は男の報告を受けていた。

 大柄な男の名はグランガ・ゴードン。

 この荒野の国にある、一つの街を取り仕切っているチンピラである。


 つい先日、酒場で炎宮春秋と名乗る青年にコテンパンにされた彼は、その足でリスタリアの街を訪れた。

 グランガは目の前の青年から、街を取り仕切る許可を貰っていた。

 だからこそ彼はここに来たのだ。


 ここは、塔の中だ。


 選ばれた者しか入ることを許されないリスタリアの塔。

 グランガはその選ばれた者なのだ。


 そして目の前にいる青年こそが、この塔を管理している者である。

 青年は眼鏡を正すと、グランガに向き直る。


「で、その貴方を投げ飛ばし、マキナを十五体破壊した男は」


「……ああ。炎宮春秋、確かにそう名乗っていた」


 グランガは忌々しく春秋とのやり取りを思い出す。

 少女を誘って酌をさせようとして、割って入られたこと。

 暴力で屈服させようとしたら、放り投げられたこと。

 怒りのままに機工兵士マキナサーヴァントを十五体動員し、その全てが破壊されたこと。

 呆然としている中で、「この世界を終わらせる――化け物だよ」と告げられたこと。

 余すことなく全てをグランガは青年に報告した。


 青年は報告されたものを全てかみ砕き、飲み込むように咀嚼する。

 その上でグランガに気付かれないように笑みを浮かべながら、言葉を吐く。


「その言葉は真実でしょうね」


「そうなんですかい?」


 コツコツと地面を小突きながら、青年はグランガに背を向けた。

 暗がりで青年の表情すら拝めないグランガは、青年の言葉に首を傾げる。


「では仮にグランガ。その言葉が真実だとしたら――貴方はどうしますか?」


「どうしますか、って」


 青年の言葉にグランガは考える間もなく答えを出す。

 それはこの世界に住む者として、当然の答えだ。


「とにかく排除、するしかねえ」


 自分の生活を、人生を脅かすというのであれば、そうなれば排除するしかない。

 そう考えれば自明の理だ。グランガという男は尚更、自分の縄張りを侵す輩を容認したくない。


「いい答えです」


 背を向けながら青年は拍手を贈る。


「ではグランガ。貴方にもう一度チャンスを与えましょう」


「ち、チャンス?」


「ええ。その炎宮春秋は、間違いなくこのリスタリアを目指すでしょう。彼の狙いはこの塔ですから」


 青年はグランガを放って歩き出す。向かう先には、立ち上ぼる光る柱が存在していた。

 塔の中心にもう一つ、光の柱が存在している。

 グランガは今の今までその柱の存在に気が付けなかった。


「あ、ロード殿。その柱は……」


「貴方が気にすることではありませんよ、グランガ?」


「っ、は、はい!」


 ロードと呼ばれた青年から表情が消える。

 グランガはそれが触れてはならない話題だと察し、すぐに話を打ち切る。


「それでいいのですよ。賢い貴方だからこそ僕は貴方を抜擢したのですから」


「……うっす」


 ロードの言葉にグランガは渋々といった表情で頷いた。

 ロードは光の柱を見上げながら、薄ら笑いを浮かべている。

 だが背を向けているからグランガはそれに気付くことは出来ない。

 そっと、光の柱に触れる。手に走る鋭い痛みにロードは顔をしかめた。


「だ、大丈夫ですかい?」


「ええ、大丈夫です」


 淡々とグランガに返事をするロードだが、その内心は窺い知れない。


「どちらにせよ、対策を講じなければなりませんね」


 ロードはこの塔の防衛に絶対の自信を抱いていた。

 だがその中で、「炎宮春秋」だけは例外だ。

 ロードはいずれ、関わってくると理解していた。

 なぜならば、それだけのことをしているという自覚があるから。

 それでも。それでも――。

 ロードは己の選択を悔いはしない。

 これこそが正しい道であると決意して、進んだのだ。


「彼が本気を出せば、この塔は間違いなく破壊されます」


「ほ、本当なのか!?」


 ロードの言葉に慌てふためくグランガだが、ロードは極めて冷静だ。


「でも、彼は恐らくそれをしません。出来ないのです」


「ど、どうしてだ。あんな力を持ってれば――」


「彼は、世界が好きだから」


「あ……?」


「わからないと思います。ええ」


 ロードは自信を持っている。

 それは彼自身が、春秋という人物を少なからず知っているからだ。

 炎宮春秋という人物は、手当たり次第に破壊を振りまく悪魔ではないと。


「彼はこの塔を知りたがっている。知った上で、己が目的を果たそうとする。知っているくせに、自分の目で見たがっている。わかりますかグランガ。私たちの勝利条件は、彼を塔に侵入させないこと」


「それなら兵団を動員して、式典での入場者も制限すればいいだけだろう。紛れ込むにも限度はあるし、俺は奴の顔も知っている。それなら――」


「っふふ。それが甘いのです。顔を知っている? なら今すぐ彼の顔を思い出してください。今すぐに」


「あ? そんなこと――っ!?」


 ロードに言われるがままにグランガは春秋との出来事を思い出す。

 グランガの表情はすぐに驚愕に変化した。そして、戦慄する。


「なん、だ、これ」


「わかりますかグランガ。彼の顔が」


「わか、らねえ。わからねえ! どうしてだ! さっきは確かに――いや違う、さっきもわからなかった!? なんだこりゃ! ぐしゃぐしゃだ! なんだよ、なんだよこれ!?」


 グランガは記憶を洗いざらい思い出そうとする。

 だがどのシーンでも、春秋が関わっているシーンでも、グランガは春秋の顔を思い出せない。

 まるで鉛筆で塗りつぶしたように、顔が判別出来ないのだ。

 記憶力には絶対の自信を持っていたグランガは困惑し、理解出来ない自体に恐怖を感じていた。


「それが彼の力の一端です。『認識阻害』と言えばいいでしょうか。彼が選んだ人間以外、彼の顔は愚か人物像すらもぼやけます」


「……あいつは、魔法使いなのか? 魔導具アーティファクトも持ってないのに、そんな奇跡の術を使えるのか!?」


「そうですね。彼は世界の理とは無縁の存在ですから」


 きっぱりと、ロードは断言する。


「貴方にもわかりやすく告げるなら、彼は神です。本人は頑なに否定しますが、彼は、自らの意思で世界を滅ぼす、神様ですよ」


 言葉を告げた時点で、暗がりに光が差し込んだ。

 塔の中に入ってきた青年は、会釈をするとすぐにロードに近づき片膝を突く。


「アーク・コロッセオ。巡回から帰還しました」


 アークはそれが当然の行為だと言わんばかりに、ロードに向かって頭を下げる。

 それは当然だ。護衛兵団はロードの指示によって結成された組織なのだから。

 だから、団長であるアークだけはロードと面識がある。


「ご苦労様です、アーク」


「異常はありませんでした。ですが」


「ですが? なにかありましたか?」


「炎宮春秋、と名乗る人物と出会いました。私が挑んでも敵わない、絶対的な強者に」


「…………そうですか。それで、彼はどこに?」


「出会ったのはアッシェンレードでした。ですが彼と、同行していた少女の希望により、この街まで同行を許可しました」


 アークの言葉にグランガが食ってかかろうとする。だが言葉を発するよりも早くアークに諫められ、歯がゆい表情を見せながらグランガは椅子に座る。


「何か問題がありましたか?」


「問題は……まあ、かなりあります。それでアーク。貴方から見て、炎宮春秋はどのような人物でしたか?」


 ロードはアークの心を見抜いていた。アークは春秋という人物に惹かれている。

 強者を求める護衛兵団の団長だからこそ、でもある。

 だがそれ以上に、炎宮春秋という存在は。


「気さくでなれなれしい人物だとは思います。私は彼と友になりたい、と考えるほどに」


「ああ、それは素晴らしいことですね」


 共に切磋琢磨し、競い合う。背中を預け合い戦場を駆け抜ける。

 酒を酌み交わし、美味い食事に舌鼓を打つ。

 ああ、きっと彼なら共に笑ってくれる――アークはそんなことを想像しながら、ロードの言葉を待つ。


「わかりました。ではアーク。式典の日まで休暇を与えますので、自由に過ごしてください」


「よろしいのですか?」


「ええ。そもそも『彼ら』の完成も式典に間に合います」


「……それは」


「はい。護衛兵団は、式典が終わり次第解散となります。今までご苦労様でした」


 言葉に詰まるアークを意に介さず、ロードは言葉を続ける。

 指を鳴らすと、暗い世界に光が満ちる。光の柱は僅かに霞み、アークとグランガは見えてきた光景に息を呑んだ。


高位騎士ハイ・マキナ――もう、完成するのですか?」


「元から思考回路の調整だけでしたからね」


「……そうですか」


 光の柱を守るように、左右に二体ずつ、機工兵士マキナサーヴァントが立っていた。

 だがそれは銀の巨人ではない。

 黒、赤、青、銀の巨人だ。それぞれ違う色彩の装甲を身に纏った、機工兵士マキナサーヴァント

 対面するアークですら、敵意を向けられたわけでもないのに、四体の機工兵士マキナサーヴァントから得体の知れない強さを感じていた。

 魔導具アーティファクトを用いれば機工兵士マキナサーヴァントと戦える自分ですら、敵わないと理解してしまう。

 ああ、彼らがいれば自分は役立たずだと思い込むほどに。


「……ロード様。一つだけ、お伝えしたいことがあります」


 その言葉が、どうして口から出たか、アークは自分自身がわからなかった。

 けれど、護衛兵団がもう解散するとわかって。

 自分がもう、戦う必要がないとわかってしまって。

 だから、なのだろう。

 伝えてはいけない言葉を、口にしてしまう。


「ロード様――いえ、クロード・・・・さん。サラーサさんが貴方を探していました」


「サラーサ? 誰ですか、それは?」


 ロード――クロード・レギオンは、アークの言葉に表情を一つも変えずに、真っ正面から否定した。

 苦虫を潰したような表情をして、アークは背中を向けて駆け出した。


「グランガ。貴方も行きなさい」


「……うっす」


 やがてグランガも退出して、塔の中にはクロードと四体の高位騎士ハイ・マキナたちが残される。


『…………』


 銀の高位騎士ハイ・マキナは、静かにアークが出て行った出口を見つめていた。

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