第9話 荒野の国-⑨




 起動した魔導具アーティファクト・断罪がアークの身体を突き動かす。

 人並み外れた身体能力で大地を蹴ったアークは、瞬きの内に春秋に肉薄した。


「っ!」


 けれども春秋はしっかり対応する。多少意表は突かれても、この程度であればなんら問題はない。

 剣と剣がぶつかり合い、春秋が僅かに押される。

 アークは衝撃を利用して数歩後ろに跳ねる。

 その表情は満面の笑みだ。対応し受け止めた春秋に感激している。


「嬉しそうだな」


「そうですか? ……そうですね。大抵はこれだけで倒せてしまいますから」


 その笑みは無自覚だったのだろう。軽く頬を抓みながら、アークはもう一度剣を構える。

 今度は完全に対応できるだろう。春秋はアークの踏み込みの速さを理解した上で、身構える。


「では、参ります!」


「来い!」


 刹那の間に、三合の打ち合い。

 観客であるサラーサも兵士たちもかろうじて目で追えた程度で、両者の高速戦闘に呆けている。

 さらに三合打ち合い、春秋が押され始めた。


「……なるほどな。その魔導具アーティファクトってのは身体能力を上昇させるのか」


「察しがいいですね。ええ。この魔導具アーティファクト・断罪は所有者の身体能力を底上げする武器です」


「それならマキナを複数体相手にしても余裕で勝てそうだな」


「そうですね。これを起動している間であれば、例えマキナであっても私には敵いません」


 アークの言葉は正しいのだろう。

 恐らくだが、アークがいるからこそこの国は機工兵士マキナサーヴァントの配備が遅れている。

 アークがいるのなら、必要ないからだ。

 春秋の目の前にいるのは、グランガが連れてきた十五体の機工兵士マキナサーヴァントよりも強力な男。


「では、この断罪の力をもう一つ!」


「――む」


 距離を取ったアークが、その場で『断罪』を振り下ろす。

 そして"斬撃"が放たれた。光の斬撃は大地を抉りながら、春秋を目指す。

 寸でのところで春秋は回避する。だが回避した先にも、斬撃が待ち構えている。


「この断罪は集約した魔力を刃として放てる中・近に優れた魔導具アーティファクトです。これなら――」


「なるほどな」


 だが春秋はさも当たり前のように、その斬撃を"掴んで"みせた。

 驚愕に表情を染めるアーク。その硬直を春秋は見逃さない。

 掴んだ斬撃を放り投げ、春秋は大地を蹴る。

 意趣返しなのか、先ほどのアークよりも、疾走はやく。

 肉薄した春秋は剣を振り上げる。

 かろうじてアークは『断罪』で剣を受け止めた。


 音を立てて春秋が持つ片手剣が根元から折れた。

 目を見開くアーク。剣が折れることを見抜いていた春秋は、不意の出来事に見えた隙を逃さない。


「確かにお前は強い。この国なら誰よりも強いだろう。だがなアーク。お前は実戦経験が乏しい」


「がっ……!?」


 春秋は折れた剣を投げ捨てると、アークの腹部へ拳を放つ。

 頑丈な鎧をも貫通する一撃にアークはよろめきながら唾を吐く。

 だがそこで追撃を止める春秋ではない。

 アークが体勢を整える前に、上がった顔面へ拳を打ち込む。

 春秋の手が潰れてしまうのではないかと思うほどの一撃に、アークを守る兜が罅割れる。

 衝撃は中の頭部に響く。春秋は涼しげな表情でなおも追撃の手を緩めない。

 顎、喉、鳩尾、睾丸へ瞬時に拳を叩き込む。

 それでも『断罪』を握る手だけは緩めないアークに敬意を表し、春秋は足を払った。


「ぐっ、う」


「これで、終わりっと」


 地面に寝転んだアークの顔面に、春秋は拳を置く。勿論寸止めだ。

 実力差を見せつけるのにこれ以上の形はない。


「……参り、ました」


 声を絞り出しながら、アークは敗北を認める。『断罪』を握る手は緩み、地面に魔導具が転がる。

 束の間の静寂の後に聞こえてくるのは大歓声だ。

 兵士たちは誰もが団長であるアークを打ち倒した春秋を賞賛し、拍手を送る。

 壊れた兜を脱ぎながら、アークは春秋の手を掴んで立ち上がる。


「完敗です。恐ろしいほど強いのですね」


「そうか? お前も十分強いぞ」


「ははっ。ありがとうございます」


 笑顔を引き攣らせながらアークは春秋と握手を交わす。

 打ち解けるのには十分な戦いだった。打ち身はしているものの、お互いに酷い傷は負っていない。


「そういえば炎宮殿、先ほど断罪の一撃を素手で掴みましたが、お怪我は」


「ない。そこら辺は頑丈なんだ」


 ひらひらと手を見せる春秋だが、その手には確かに傷一つ付いていなかった。

 その手を睨むように見つめると、アークは改めて春秋に向き直った。


「炎宮殿。失礼を承知でお願いがあるのですが」


「……内容による」


 アークの言葉に春秋は身構える。

 裏表のない笑顔は思わずなんでも受け入れてしまいそうな雰囲気を醸し出すが、春秋はそういう場所でこそ警戒する。


「私を越えた貴方に、護衛兵団の団長を引き受けてもらいたい」


「……はぁ?」


 その内容は予想外の申し出で、思わず素っ頓狂な声を出してしまう。

 アークに続いて、バスから降りてきた兵士たちも一斉に春秋に詰め寄る。


「そうだ! あんたが団長をしてくれると心強い!」

「護衛兵団は弱肉強食! 団長に勝ったあんたがいい!」

「まさか団長を越える男が現れると思わなかったよ!!」


 兵士たちの賛美の言葉に、春秋は苦笑する。

 勿論春秋が引き受けるわけがない。だが彼らの熱意を感じてしまうと、やや断りづらい。


「その気持ちは嬉しいよ。だが、俺はそういう器じゃない」


「……そうですか」


 残念がる兵士たちをよそに、アークはやけにあっさり引き下がった。

 春秋が引き受けるわけがないと理解していて頼んだのだろう。

 そもそも前提として「失礼を承知で」と告げているほどだ。


「というかアーク。お前は自分が団長を降りることに異論はないのか?」


「ええ。団長であってもなくても、私はこの国を、この世界を守る。それは何があろうと変わらない思いですから」


「そうか」


 どこまでも真っ直ぐなアークの言葉に、春秋は後ろめたい感情を抱いてしまう。

 こんなに強く世界を思う彼らから、春秋は世界を奪おうとしている。

 彼らは春秋の目的を知ったらどうするだろうか。

 理解出来ないかもしれない。でも、理解したら?

 彼らは全て、敵となる。

 その時春秋は、彼らの命を奪わなければならない、かもしれない。


「……春秋様。もう、行きませんか?」


「サラーサ?」


 春秋の僅かな感情の機微を感じ取ったのか、群衆をかき分けてサラーサが春秋の手を取った。気遣ってもらえることを嬉しい反面、サラーサもまた、春秋の目的を知らない。

 けれども説明するわけにはいかない。

 春秋は世界を終わらせることこそが使命であり、その障害となる要素はなるべく取り除くべきだ。


「アーク」


「はい」


「勝負は俺の勝ちだ。約束通り手伝ってもらうぞ?」


「ええ。それが約束ですから」


 爽やかなアークの言葉にサラーサが肩をふるわせる。

 何しろ春秋がアークに頼もうとしているのは他ならぬクロードの事なのだ。

 恐らくだが、アークはクロードの捜索に力を尽くしてくれるだろう。


「この子の兄――クロード・レギオンという青年を探している」


「クロード・レギオン……ああ、彼ですか」


「っ! 兄さんを知っているのですか!?」


 アークの言葉にサラーサは詰め寄った。

 これまでに幾度もリスタリアを訪れては空振りだったクロードの情報。

 それを知っているかのようなアークの口ぶりに、否が応でも期待してしまう。

 だがアークは目を伏せると、謝罪の言葉を口にする。


「申し訳ありません。知ってる方ではありますが、私にも行方はわかりません」


「そう、ですか」


「大丈夫か?」


「……はい」


 サラーサが気落ちしてしまうのも無理はない。

 ようやく見つけた手掛かりもまた空振ってしまったのだ。

 期待の喪失は思った以上に大きいのだろう。

 膝から崩れ落ちそうになったサラーサを、春秋は支える。


「炎宮殿の用事も、クロードさんの捜索ですか?」


「ああ。クロードを探してリスタリアまで行くつもりだ。ちょうど式典もあるし、人を探すにはもってこいだろう」


「……ふむ」


 顎に手を当ててアークは思案する。

 春秋はすぐにアークの心情を見抜いていた。

 これまでの会話でアークの人となりは理解していた。

 そしてアークとクロードは既知の間柄だった。

 だというのに、アークはクロードの捜索を快諾しない。

 何かを隠している。手掛かりとまでいかなくても、断片的な情報は知っているのかもしれない。

 なのにアークは「行方はわからない」と言った。


 誤魔化している、つもりなのだろうか。


「ここでずっと立ち話をしていても仕方ありませんね」


 答えを出したのか、アークはすぐさま兵士たちに声を掛ける。

 兵士たちはバスに戻り、アークも装備を仕舞い、バスに乗り込む。


「ひとまずリスタリアに行きましょう。乗ってください」


「馬鹿野郎サラーサは女の子だぞそんなむさ苦しい男集団の中に放り込めるか!」


「……それもそうですね」


 すっかり失念していたとばかりにアークは頷く。

 春秋は冗談で言ったのに普通に受け取られてしまい思わず苦笑する。

 だがサラーサを気遣っているのは本心だ。


「わかりました。すぐに別の車を用意させますので、炎宮殿とサラーサ殿はそちらで」


 申し訳なく思いながら、その好意に甘えることにした。

 サラーサの表情は、まだ曇っている。

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